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第34話 本当に言いたい言葉はいつだって
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校舎裏まで連れて行かれた。
状況が状況なら、ここは男女の告白の場となるのだろう。私には無縁の話だけれども。
殿下は私の手を離すとしかめっ面で腕を組んだ。
彼のその表情がまるで子供の時のようで、何だか不思議に肩の力が抜ける。
「ヴィヴィアンナ、さっきのはどういうことだ?」
「さっきの? 公衆の面前で殿下の言葉には従わないと言ったことが、そんなに不快でしたか」
からかうように言うと、殿下は前髪を掻き上げながらため息をついた。
「そうじゃない。誤魔化すな」
「誤魔化すなと申されましても、何のこ――」
「お前、腰を痛めていたんだってな」
「っ!?」
バレていた。いや、エミリア嬢が気付いて殿下に伝えたのか。目敏い子のようだけれども、何も殿下に言わなくてもいいのに。良い子すぎる。
「まずは」
殿下はこほんと咳払いした。
「腰は大丈夫か」
「……お気遣いありがとうございます。おかげさまで」
「そうか。それは良かった。――それで。腰を痛めていたから彼女に拾ってもらっていたなら、最初からそう言えよ。いつもならはっきり言うだろ。何で言わなかった」
彼女に真相をバラされてしまった以上、素直に白状するしかなさそうだ。
私は一つ息を吐く。
「あら。わたくしが何か言う前から、わたくしが悪いと決めつけておられたではありませんか。どうせわたくしなんて信じるに値しない人間なのでしょうけれども」
あ。最後の言葉はまるで私を信じて欲しかったと言っているみたい。どうして愚かな言葉を口走ってしまったのか。
「だからそんな事は言ってないだろ。俺は、お前らしくないことをどうしたんだって言おうとして」
「お前らしくない? 一体どういうのがわたくしらしいと申すのです」
「え? そりゃあ」
殿下は腕を組むと少し顔を傾ける。
「意地っ張りで頑固で、俺には憎まれ口ばかりで、言いたいことをずけずけ言うようなところ。本人は真剣なんだろうけど、方向性が間違っていたり、ちょっと空回っていて間が抜けているところもあるよな」
ええ、ええ。そうですねー。その通りですよ!
顔は笑顔を作り、手はいつでも振り下ろせるよう硬い拳を作った。
「だけど、間違った事は口にしない。人の悪口は言わない。人嫌いに見えるが、実は人と関わるのを恐れているだけ。その気弱さを隠すために自尊心を高める努力をしている」
頬にかっと熱が集まる。
殿下は一瞬目を見開き、そしてにっと笑って指さしてきた。
「あと、結構照れ屋!」
「し、失礼な! 殿下とは言えども、これ以上の侮辱の言葉は許しませんわよ」
「お前がらしさを説明しろって言ったんだろ」
言ったけれども! それでは駄目なんです。私の真の姿を知ってもらわないと。
「いいですか。殿下はどうやらわたくしのことを分かっていないようですから、教えてさしあげましょう」
「は?」
「わたくしは悪女ですの。さっきのも私が拾えと彼女に命じたのですから」
腕を組んで冷たく流し目する私に殿下は一瞬の沈黙後、ぷっと吹き出したかと思うとそこから大笑いしだした。
「な、何がおかしいのですか」
「いや。だって。お前が悪女とか笑うしかないだろ。悪女が聞いて呆れるぞ。むしろ悪女に謝れ」
「失礼ですねっ」
「いや。だってさ。他人に何か命じるって、それ程ありえないことはないだろ。俺はお前がエミリアを突き飛ばした上、持ち物をぶちまけたって聞いたから慌てて来たんだよ」
あの短時間でどこをどうやったらそんなひねた理論になるのか。伝聞とは恐ろしい。
「何ですか、それ。そちらの方こそありえないと思わなかったのですか」
「それは」
殿下は笑いを止めると、なぜか気まずそうに頬を掻いた。
「お前が嫉妬したって聞いたから。まあ、無くは無いのかなと」
「はいぃっ!? 誰が誰に対して嫉妬したと!」
「お前がエミリアに対して」
そこははっきり言わなくていいです!
