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第22話 もし私と同じ気持ちなら
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「そ、それは違います。ぼ、僕が不甲斐ないだけで」
ひょろっと背が高く、眼鏡を掛けた男子生徒は三人の男子生徒に囲まれながら、気弱そうに答えた。
同級生だろうに、おそらく身分の差で態度を強要されているのだろう。
「いいって、いいって、ムラノフ! 分かっているって!」
「お前が公爵家を盾に脅されているってことは。心配するなよ。俺たちがお前の仇を取ってやるって!」
「そうそう!」
にやにや笑っているのが鼻につく。ともかくも何の仇なのかを確認しなくては。
「何の仇ですって?」
「だから。お前が公爵令嬢に脅されて、試験の順位を譲ってやっているって話だよ」
彼らの背後から現れた私に真っ先に気付いたのは、眼鏡を掛けた少年だ。
目を丸くして、あ、と口にした。それと同時に、女の声が聞こえた気がしたと思ったのだろう、恐る恐るこちらに振り返った。
「ヴィ、ヴィヴィアンナ・ローレンス! ……公爵令嬢」
男たちの顔が驚愕と恐怖の色に染まった。
「ごきげんよう」
そんな彼らに簡単に挨拶をして眼鏡の少年に視線を向けると、彼はびくっと肩を震わせた。
私は彼と初対面なのだから脅しの話は論外としても、彼もまた私が殿下に順位を譲ってきたように、下手に目をつけられると恐ろしいと考えたから身を引いていたのだろうか。
……それならば、そんな事をする必要はないと言ってあげたい。
「わたくしはあなたと初対面ですし、脅した記憶はないと思っておりますが、先ほどのお話は本当? わざと成績を落として、身を引いていたのですか? ああ。本当の事をおっしゃっていただいて結構ですよ。怒りませんから」
にっこり笑うと彼は少し表情を緩め、そして首を振った。
「いいえ。僕の力が及ばないだけです」
「本当ですか?」
「もちろんです! いつだって僕は手を抜いたことなどありません!」
強く自己主張したところを見ると、その言葉に嘘はないらしい。それでも、無意識にそういう気持ちもあったかもしれない。だからもう一押ししておこう。
「そうですか。仮にそれが本当でも嘘でも構いません。わたくしはあなたの顔と名前、ムラノフさんを覚えましたから」
「え?」
途端に不安そうにこちらを見る彼の視線は身長上、確かに私を見下ろしているのに、まるで見上げられているような気分になる。
私はふふと唇を悪役っぽく薄く引く。
「わたくしはもうあなたに目をつけましたからね。ですから今後、成績で身を引いたところで無駄な行為ですよ」
「あ……」
聡い彼は私の思惑に気付いたようだ。
「悔しいなら精々、頑張って成績で私に膝をつけさせることね。ま。わたくしに勝とうだなんて、百年早いですけれど! ほ、ほほほほぉっ!」
口元に手をやって不器用ながら笑ってみせると、彼は言葉を返す代わりに小さく笑って頷く。
私は高笑いを止めて、そんな彼と同じく小さな笑みを返した。そして一つ咳払いをする。
「ところで」
今度は男子生徒たちに視線を移した。
「あなた方は当のご本人が否定されているのに、私が彼を脅したというお話を、一体どこから仕入れていらっしゃったのかしら? あと、仇を取るとは何をなさるつもり?」
事の次第によってはただでは済みませんよ。
と、そこまで言いたかったが、脅しの言質と取られてはかなわない。
ぐっと呑み込んだ。けれど、私がさぞかし凶悪な瞳をしていたのでしょう。
「い、いえ!」
「それ、それはその!」
「し、失礼いたしましたーっ!」
最後の一人がそう言うや否や、あっと言う間に彼らは逃げ去った。
逃げ足の速いこと。……速い? 何か忘れているような。何か。
「あの。ロ、ローレンス公爵令嬢」
「あ、ああぁっ!?」
のんきにしている場合ではなかった。私は重大任務を背負っていたのだ。
「も、申し訳ございません。わたくし、これから急用がございますの。またお会いしましょう」
