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第30話 警告文
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家の大きな窓からしとしとと降る雨の様子を見つめ、私はため息をついた。
本日は雨だ。だから頭が重い。だからはかどらない。決して私の文才や語彙力が無いからではない! ……はずである。
「あー。だめだわ」
私はペンを放り出して、机の上に顔を寝そべらせた。
今日はエミリア嬢への警告文を書こうと奮闘しているのだけれど、なかなか上手い言葉が出てこない。
とりあえず長々と忠告文を書くよりは、短い警告文の方が効果的かと思って書いてはみるものの……。
『身分差も考えず、恥知らず』
『馴れ馴れしくするな』
『何をするか分からないぞ』
『軽々しく近づくな』
『背中に気を付けろ』
『常にお前を監視しているぞ』
うーん。どれも今一つぴんと来ない。妙にありきたりで堅苦しいし、警告文と言うより脅迫文のようにも見える。けれどその割には迫力がない。こう、もっと刺激的で注意喚起できるような言葉はないものか。
もしかしたら彼女の教科書はあのままにしておく方が良かったのかもしれない。あれ程の穏やかで強烈な警告は無かっただろう。少なくとも私の警告文よりは。
うーんと再び唸っていると。
「ヴィヴィアンナ様、何をなさっているのですか?」
にゅるっと私の横から顔を出すユーナに、私はひぃっと声を上げた。
「ちょっ、ユーナ! け、気配消して近付くのはやめてちょうだい」
「うふふふ。恋文ですかぁ」
私の叱責も軽く流して、にんまりとした笑みを浮かべるユーナ。
この職に就いた当初はびくびくしていたのに、今や彼女の一挙一動にどきどきハラハラさせられるのは私で、すっかり立場は逆転された。
「恋文じゃないわ。警告文です」
「そうなのですか? どれどれ」
ユーナは私が書いた数々の文字を覗き見て、すぐに呆れた様にため息をついた。
「ヴィヴィアンナ様、どれもこれもインパクトに欠けますよ。これじゃあ、相手に気持ちが伝わりません」
「た、たまには的確な事を言うのね。私もそうは思っていたのだけれど、なかなか良い言葉が浮かばなくてね」
「わたくしにお任せください! 推敲してさしあげましょう。こう見えても物書きを目指していた時期もあるのですよ」
いつものように胸を張るユーナに、少しぐらいの嫌な予感はあるけれど、とりあえず任せてみよう。
「じゃあ、お願い」
「はい。かしこまりました!」
ユーナはうきうきしながらペンを走らせる。
物書きを目指していたという話もあながち嘘ではないらしい。ペンを持った彼女は水を得た魚のようだ。
そんなユーナの横顔を見つめていると、すぐに彼女は顔を上げた。
「できましたわ!」
「早いわね。ありがとう。では読ませてもらうわね」
得意げなユーナにほんの少しだけ希望を持って見てみる。
『身分も弁えず、恥を忍んで申し上げます。私は常に貴方のことを想い、そのお姿を見つめていると言うのに、なぜ貴方が見つめるその先は私ではないのでしょう。
私は嫉妬で狂い、貴方に近付く女性に、いつか何かをしてしまいそうで怖いのです。お願いですから他の女性と親しくなさらないでください。
その麗しい瞳に私以外の女性を映さないでください。いつも貴方の背中しか追い求めることができない私の気持ちを、どうか受け止めてください。
愛しき殿下へ。ヴィヴィアンナより愛を込めて』
「…………だあぁぁぁっ!」
私は絶叫しながらそれを力強く引き裂いた。
「きゃあ!? ひ、酷い! 力作を酷い! あんまりです。一生懸命書いたのですよ」
「だから恋文じゃないって言っているでしょお! しかも曲解しつつ要素要素、ちゃっかり入れてくれちゃってもう! これは殿下に渡す物じゃないの! 女性に渡す物なの!」
その言葉にユーナが目を丸くして、はっと我に返った。
「あ、あ。ユーナ、ち、違うのよ。あのね」
何にも違わないのだけれど、なぜか彼女が私を見つめる目に焦ってしまう。
「いいえ。何も言わなくて大丈夫です。ユーナには何もかもお見通しですよ」
公爵令嬢らしからぬ言動だとさすがに嘆かれるだろうか。
私をじっと見据えるユーナに私は胸がツキンとした……のだけれど、そこはさすがユーナでした。
「恋文ではなくて、恋のライバルへの果たし状だったのですね! それならそうとおっしゃってください。果たし状なら、なお得意です。このユーナにお任せくださいませ!」
