婚約破棄に向けて悪役令嬢始めました

樹里

文字の大きさ
上 下
15 / 113

第15話 終わりの始まり

しおりを挟む
「ヴィヴィアンナ様。髪型はこれでよろしいでしょうか」

 ユーナに尋ねられて鏡をあらためて見ると、すっと通った鼻筋に、ほっそりとした頬、強くうねらせた金髪、そしてすらりと伸びた手足と女らしい膨らみを持った体つきの女性が映る。
 気が付けばまだ大人にはなりきらないが、幼さを卒業した年齢にまで成長している自分がいた。

「ええ。これでいいわ。ありがとう」
「早いもので今年はもう最上級生ですね。来年の今頃はご結婚が正式発表されるでしょうね」
「……ええ」

 殿下が寵愛することになる男爵令嬢、エミリア・コーラル令嬢が入学してくるこの年までは、今後何が起こってもいいように知識を蓄え、こっそり筋肉を鍛えたりもしてきた。また殿下とは自己主張していがみ合ったり、反発したりしながらも、心穏やかに過ごせたと思う。
 けれど、彼女の入学と共に私の人生最後の栄華の年となるだろう。

「思えばユーナもこんなわたくしに長く仕えてきてくれたわね。……本当にありがとう」
「こんなわたくしだなんて。何をおっしゃるのですか。わたくしはヴィヴィアンナ様にお仕えすることができて、本当に幸せですよ!」

 初めて仕えてくれたあの日から、ユーナの気持ちはずっと変わらずにいてくれる。

「でもあなただってもう妙齢でしょう。ご両親からご結婚のお話も出ているのでは?」
「あら、ヴィヴィアンナ様。わたくしを邪魔者扱いしようとしても、そうはいきませんよ! ヴィヴィアンナ様が殿下に嫁がれるのをこの目で見届けるまでは、梃子でも動きませんからね!」
「そう、ね」

 それは決して叶わない願いなのだけれども。

「わたくしのことが……決着ついたら、あなたはわたくしのことなどさっさと忘れて、あなたの幸せを一番に考えてね」
「え? 忘れ――」
「必ずよ。あなたには絶対に幸せになってもらいたいの。私にたくさんの幸せな時間をくれた分、目一杯幸せにならなきゃ許さないわ。約束して」
「ヴィヴィアンナ様。……はい、承知いたしました」

 私は言葉を遮って無理矢理約束させると、笑顔を見せた。

「ありがとう。それでは行って参りますわ」


 エミリア・コーラル令嬢が入学してくる本日、彼女は校舎裏でルイス殿下と運命の出会いを果たすことになる。
 風で飛ばされて木に引っかかった入学案内書を彼女が取ろうとしているところに殿下が居合わせ、代わりに取ってあげるのだ。
 ――そう、今まさにこの場で。

 私はそれを見たくなくて、踵を返そうとした。
 その時。

「きゃっ!?」

 私は木陰から二人が出会うのを見守っていたのだけれど、身を翻した途端に枝に髪が取られてしまった。今日に限って強くうねらせた髪が木に絡みつき、身動きが取れない。

 ちょ、ちょっと早く取れて! 二人の出会いを見たくないと言っているでしょう。それすらも私の運命は許してくれないと言うの。
 必死になって絡まる髪と格闘していると、ガサリと葉ずれが聞こえるや否や、呆れたような声が上から降ってきた。

「おい。何をやっている」
「……え? え!?」

 声の方向に顔を向けると、そこにいたのは殿下だった。

「え! ど、どうして」
「それはこっちのセリフだ。悲鳴が聞こえたかと思って来てみたら、何をどうしたらそんな事になるんだよ」
「え。だ、だって。え!?」

 私は少し顔を傾けて殿下の背後を見ると、エミリア嬢は助走を付けて勢いよく飛び上がり、見事に書類を手にしたところだった。そしてそのまま身を翻すと、私たちとは逆の方向へと歩き出した。

 う、嘘!? 待って。どうしよう!? ここで二人は出会うはずだったのに。
 私は蒼白になって、届くはずもないのに彼女の方向へとあわあわと手を伸ばす。

「おい。落ち着けって。今取ってやるから」
「で、殿下。あの。あ、あちらへ!」
「うん? うまく取れないな」

 私のおぼつかない言葉は、目の前の絡み合った髪を必死で取っている殿下には入ってこないらしい。
 やがて彼女は校舎の角を曲がり、その姿がすっかり見えなくなってしまった。

「よし、取れたぞ! ……って、おい。何でそんなに愕然としているんだよ。取ってやったんだぞ。少しは感謝しろよ」

 お礼も言わずに、どうしようと顔を押さえる私に対して、殿下は少しふてくされた表情を浮かべた。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

21時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。

もう終わってますわ

こもろう
恋愛
聖女ローラとばかり親しく付き合うの婚約者メルヴィン王子。 爪弾きにされた令嬢エメラインは覚悟を決めて立ち上がる。

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

悪役令嬢、資産運用で学園を掌握する 〜王太子?興味ない、私は経済で無双する〜

言諮 アイ
ファンタジー
異世界貴族社会の名門・ローデリア学園。そこに通う公爵令嬢リリアーナは、婚約者である王太子エドワルドから一方的に婚約破棄を宣言される。理由は「平民の聖女をいじめた悪役だから」?——はっ、笑わせないで。 しかし、リリアーナには王太子も知らない"切り札"があった。 それは、前世の知識を活かした「資産運用」。株式、事業投資、不動産売買……全てを駆使し、わずか数日で貴族社会の経済を掌握する。 「王太子?聖女?その程度の茶番に構っている暇はないわ。私は"資産"でこの学園を支配するのだから。」 破滅フラグ?なら経済で粉砕するだけ。 気づけば、学園も貴族もすべてが彼女の手中に——。 「お前は……一体何者だ?」と動揺する王太子に、リリアーナは微笑む。 「私はただの投資家よ。負けたくないなら……資本主義のルールを学びなさい。」 学園を舞台に繰り広げられる異世界経済バトルロマンス! "悪役令嬢"、ここに爆誕!

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...