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第31話 魔女の一撃
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「ところでユーナ、何の用? 声くらいかけなさいよね」
私は少し威厳を見せるために、片目を伏せて腕を組んだ。
「お声はかけましたよ。はーい。って聞こえましたので、入室いたしました」
「そ、そう? それなら悪かったわ」
一瞬の内に崩壊する威厳に私は咳払いした。
「それで何の用かしら?」
「お掃除に参りました」
「お掃除? こんな雨の日に?」
窓の方へと視線をやると、いつの間にか、先ほどより雨の勢いが強くなっていた。
「ええ。むしろお掃除日和ですよ。雨のおかげで空気が湿っているので、埃が立ちませんし、外の汚れなどは雨で落ちやすくなりますし」
「……そう」
雨は何でも流してくれるのね。私のどこか鬱々とした気持ちも流してくれたらいいのに。
「そうだわ! わたくしもお掃除をします」
「は、はい!? 何をおっしゃっているのですか! お嬢様にそんなことをさせられませんよ」
「何だか嫌味な言い方ね……。いいの。わたくしがやりたいの。気分転換したいのよ。お部屋が綺麗になったら淀んだ心もすっきりしそうだから」
「ですが」
「お願い! 何でもやるから」
ユーナは困った顔をしたが、分かりましたと言って布巾を渡してきた。
「ではテーブル拭きをお願いいたします」
なるほど。当たり障りの無い物を選んだようだ。でももう少しこう、綺麗になったと実感できるものをしたかったのだけれど、仕方ない。
私は素直に受け取ってテーブルを拭く。拭く。拭く。ひたすら拭く。
……って。
「気晴らしにならなーい!」
思わずテーブルに布巾を叩きつけたら、筆記具に当たり、テーブルからコロコロと転げ落ちた。
慌てて追うが、チェストの裏へと潜りこむ。
「ユーナ」
ユーナの方へと振り向くと椅子に登って窓を拭き掃除している姿が目に入り、私は自分でやろうと膝をついた。しかし、奥に入り込んだようで手が届かない。
少しだけチェストを動かそう。
そんな軽い気持ちだった。
やれやれと立ち上がり、チェストに手をかけ力を入れた瞬間。
「――ひぐっ!?」
腰に激痛が走り、私は床にごろんと転がった。
「……ヴィヴィアンナ様? ヴィヴィアンナ様!」
主治医を呼んでもらい、手当してもらった私はただいまベッドの中。家族勢揃いで見守られる今の状況に気恥ずかしさを感じて、シーツを引き上げて目元ぎりぎりまで顔を隠した。
「ヴィヴィアンナ、大丈夫かい?」
「はい。お兄様。横になっていたら問題ありません」
「普段の頑張りが身体にどっと来たのかな。ゆっくり休んで」
眉を下げて心配してくれるお兄様だったけれど、一方で身を縮めて謝罪するユーナにお母様が目をつり上げたことで、ほわほわした気分が一気に吹っ飛んだ。
「ユーナ、あなたがついていながら」
「た、大変申し訳ございません」
私はベッドの中からユーナの方へと手を伸ばす。
「や、やめて。お母様。ユーナは止めたのに、わたくしが無理に言ってしたことよ。ユーナを責めないで。悪いのはわたくしです」
「当然でしょう!」
怒りの矛先がこちらに向いた。
それにしてもこんなに怒りを露わにするお母様は初めて見た気がする。
公爵令嬢として常に凜とした姿であるべきだったのに、このザマなのだからお母様の怒りも当然かもしれない。
「お母様、このような失態を晒して申し訳ありません」
「……そういうことを言っているのではないの」
私が謝罪すると、お母様は急に先ほどまでの勢いを失って目を半ば伏せた。
「お母様?」
私はお母様に声をかけると、黙り込むお母様の代わりにお父様が口を開いた。
「つまりね。ヴィクトリアは倒れたお前を見て、胸が詰まりそうだったと言いたいんだよ」
「え?」
私がお母様を見上げると、お母様は少し気まずそうに視線を逸らす。
「じ、自分の身体にも気を配りなさい」
「……はい、お母様」
何だか、じんと胸が熱くなった。
「しかし、まあ。若いからかね。症状が軽くて良かったよ。ヴィクトリアの場合は、三日間は動けなかったからね」
軽やかに笑うお父様に、焦った表情に変えたのはお母様だ。
「あ、あなた!?」
「え!? お母様も経験が?」
お兄様は目を見開いて尋ねた。
「そうだよ。私が止めるのも聞かず、植木を持ちあげようとしたんだが、腰をグギッとやった後、床にひっくり返ったんだ。まさに魔女の一撃を食らったかのようだったよ。やっぱり親子だねぇ」
「あなた!」
もはや顔を真っ赤にして普段の澄ました表情を取り繕うこともしないお母様がおかしくなって、いけないと思いつつ、ぷっと吹き出してしまった。そこからはもう笑いの連鎖だ。
魔女の一撃のおかげで、私の部屋ではしばらく笑い声が響いた。
私は少し威厳を見せるために、片目を伏せて腕を組んだ。
「お声はかけましたよ。はーい。って聞こえましたので、入室いたしました」
「そ、そう? それなら悪かったわ」
一瞬の内に崩壊する威厳に私は咳払いした。
「それで何の用かしら?」
「お掃除に参りました」
「お掃除? こんな雨の日に?」
窓の方へと視線をやると、いつの間にか、先ほどより雨の勢いが強くなっていた。
「ええ。むしろお掃除日和ですよ。雨のおかげで空気が湿っているので、埃が立ちませんし、外の汚れなどは雨で落ちやすくなりますし」
「……そう」
雨は何でも流してくれるのね。私のどこか鬱々とした気持ちも流してくれたらいいのに。
「そうだわ! わたくしもお掃除をします」
「は、はい!? 何をおっしゃっているのですか! お嬢様にそんなことをさせられませんよ」
「何だか嫌味な言い方ね……。いいの。わたくしがやりたいの。気分転換したいのよ。お部屋が綺麗になったら淀んだ心もすっきりしそうだから」
「ですが」
「お願い! 何でもやるから」
ユーナは困った顔をしたが、分かりましたと言って布巾を渡してきた。
「ではテーブル拭きをお願いいたします」
なるほど。当たり障りの無い物を選んだようだ。でももう少しこう、綺麗になったと実感できるものをしたかったのだけれど、仕方ない。
私は素直に受け取ってテーブルを拭く。拭く。拭く。ひたすら拭く。
……って。
「気晴らしにならなーい!」
思わずテーブルに布巾を叩きつけたら、筆記具に当たり、テーブルからコロコロと転げ落ちた。
慌てて追うが、チェストの裏へと潜りこむ。
「ユーナ」
ユーナの方へと振り向くと椅子に登って窓を拭き掃除している姿が目に入り、私は自分でやろうと膝をついた。しかし、奥に入り込んだようで手が届かない。
少しだけチェストを動かそう。
そんな軽い気持ちだった。
やれやれと立ち上がり、チェストに手をかけ力を入れた瞬間。
「――ひぐっ!?」
腰に激痛が走り、私は床にごろんと転がった。
「……ヴィヴィアンナ様? ヴィヴィアンナ様!」
主治医を呼んでもらい、手当してもらった私はただいまベッドの中。家族勢揃いで見守られる今の状況に気恥ずかしさを感じて、シーツを引き上げて目元ぎりぎりまで顔を隠した。
「ヴィヴィアンナ、大丈夫かい?」
「はい。お兄様。横になっていたら問題ありません」
「普段の頑張りが身体にどっと来たのかな。ゆっくり休んで」
眉を下げて心配してくれるお兄様だったけれど、一方で身を縮めて謝罪するユーナにお母様が目をつり上げたことで、ほわほわした気分が一気に吹っ飛んだ。
「ユーナ、あなたがついていながら」
「た、大変申し訳ございません」
私はベッドの中からユーナの方へと手を伸ばす。
「や、やめて。お母様。ユーナは止めたのに、わたくしが無理に言ってしたことよ。ユーナを責めないで。悪いのはわたくしです」
「当然でしょう!」
怒りの矛先がこちらに向いた。
それにしてもこんなに怒りを露わにするお母様は初めて見た気がする。
公爵令嬢として常に凜とした姿であるべきだったのに、このザマなのだからお母様の怒りも当然かもしれない。
「お母様、このような失態を晒して申し訳ありません」
「……そういうことを言っているのではないの」
私が謝罪すると、お母様は急に先ほどまでの勢いを失って目を半ば伏せた。
「お母様?」
私はお母様に声をかけると、黙り込むお母様の代わりにお父様が口を開いた。
「つまりね。ヴィクトリアは倒れたお前を見て、胸が詰まりそうだったと言いたいんだよ」
「え?」
私がお母様を見上げると、お母様は少し気まずそうに視線を逸らす。
「じ、自分の身体にも気を配りなさい」
「……はい、お母様」
何だか、じんと胸が熱くなった。
「しかし、まあ。若いからかね。症状が軽くて良かったよ。ヴィクトリアの場合は、三日間は動けなかったからね」
軽やかに笑うお父様に、焦った表情に変えたのはお母様だ。
「あ、あなた!?」
「え!? お母様も経験が?」
お兄様は目を見開いて尋ねた。
「そうだよ。私が止めるのも聞かず、植木を持ちあげようとしたんだが、腰をグギッとやった後、床にひっくり返ったんだ。まさに魔女の一撃を食らったかのようだったよ。やっぱり親子だねぇ」
「あなた!」
もはや顔を真っ赤にして普段の澄ました表情を取り繕うこともしないお母様がおかしくなって、いけないと思いつつ、ぷっと吹き出してしまった。そこからはもう笑いの連鎖だ。
魔女の一撃のおかげで、私の部屋ではしばらく笑い声が響いた。
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