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第29話 いまだ明けぬ空
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当然だけれども、やきもきする私の思惑など誰も汲み取ってはくれない。
エミリア嬢と先生の会話は続く。
「君は一度ここに来たのかい?」
「はい。人に呼ばれて一度校内に引き返しましたが」
彼女がそのように発言すると、後ろのご令嬢方はざわついた。
じゃあ、一体誰を物置場に突き飛ばしたのかと考えているのだろう。――はい。それは私です。
心の中で手を挙げる。
「じゃあ、その後に誰かがここを閉めてしまったということか」
「ですから私は聞いたんです! 女の子の声を!」
うーむと考える先生に、そばかすの女子生徒がなおも食い下がる。正義感の強い子なのかもしれない。
「でも実際、誰もいなかったわけだし」
「そうだよ。俺たちだけだったって、何度も言っているだろ」
先生は困惑し、リーダー格の男性はそれに追い打ちをかけるようにそう言った。
「ああ。幽霊の声でも聞いたんじゃね?」
からかうような言い方が悪かったのだろう。そばかすの彼女はムキになって反論する。
「開けなさいよ! って高圧的な言い方の幽霊ですか!?」
……ええ。高圧的な幽霊です。
私がこっそり苦笑いしていると、彼女の後ろにいるご令嬢方は男子生徒に説明しろとでも言わんばかりに見つめている。その彼らと言うと、完全に離別を決意したようで知らん顔をしている。
「ローレンス君、君は何か知らないか。女子生徒も物置場に閉じ込められていたと言うんだ」
完全に静観していたのに、私の存在を思い出した先生が再びこちらを見たので慌てて意識を戻す。
「さあ。わたしくには分かりかねま――」
「あ! こ、この人の声です!」
彼女は私に指を向けると、言葉を遮って叫んだ。
とても耳が良い方ですね。それにしても彼女は私のことを知らないのだろうか。謀を成そうとした後ろのご令嬢方を見ると、顔を蒼白にしているのだけれども。
私は静かに後ろの彼女らを見る(睨む)と、何か血迷ったのかもしれない。あるいは混乱したのかもしれない。一人が強く頷いた。
「ええ! 確かに彼女の声でしたわ!」
ひとたび同意する声を上げると流れが変わるのか、それともリーダー格の女性が第一声を上げたからか、周りのご令嬢も一斉に同意しだした。
それはまるで卒業パーティーで断罪されている時を彷彿とさせる。つくづく糾弾される運命らしい。
私は息を一つ吐いた。
「お言葉ですが、わたくしがどうやってその物置場から出て来たとおっしゃるのですか?」
「そ、それはどこか抜け道が」
そんな抜け道があるのでしたら、是非とも教えていただきたかった。
「お話になりませんわね」
「でしたらなぜ、ここにおられますの!?」
ああ、結局そこに戻ってしまった。
正直、私がどこから脱出したか彼女らが説明(想像)できない以上、取るに足りない詰問ではあるけれど、何気にエミリア嬢から疑いの目を向けられているのが痛い。自分がいる場所に現れる私を不審に思っているのだろう。
私は少し焦りながら一つだけ思いついた言い訳をするために口を開く。
「できれば知られたくなかったのですが、これ以上、事が大きくなるのはよろしくありませんわね。恥を忍んで正直にお話しいたします。実はわたくし」
こほんと咳払いした。
「……そこの物陰で歌の練習をしておりましたの」
「で、でも開けなさいと聞こえ――」
もう、こうなれば自棄です。私の美声をご披露します。
「酷い! あんまりですわ! 『いまだぁ明けぇぬ空にぃ想いを馳せ~』と歌ったのに、そんなに音を外して聞こえていただなんて」
そばかすの彼女の言葉を遮って、私はわっと顔を両手に当てて伏せた。
すると。
――ぶほっ!
誰かが吹き出すのが聞こえた。
今、真っ先に吹いたやつ出てきなさい。私こそあなたを、ぐーで吹っ飛ばしますから!
「そ、そんなに音痴……い、いえ! そうとは知らず本当にごめんなさい!」
「ま、まあ。これで女性の声の正体は解明はできたし、良しとしようじゃないか、うん! ローレンス君もこれからもっと練習に励めば大丈夫だよ多分きっと!」
彼女からの謝罪や棒読みの先生の慰めなんて、私の傷ついた誇りを回復するには何の足しにもならないのだけれども!
