19 / 113
第19話 敵対宣言
しおりを挟む
「あなた。エミリア・コーラル様」
「は、はい!」
私が声をかけると彼女は表情を強ばらせて、びしりと背筋を正した。
金色の髪に海と陸を映し込んだような青色と黄色の瞳、透けるような白く滑らかな肌、紅を引いていないはずなのに麗しい唇。
誰もがその容姿に強く惹きつけられ、また羨むだろう。
ただ、今、その彼女の瞳は不安の色に染まり、その肌は青ざめ、その唇は固く結ばれている。
大丈夫、落ち着いて。この日のために頭の中で反覆練習してきたのだから。
まずは、そう。『あなた。殿下と馴れ馴れしくしているそうね』というセリフを言って――って、だ、駄目だ! さっき言われた。二番煎じは効果が薄まる。
じゃあ、ちょっと待って。『下級身分の分際で!』と罵るのも駄目じゃない。『いいこと。殿下の婚約者はこのわたくしよ!』のセリフだって、勝手に紹介されて、すっかり効力を失ってしまった。
え、ええっと、ええっと。他に何を言うつもりだっただろうか。
頭の中が真っ白になって暑くはないのに、汗がだくだくと流れてくるのを感じる。
私はばさりと扇子を開くと、目を半ば伏せて緩やかに仰いだ。
焦っては駄目。考えるのよ。きっと何か言う事があるはず。
「あ、あの。ヴィヴィアンナ様」
声をかけてから長く無言でいる私に、とうとう痺れを切らした彼女が恐る恐る口を開いたまさにその時閃いた。
私は扇子をとんと閉じると、ごほんと咳払いした。
「先ほどの彼女たちの言葉ですが」
「は、はい!」
「彼女たちは決して間違っておりませんわ」
「え……」
そう。別に彼女たちと違う事を言おうとしなくてもいい。元々私が言うつもりだったものなのだから。
正しいのだときっぱり言って牽制すればいい!
「この学院内では身分に関係なく平等とすることを校則で盛り込まれてはいるけれど、それは表向きのこと。実際のところは先生の目の届かない所では、結局、身分が物を言うの。つまりあなた程度、このわたくしにかかれば――」
私は扇を彼女にびしっと突きつけた。
「赤子の手を捻るより簡単ということよ!」
彼女は大きな目をさらに見開いてすっかり固まった。
き、決まった! す、凄い。これは会心の出来にも程がある!
私は彼女に突きつけた腕を戻すと、零れて止まない笑みを隠すために扇子を広げる。
……ああ、これまで頑張ってきて良かったと思う。失敗も多い人生だったけれど、これでようやく報われた。私の努力はきっとこの日のためにあったのだろう。
思わずその場で感慨に浸ろうとしたが、気を抜くと何が起こるか分からない。それにこれ以上ボロが出ない内に撤退した方が賢明だろう。
私は思考から抜け出すために扇子を再びとんと閉じた。
「まあ。そう言うわけですから、ご自分の言動にはせいぜいお気を付けあそばせ。話はそれだけよ。ではね。ごきげんよう」
私はそう言い残して身を翻し、歩き出そうとしたら。
「ヴィ、ヴィヴィアンナ様!」
「何かしら?」
エミリア嬢から声がかかったので仕方なく足を止め、肩越しで彼女を見る。
すると。
「ヴィヴィアンナ様のご忠告、この胸にしっかり刻みこませていただきます」
先ほどより頬に赤味が戻った彼女が怖じ気づくことなく、こちらを真っ直ぐ見てはっきり言い切った。
さすが殿下にも遠慮無く物言いする彼女だと思う。これまで全く知ろうとはしなかったけれど、殿下が彼女に惹かれたのも頷ける。この子に裁かれるのであれば、私はきっと悔いが残らない……かもしれない。
もっとも忠告ではなくて警告なのだけど。まあ、少しぐらいの違いはいい。今回ばかりは大成功だ。帰ったらユーナに言って御祝いの菓子を目一杯用意してもらわなくては。
「ええ。その方が身のためね」
私は最後にもう一度だけ敵対宣言するとその場を立ち去った。
「は、はい!」
私が声をかけると彼女は表情を強ばらせて、びしりと背筋を正した。
金色の髪に海と陸を映し込んだような青色と黄色の瞳、透けるような白く滑らかな肌、紅を引いていないはずなのに麗しい唇。
誰もがその容姿に強く惹きつけられ、また羨むだろう。
ただ、今、その彼女の瞳は不安の色に染まり、その肌は青ざめ、その唇は固く結ばれている。
大丈夫、落ち着いて。この日のために頭の中で反覆練習してきたのだから。
まずは、そう。『あなた。殿下と馴れ馴れしくしているそうね』というセリフを言って――って、だ、駄目だ! さっき言われた。二番煎じは効果が薄まる。
じゃあ、ちょっと待って。『下級身分の分際で!』と罵るのも駄目じゃない。『いいこと。殿下の婚約者はこのわたくしよ!』のセリフだって、勝手に紹介されて、すっかり効力を失ってしまった。
え、ええっと、ええっと。他に何を言うつもりだっただろうか。
頭の中が真っ白になって暑くはないのに、汗がだくだくと流れてくるのを感じる。
私はばさりと扇子を開くと、目を半ば伏せて緩やかに仰いだ。
焦っては駄目。考えるのよ。きっと何か言う事があるはず。
「あ、あの。ヴィヴィアンナ様」
声をかけてから長く無言でいる私に、とうとう痺れを切らした彼女が恐る恐る口を開いたまさにその時閃いた。
私は扇子をとんと閉じると、ごほんと咳払いした。
「先ほどの彼女たちの言葉ですが」
「は、はい!」
「彼女たちは決して間違っておりませんわ」
「え……」
そう。別に彼女たちと違う事を言おうとしなくてもいい。元々私が言うつもりだったものなのだから。
正しいのだときっぱり言って牽制すればいい!
「この学院内では身分に関係なく平等とすることを校則で盛り込まれてはいるけれど、それは表向きのこと。実際のところは先生の目の届かない所では、結局、身分が物を言うの。つまりあなた程度、このわたくしにかかれば――」
私は扇を彼女にびしっと突きつけた。
「赤子の手を捻るより簡単ということよ!」
彼女は大きな目をさらに見開いてすっかり固まった。
き、決まった! す、凄い。これは会心の出来にも程がある!
私は彼女に突きつけた腕を戻すと、零れて止まない笑みを隠すために扇子を広げる。
……ああ、これまで頑張ってきて良かったと思う。失敗も多い人生だったけれど、これでようやく報われた。私の努力はきっとこの日のためにあったのだろう。
思わずその場で感慨に浸ろうとしたが、気を抜くと何が起こるか分からない。それにこれ以上ボロが出ない内に撤退した方が賢明だろう。
私は思考から抜け出すために扇子を再びとんと閉じた。
「まあ。そう言うわけですから、ご自分の言動にはせいぜいお気を付けあそばせ。話はそれだけよ。ではね。ごきげんよう」
私はそう言い残して身を翻し、歩き出そうとしたら。
「ヴィ、ヴィヴィアンナ様!」
「何かしら?」
エミリア嬢から声がかかったので仕方なく足を止め、肩越しで彼女を見る。
すると。
「ヴィヴィアンナ様のご忠告、この胸にしっかり刻みこませていただきます」
先ほどより頬に赤味が戻った彼女が怖じ気づくことなく、こちらを真っ直ぐ見てはっきり言い切った。
さすが殿下にも遠慮無く物言いする彼女だと思う。これまで全く知ろうとはしなかったけれど、殿下が彼女に惹かれたのも頷ける。この子に裁かれるのであれば、私はきっと悔いが残らない……かもしれない。
もっとも忠告ではなくて警告なのだけど。まあ、少しぐらいの違いはいい。今回ばかりは大成功だ。帰ったらユーナに言って御祝いの菓子を目一杯用意してもらわなくては。
「ええ。その方が身のためね」
私は最後にもう一度だけ敵対宣言するとその場を立ち去った。
12
お気に入りに追加
582
あなたにおすすめの小説

