婚約破棄に向けて悪役令嬢始めました

樹里

文字の大きさ
上 下
33 / 113

第33話 本当に痛むのは

しおりを挟む
 馬鹿馬鹿しい。私は笑っているというのに。私はむしろこの状況を何よりも望んできて、今とても喜んでいるというのに。なぜ泣きそうになっているなどと言うのか。……ああ、腰の痛みで泣きそうになっているというのなら、理解できないでもない。

「誰が泣いているのです」
「泣いているとは言っていないだろ。泣きそうな顔って言ったんだ」

 また顔のことを言う。これは生まれつきの顔だというのに。
 反論しようとするけれど、なぜかいつものような軽い憎まれ口は出てこない。

「……ヴィヴィアンナ?」

 言葉に詰まって固まる私に、いつの間にかエミリア嬢は手を止めて私を心配そうに見つめている。
 それに気付いた私は、これ以上周りからの好奇の目にさらされるのはごめんだと思い、そのまま身を翻した。

「お、おい! ヴィヴィアンナ! ちょっと待て!」

 私は構わずそのまま歩いて行こうとするけれど。

「おい、待てと言っているだろ!」

 苛立ったような殿下の声に足を止め、一呼吸すると何とか落ち着いた。肩越しに未だ跪いたままの彼を見下ろす。

「殿下とは言えども、学院内ここで命じたことに従う義務はございませんわ。それではごきげんよう」
「ヴィヴィアンナ!」

 今度こそ彼の言葉に振り返らず私は足を前に進めた。


 はぁ。
 化粧室に逃げ込んだ私は一つ大きく息を吐き出す。

 すごい。良かったじゃない。悪役としては上出来だった。きっと殿下にも嫌なやつとして印象づけられたでしょう。これで悪役への道はまた一歩大きく前進したはず。
 ……それなのに。
 奥底でズキズキ痛む胸を押さえた。

 どうしてこんなに心が苦しいのだろう。
 強く見据える殿下の瞳になぜ私はこんなに傷ついているのだろう。
 今生こそは悪役に徹すると、あの日に誓ったはずなのに。
 殿下が私に笑みを向けるようになってくれたからと言って、結局は同じ末路になるだけなのに、私はまた何を期待していたんだろう。
 心の整理がつかないまま私は化粧室を出た。


 自分の席に着くと周りが遠巻きで見てくる視線に嫌でも気付いた。
 殿下相手に啖呵を切った私に嫌悪を抱いているか、恐怖を覚えているか。どちらでもそう変わりない。周りはいつだって敵だらけで、友達なんていやしないのだから。

 気分を切り替えて次の授業の用意をしようとして、さっき自分の教科書などを放置したまま立ち去ったことを思い出す。

 しまった。せめて拾い集めてもらったものを奪い取ってから、立ち去れば良かったかもしれない。殿下のあの様子では、どこに捨て置かれたことか。
 けれど、どうせ授業内容は頭に入っているから問題はない。先生には注意されるかもしれないけれど、まあ、それもどうでもいいこと。

 もはや捨て鉢な気分になっていたところ、教室が少しざわめいたかと思うや否や、突如、机の上に何かがどさどさと降ってきて、驚きで思わず身を引いた。

 よく見るとさっき落としてきた私の持ち物だ。
 慌てて降ってきた先を見上げると、不機嫌そうな殿下の姿がそこにあった。

「教科書一つ、筆記具一つ用意せずに授業を受けるとは良い態度だな」

 てっきり捨て置かれたと思ったのに、どうして殿下直々に持って来るのか。
 さっきの態度で、どういう顔をすればいいのか分からない私は狼狽して咄嗟に顔を背けた。

「わ、わたくしは優秀ですから、無くても問題ありませんわ」
「ふーん。そんなに優秀か。だったらサボっても問題ないよな」
「……はい?」
「ちょっと顔貸せ」

 殿下は私の腕を取る。
 下手に抵抗すると、腰の痛みがまたぶり返しそうだ。私は仕方なく立ち上がり、殿下に引っ張られるまま教室を出た。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

21時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。

もう終わってますわ

こもろう
恋愛
聖女ローラとばかり親しく付き合うの婚約者メルヴィン王子。 爪弾きにされた令嬢エメラインは覚悟を決めて立ち上がる。

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

悪役令嬢、資産運用で学園を掌握する 〜王太子?興味ない、私は経済で無双する〜

言諮 アイ
ファンタジー
異世界貴族社会の名門・ローデリア学園。そこに通う公爵令嬢リリアーナは、婚約者である王太子エドワルドから一方的に婚約破棄を宣言される。理由は「平民の聖女をいじめた悪役だから」?——はっ、笑わせないで。 しかし、リリアーナには王太子も知らない"切り札"があった。 それは、前世の知識を活かした「資産運用」。株式、事業投資、不動産売買……全てを駆使し、わずか数日で貴族社会の経済を掌握する。 「王太子?聖女?その程度の茶番に構っている暇はないわ。私は"資産"でこの学園を支配するのだから。」 破滅フラグ?なら経済で粉砕するだけ。 気づけば、学園も貴族もすべてが彼女の手中に——。 「お前は……一体何者だ?」と動揺する王太子に、リリアーナは微笑む。 「私はただの投資家よ。負けたくないなら……資本主義のルールを学びなさい。」 学園を舞台に繰り広げられる異世界経済バトルロマンス! "悪役令嬢"、ここに爆誕!

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...