「はい。精進いたします」
顔を上げると笑いを堪えている者、気まずそうに視線を逸らしている者が見え、ここでようやく皆納得し、話に終止符が打たれたのを感じてほっとした。
しかしのちに、物陰でこっそり歌の練習をする音痴の公爵令嬢というありがたくない称号を頂くことになるのは、まあ、言うまでもないでしょう……ね。
エミリア嬢と先生の会話は続く。
「君は一度ここに来たのかい?」
「はい。人に呼ばれて一度校内に引き返しましたが」
彼女がそのように発言すると、後ろのご令嬢方はざわついた。
じゃあ、一体誰を物置場に突き飛ばしたのかと考えているのだろう。――はい。それは私です。
心の中で手を挙げる。
「じゃあ、その後に誰かがここを閉めてしまったということか」
「ですから私は聞いたんです! 女の子の声を!」
うーむと考える先生に、そばかすの女子生徒がなおも食い下がる。正義感の強い子なのかもしれない。
「でも実際、誰もいなかったわけだし」
「そうだよ。俺たちだけだったって、何度も言っているだろ」
先生は困惑し、リーダー格の男性はそれに追い打ちをかけるようにそう言った。
「ああ。幽霊の声でも聞いたんじゃね?」
からかうような言い方が悪かったのだろう。そばかすの彼女はムキになって反論する。
「開けなさいよ! って高圧的な言い方の幽霊ですか!?」
……ええ。高圧的な幽霊です。
私がこっそり苦笑いしていると、彼女の後ろにいるご令嬢方は男子生徒に説明しろとでも言わんばかりに見つめている。その彼らと言うと、完全に離別を決意したようで知らん顔をしている。
「ローレンス君、君は何か知らないか。女子生徒も物置場に閉じ込められていたと言うんだ」
完全に静観していたのに、私の存在を思い出した先生が再びこちらを見たので慌てて意識を戻す。
「さあ。わたしくには分かりかねま――」
「あ! こ、この人の声です!」
彼女は私に指を向けると、言葉を遮って叫んだ。
とても耳が良い方ですね。それにしても彼女は私のことを知らないのだろうか。謀を成そうとした後ろのご令嬢方を見ると、顔を蒼白にしているのだけれども。
私は静かに後ろの彼女らを見る(睨む)と、何か血迷ったのかもしれない。あるいは混乱したのかもしれない。一人が強く頷いた。
「ええ! 確かに彼女の声でしたわ!」
ひとたび同意する声を上げると流れが変わるのか、それともリーダー格の女性が第一声を上げたからか、周りのご令嬢も一斉に同意しだした。
それはまるで卒業パーティーで断罪されている時を彷彿とさせる。つくづく糾弾される運命らしい。
私は息を一つ吐いた。
「お言葉ですが、わたくしがどうやってその物置場から出て来たとおっしゃるのですか?」
「そ、それはどこか抜け道が」
そんな抜け道があるのでしたら、是非とも教えていただきたかった。
「お話になりませんわね」
「でしたらなぜ、ここにおられますの!?」
ああ、結局そこに戻ってしまった。
正直、私がどこから脱出したか彼女らが説明(想像)できない以上、取るに足りない詰問ではあるけれど、何気にエミリア嬢から疑いの目を向けられているのが痛い。自分がいる場所に現れる私を不審に思っているのだろう。
私は少し焦りながら一つだけ思いついた言い訳をするために口を開く。
「できれば知られたくなかったのですが、これ以上、事が大きくなるのはよろしくありませんわね。恥を忍んで正直にお話しいたします。実はわたくし」
こほんと咳払いした。
「……そこの物陰で歌の練習をしておりましたの」
「で、でも開けなさいと聞こえ――」
もう、こうなれば自棄です。私の美声をご披露します。
「酷い! あんまりですわ! 『いまだぁ明けぇぬ空にぃ想いを馳せ~』と歌ったのに、そんなに音を外して聞こえていただなんて」
そばかすの彼女の言葉を遮って、私はわっと顔を両手に当てて伏せた。
すると。
――ぶほっ!
誰かが吹き出すのが聞こえた。
今、真っ先に吹いたやつ出てきなさい。私こそあなたを、ぐーで吹っ飛ばしますから!
「そ、そんなに音痴……い、いえ! そうとは知らず本当にごめんなさい!」
「ま、まあ。これで女性の声の正体は解明はできたし、良しとしようじゃないか、うん! ローレンス君もこれからもっと練習に励めば大丈夫だよ多分きっと!」
彼女からの謝罪や棒読みの先生の慰めなんて、私の傷ついた誇りを回復するには何の足しにもならないのだけれども!
「はい。精進いたします」
顔を上げると笑いを堪えている者、気まずそうに視線を逸らしている者が見え、ここでようやく皆納得し、話に終止符が打たれたのを感じてほっとした。
しかしのちに、物陰でこっそり歌の練習をする音痴の公爵令嬢というありがたくない称号を頂くことになるのは、まあ、言うまでもないでしょう……ね。
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