婚約破棄に向けて悪役令嬢始めました

樹里

文字の大きさ
上 下
31 / 113

第31話 魔女の一撃

しおりを挟む
「ところでユーナ、何の用? 声くらいかけなさいよね」

 私は少し威厳を見せるために、片目を伏せて腕を組んだ。

「お声はかけましたよ。はーい。って聞こえましたので、入室いたしました」
「そ、そう? それなら悪かったわ」

 一瞬の内に崩壊する威厳に私は咳払いした。

「それで何の用かしら?」
「お掃除に参りました」
「お掃除? こんな雨の日に?」

 窓の方へと視線をやると、いつの間にか、先ほどより雨の勢いが強くなっていた。

「ええ。むしろお掃除日和ですよ。雨のおかげで空気が湿っているので、埃が立ちませんし、外の汚れなどは雨で落ちやすくなりますし」
「……そう」

 雨は何でも流してくれるのね。私のどこか鬱々とした気持ちも流してくれたらいいのに。

「そうだわ! わたくしもお掃除をします」
「は、はい!? 何をおっしゃっているのですか! お嬢様・・・にそんなことをさせられませんよ」
「何だか嫌味な言い方ね……。いいの。わたくしがやりたいの。気分転換したいのよ。お部屋が綺麗になったら淀んだ心もすっきりしそうだから」
「ですが」
「お願い! 何でもやるから」

 ユーナは困った顔をしたが、分かりましたと言って布巾を渡してきた。

「ではテーブル拭きをお願いいたします」

 なるほど。当たり障りの無い物を選んだようだ。でももう少しこう、綺麗になったと実感できるものをしたかったのだけれど、仕方ない。
 私は素直に受け取ってテーブルを拭く。拭く。拭く。ひたすら拭く。
 ……って。

「気晴らしにならなーい!」

 思わずテーブルに布巾を叩きつけたら、筆記具に当たり、テーブルからコロコロと転げ落ちた。
 慌てて追うが、チェストの裏へと潜りこむ。

「ユーナ」

 ユーナの方へと振り向くと椅子に登って窓を拭き掃除している姿が目に入り、私は自分でやろうと膝をついた。しかし、奥に入り込んだようで手が届かない。

 少しだけチェストを動かそう。
 そんな軽い気持ちだった。
 やれやれと立ち上がり、チェストに手をかけ力を入れた瞬間。

「――ひぐっ!?」

 腰に激痛が走り、私は床にごろんと転がった。

「……ヴィヴィアンナ様? ヴィヴィアンナ様!」


 主治医を呼んでもらい、手当してもらった私はただいまベッドの中。家族勢揃いで見守られる今の状況に気恥ずかしさを感じて、シーツを引き上げて目元ぎりぎりまで顔を隠した。

「ヴィヴィアンナ、大丈夫かい?」
「はい。お兄様。横になっていたら問題ありません」
「普段の頑張りが身体にどっと来たのかな。ゆっくり休んで」

 眉を下げて心配してくれるお兄様だったけれど、一方で身を縮めて謝罪するユーナにお母様が目をつり上げたことで、ほわほわした気分が一気に吹っ飛んだ。

「ユーナ、あなたがついていながら」
「た、大変申し訳ございません」

 私はベッドの中からユーナの方へと手を伸ばす。

「や、やめて。お母様。ユーナは止めたのに、わたくしが無理に言ってしたことよ。ユーナを責めないで。悪いのはわたくしです」
「当然でしょう!」

 怒りの矛先がこちらに向いた。
 それにしてもこんなに怒りを露わにするお母様は初めて見た気がする。
 公爵令嬢として常に凜とした姿であるべきだったのに、このザマなのだからお母様の怒りも当然かもしれない。

