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第27話 ご武運を
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「ロープはこれでいいとして、後はあの窓までどうやって辿り着くつもりだ?」
「まずはあの大きなテーブルを窓際に寄せましょう」
「これですか?」
「ええ。お願いします」
私が指さすと、他の働き者のお二人はえっちらおっちら運んでくれる。
一方、リーダー格の男はまた眉根を寄せる。
「でもあれだけでは背伸びしても届かないだろ? 他にも台となるような物は無さそうだし」
「ありますよ」
「え? どこに?」
「それはもちろん」
両手を重ね、頬に当てて小首を傾げると私はにっこりと笑った。
「ね?」
「あ?」
彼は何だか嫌な予感がしたようですが、その通りです。
「ずばり、あなた方です」
「はあ!?」
「まずあの台の上にお二人が四つん這い姿になっていただいて、残った方は中腰になって彼らの背中に手をついて四つん這い姿になってください。本当は安定させるためにもう一人くらい欲しいところですが、緊急事態ですからね」
大切な事を思い出してぽんと手を叩く。
「ああ、そうだわ。これはサーカスで厳しい訓練に耐えた末に習得できる技。ですから良い子の皆様は真似しないでくださいな」
注意事項を伝えながら、自らにも腰掛け結びを施す。
「誰が良い子だよ! ってか、サーカスも経験あんのかよ! さらにその結び方は何だよ!」
彼がそこまで言った所で、扉の向こうでがやがやと人の声が聞こえてきた。
「時間はもう無いようですね。さあ、始めましょう」
私のかけ声と共に彼らは渋々動き出す。リーダー格の男子生徒が中腰の四つん這いをするらしい。
踏まれて喜ぶ特殊なご趣味も無さそうだし、せめて靴ぐらい脱いで上がってあげましょう。
私は靴を脱ぐとロープに挟んだ。
「それでは失礼しまして」
ロープを手に巻き付けると私は彼の背中に一気に登り上がった。
「――ぐっ」
下の彼らにも少しぐらい衝撃が来たようで、小さく声を漏らしていた。けれど許せないのは後に続く言葉だ。
「重っ!」
「あら。羽のように軽い、のお間違えでしょうに」
笑顔で彼の背中をぐりぐりと踏みにじって差し上げる。
「……どうもすみませんでした。羽のように軽く……はないが、重くはないということでご勘弁を」
「まあ、それで妥協しましょう」
私はくすりと小さく笑うと、まだ少し目線の上にある窓を見た。
「さてとそれでは」
「届きそうか」
「ええ。余裕があるくらいです。こう見えて、懸垂力はあるのですよ」
「……もう何を言われても驚かない」
「では」
窓に手をかけて力を入れると、一気に身体を引き上げてお腹で支えた。
「成功です!」
小さく声を上げると、下からは安堵した声が漏れた。それと同時に扉がガチャガチャと音を鳴らしている。
「時間ですね。ではでは皆様、ご武運を」
「ばーか。俺らが言うセリフだっての」
「……気をつけて行けよ」
「どうぞお気を付けて」
顔だけ振り返ると彼らは少し呆れたようだったが、それでも気遣いの言葉をかけてくれた。
「はい。――あ。一つ言い忘れました」
「何だよ」
「これからも悪い事をしてはいけませんよ」
「はあ?」
私は悪戯っぽく片目を伏せて手で首を引くと、リーダー格の彼は肩をすくめた。
「分かったよ」
「約束です。私のためではなく、あなた方の未来のためにです」
「……分かった。分かったから早く行け」
「はい。――あ。もう一つ」
「まだあんのかよ!? もう開けられるぞ!?」
扉の方向を確認しながら、さすがに焦った様子の彼に私は笑みを向ける。
「ええ。ありがとうございました」
彼は一瞬目を見開いて固まった後、口角を上げた。
「……ああ」
