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第19話 敵対宣言
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「あなた。エミリア・コーラル様」
「は、はい!」
私が声をかけると彼女は表情を強ばらせて、びしりと背筋を正した。
金色の髪に海と陸を映し込んだような青色と黄色の瞳、透けるような白く滑らかな肌、紅を引いていないはずなのに麗しい唇。
誰もがその容姿に強く惹きつけられ、また羨むだろう。
ただ、今、その彼女の瞳は不安の色に染まり、その肌は青ざめ、その唇は固く結ばれている。
大丈夫、落ち着いて。この日のために頭の中で反覆練習してきたのだから。
まずは、そう。『あなた。殿下と馴れ馴れしくしているそうね』というセリフを言って――って、だ、駄目だ! さっき言われた。二番煎じは効果が薄まる。
じゃあ、ちょっと待って。『下級身分の分際で!』と罵るのも駄目じゃない。『いいこと。殿下の婚約者はこのわたくしよ!』のセリフだって、勝手に紹介されて、すっかり効力を失ってしまった。
え、ええっと、ええっと。他に何を言うつもりだっただろうか。
頭の中が真っ白になって暑くはないのに、汗がだくだくと流れてくるのを感じる。
私はばさりと扇子を開くと、目を半ば伏せて緩やかに仰いだ。
焦っては駄目。考えるのよ。きっと何か言う事があるはず。
「あ、あの。ヴィヴィアンナ様」
声をかけてから長く無言でいる私に、とうとう痺れを切らした彼女が恐る恐る口を開いたまさにその時閃いた。
私は扇子をとんと閉じると、ごほんと咳払いした。
「先ほどの彼女たちの言葉ですが」
「は、はい!」
「彼女たちは決して間違っておりませんわ」
「え……」
そう。別に彼女たちと違う事を言おうとしなくてもいい。元々私が言うつもりだったものなのだから。
正しいのだときっぱり言って牽制すればいい!
「この学院内では身分に関係なく平等とすることを校則で盛り込まれてはいるけれど、それは表向きのこと。実際のところは先生の目の届かない所では、結局、身分が物を言うの。つまりあなた程度、このわたくしにかかれば――」
私は扇を彼女にびしっと突きつけた。
「赤子の手を捻るより簡単ということよ!」
彼女は大きな目をさらに見開いてすっかり固まった。
き、決まった! す、凄い。これは会心の出来にも程がある!
私は彼女に突きつけた腕を戻すと、零れて止まない笑みを隠すために扇子を広げる。
……ああ、これまで頑張ってきて良かったと思う。失敗も多い人生だったけれど、これでようやく報われた。私の努力はきっとこの日のためにあったのだろう。
思わずその場で感慨に浸ろうとしたが、気を抜くと何が起こるか分からない。それにこれ以上ボロが出ない内に撤退した方が賢明だろう。
私は思考から抜け出すために扇子を再びとんと閉じた。
「まあ。そう言うわけですから、ご自分の言動にはせいぜいお気を付けあそばせ。話はそれだけよ。ではね。ごきげんよう」
私はそう言い残して身を翻し、歩き出そうとしたら。
「ヴィ、ヴィヴィアンナ様!」
「何かしら?」
エミリア嬢から声がかかったので仕方なく足を止め、肩越しで彼女を見る。
すると。
「ヴィヴィアンナ様のご忠告、この胸にしっかり刻みこませていただきます」
先ほどより頬に赤味が戻った彼女が怖じ気づくことなく、こちらを真っ直ぐ見てはっきり言い切った。
さすが殿下にも遠慮無く物言いする彼女だと思う。これまで全く知ろうとはしなかったけれど、殿下が彼女に惹かれたのも頷ける。この子に裁かれるのであれば、私はきっと悔いが残らない……かもしれない。
もっとも忠告ではなくて警告なのだけど。まあ、少しぐらいの違いはいい。今回ばかりは大成功だ。帰ったらユーナに言って御祝いの菓子を目一杯用意してもらわなくては。