「お母様、このような失態を晒して申し訳ありません」
「……そういうことを言っているのではないの」

 私が謝罪すると、お母様は急に先ほどまでの勢いを失って目を半ば伏せた。

「お母様?」

 私はお母様に声をかけると、黙り込むお母様の代わりにお父様が口を開いた。

「つまりね。ヴィクトリアは倒れたお前を見て、胸が詰まりそうだったと言いたいんだよ」
「え?」

 私がお母様を見上げると、お母様は少し気まずそうに視線を逸らす。

「じ、自分の身体にも気を配りなさい」
「……はい、お母様」

 何だか、じんと胸が熱くなった。

「しかし、まあ。若いからかね。症状が軽くて良かったよ。ヴィクトリアの場合は、三日間は動けなかったからね」

 軽やかに笑うお父様に、焦った表情に変えたのはお母様だ。

「あ、あなた!?」
「え!? お母様も経験が?」

 お兄様は目を見開いて尋ねた。

「そうだよ。私が止めるのも聞かず、植木を持ちあげようとしたんだが、腰をグギッとやった後、床にひっくり返ったんだ。まさに魔女の一撃を食らったかのようだったよ。やっぱり親子だねぇ」
「あなた!」

 もはや顔を真っ赤にして普段の澄ました表情を取り繕うこともしないお母様がおかしくなって、いけないと思いつつ、ぷっと吹き出してしまった。そこからはもう笑いの連鎖だ。

 魔女の一撃のおかげで、私の部屋ではしばらく笑い声が響いた。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。

婚約破棄されましたが、帝国皇女なので元婚約者は投獄します

けんゆう
ファンタジー
「お前のような下級貴族の養女など、もう不要だ!」  五年間、婚約者として尽くしてきたフィリップに、冷たく告げられたソフィア。  他の貴族たちからも嘲笑と罵倒を浴び、社交界から追放されかける。 だが、彼らは知らなかった――。 ソフィアは、ただの下級貴族の養女ではない。 そんな彼女の元に届いたのは、隣国からお兄様が、貿易利権を手土産にやってくる知らせ。 「フィリップ様、あなたが何を捨てたのかーー思い知らせて差し上げますわ!」 逆襲を決意し、華麗に着飾ってパーティーに乗り込んだソフィア。 「妹を侮辱しただと? 極刑にすべきはお前たちだ!」 ブチギレるお兄様。 貴族たちは青ざめ、王国は崩壊寸前!? 「ざまぁ」どころか 国家存亡の危機 に!? 果たしてソフィアはお兄様の暴走を止め、自由な未来を手に入れられるか? 「私の未来は、私が決めます!」 皇女の誇りをかけた逆転劇、ここに開幕!

お言葉を返すようですが、私それ程暇人ではありませんので

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
<あなた方を相手にするだけ、時間の無駄です> 【私に濡れ衣を着せるなんて、皆さん本当に暇人ですね】 今日も私は許婚に身に覚えの無い嫌がらせを彼の幼馴染に働いたと言われて叱責される。そして彼の腕の中には怯えたふりをする彼女の姿。しかも2人を取り巻く人々までもがこぞって私を悪者よばわりしてくる有様。私がいつどこで嫌がらせを?あなた方が思う程、私暇人ではありませんけど?

悪役令嬢、資産運用で学園を掌握する 〜王太子?興味ない、私は経済で無双する〜

言諮 アイ
ファンタジー
異世界貴族社会の名門・ローデリア学園。そこに通う公爵令嬢リリアーナは、婚約者である王太子エドワルドから一方的に婚約破棄を宣言される。理由は「平民の聖女をいじめた悪役だから」?——はっ、笑わせないで。 しかし、リリアーナには王太子も知らない"切り札"があった。 それは、前世の知識を活かした「資産運用」。株式、事業投資、不動産売買……全てを駆使し、わずか数日で貴族社会の経済を掌握する。 「王太子?聖女?その程度の茶番に構っている暇はないわ。私は"資産"でこの学園を支配するのだから。」 破滅フラグ?なら経済で粉砕するだけ。 気づけば、学園も貴族もすべてが彼女の手中に——。 「お前は……一体何者だ?」と動揺する王太子に、リリアーナは微笑む。 「私はただの投資家よ。負けたくないなら……資本主義のルールを学びなさい。」 学園を舞台に繰り広げられる異世界経済バトルロマンス! "悪役令嬢"、ここに爆誕!

処理中です...