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第16話 無駄な動きは休むに似たり
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私は顔を上げると、きっと殿下を睨み付けた。
「なぜ、こちらにいらっしゃったの?」
「だから。お前の悲鳴が聞こえたからだって。何だよ。それが不満なのか?」
金切り声だったわけでもなく、軽く短く出た声だ。そんな程度、どうでも良かっただろうにと思う。
けれど……殿下のこうしたお気遣いを受け取れるのはあと少しなのだから、今は素直に頂いても許されるかもしれない。
「いえ。ありがとうございました」
「ん? あ、ああ」
殿下は自分がした事に少し照れくささが出たのか、対応に困った様子になっている。
「どうかされましたか」
「べ、別に!」
「そうですか? ――あ、そう言えば殿下」
先ほどの失態を取り返さなくてはと、エミリア・コーラル嬢が新入生代表の挨拶をしたことを思い出して振ってみることにした。
「今年の新入生代表の挨拶をした人のことですが」
「は? いきなり何の話だ?」
「いいから」
「いいからって……。で、その男が一体何だって言うんだよ」
殿下は腕を組むと不愉快そうに眉をひそめる。
「男じゃありません。女性です。まさか寝ていたんですか?」
「何だ。女かよ。……あー。寝ていたかって? まあ、早く言えばそうだな」
「信じられない!」
これで殿下と彼女を会わせるよう、より積極的に誘導しなくてはならなくなった。本当にこの諸悪の根源殿下には、余計な手間を掛けさせられること!
「で、その女が何だって?」
「もう結構ですっ」
「え? ちょ、おい。だからそれが何なんだって!」
困惑する殿下の前で、私は膨れっ面になりながら腕を組んだ。
それからというもの、二人をさり気なく出会わせようとするものの、何かによっていつも邪魔をされて全く上手くいかない。
これだけ私が走り回っているというのに!
「ヴィヴィアンナ様、最近お疲れじゃないですか?」
自宅ソファーにぐったり身を任せる私にユーナは心配そうに尋ねてきた。
「ええ。そうね……」
「やはり最上級生というのは大変ご苦労がおありなのですね。お労しい」
「ねえ。ユーナ」
藁にでも縋りたい気分で私はユーナに声をかける。
「偶然を装って男女を出会わせる方法ってないかしら」
「まあ、ヴィヴィアンナ様ったら! 殿下にお会いになりたいなら、意地を張っていないで直接伺えばよろしいのに」
「ち、違うったら。わたくしの話ではないの!」
微笑ましそうに笑むユーナに対して慌てて否定しようと、勢いよく身を起こした。
「またまたぁ。でも直接が恥ずかしいなら、お手紙をしたためたらいかがですか」
「だから。わたくしのお話ではな――っ! いえ。手紙ね、手紙」
そうか。二人に対して、場所指定して呼び出す手紙を送ればいい。お互い待ちぼうけを食らわされている間に顔を見合わせることになる。
「そうね。書いてみるわ」
早速テーブルに着く私に、後ろから頑張ってと呟かれたが、反論してもことごとく明後日の方向に発想を飛ばしてくるユーナには、決して勝てないことを経験上知っている私はぐっと我慢して、ただペンを握った。
エミリア嬢は皆より少し早めに登校する。それは誰もいない教室に一番に入るのが好きだからだと又聞きしたことがある。
なので、私もいつもよりも早めに登校することにした。そのため前夜に明日は早く起きたいとユーナに申し出たら、ヴィヴィアンナ様が成長されたと感激の涙を流された。
今朝になってぐずる私に、ユーナはヴィヴィアンナ様ったらと笑い、シーツを手前に強く引っ張り、私をごろごろ転がせて強制起床させられたのは誤算だ。
勢い余ってベッドから落下して、ちょっと痛い。
さてユーナのおかげで人気のない学校に到着できた私は、既に把握済みの彼女の机へ颯爽と向かう。そして手早く手紙を仕込むと教室を出る。直後、廊下から軽やかな足音が聞こえてきて慌てて身を隠した。
ちらりと陰から伺うと、件のエミリア嬢だった。
き、危機一髪!
早音を打つ心臓を呼吸で整え、その場を去ると次に向かうは殿下の机だ。
抜き足差し足で殿下の教室に入ろうしたところ。
「おい。教室を間違っているぞ」
背後から急に知った男性の声が降ってきて、びくりと硬直した。
恐る恐る振り返るとそこにいたのは案の定、殿下だった。
いつも遅く登校してくるくせになぜ今日に限って!
心の中で苛立ちながら私は無理に笑みを貼り付けてみる。
「で、殿下。ご、ごきげんよう。きょ、今日はお早いのですね」
「お前こそ早いな。でも寝ぼけているんじゃないのか? お前の教室はあっちだろ」
呆れたように指をさす殿下に、私は顔を引きつらせながら笑った。
「まあ! ほほほ。わたくしとしましたことが。うっかり間違えましたわ。で、ではごきげんよう」
「……ああ。あ、待て、ヴィヴィアンナ」
「はい。何でしょう」
「お前が気にしていた新入生だけど、話しかけてみたぞ。どうもここ十数年まれに見る優秀な生徒らしいな」
――グシャッ。
私はいまだ手の中にあった手紙を力強く握りつぶした。
私が特別に何かをしなくても、運命は勝手に軌道修正してくれるというわけらしい。
でもそれならそれで、もっと早くに修正して!
「なぜ、こちらにいらっしゃったの?」
「だから。お前の悲鳴が聞こえたからだって。何だよ。それが不満なのか?」
金切り声だったわけでもなく、軽く短く出た声だ。そんな程度、どうでも良かっただろうにと思う。
けれど……殿下のこうしたお気遣いを受け取れるのはあと少しなのだから、今は素直に頂いても許されるかもしれない。
「いえ。ありがとうございました」
「ん? あ、ああ」
殿下は自分がした事に少し照れくささが出たのか、対応に困った様子になっている。
「どうかされましたか」
「べ、別に!」
「そうですか? ――あ、そう言えば殿下」
先ほどの失態を取り返さなくてはと、エミリア・コーラル嬢が新入生代表の挨拶をしたことを思い出して振ってみることにした。
「今年の新入生代表の挨拶をした人のことですが」
「は? いきなり何の話だ?」
「いいから」
「いいからって……。で、その男が一体何だって言うんだよ」
殿下は腕を組むと不愉快そうに眉をひそめる。
「男じゃありません。女性です。まさか寝ていたんですか?」
「何だ。女かよ。……あー。寝ていたかって? まあ、早く言えばそうだな」
「信じられない!」
これで殿下と彼女を会わせるよう、より積極的に誘導しなくてはならなくなった。本当にこの諸悪の根源殿下には、余計な手間を掛けさせられること!
「で、その女が何だって?」
「もう結構ですっ」
「え? ちょ、おい。だからそれが何なんだって!」
困惑する殿下の前で、私は膨れっ面になりながら腕を組んだ。
それからというもの、二人をさり気なく出会わせようとするものの、何かによっていつも邪魔をされて全く上手くいかない。
これだけ私が走り回っているというのに!
「ヴィヴィアンナ様、最近お疲れじゃないですか?」
自宅ソファーにぐったり身を任せる私にユーナは心配そうに尋ねてきた。
「ええ。そうね……」
「やはり最上級生というのは大変ご苦労がおありなのですね。お労しい」
「ねえ。ユーナ」
藁にでも縋りたい気分で私はユーナに声をかける。
「偶然を装って男女を出会わせる方法ってないかしら」
「まあ、ヴィヴィアンナ様ったら! 殿下にお会いになりたいなら、意地を張っていないで直接伺えばよろしいのに」
「ち、違うったら。わたくしの話ではないの!」
微笑ましそうに笑むユーナに対して慌てて否定しようと、勢いよく身を起こした。
「またまたぁ。でも直接が恥ずかしいなら、お手紙をしたためたらいかがですか」
「だから。わたくしのお話ではな――っ! いえ。手紙ね、手紙」
そうか。二人に対して、場所指定して呼び出す手紙を送ればいい。お互い待ちぼうけを食らわされている間に顔を見合わせることになる。
「そうね。書いてみるわ」
早速テーブルに着く私に、後ろから頑張ってと呟かれたが、反論してもことごとく明後日の方向に発想を飛ばしてくるユーナには、決して勝てないことを経験上知っている私はぐっと我慢して、ただペンを握った。
エミリア嬢は皆より少し早めに登校する。それは誰もいない教室に一番に入るのが好きだからだと又聞きしたことがある。
なので、私もいつもよりも早めに登校することにした。そのため前夜に明日は早く起きたいとユーナに申し出たら、ヴィヴィアンナ様が成長されたと感激の涙を流された。
今朝になってぐずる私に、ユーナはヴィヴィアンナ様ったらと笑い、シーツを手前に強く引っ張り、私をごろごろ転がせて強制起床させられたのは誤算だ。
勢い余ってベッドから落下して、ちょっと痛い。
さてユーナのおかげで人気のない学校に到着できた私は、既に把握済みの彼女の机へ颯爽と向かう。そして手早く手紙を仕込むと教室を出る。直後、廊下から軽やかな足音が聞こえてきて慌てて身を隠した。
ちらりと陰から伺うと、件のエミリア嬢だった。
き、危機一髪!
早音を打つ心臓を呼吸で整え、その場を去ると次に向かうは殿下の机だ。
抜き足差し足で殿下の教室に入ろうしたところ。
「おい。教室を間違っているぞ」
背後から急に知った男性の声が降ってきて、びくりと硬直した。
恐る恐る振り返るとそこにいたのは案の定、殿下だった。
いつも遅く登校してくるくせになぜ今日に限って!
心の中で苛立ちながら私は無理に笑みを貼り付けてみる。
「で、殿下。ご、ごきげんよう。きょ、今日はお早いのですね」
「お前こそ早いな。でも寝ぼけているんじゃないのか? お前の教室はあっちだろ」
呆れたように指をさす殿下に、私は顔を引きつらせながら笑った。
「まあ! ほほほ。わたくしとしましたことが。うっかり間違えましたわ。で、ではごきげんよう」
「……ああ。あ、待て、ヴィヴィアンナ」
「はい。何でしょう」
「お前が気にしていた新入生だけど、話しかけてみたぞ。どうもここ十数年まれに見る優秀な生徒らしいな」
――グシャッ。
私はいまだ手の中にあった手紙を力強く握りつぶした。
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でもそれならそれで、もっと早くに修正して!
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