「ええ。その方が身のためね」
私は最後にもう一度だけ敵対宣言するとその場を立ち去った。
「は、はい!」
私が声をかけると彼女は表情を強ばらせて、びしりと背筋を正した。
金色の髪に海と陸を映し込んだような青色と黄色の瞳、透けるような白く滑らかな肌、紅を引いていないはずなのに麗しい唇。
誰もがその容姿に強く惹きつけられ、また羨むだろう。
ただ、今、その彼女の瞳は不安の色に染まり、その肌は青ざめ、その唇は固く結ばれている。
大丈夫、落ち着いて。この日のために頭の中で反覆練習してきたのだから。
まずは、そう。『あなた。殿下と馴れ馴れしくしているそうね』というセリフを言って――って、だ、駄目だ! さっき言われた。二番煎じは効果が薄まる。
じゃあ、ちょっと待って。『下級身分の分際で!』と罵るのも駄目じゃない。『いいこと。殿下の婚約者はこのわたくしよ!』のセリフだって、勝手に紹介されて、すっかり効力を失ってしまった。
え、ええっと、ええっと。他に何を言うつもりだっただろうか。
頭の中が真っ白になって暑くはないのに、汗がだくだくと流れてくるのを感じる。
私はばさりと扇子を開くと、目を半ば伏せて緩やかに仰いだ。
焦っては駄目。考えるのよ。きっと何か言う事があるはず。
「あ、あの。ヴィヴィアンナ様」
声をかけてから長く無言でいる私に、とうとう痺れを切らした彼女が恐る恐る口を開いたまさにその時閃いた。
私は扇子をとんと閉じると、ごほんと咳払いした。
「先ほどの彼女たちの言葉ですが」
「は、はい!」
「彼女たちは決して間違っておりませんわ」
「え……」
そう。別に彼女たちと違う事を言おうとしなくてもいい。元々私が言うつもりだったものなのだから。
正しいのだときっぱり言って牽制すればいい!
「この学院内では身分に関係なく平等とすることを校則で盛り込まれてはいるけれど、それは表向きのこと。実際のところは先生の目の届かない所では、結局、身分が物を言うの。つまりあなた程度、このわたくしにかかれば――」
私は扇を彼女にびしっと突きつけた。
「赤子の手を捻るより簡単ということよ!」
彼女は大きな目をさらに見開いてすっかり固まった。
き、決まった! す、凄い。これは会心の出来にも程がある!
私は彼女に突きつけた腕を戻すと、零れて止まない笑みを隠すために扇子を広げる。
……ああ、これまで頑張ってきて良かったと思う。失敗も多い人生だったけれど、これでようやく報われた。私の努力はきっとこの日のためにあったのだろう。
思わずその場で感慨に浸ろうとしたが、気を抜くと何が起こるか分からない。それにこれ以上ボロが出ない内に撤退した方が賢明だろう。
私は思考から抜け出すために扇子を再びとんと閉じた。
「まあ。そう言うわけですから、ご自分の言動にはせいぜいお気を付けあそばせ。話はそれだけよ。ではね。ごきげんよう」
私はそう言い残して身を翻し、歩き出そうとしたら。
「ヴィ、ヴィヴィアンナ様!」
「何かしら?」
エミリア嬢から声がかかったので仕方なく足を止め、肩越しで彼女を見る。
すると。
「ヴィヴィアンナ様のご忠告、この胸にしっかり刻みこませていただきます」
先ほどより頬に赤味が戻った彼女が怖じ気づくことなく、こちらを真っ直ぐ見てはっきり言い切った。
さすが殿下にも遠慮無く物言いする彼女だと思う。これまで全く知ろうとはしなかったけれど、殿下が彼女に惹かれたのも頷ける。この子に裁かれるのであれば、私はきっと悔いが残らない……かもしれない。
もっとも忠告ではなくて警告なのだけど。まあ、少しぐらいの違いはいい。今回ばかりは大成功だ。帰ったらユーナに言って御祝いの菓子を目一杯用意してもらわなくては。
「ええ。その方が身のためね」
私は最後にもう一度だけ敵対宣言するとその場を立ち去った。
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