表情をきりっと得意げに変えて再び胸を張るユーナに一言。
「……や。もういいです」
私は謹まずにお断りした。
本日は雨だ。だから頭が重い。だからはかどらない。決して私の文才や語彙力が無いからではない! ……はずである。
「あー。だめだわ」
私はペンを放り出して、机の上に顔を寝そべらせた。
今日はエミリア嬢への警告文を書こうと奮闘しているのだけれど、なかなか上手い言葉が出てこない。
とりあえず長々と忠告文を書くよりは、短い警告文の方が効果的かと思って書いてはみるものの……。
『身分差も考えず、恥知らず』
『馴れ馴れしくするな』
『何をするか分からないぞ』
『軽々しく近づくな』
『背中に気を付けろ』
『常にお前を監視しているぞ』
うーん。どれも今一つぴんと来ない。妙にありきたりで堅苦しいし、警告文と言うより脅迫文のようにも見える。けれどその割には迫力がない。こう、もっと刺激的で注意喚起できるような言葉はないものか。
もしかしたら彼女の教科書はあのままにしておく方が良かったのかもしれない。あれ程の穏やかで強烈な警告は無かっただろう。少なくとも私の警告文よりは。
うーんと再び唸っていると。
「ヴィヴィアンナ様、何をなさっているのですか?」
にゅるっと私の横から顔を出すユーナに、私はひぃっと声を上げた。
「ちょっ、ユーナ! け、気配消して近付くのはやめてちょうだい」
「うふふふ。恋文ですかぁ」
私の叱責も軽く流して、にんまりとした笑みを浮かべるユーナ。
この職に就いた当初はびくびくしていたのに、今や彼女の一挙一動にどきどきハラハラさせられるのは私で、すっかり立場は逆転された。
「恋文じゃないわ。警告文です」
「そうなのですか? どれどれ」
ユーナは私が書いた数々の文字を覗き見て、すぐに呆れた様にため息をついた。
「ヴィヴィアンナ様、どれもこれもインパクトに欠けますよ。これじゃあ、相手に気持ちが伝わりません」
「た、たまには的確な事を言うのね。私もそうは思っていたのだけれど、なかなか良い言葉が浮かばなくてね」
「わたくしにお任せください! 推敲してさしあげましょう。こう見えても物書きを目指していた時期もあるのですよ」
いつものように胸を張るユーナに、少しぐらいの嫌な予感はあるけれど、とりあえず任せてみよう。
「じゃあ、お願い」
「はい。かしこまりました!」
ユーナはうきうきしながらペンを走らせる。
物書きを目指していたという話もあながち嘘ではないらしい。ペンを持った彼女は水を得た魚のようだ。
そんなユーナの横顔を見つめていると、すぐに彼女は顔を上げた。
「できましたわ!」
「早いわね。ありがとう。では読ませてもらうわね」
得意げなユーナにほんの少しだけ希望を持って見てみる。
『身分も弁えず、恥を忍んで申し上げます。私は常に貴方のことを想い、そのお姿を見つめていると言うのに、なぜ貴方が見つめるその先は私ではないのでしょう。
私は嫉妬で狂い、貴方に近付く女性に、いつか何かをしてしまいそうで怖いのです。お願いですから他の女性と親しくなさらないでください。
その麗しい瞳に私以外の女性を映さないでください。いつも貴方の背中しか追い求めることができない私の気持ちを、どうか受け止めてください。
愛しき殿下へ。ヴィヴィアンナより愛を込めて』
「…………だあぁぁぁっ!」
私は絶叫しながらそれを力強く引き裂いた。
「きゃあ!? ひ、酷い! 力作を酷い! あんまりです。一生懸命書いたのですよ」
「だから恋文じゃないって言っているでしょお! しかも曲解しつつ要素要素、ちゃっかり入れてくれちゃってもう! これは殿下に渡す物じゃないの! 女性に渡す物なの!」
その言葉にユーナが目を丸くして、はっと我に返った。
「あ、あ。ユーナ、ち、違うのよ。あのね」
何にも違わないのだけれど、なぜか彼女が私を見つめる目に焦ってしまう。
「いいえ。何も言わなくて大丈夫です。ユーナには何もかもお見通しですよ」
公爵令嬢らしからぬ言動だとさすがに嘆かれるだろうか。
私をじっと見据えるユーナに私は胸がツキンとした……のだけれど、そこはさすがユーナでした。
「恋文ではなくて、恋のライバルへの果たし状だったのですね! それならそうとおっしゃってください。果たし状なら、なお得意です。このユーナにお任せくださいませ!」
表情をきりっと得意げに変えて再び胸を張るユーナに一言。
「……や。もういいです」
私は謹まずにお断りした。
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