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第26話 知識は身を助く
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もし物置場の表にいた女子生徒たちが人を呼んだとしたら、あまり猶予は無いだろう。
物置場の窓から脱出するとしても、そこは高くて、届くほどの台となるようなものが無い今、一人で登り切ることはかなり難しい。また物陰に隠れるとしても、同じく外にいる女性が、中から女性の声が聞こえたなどと言えば、捜索されていとも容易く発見されてしまうだろう。
どちらにしろ、何とかして彼らの協力を得るしかない。
「確かに脱出したいと思っているのはわたくしだけのようですが、どうかご協力いただけないでしょうか」
まずは下からお願いすることにした。
「あぁ? 何で俺たちが協力しなけりゃならないんだよ?」
でしょうね。それぐらいは想定内でした。
ならば次は上からお願いするまで。
「何か俺たちにメリットがあるとでも?」
「どうせ誤解されるならば、ここで俺たちと仲良くしていた方がマシじゃね?」
そう言って男子生徒の一人が私の腕を取ってきた。
私は咄嗟に振り払おうとしたが、ぐっと押し留まる。その代わりに唇を薄く横に引いて、うっすら笑ってみせた。
「本当によろしいのですか?」
さらに地を這うような低い声で続けたところで、彼らの顔は恐怖の色に染まり、強ばった。
……ちょっと傷つきます。私だって立派な淑女なのですから。
私はそんな気持ちを隠して、再び威厳あるように胸と声を張る。
「わたくしは我らが国王の第一後継者であるルイス・ブルックリン殿下の婚約者。もし未来の王妃に向かって何かしたとあれば、わたくしも無事ではございませんが、あなた方の首も確実に飛ぶでしょう。それでもあなた方はその未来を選ぶと?」
表情をそれ以上変えようがなかったのか、さっきの私の表情の方が余程恐ろしかったのか分からないが、彼らは絶句するに留まっている。
私は手首を掴む男子生徒の腕を取ると、そっと外す。
「まあ。ここでわたくしの脱出にご協力いただけるのなら、今の不敬な態度も水に流しましょう。いかがですか? それとも」
少し顔を傾け、首に手を当てて横にゆっくり引きながら不敵に笑う。
「それとも喜んで、そのお首を国に捧げますか?」
この演出はなかなか効果的だったようだ。皆、とうとう顔色を無くして硬直する。
私は黙って彼らの動向を見守っていると、少しして最初に立ち直ったリーダー格の男は掠れた声で言った。
「アンタはそもそもここには来なかった。……だよな?」
「ええ。その通りです。わたくしはここには来なかった。あなた方とは一度も面識はない」
「……分かった。ならば協力しよう」
リーダー格の男が他の二人にも目で合図すると、彼らは一様にこくんこくんと頷いた。
そこで私はこの空気を変えるためにも、手を一つ小気味よく打つ。そのおかけで、場がふっと緩んだ。
「交渉成立ですわね。そうとなれば長居は無用ですわ。さあ、皆様、キリキリと動きましょう!」
「動くってどうするんだ?」
「まずはロープを見つけてくださいませんか? できるだけ長く丈夫な物を」
ここは物置場だ。少し雑然と置かれている気はするけれど、すぐに見つけ出せるだろう。
二人の男子生徒が早速動き出し、リーダー格の男は眉をひそめながら私に尋ねる。
「ロープを探してどうするんだ?」
「もちろん外にロープを垂らして下りるのです。あの柱に括り付けましょう」
私は窓に一番近い太そうな柱を指さしながら答える。
「はあ!? 良い所のご令嬢がロープで下りるって、できるのかよ」
「ええ。険しい山岳地帯に飛ばされた時代もありますから、大丈夫です」
「は?」
彼はさらに眉をひそめたけれど、その前にお友達がロープを手に入れたことで話は遮られた。
「これでいいか?」
「ありがとう。長さは十分ね。太さも大丈夫でしょう。では」
受け取ったロープを手に柱に括り付けていると、誰かが尋ねてきた。
「その括り方は何ですか? 複雑ですね」
「やってみるとそうでもないのよ。この長いロープの方は力強く引っ張っても解けないのだけれど、この短い方をこうして引っ張ると。――ほら、簡単に解ける。舫い結びと言うの」
私が実践してみると、彼らはわっと目を輝かせた。
こうしてみると、根っから悪い子たちではないのだろう。多分。
私はもう一度括り付ける。
「私が外に降り立ったら合図するので、この短い方を引っ張って解いてくださいな。あとは私がロープを引いて証拠隠滅しますから」
「分かった。分かったけど、その技術をどこで学んだ?」
「牛舎で働いたこともありますし、時には漁師の手伝いをしたこともありますの」