頬に熱がますます集まってくる。
「だ、誰がそんな根も葉もない噂を! 噂の出所を教えてください。ぶった切ってきます」
「こら。やめろやめろ」
拳を振り上げた私の腕を殿下は取り押さえてくる。
「放してください!」
誤解されたままでこの先過ごせるわけが……って、あら? 嫉妬に狂って他の女性に嫌がらせというのは、定番だからこのままにしておいた方がいいもの? いや、でも。
思い迷っていると、力の抜けた私に気付いた殿下は私の腕をそのまま下ろす。
「お前が何を考えているのかは分からないけどさ。さっきみたいな顔をするくらいなら、いつものようにはっきり言葉を口にしろよ」
「――っ!」
言葉を呑み込むほどに胸に重い塊がたまっていくような気分になる。
今生では言いたいことを言うと決意したけれど、今も昔も本当の言いたいことだけは……伝えられない。
状況が状況なら、ここは男女の告白の場となるのだろう。私には無縁の話だけれども。
殿下は私の手を離すとしかめっ面で腕を組んだ。
彼のその表情がまるで子供の時のようで、何だか不思議に肩の力が抜ける。
「ヴィヴィアンナ、さっきのはどういうことだ?」
「さっきの? 公衆の面前で殿下の言葉には従わないと言ったことが、そんなに不快でしたか」
からかうように言うと、殿下は前髪を掻き上げながらため息をついた。
「そうじゃない。誤魔化すな」
「誤魔化すなと申されましても、何のこ――」
「お前、腰を痛めていたんだってな」
「っ!?」
バレていた。いや、エミリア嬢が気付いて殿下に伝えたのか。目敏い子のようだけれども、何も殿下に言わなくてもいいのに。良い子すぎる。
「まずは」
殿下はこほんと咳払いした。
「腰は大丈夫か」
「……お気遣いありがとうございます。おかげさまで」
「そうか。それは良かった。――それで。腰を痛めていたから彼女に拾ってもらっていたなら、最初からそう言えよ。いつもならはっきり言うだろ。何で言わなかった」
彼女に真相をバラされてしまった以上、素直に白状するしかなさそうだ。
私は一つ息を吐く。
「あら。わたくしが何か言う前から、わたくしが悪いと決めつけておられたではありませんか。どうせわたくしなんて信じるに値しない人間なのでしょうけれども」
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「だからそんな事は言ってないだろ。俺は、お前らしくないことをどうしたんだって言おうとして」
「お前らしくない? 一体どういうのがわたくしらしいと申すのです」
「え? そりゃあ」
殿下は腕を組むと少し顔を傾ける。
「意地っ張りで頑固で、俺には憎まれ口ばかりで、言いたいことをずけずけ言うようなところ。本人は真剣なんだろうけど、方向性が間違っていたり、ちょっと空回っていて間が抜けているところもあるよな」
ええ、ええ。そうですねー。その通りですよ!
顔は笑顔を作り、手はいつでも振り下ろせるよう硬い拳を作った。
「だけど、間違った事は口にしない。人の悪口は言わない。人嫌いに見えるが、実は人と関わるのを恐れているだけ。その気弱さを隠すために自尊心を高める努力をしている」
頬にかっと熱が集まる。
殿下は一瞬目を見開き、そしてにっと笑って指さしてきた。
「あと、結構照れ屋!」
「し、失礼な! 殿下とは言えども、これ以上の侮辱の言葉は許しませんわよ」
「お前がらしさを説明しろって言ったんだろ」
言ったけれども! それでは駄目なんです。私の真の姿を知ってもらわないと。
「いいですか。殿下はどうやらわたくしのことを分かっていないようですから、教えてさしあげましょう」
「は?」
「わたくしは悪女ですの。さっきのも私が拾えと彼女に命じたのですから」
腕を組んで冷たく流し目する私に殿下は一瞬の沈黙後、ぷっと吹き出したかと思うとそこから大笑いしだした。
「な、何がおかしいのですか」
「いや。だって。お前が悪女とか笑うしかないだろ。悪女が聞いて呆れるぞ。むしろ悪女に謝れ」
「失礼ですねっ」
「いや。だってさ。他人に何か命じるって、それ程ありえないことはないだろ。俺はお前がエミリアを突き飛ばした上、持ち物をぶちまけたって聞いたから慌てて来たんだよ」
あの短時間でどこをどうやったらそんなひねた理論になるのか。伝聞とは恐ろしい。
「何ですか、それ。そちらの方こそありえないと思わなかったのですか」
「それは」
殿下は笑いを止めると、なぜか気まずそうに頬を掻いた。
「お前が嫉妬したって聞いたから。まあ、無くは無いのかなと」
「はいぃっ!? 誰が誰に対して嫉妬したと!」
「お前がエミリアに対して」
そこははっきり言わなくていいです!
頬に熱がますます集まってくる。
「だ、誰がそんな根も葉もない噂を! 噂の出所を教えてください。ぶった切ってきます」
「こら。やめろやめろ」
拳を振り上げた私の腕を殿下は取り押さえてくる。
「放してください!」
誤解されたままでこの先過ごせるわけが……って、あら? 嫉妬に狂って他の女性に嫌がらせというのは、定番だからこのままにしておいた方がいいもの? いや、でも。
思い迷っていると、力の抜けた私に気付いた殿下は私の腕をそのまま下ろす。
「お前が何を考えているのかは分からないけどさ。さっきみたいな顔をするくらいなら、いつものようにはっきり言葉を口にしろよ」
「――っ!」
言葉を呑み込むほどに胸に重い塊がたまっていくような気分になる。
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