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第32話 怪我の功名
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あれから三日。
症状は軽かったし、コルセットも装着してもらっているから、今のところ学校生活にはほぼ支障なく過ごせている。時折何かの拍子に痛むけれど、余程大きな動きでもしなければ問題無さそうだ。
エリミア嬢のことも、しばらく何事も起こらないはずだから走り回ることもない。もう少しこの平穏が続いてほしい。いえ、何ならずっと。ただでさえ悩み事は多いのだから。
そう。
最近、公爵令嬢としての誇りがそこはかとなく失われていっているような気がするけれど、果たして大丈夫なのか……。
はぁ。
こんなに悪役に徹しようと努力しているのだから、世界はもう少し私に優しくしてくれたっていいでしょうに。
精神と主に肉体疲労でため息を吐く。
ここで悪役としても、一つ名誉挽回といきたいところだけれど、どうしたものか。
私は教科書を抱き、物思いにふけりながら学校の廊下を歩いていると。
――ドンッ!
「っ!」
誰かが強くぶつかってきた。
当たった場所が悪く、胸に抱いた教科書をばさばさと音を立ててまき散らしてしまう。
「あ、悪――す、すみませんっ!」
散らばったものに気を取られている内に、振り返った時には逃げ去る後ろ姿だけだった。
私もぼっとしていたのは悪かったけれど、拾うのくらい手伝ってくれればいいのに。……あ。もしかして私を知っている誰かで、目をつけられるとまずいと思ったのかもしれない。
誰だって自分の立場を脅かす人間には近付きたくないものね。だから私には友達がいないんだわ。
心の中でため息をついていると、前からエミリア嬢が駆けつけてくるのが見えた。
本日は本当の偶然だ。
「ヴィヴィアンナ様、大丈夫ですか?」
こちらは敵対宣言を突きつけたというのに、彼女はそれでも気遣いしてくれるだなんて本当に心が綺麗な優しい子なんだなと思う。自分のためだけに動く私とはまるで大違い。
「……ええ。ありがとう。大丈夫よ」
半ば目を伏せてお礼を言うと、散らばった物を取ろうと身を屈める。
その瞬間、腰にびしっとした鋭い痛みが走り、身が硬直した。
「っ!」
こ、これは強烈……。痛みですぐに動けない!
思わず腰を押さえる私の一方、エミリア嬢が身を屈めて教科書や筆記具を拾い上げてくれる。
「あ。ありが――」
彼女にお礼を言おうとした時、周りの人たちが遠巻きながら、眉根を寄せてひそひそ話しているのに気付いてはっと口を閉ざした。
どうやら周りには、私が彼女に物を拾うのを命じている構図に見えるらしい。
何という好都合!
プライドをかなぐり捨ててまでやりたくないと思っていた彼女への嫌がらせが偶然とは言え、ここでなし得たのだから。……違う意味でプライドが砕けてはいるけれど。
とりあえず、それに拍車がかかるようにと指さしながら口を開いた。
「ああ。それも取ってくださる?」
「あ。はい。分かり――」
彼女が快く取ってくれようとしたその時。
「おい! 何をやっている!」
話を聞きつけたらしい殿下が走ってこちらの方へとやって来た。
素晴らしい! いつもタイミングが悪い人なのに、本日は何と良いタイミングで現れてくれたことでしょう。
「おい、ヴィヴィアンナ! お前、一体何をしているんだ!?」
殿下は久しく強い瞳で私を見据えた。
これまで殿下に悪態をつくぐらいで、なかなか真の悪女っぷりをアピールできなかったけれど、これで少しは感じてくれただろうか。まさに怪我の功名というもの。
「おい、エミリア。大丈夫か? 拾わなくていいぞ。ヴィヴィアンナに拾わせろ」
「え。そ、そんな。私はそんなつもりでは。私が勝手にしていることで」
あらエミリアだなんて。知らない内にもう名前で呼ぶ間柄になっていたとは。殿下も隅に置けませんわねぇ。
自然と口元がほころんだ。
「おい、ヴィヴィアンナ!」
床に膝をつく彼らのかたわらで、何もせずに棒立ちしている私に苛立ったのだろう。殿下は顔を上げた。
「何でこんなお前らしくな――」
殿下はなぜか口を閉ざし、驚いた表情でこちらを見ている。一体どうしたと言うのだろう。
「ヴィヴィアンナ、お前。何でそんなに」
私? 私が何か?
