27 / 113
第27話 ご武運を
しおりを挟む
「ロープはこれでいいとして、後はあの窓までどうやって辿り着くつもりだ?」
「まずはあの大きなテーブルを窓際に寄せましょう」
「これですか?」
「ええ。お願いします」
私が指さすと、他の働き者のお二人はえっちらおっちら運んでくれる。
一方、リーダー格の男はまた眉根を寄せる。
「でもあれだけでは背伸びしても届かないだろ? 他にも台となるような物は無さそうだし」
「ありますよ」
「え? どこに?」
「それはもちろん」
両手を重ね、頬に当てて小首を傾げると私はにっこりと笑った。
「ね?」
「あ?」
彼は何だか嫌な予感がしたようですが、その通りです。
「ずばり、あなた方です」
「はあ!?」
「まずあの台の上にお二人が四つん這い姿になっていただいて、残った方は中腰になって彼らの背中に手をついて四つん這い姿になってください。本当は安定させるためにもう一人くらい欲しいところですが、緊急事態ですからね」
大切な事を思い出してぽんと手を叩く。
「ああ、そうだわ。これはサーカスで厳しい訓練に耐えた末に習得できる技。ですから良い子の皆様は真似しないでくださいな」
注意事項を伝えながら、自らにも腰掛け結びを施す。
「誰が良い子だよ! ってか、サーカスも経験あんのかよ! さらにその結び方は何だよ!」
彼がそこまで言った所で、扉の向こうでがやがやと人の声が聞こえてきた。
「時間はもう無いようですね。さあ、始めましょう」
私のかけ声と共に彼らは渋々動き出す。リーダー格の男子生徒が中腰の四つん這いをするらしい。
踏まれて喜ぶ特殊なご趣味も無さそうだし、せめて靴ぐらい脱いで上がってあげましょう。
私は靴を脱ぐとロープに挟んだ。
「それでは失礼しまして」
ロープを手に巻き付けると私は彼の背中に一気に登り上がった。
「――ぐっ」
下の彼らにも少しぐらい衝撃が来たようで、小さく声を漏らしていた。けれど許せないのは後に続く言葉だ。
「重っ!」
「あら。羽のように軽い、のお間違えでしょうに」
笑顔で彼の背中をぐりぐりと踏みにじって差し上げる。
「……どうもすみませんでした。羽のように軽く……はないが、重くはないということでご勘弁を」
「まあ、それで妥協しましょう」
私はくすりと小さく笑うと、まだ少し目線の上にある窓を見た。
「さてとそれでは」
「届きそうか」
「ええ。余裕があるくらいです。こう見えて、懸垂力はあるのですよ」
「……もう何を言われても驚かない」
「では」
窓に手をかけて力を入れると、一気に身体を引き上げてお腹で支えた。
「成功です!」
小さく声を上げると、下からは安堵した声が漏れた。それと同時に扉がガチャガチャと音を鳴らしている。
「時間ですね。ではでは皆様、ご武運を」
「ばーか。俺らが言うセリフだっての」
「……気をつけて行けよ」
「どうぞお気を付けて」
顔だけ振り返ると彼らは少し呆れたようだったが、それでも気遣いの言葉をかけてくれた。
「はい。――あ。一つ言い忘れました」
「何だよ」
「これからも悪い事をしてはいけませんよ」
「はあ?」
私は悪戯っぽく片目を伏せて手で首を引くと、リーダー格の彼は肩をすくめた。
「分かったよ」
「約束です。私のためではなく、あなた方の未来のためにです」
「……分かった。分かったから早く行け」
「はい。――あ。もう一つ」
「まだあんのかよ!? もう開けられるぞ!?」
扉の方向を確認しながら、さすがに焦った様子の彼に私は笑みを向ける。
「ええ。ありがとうございました」
彼は一瞬目を見開いて固まった後、口角を上げた。
「……ああ」
「それでは。皆様、ごきげんよう」
私は最後の挨拶をしてさらに身を乗り出すと、ロープを手に外の壁へと出た。
「まずはあの大きなテーブルを窓際に寄せましょう」
「これですか?」
「ええ。お願いします」
私が指さすと、他の働き者のお二人はえっちらおっちら運んでくれる。
一方、リーダー格の男はまた眉根を寄せる。
「でもあれだけでは背伸びしても届かないだろ? 他にも台となるような物は無さそうだし」
「ありますよ」
「え? どこに?」
「それはもちろん」
両手を重ね、頬に当てて小首を傾げると私はにっこりと笑った。
「ね?」
「あ?」
彼は何だか嫌な予感がしたようですが、その通りです。
「ずばり、あなた方です」
「はあ!?」
「まずあの台の上にお二人が四つん這い姿になっていただいて、残った方は中腰になって彼らの背中に手をついて四つん這い姿になってください。本当は安定させるためにもう一人くらい欲しいところですが、緊急事態ですからね」
大切な事を思い出してぽんと手を叩く。