「あ、は、はい」
「そ、それではね。ごきげんよう」
軽く礼を取って私はエミリア嬢の教室へと急いだ。
ひょろっと背が高く、眼鏡を掛けた男子生徒は三人の男子生徒に囲まれながら、気弱そうに答えた。
同級生だろうに、おそらく身分の差で態度を強要されているのだろう。
「いいって、いいって、ムラノフ! 分かっているって!」
「お前が公爵家を盾に脅されているってことは。心配するなよ。俺たちがお前の仇を取ってやるって!」
「そうそう!」
にやにや笑っているのが鼻につく。ともかくも何の仇なのかを確認しなくては。
「何の仇ですって?」
「だから。お前が公爵令嬢に脅されて、試験の順位を譲ってやっているって話だよ」
彼らの背後から現れた私に真っ先に気付いたのは、眼鏡を掛けた少年だ。
目を丸くして、あ、と口にした。それと同時に、女の声が聞こえた気がしたと思ったのだろう、恐る恐るこちらに振り返った。
「ヴィ、ヴィヴィアンナ・ローレンス! ……公爵令嬢」
男たちの顔が驚愕と恐怖の色に染まった。
「ごきげんよう」
そんな彼らに簡単に挨拶をして眼鏡の少年に視線を向けると、彼はびくっと肩を震わせた。
私は彼と初対面なのだから脅しの話は論外としても、彼もまた私が殿下に順位を譲ってきたように、下手に目をつけられると恐ろしいと考えたから身を引いていたのだろうか。
……それならば、そんな事をする必要はないと言ってあげたい。
「わたくしはあなたと初対面ですし、脅した記憶はないと思っておりますが、先ほどのお話は本当? わざと成績を落として、身を引いていたのですか? ああ。本当の事をおっしゃっていただいて結構ですよ。怒りませんから」
にっこり笑うと彼は少し表情を緩め、そして首を振った。
「いいえ。僕の力が及ばないだけです」
「本当ですか?」
「もちろんです! いつだって僕は手を抜いたことなどありません!」
強く自己主張したところを見ると、その言葉に嘘はないらしい。それでも、無意識にそういう気持ちもあったかもしれない。だからもう一押ししておこう。
「そうですか。仮にそれが本当でも嘘でも構いません。わたくしはあなたの顔と名前、ムラノフさんを覚えましたから」
「え?」
途端に不安そうにこちらを見る彼の視線は身長上、確かに私を見下ろしているのに、まるで見上げられているような気分になる。
私はふふと唇を悪役っぽく薄く引く。
「わたくしはもうあなたに目をつけましたからね。ですから今後、成績で身を引いたところで無駄な行為ですよ」
「あ……」
聡い彼は私の思惑に気付いたようだ。
「悔しいなら精々、頑張って成績で私に膝をつけさせることね。ま。わたくしに勝とうだなんて、百年早いですけれど! ほ、ほほほほぉっ!」
口元に手をやって不器用ながら笑ってみせると、彼は言葉を返す代わりに小さく笑って頷く。
私は高笑いを止めて、そんな彼と同じく小さな笑みを返した。そして一つ咳払いをする。
「ところで」
今度は男子生徒たちに視線を移した。
「あなた方は当のご本人が否定されているのに、私が彼を脅したというお話を、一体どこから仕入れていらっしゃったのかしら? あと、仇を取るとは何をなさるつもり?」
事の次第によってはただでは済みませんよ。
と、そこまで言いたかったが、脅しの言質と取られてはかなわない。
ぐっと呑み込んだ。けれど、私がさぞかし凶悪な瞳をしていたのでしょう。
「い、いえ!」
「それ、それはその!」
「し、失礼いたしましたーっ!」
最後の一人がそう言うや否や、あっと言う間に彼らは逃げ去った。
逃げ足の速いこと。……速い? 何か忘れているような。何か。
「あの。ロ、ローレンス公爵令嬢」
「あ、ああぁっ!?」
のんきにしている場合ではなかった。私は重大任務を背負っていたのだ。
「も、申し訳ございません。わたくし、これから急用がございますの。またお会いしましょう」
「あ、は、はい」
「そ、それではね。ごきげんよう」
軽く礼を取って私はエミリア嬢の教室へと急いだ。
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