「……泣きそうな顔をしているんだ」
症状は軽かったし、コルセットも装着してもらっているから、今のところ学校生活にはほぼ支障なく過ごせている。時折何かの拍子に痛むけれど、余程大きな動きでもしなければ問題無さそうだ。
エリミア嬢のことも、しばらく何事も起こらないはずだから走り回ることもない。もう少しこの平穏が続いてほしい。いえ、何ならずっと。ただでさえ悩み事は多いのだから。
そう。
最近、公爵令嬢としての誇りがそこはかとなく失われていっているような気がするけれど、果たして大丈夫なのか……。
はぁ。
こんなに悪役に徹しようと努力しているのだから、世界はもう少し私に優しくしてくれたっていいでしょうに。
精神と主に肉体疲労でため息を吐く。
ここで悪役としても、一つ名誉挽回といきたいところだけれど、どうしたものか。
私は教科書を抱き、物思いにふけりながら学校の廊下を歩いていると。
――ドンッ!
「っ!」
誰かが強くぶつかってきた。
当たった場所が悪く、胸に抱いた教科書をばさばさと音を立ててまき散らしてしまう。
「あ、悪――す、すみませんっ!」
散らばったものに気を取られている内に、振り返った時には逃げ去る後ろ姿だけだった。
私もぼっとしていたのは悪かったけれど、拾うのくらい手伝ってくれればいいのに。……あ。もしかして私を知っている誰かで、目をつけられるとまずいと思ったのかもしれない。
誰だって自分の立場を脅かす人間には近付きたくないものね。だから私には友達がいないんだわ。
心の中でため息をついていると、前からエミリア嬢が駆けつけてくるのが見えた。
本日は本当の偶然だ。
「ヴィヴィアンナ様、大丈夫ですか?」
こちらは敵対宣言を突きつけたというのに、彼女はそれでも気遣いしてくれるだなんて本当に心が綺麗な優しい子なんだなと思う。自分のためだけに動く私とはまるで大違い。
「……ええ。ありがとう。大丈夫よ」
半ば目を伏せてお礼を言うと、散らばった物を取ろうと身を屈める。
その瞬間、腰にびしっとした鋭い痛みが走り、身が硬直した。
「っ!」
こ、これは強烈……。痛みですぐに動けない!
思わず腰を押さえる私の一方、エミリア嬢が身を屈めて教科書や筆記具を拾い上げてくれる。
「あ。ありが――」
彼女にお礼を言おうとした時、周りの人たちが遠巻きながら、眉根を寄せてひそひそ話しているのに気付いてはっと口を閉ざした。
どうやら周りには、私が彼女に物を拾うのを命じている構図に見えるらしい。
何という好都合!
プライドをかなぐり捨ててまでやりたくないと思っていた彼女への嫌がらせが偶然とは言え、ここでなし得たのだから。……違う意味でプライドが砕けてはいるけれど。
とりあえず、それに拍車がかかるようにと指さしながら口を開いた。
「ああ。それも取ってくださる?」
「あ。はい。分かり――」
彼女が快く取ってくれようとしたその時。
「おい! 何をやっている!」
話を聞きつけたらしい殿下が走ってこちらの方へとやって来た。
素晴らしい! いつもタイミングが悪い人なのに、本日は何と良いタイミングで現れてくれたことでしょう。
「おい、ヴィヴィアンナ! お前、一体何をしているんだ!?」
殿下は久しく強い瞳で私を見据えた。
これまで殿下に悪態をつくぐらいで、なかなか真の悪女っぷりをアピールできなかったけれど、これで少しは感じてくれただろうか。まさに怪我の功名というもの。
「おい、エミリア。大丈夫か? 拾わなくていいぞ。ヴィヴィアンナに拾わせろ」
「え。そ、そんな。私はそんなつもりでは。私が勝手にしていることで」
あらエミリアだなんて。知らない内にもう名前で呼ぶ間柄になっていたとは。殿下も隅に置けませんわねぇ。
自然と口元がほころんだ。
「おい、ヴィヴィアンナ!」
床に膝をつく彼らのかたわらで、何もせずに棒立ちしている私に苛立ったのだろう。殿下は顔を上げた。
「何でこんなお前らしくな――」
殿下はなぜか口を閉ざし、驚いた表情でこちらを見ている。一体どうしたと言うのだろう。
「ヴィヴィアンナ、お前。何でそんなに」
私? 私が何か?
「……泣きそうな顔をしているんだ」
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