「ああ、そうだわ。これはサーカスで厳しい訓練に耐えた末に習得できる技。ですから良い子の皆様は真似しないでくださいな」
注意事項を伝えながら、自らにも腰掛け結びを施す。
「誰が良い子だよ! ってか、サーカスも経験あんのかよ! さらにその結び方は何だよ!」
彼がそこまで言った所で、扉の向こうでがやがやと人の声が聞こえてきた。
「時間はもう無いようですね。さあ、始めましょう」
私のかけ声と共に彼らは渋々動き出す。リーダー格の男子生徒が中腰の四つん這いをするらしい。
踏まれて喜ぶ特殊なご趣味も無さそうだし、せめて靴ぐらい脱いで上がってあげましょう。
私は靴を脱ぐとロープに挟んだ。
「それでは失礼しまして」
ロープを手に巻き付けると私は彼の背中に一気に登り上がった。
「――ぐっ」
下の彼らにも少しぐらい衝撃が来たようで、小さく声を漏らしていた。けれど許せないのは後に続く言葉だ。
「重っ!」
「あら。羽のように軽い、のお間違えでしょうに」
笑顔で彼の背中をぐりぐりと踏みにじって差し上げる。
「……どうもすみませんでした。羽のように軽く……はないが、重くはないということでご勘弁を」
「まあ、それで妥協しましょう」
私はくすりと小さく笑うと、まだ少し目線の上にある窓を見た。
「さてとそれでは」
「届きそうか」
「ええ。余裕があるくらいです。こう見えて、懸垂力はあるのですよ」
「……もう何を言われても驚かない」
「では」
窓に手をかけて力を入れると、一気に身体を引き上げてお腹で支えた。
「成功です!」
小さく声を上げると、下からは安堵した声が漏れた。それと同時に扉がガチャガチャと音を鳴らしている。
「時間ですね。ではでは皆様、ご武運を」
「ばーか。俺らが言うセリフだっての」
「……気をつけて行けよ」
「どうぞお気を付けて」
顔だけ振り返ると彼らは少し呆れたようだったが、それでも気遣いの言葉をかけてくれた。
「はい。――あ。一つ言い忘れました」
「何だよ」
「これからも悪い事をしてはいけませんよ」
「はあ?」
私は悪戯っぽく片目を伏せて手で首を引くと、リーダー格の彼は肩をすくめた。
「分かったよ」
「約束です。私のためではなく、あなた方の未来のためにです」
「……分かった。分かったから早く行け」
「はい。――あ。もう一つ」
「まだあんのかよ!? もう開けられるぞ!?」
扉の方向を確認しながら、さすがに焦った様子の彼に私は笑みを向ける。
「ええ。ありがとうございました」
彼は一瞬目を見開いて固まった後、口角を上げた。
「……ああ」
「それでは。皆様、ごきげんよう」
私は最後の挨拶をしてさらに身を乗り出すと、ロープを手に外の壁へと出た。
12
お気に入りに追加
582
あなたにおすすめの小説


魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!
たぬきち25番
恋愛
気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡
※マルチエンディングです!!
コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m
2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。
楽しんで頂けると幸いです。
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。
乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?
シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。
……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。
お言葉を返すようですが、私それ程暇人ではありませんので
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
<あなた方を相手にするだけ、時間の無駄です>
【私に濡れ衣を着せるなんて、皆さん本当に暇人ですね】
今日も私は許婚に身に覚えの無い嫌がらせを彼の幼馴染に働いたと言われて叱責される。そして彼の腕の中には怯えたふりをする彼女の姿。しかも2人を取り巻く人々までもがこぞって私を悪者よばわりしてくる有様。私がいつどこで嫌がらせを?あなた方が思う程、私暇人ではありませんけど?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる