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第33話 本当に痛むのは
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馬鹿馬鹿しい。私は笑っているというのに。私はむしろこの状況を何よりも望んできて、今とても喜んでいるというのに。なぜ泣きそうになっているなどと言うのか。……ああ、腰の痛みで泣きそうになっているというのなら、理解できないでもない。
「誰が泣いているのです」
「泣いているとは言っていないだろ。泣きそうな顔って言ったんだ」
また顔のことを言う。これは生まれつきの顔だというのに。
反論しようとするけれど、なぜかいつものような軽い憎まれ口は出てこない。
「……ヴィヴィアンナ?」
言葉に詰まって固まる私に、いつの間にかエミリア嬢は手を止めて私を心配そうに見つめている。
それに気付いた私は、これ以上周りからの好奇の目にさらされるのはごめんだと思い、そのまま身を翻した。
「お、おい! ヴィヴィアンナ! ちょっと待て!」
私は構わずそのまま歩いて行こうとするけれど。
「おい、待てと言っているだろ!」
苛立ったような殿下の声に足を止め、一呼吸すると何とか落ち着いた。肩越しに未だ跪いたままの彼を見下ろす。
「殿下とは言えども、学院内で命じたことに従う義務はございませんわ。それではごきげんよう」
「ヴィヴィアンナ!」
今度こそ彼の言葉に振り返らず私は足を前に進めた。
はぁ。
化粧室に逃げ込んだ私は一つ大きく息を吐き出す。
すごい。良かったじゃない。悪役としては上出来だった。きっと殿下にも嫌なやつとして印象づけられたでしょう。これで悪役への道はまた一歩大きく前進したはず。
……それなのに。
奥底でズキズキ痛む胸を押さえた。
どうしてこんなに心が苦しいのだろう。
強く見据える殿下の瞳になぜ私はこんなに傷ついているのだろう。
今生こそは悪役に徹すると、あの日に誓ったはずなのに。
殿下が私に笑みを向けるようになってくれたからと言って、結局は同じ末路になるだけなのに、私はまた何を期待していたんだろう。
心の整理がつかないまま私は化粧室を出た。
自分の席に着くと周りが遠巻きで見てくる視線に嫌でも気付いた。
殿下相手に啖呵を切った私に嫌悪を抱いているか、恐怖を覚えているか。どちらでもそう変わりない。周りはいつだって敵だらけで、友達なんていやしないのだから。
気分を切り替えて次の授業の用意をしようとして、さっき自分の教科書などを放置したまま立ち去ったことを思い出す。
しまった。せめて拾い集めてもらったものを奪い取ってから、立ち去れば良かったかもしれない。殿下のあの様子では、どこに捨て置かれたことか。
けれど、どうせ授業内容は頭に入っているから問題はない。先生には注意されるかもしれないけれど、まあ、それもどうでもいいこと。
もはや捨て鉢な気分になっていたところ、教室が少しざわめいたかと思うや否や、突如、机の上に何かがどさどさと降ってきて、驚きで思わず身を引いた。
よく見るとさっき落としてきた私の持ち物だ。
慌てて降ってきた先を見上げると、不機嫌そうな殿下の姿がそこにあった。
「教科書一つ、筆記具一つ用意せずに授業を受けるとは良い態度だな」
てっきり捨て置かれたと思ったのに、どうして殿下直々に持って来るのか。
さっきの態度で、どういう顔をすればいいのか分からない私は狼狽して咄嗟に顔を背けた。
「わ、わたくしは優秀ですから、無くても問題ありませんわ」
「ふーん。そんなに優秀か。だったらサボっても問題ないよな」
「……はい?」
「ちょっと顔貸せ」
殿下は私の腕を取る。
下手に抵抗すると、腰の痛みがまたぶり返しそうだ。私は仕方なく立ち上がり、殿下に引っ張られるまま教室を出た。
「誰が泣いているのです」
「泣いているとは言っていないだろ。泣きそうな顔って言ったんだ」
また顔のことを言う。これは生まれつきの顔だというのに。
反論しようとするけれど、なぜかいつものような軽い憎まれ口は出てこない。
「……ヴィヴィアンナ?」
言葉に詰まって固まる私に、いつの間にかエミリア嬢は手を止めて私を心配そうに見つめている。
それに気付いた私は、これ以上周りからの好奇の目にさらされるのはごめんだと思い、そのまま身を翻した。
「お、おい! ヴィヴィアンナ! ちょっと待て!」
私は構わずそのまま歩いて行こうとするけれど。
「おい、待てと言っているだろ!」
苛立ったような殿下の声に足を止め、一呼吸すると何とか落ち着いた。肩越しに未だ跪いたままの彼を見下ろす。
「殿下とは言えども、学院内で命じたことに従う義務はございませんわ。それではごきげんよう」
「ヴィヴィアンナ!」
今度こそ彼の言葉に振り返らず私は足を前に進めた。
はぁ。
化粧室に逃げ込んだ私は一つ大きく息を吐き出す。
すごい。良かったじゃない。悪役としては上出来だった。きっと殿下にも嫌なやつとして印象づけられたでしょう。これで悪役への道はまた一歩大きく前進したはず。
……それなのに。
奥底でズキズキ痛む胸を押さえた。
どうしてこんなに心が苦しいのだろう。
強く見据える殿下の瞳になぜ私はこんなに傷ついているのだろう。
今生こそは悪役に徹すると、あの日に誓ったはずなのに。
殿下が私に笑みを向けるようになってくれたからと言って、結局は同じ末路になるだけなのに、私はまた何を期待していたんだろう。
心の整理がつかないまま私は化粧室を出た。
自分の席に着くと周りが遠巻きで見てくる視線に嫌でも気付いた。
殿下相手に啖呵を切った私に嫌悪を抱いているか、恐怖を覚えているか。どちらでもそう変わりない。周りはいつだって敵だらけで、友達なんていやしないのだから。
気分を切り替えて次の授業の用意をしようとして、さっき自分の教科書などを放置したまま立ち去ったことを思い出す。
しまった。せめて拾い集めてもらったものを奪い取ってから、立ち去れば良かったかもしれない。殿下のあの様子では、どこに捨て置かれたことか。
けれど、どうせ授業内容は頭に入っているから問題はない。先生には注意されるかもしれないけれど、まあ、それもどうでもいいこと。
もはや捨て鉢な気分になっていたところ、教室が少しざわめいたかと思うや否や、突如、机の上に何かがどさどさと降ってきて、驚きで思わず身を引いた。
よく見るとさっき落としてきた私の持ち物だ。
慌てて降ってきた先を見上げると、不機嫌そうな殿下の姿がそこにあった。
「教科書一つ、筆記具一つ用意せずに授業を受けるとは良い態度だな」
てっきり捨て置かれたと思ったのに、どうして殿下直々に持って来るのか。
さっきの態度で、どういう顔をすればいいのか分からない私は狼狽して咄嗟に顔を背けた。
「わ、わたくしは優秀ですから、無くても問題ありませんわ」
「ふーん。そんなに優秀か。だったらサボっても問題ないよな」
「……はい?」
「ちょっと顔貸せ」
殿下は私の腕を取る。
下手に抵抗すると、腰の痛みがまたぶり返しそうだ。私は仕方なく立ち上がり、殿下に引っ張られるまま教室を出た。
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