悪役令嬢、資産運用で学園を掌握する 〜王太子?興味ない、私は経済で無双する〜
言諮 アイ
ファンタジー
異世界貴族社会の名門・ローデリア学園。そこに通う公爵令嬢リリアーナは、婚約者である王太子エドワルドから一方的に婚約破棄を宣言される。理由は「平民の聖女をいじめた悪役だから」?——はっ、笑わせないで。
しかし、リリアーナには王太子も知らない"切り札"があった。
それは、前世の知識を活かした「資産運用」。株式、事業投資、不動産売買……全てを駆使し、わずか数日で貴族社会の経済を掌握する。
「王太子?聖女?その程度の茶番に構っている暇はないわ。私は"資産"でこの学園を支配するのだから。」
破滅フラグ?なら経済で粉砕するだけ。
気づけば、学園も貴族もすべてが彼女の手中に——。
「お前は……一体何者だ?」と動揺する王太子に、リリアーナは微笑む。
「私はただの投資家よ。負けたくないなら……資本主義のルールを学びなさい。」
学園を舞台に繰り広げられる異世界経済バトルロマンス!
"悪役令嬢"、ここに爆誕!


主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます
宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。
さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。
中世ヨーロッパ風異世界転生。
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。

【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?
つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです!
文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか!
結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。
目を覚ましたら幼い自分の姿が……。
何故か十二歳に巻き戻っていたのです。
最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。
そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか?
他サイトにも公開中。
悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。
三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。
何度も断罪を回避しようとしたのに!
では、こんな国など出ていきます!

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!
柊
ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」
ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。
「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」
そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。
(やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。
※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる