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第18話 私は私の口で主張する
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まず、第一声が肝心だ。ここだけは失敗してはならない。
私は一呼吸置くと扇を広げた。
決して震えないように、乱暴にならないように、けれど威厳のあるようにお腹に力を入れて声を発する。
「あら。ごきげんよう。皆さまお揃いで」
その試みは成功したようで、エミリア嬢を取り囲んでいたご令嬢が、びくりと肩を震わせると強ばった表情でこちらに振り返った。中心には件のエミリア嬢がいるが、彼女も不安そうな表情を浮かべている。
私の顔が怖いから? 少しばかりは自覚がありましてよ。
「ヴィ、ヴィヴィアンナ様!?」
「ご、ごきげんよう」
「ど、どうしてこちらに」
エミリア嬢を手紙で呼び出したからですとも言えず、私は目元でにっこりと笑った。
「今、わたくしの名前が聞こえた気がしまして、こちらに足を運びましたのよ」
「さ、さようでございますか」
たじたじとしているご令嬢を置いて、私はエミリア嬢に目をやった。
「あら。そちらの方は確か」
もしかしたら私の目つきが悪く、怒っているように見えたのかもしれない。
私が口にした途端に彼女たちは勢いづく。
「そ、そうです! 本年入学したエミリア・コーラル男爵令嬢です。身分をわきまえず、殿下と馴れ馴れしくされていましたの」
「そう。馴れ馴れしく」
きっと馴れ馴れしくしたのは殿下の方でしょう。
「ええ。ましてヴィヴィアンナ様のご婚約者であられますのに。さぞかしご気分を害されているかと思いまして」
「気分を」
小さく頷きながら彼女たちの言葉に同意しているように、ゆっくり繰り返す。
「は、はい。ですから、わたくしどもがヴィヴィアンナ様の代わりに注意をしていたのです」
「わたくしの代わりに」
「そ、そうです。わたくし共はヴィヴィアンナ様のために!」
果たしてそうでしょうか。私には、私を隠れ蓑にして悪口を言っていたように聞こえましたが。
でもまだその言葉を言う瞬間ではない。呼吸と共に呑み込みながら目を伏せてみせた。
「……なるほど。わたくしのために」
目を開けて扇子を閉じると、納得したかのように微笑みを見せた。
場がほっとした空気に揺れるのを感じた瞬間、私はびしっと音を鳴らして手の平に扇子を叩きつけた。
途端に再び空気に緊張が走り、ご令嬢方の肩が跳ね上がる。
「そうですか。わたくしは人に悪言を代弁させるような卑怯で臆病者だと思われたわけですね」
にっこり笑って言うと、彼女たちは青くなって一瞬絶句したが、すぐに申し開きをするために口々に叫んだ。
「そ、そんな!」
「とんっ、とんでもない!」
「そうです。全てはヴィヴィアンナ様のために!」
余計なお世話です。自分の言葉は自分で責任を持つ覚悟はある。けれど、あなたたちの言葉までなぜ私が責任を負わなくてはいけないのか。
「言いたい事があるのなら、わたくしはわたくしの口から直々に申し上げます。あなた方に代弁していただくいわれは一切ございません」
きっぱりと言い切るとさすがに言葉に詰まった彼女たちに、畳みかけるように私は続けた。
「今後はわたくしのことは決してお気遣いなさらぬよう、お願い申し上げます。――お分かりいただけて?」
最後は少しだけ語調を強めた。
「は、はい!」
「も、申し訳ございませんでした」
「しょ、承知いたしました……」
弱々しく返事するものの、まだ彼女たちはその場に居続ける。
そろそろエミリア嬢とお話ししたいのだけれど。……要するに邪魔。
「わたくしはこちらのエミリア様とお話をしたいのですが、あなた方はまだ何か?」
そんな風に冷たく問うと、彼女たちは弾かれたように身を引き、慌てて失礼いたしますと言うと足早に去って行った。
よし。邪魔者は去った。これからが本番だ。
私は気合いを入れ直すと、ゆっくりと彼女に向き直った。
私は一呼吸置くと扇を広げた。
決して震えないように、乱暴にならないように、けれど威厳のあるようにお腹に力を入れて声を発する。
「あら。ごきげんよう。皆さまお揃いで」
その試みは成功したようで、エミリア嬢を取り囲んでいたご令嬢が、びくりと肩を震わせると強ばった表情でこちらに振り返った。中心には件のエミリア嬢がいるが、彼女も不安そうな表情を浮かべている。
私の顔が怖いから? 少しばかりは自覚がありましてよ。
「ヴィ、ヴィヴィアンナ様!?」
「ご、ごきげんよう」
「ど、どうしてこちらに」
エミリア嬢を手紙で呼び出したからですとも言えず、私は目元でにっこりと笑った。
「今、わたくしの名前が聞こえた気がしまして、こちらに足を運びましたのよ」
「さ、さようでございますか」
たじたじとしているご令嬢を置いて、私はエミリア嬢に目をやった。
「あら。そちらの方は確か」
もしかしたら私の目つきが悪く、怒っているように見えたのかもしれない。
私が口にした途端に彼女たちは勢いづく。
「そ、そうです! 本年入学したエミリア・コーラル男爵令嬢です。身分をわきまえず、殿下と馴れ馴れしくされていましたの」
「そう。馴れ馴れしく」
きっと馴れ馴れしくしたのは殿下の方でしょう。
「ええ。ましてヴィヴィアンナ様のご婚約者であられますのに。さぞかしご気分を害されているかと思いまして」
「気分を」
小さく頷きながら彼女たちの言葉に同意しているように、ゆっくり繰り返す。
「は、はい。ですから、わたくしどもがヴィヴィアンナ様の代わりに注意をしていたのです」
「わたくしの代わりに」
「そ、そうです。わたくし共はヴィヴィアンナ様のために!」
果たしてそうでしょうか。私には、私を隠れ蓑にして悪口を言っていたように聞こえましたが。
でもまだその言葉を言う瞬間ではない。呼吸と共に呑み込みながら目を伏せてみせた。
「……なるほど。わたくしのために」
目を開けて扇子を閉じると、納得したかのように微笑みを見せた。
場がほっとした空気に揺れるのを感じた瞬間、私はびしっと音を鳴らして手の平に扇子を叩きつけた。
途端に再び空気に緊張が走り、ご令嬢方の肩が跳ね上がる。
「そうですか。わたくしは人に悪言を代弁させるような卑怯で臆病者だと思われたわけですね」
にっこり笑って言うと、彼女たちは青くなって一瞬絶句したが、すぐに申し開きをするために口々に叫んだ。
「そ、そんな!」
「とんっ、とんでもない!」
「そうです。全てはヴィヴィアンナ様のために!」
余計なお世話です。自分の言葉は自分で責任を持つ覚悟はある。けれど、あなたたちの言葉までなぜ私が責任を負わなくてはいけないのか。
「言いたい事があるのなら、わたくしはわたくしの口から直々に申し上げます。あなた方に代弁していただくいわれは一切ございません」
きっぱりと言い切るとさすがに言葉に詰まった彼女たちに、畳みかけるように私は続けた。
「今後はわたくしのことは決してお気遣いなさらぬよう、お願い申し上げます。――お分かりいただけて?」
最後は少しだけ語調を強めた。
「は、はい!」
「も、申し訳ございませんでした」
「しょ、承知いたしました……」
弱々しく返事するものの、まだ彼女たちはその場に居続ける。
そろそろエミリア嬢とお話ししたいのだけれど。……要するに邪魔。
「わたくしはこちらのエミリア様とお話をしたいのですが、あなた方はまだ何か?」
そんな風に冷たく問うと、彼女たちは弾かれたように身を引き、慌てて失礼いたしますと言うと足早に去って行った。
よし。邪魔者は去った。これからが本番だ。
私は気合いを入れ直すと、ゆっくりと彼女に向き直った。
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