「はあ?」
ますます疑問を深めるリーダー格の男子生徒に、私はふふと笑うだけにしておいた。
物置場の窓から脱出するとしても、そこは高くて、届くほどの台となるようなものが無い今、一人で登り切ることはかなり難しい。また物陰に隠れるとしても、同じく外にいる女性が、中から女性の声が聞こえたなどと言えば、捜索されていとも容易く発見されてしまうだろう。
どちらにしろ、何とかして彼らの協力を得るしかない。
「確かに脱出したいと思っているのはわたくしだけのようですが、どうかご協力いただけないでしょうか」
まずは下からお願いすることにした。
「あぁ? 何で俺たちが協力しなけりゃならないんだよ?」
でしょうね。それぐらいは想定内でした。
ならば次は上からお願いするまで。
「何か俺たちにメリットがあるとでも?」
「どうせ誤解されるならば、ここで俺たちと仲良くしていた方がマシじゃね?」
そう言って男子生徒の一人が私の腕を取ってきた。
私は咄嗟に振り払おうとしたが、ぐっと押し留まる。その代わりに唇を薄く横に引いて、うっすら笑ってみせた。
「本当によろしいのですか?」
さらに地を這うような低い声で続けたところで、彼らの顔は恐怖の色に染まり、強ばった。
……ちょっと傷つきます。私だって立派な淑女なのですから。
私はそんな気持ちを隠して、再び威厳あるように胸と声を張る。
「わたくしは我らが国王の第一後継者であるルイス・ブルックリン殿下の婚約者。もし未来の王妃に向かって何かしたとあれば、わたくしも無事ではございませんが、あなた方の首も確実に飛ぶでしょう。それでもあなた方はその未来を選ぶと?」
表情をそれ以上変えようがなかったのか、さっきの私の表情の方が余程恐ろしかったのか分からないが、彼らは絶句するに留まっている。
私は手首を掴む男子生徒の腕を取ると、そっと外す。
「まあ。ここでわたくしの脱出にご協力いただけるのなら、今の不敬な態度も水に流しましょう。いかがですか? それとも」
少し顔を傾け、首に手を当てて横にゆっくり引きながら不敵に笑う。
「それとも喜んで、そのお首を国に捧げますか?」
この演出はなかなか効果的だったようだ。皆、とうとう顔色を無くして硬直する。
私は黙って彼らの動向を見守っていると、少しして最初に立ち直ったリーダー格の男は掠れた声で言った。
「アンタはそもそもここには来なかった。……だよな?」
「ええ。その通りです。わたくしはここには来なかった。あなた方とは一度も面識はない」
「……分かった。ならば協力しよう」
リーダー格の男が他の二人にも目で合図すると、彼らは一様にこくんこくんと頷いた。
そこで私はこの空気を変えるためにも、手を一つ小気味よく打つ。そのおかけで、場がふっと緩んだ。
「交渉成立ですわね。そうとなれば長居は無用ですわ。さあ、皆様、キリキリと動きましょう!」
「動くってどうするんだ?」
「まずはロープを見つけてくださいませんか? できるだけ長く丈夫な物を」
ここは物置場だ。少し雑然と置かれている気はするけれど、すぐに見つけ出せるだろう。
二人の男子生徒が早速動き出し、リーダー格の男は眉をひそめながら私に尋ねる。
「ロープを探してどうするんだ?」
「もちろん外にロープを垂らして下りるのです。あの柱に括り付けましょう」
私は窓に一番近い太そうな柱を指さしながら答える。
「はあ!? 良い所のご令嬢がロープで下りるって、できるのかよ」
「ええ。険しい山岳地帯に飛ばされた時代もありますから、大丈夫です」
「は?」
彼はさらに眉をひそめたけれど、その前にお友達がロープを手に入れたことで話は遮られた。
「これでいいか?」
「ありがとう。長さは十分ね。太さも大丈夫でしょう。では」
受け取ったロープを手に柱に括り付けていると、誰かが尋ねてきた。
「その括り方は何ですか? 複雑ですね」
「やってみるとそうでもないのよ。この長いロープの方は力強く引っ張っても解けないのだけれど、この短い方をこうして引っ張ると。――ほら、簡単に解ける。舫い結びと言うの」
私が実践してみると、彼らはわっと目を輝かせた。
こうしてみると、根っから悪い子たちではないのだろう。多分。
私はもう一度括り付ける。
「私が外に降り立ったら合図するので、この短い方を引っ張って解いてくださいな。あとは私がロープを引いて証拠隠滅しますから」
「分かった。分かったけど、その技術をどこで学んだ?」
「牛舎で働いたこともありますし、時には漁師の手伝いをしたこともありますの」
「はあ?」
ますます疑問を深めるリーダー格の男子生徒に、私はふふと笑うだけにしておいた。
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