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第23話 失ったものの大きさ
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エミリア嬢の教室へとやって来たわけだけれど、まだ人気はなく、ギリギリ間に合ったようだ。
私はそれでも足音を立てないように、ゆっくりと足を踏み入れる。
それにしても、もう他の生徒たちが戻って来てもおかしくない時間なのに、まだ犯人は現れないのかしら。……あ。まさか!
嫌な予感がした私は勝手知ったるエミリア嬢の机へと走り、中の教科書へと手を伸ばして取り出した。
「――っ!」
思った通り、やはり先を越されていた。既に教科書がナイフでザクザクに切り刻まれている。
酷い。どうしてこんな酷い真似ができるのだろう。一体誰がどんな気持ちでやったのか。
思わずその場で考え込みそうになったが、そろそろ人が戻ってくる。のんびりはしていられない。
まあ、こんな事態もあろうかと、念のためと思って持ってきて良かった。自分が新入生の時に使っていた教科書と入れ替えよう。
これまでの人生で飽き飽きするほど勉強してきたから書き込みはしていなくて綺麗だし、特に改訂されたとは聞いていないから気付かれることはないだろう。
手早く入れ替えるが、ふと気付く。
「ん? あら? このボロボロの教科書はどうすれば?」
手に持って出て誰かに見られでもしたら、ここまでした意味が全く無いどころか、確実に私がやったことにされてしまう。せめて何か袋でも持参するべきだった。
どうする? どうする!?
悔やんでいる時間もゆっくり考えている時間もない。急ぎ、ここから脱出しなければ。なりふり構っている場合でもない。
私は意を決すると、きょろきょろと辺りを見回してしゃがみ込み、ワンピースのスカートの下から胸元まで上げてそれを持ってくる。そして落ちないようにお腹をしっかりと抱え込みつつ教室を出た。
まさにその時。
「ヴィヴィアンナ様?」
びくりと肩が震えるのは仕方がないことだろう。なぜならこの声は、間違いなくご本人、エミリア・コーラル嬢なのだから。
エミリア嬢のクラスメートが教室にがやがやとなだれ込む一方、彼女は足を止めて私を呼び止めたようだ。
私は仕方なく、胸に入れた教科書が落ちないようにゆっくりと振り返った。
その先に目に入ったのは、不審そうに目を細めるエミリア嬢。
「あ、あら。ごきげんよう。偶然ですわね、エミリア様。ど、どうしてこちらに?」
「……私の教室はここです。ヴィヴィアンナ様こそ、どうしてこちらに?」
確かにこの辺りに全学年共有の教室があるわけではないから、学年が上の人間が現れる必要性はほとんどないだろう。
私はズレ落ちそうになっている教科書と出会ってしまった不運に焦るが、それらを抑えるように腕にきゅっと力を入れた。
「そ、それは」
こうなったら最終奥義を使うしかないようだ。
私は唾をごくりと飲んで、喉を鳴らした。
「じ、実はですね。わたくしの教室近くの化粧室は……ま、満員で。そう、満員で。仕方なくこちらへ白粉を直しに参りましたの。で、ですから……そろそろ失礼してもよろしいかしら」
焦りで滲んだ表情とお腹を必死で押さえている様子で、これはかなり切羽詰まっているぞと感じてくれたのだろう。
「ま、まあ。そ、それは」
彼女は警戒していた瞳を途端に緩め、動揺したように口を両手で押さえた。
もはや私の矜持は、抱えるこの教科書のようにズタズタのボロボロ状態です。
思わず涙目にすらなってしまう。
「お、お引き留めいたしまして、大変失礼いたしました。どうぞ先をお急ぎになってくださいませ」
「あ、ありがとうございます。ではここで失礼いたしますわね」
「は、はい。お気を付けて」
何を!? 何を!
本気で心配そうに声をかけてくれた彼女には悪いけれど、同情するならスッパリきっぱり忘れてほしい!
「ありがとうございます。そ、それではごきげんよう」
ほほと引きつり笑いをして身を翻すと足早に立ち去る。
無事その場を離れられたが、それと引き替えにあまりにも大きなものを失ってしまった私は、この犯行防止作戦の成功は決して手放しで喜べるものではなくなってしまったのだった……。
私はそれでも足音を立てないように、ゆっくりと足を踏み入れる。
それにしても、もう他の生徒たちが戻って来てもおかしくない時間なのに、まだ犯人は現れないのかしら。……あ。まさか!
嫌な予感がした私は勝手知ったるエミリア嬢の机へと走り、中の教科書へと手を伸ばして取り出した。
「――っ!」
思った通り、やはり先を越されていた。既に教科書がナイフでザクザクに切り刻まれている。
酷い。どうしてこんな酷い真似ができるのだろう。一体誰がどんな気持ちでやったのか。
思わずその場で考え込みそうになったが、そろそろ人が戻ってくる。のんびりはしていられない。
まあ、こんな事態もあろうかと、念のためと思って持ってきて良かった。自分が新入生の時に使っていた教科書と入れ替えよう。
これまでの人生で飽き飽きするほど勉強してきたから書き込みはしていなくて綺麗だし、特に改訂されたとは聞いていないから気付かれることはないだろう。
手早く入れ替えるが、ふと気付く。
「ん? あら? このボロボロの教科書はどうすれば?」
手に持って出て誰かに見られでもしたら、ここまでした意味が全く無いどころか、確実に私がやったことにされてしまう。せめて何か袋でも持参するべきだった。
どうする? どうする!?
悔やんでいる時間もゆっくり考えている時間もない。急ぎ、ここから脱出しなければ。なりふり構っている場合でもない。
私は意を決すると、きょろきょろと辺りを見回してしゃがみ込み、ワンピースのスカートの下から胸元まで上げてそれを持ってくる。そして落ちないようにお腹をしっかりと抱え込みつつ教室を出た。
まさにその時。
「ヴィヴィアンナ様?」
びくりと肩が震えるのは仕方がないことだろう。なぜならこの声は、間違いなくご本人、エミリア・コーラル嬢なのだから。
エミリア嬢のクラスメートが教室にがやがやとなだれ込む一方、彼女は足を止めて私を呼び止めたようだ。
私は仕方なく、胸に入れた教科書が落ちないようにゆっくりと振り返った。
その先に目に入ったのは、不審そうに目を細めるエミリア嬢。
「あ、あら。ごきげんよう。偶然ですわね、エミリア様。ど、どうしてこちらに?」
「……私の教室はここです。ヴィヴィアンナ様こそ、どうしてこちらに?」
確かにこの辺りに全学年共有の教室があるわけではないから、学年が上の人間が現れる必要性はほとんどないだろう。
私はズレ落ちそうになっている教科書と出会ってしまった不運に焦るが、それらを抑えるように腕にきゅっと力を入れた。
「そ、それは」
こうなったら最終奥義を使うしかないようだ。
私は唾をごくりと飲んで、喉を鳴らした。
「じ、実はですね。わたくしの教室近くの化粧室は……ま、満員で。そう、満員で。仕方なくこちらへ白粉を直しに参りましたの。で、ですから……そろそろ失礼してもよろしいかしら」
焦りで滲んだ表情とお腹を必死で押さえている様子で、これはかなり切羽詰まっているぞと感じてくれたのだろう。
「ま、まあ。そ、それは」
彼女は警戒していた瞳を途端に緩め、動揺したように口を両手で押さえた。
もはや私の矜持は、抱えるこの教科書のようにズタズタのボロボロ状態です。
思わず涙目にすらなってしまう。
「お、お引き留めいたしまして、大変失礼いたしました。どうぞ先をお急ぎになってくださいませ」
「あ、ありがとうございます。ではここで失礼いたしますわね」
「は、はい。お気を付けて」
何を!? 何を!
本気で心配そうに声をかけてくれた彼女には悪いけれど、同情するならスッパリきっぱり忘れてほしい!
「ありがとうございます。そ、それではごきげんよう」
ほほと引きつり笑いをして身を翻すと足早に立ち去る。
無事その場を離れられたが、それと引き替えにあまりにも大きなものを失ってしまった私は、この犯行防止作戦の成功は決して手放しで喜べるものではなくなってしまったのだった……。
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