「それでは。皆様、ごきげんよう」
私は最後の挨拶をしてさらに身を乗り出すと、ロープを手に外の壁へと出た。
「まずはあの大きなテーブルを窓際に寄せましょう」
「これですか?」
「ええ。お願いします」
私が指さすと、他の働き者のお二人はえっちらおっちら運んでくれる。
一方、リーダー格の男はまた眉根を寄せる。
「でもあれだけでは背伸びしても届かないだろ? 他にも台となるような物は無さそうだし」
「ありますよ」
「え? どこに?」
「それはもちろん」
両手を重ね、頬に当てて小首を傾げると私はにっこりと笑った。
「ね?」
「あ?」
彼は何だか嫌な予感がしたようですが、その通りです。
「ずばり、あなた方です」
「はあ!?」
「まずあの台の上にお二人が四つん這い姿になっていただいて、残った方は中腰になって彼らの背中に手をついて四つん這い姿になってください。本当は安定させるためにもう一人くらい欲しいところですが、緊急事態ですからね」
大切な事を思い出してぽんと手を叩く。
「ああ、そうだわ。これはサーカスで厳しい訓練に耐えた末に習得できる技。ですから良い子の皆様は真似しないでくださいな」
注意事項を伝えながら、自らにも腰掛け結びを施す。
「誰が良い子だよ! ってか、サーカスも経験あんのかよ! さらにその結び方は何だよ!」
彼がそこまで言った所で、扉の向こうでがやがやと人の声が聞こえてきた。
「時間はもう無いようですね。さあ、始めましょう」
私のかけ声と共に彼らは渋々動き出す。リーダー格の男子生徒が中腰の四つん這いをするらしい。
踏まれて喜ぶ特殊なご趣味も無さそうだし、せめて靴ぐらい脱いで上がってあげましょう。
私は靴を脱ぐとロープに挟んだ。
「それでは失礼しまして」
ロープを手に巻き付けると私は彼の背中に一気に登り上がった。
「――ぐっ」
下の彼らにも少しぐらい衝撃が来たようで、小さく声を漏らしていた。けれど許せないのは後に続く言葉だ。
「重っ!」
「あら。羽のように軽い、のお間違えでしょうに」
笑顔で彼の背中をぐりぐりと踏みにじって差し上げる。
「……どうもすみませんでした。羽のように軽く……はないが、重くはないということでご勘弁を」
「まあ、それで妥協しましょう」
私はくすりと小さく笑うと、まだ少し目線の上にある窓を見た。
「さてとそれでは」
「届きそうか」
「ええ。余裕があるくらいです。こう見えて、懸垂力はあるのですよ」
「……もう何を言われても驚かない」
「では」
窓に手をかけて力を入れると、一気に身体を引き上げてお腹で支えた。
「成功です!」
小さく声を上げると、下からは安堵した声が漏れた。それと同時に扉がガチャガチャと音を鳴らしている。
「時間ですね。ではでは皆様、ご武運を」
「ばーか。俺らが言うセリフだっての」
「……気をつけて行けよ」
「どうぞお気を付けて」
顔だけ振り返ると彼らは少し呆れたようだったが、それでも気遣いの言葉をかけてくれた。
「はい。――あ。一つ言い忘れました」
「何だよ」
「これからも悪い事をしてはいけませんよ」
「はあ?」
私は悪戯っぽく片目を伏せて手で首を引くと、リーダー格の彼は肩をすくめた。
「分かったよ」
「約束です。私のためではなく、あなた方の未来のためにです」
「……分かった。分かったから早く行け」
「はい。――あ。もう一つ」
「まだあんのかよ!? もう開けられるぞ!?」
扉の方向を確認しながら、さすがに焦った様子の彼に私は笑みを向ける。
「ええ。ありがとうございました」
彼は一瞬目を見開いて固まった後、口角を上げた。
「……ああ」
「それでは。皆様、ごきげんよう」
私は最後の挨拶をしてさらに身を乗り出すと、ロープを手に外の壁へと出た。
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