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第15話 終わりの始まり
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「ヴィヴィアンナ様。髪型はこれでよろしいでしょうか」
ユーナに尋ねられて鏡をあらためて見ると、すっと通った鼻筋に、ほっそりとした頬、強くうねらせた金髪、そしてすらりと伸びた手足と女らしい膨らみを持った体つきの女性が映る。
気が付けばまだ大人にはなりきらないが、幼さを卒業した年齢にまで成長している自分がいた。
「ええ。これでいいわ。ありがとう」
「早いもので今年はもう最上級生ですね。来年の今頃はご結婚が正式発表されるでしょうね」
「……ええ」
殿下が寵愛することになる男爵令嬢、エミリア・コーラル令嬢が入学してくるこの年までは、今後何が起こってもいいように知識を蓄え、こっそり筋肉を鍛えたりもしてきた。また殿下とは自己主張していがみ合ったり、反発したりしながらも、心穏やかに過ごせたと思う。
けれど、彼女の入学と共に私の人生最後の栄華の年となるだろう。
「思えばユーナもこんなわたくしに長く仕えてきてくれたわね。……本当にありがとう」
「こんなわたくしだなんて。何をおっしゃるのですか。わたくしはヴィヴィアンナ様にお仕えすることができて、本当に幸せですよ!」
初めて仕えてくれたあの日から、ユーナの気持ちはずっと変わらずにいてくれる。
「でもあなただってもう妙齢でしょう。ご両親からご結婚のお話も出ているのでは?」
「あら、ヴィヴィアンナ様。わたくしを邪魔者扱いしようとしても、そうはいきませんよ! ヴィヴィアンナ様が殿下に嫁がれるのをこの目で見届けるまでは、梃子でも動きませんからね!」
「そう、ね」
それは決して叶わない願いなのだけれども。
「わたくしのことが……決着ついたら、あなたはわたくしのことなどさっさと忘れて、あなたの幸せを一番に考えてね」
「え? 忘れ――」
「必ずよ。あなたには絶対に幸せになってもらいたいの。私にたくさんの幸せな時間をくれた分、目一杯幸せにならなきゃ許さないわ。約束して」
「ヴィヴィアンナ様。……はい、承知いたしました」
私は言葉を遮って無理矢理約束させると、笑顔を見せた。
「ありがとう。それでは行って参りますわ」
エミリア・コーラル令嬢が入学してくる本日、彼女は校舎裏でルイス殿下と運命の出会いを果たすことになる。
風で飛ばされて木に引っかかった入学案内書を彼女が取ろうとしているところに殿下が居合わせ、代わりに取ってあげるのだ。
――そう、今まさにこの場で。
私はそれを見たくなくて、踵を返そうとした。
その時。
「きゃっ!?」
私は木陰から二人が出会うのを見守っていたのだけれど、身を翻した途端に枝に髪が取られてしまった。今日に限って強くうねらせた髪が木に絡みつき、身動きが取れない。
ちょ、ちょっと早く取れて! 二人の出会いを見たくないと言っているでしょう。それすらも私の運命は許してくれないと言うの。
必死になって絡まる髪と格闘していると、ガサリと葉ずれが聞こえるや否や、呆れたような声が上から降ってきた。
「おい。何をやっている」
「……え? え!?」
声の方向に顔を向けると、そこにいたのは殿下だった。
「え! ど、どうして」
「それはこっちのセリフだ。悲鳴が聞こえたかと思って来てみたら、何をどうしたらそんな事になるんだよ」
「え。だ、だって。え!?」
私は少し顔を傾けて殿下の背後を見ると、エミリア嬢は助走を付けて勢いよく飛び上がり、見事に書類を手にしたところだった。そしてそのまま身を翻すと、私たちとは逆の方向へと歩き出した。
う、嘘!? 待って。どうしよう!? ここで二人は出会うはずだったのに。
私は蒼白になって、届くはずもないのに彼女の方向へとあわあわと手を伸ばす。
「おい。落ち着けって。今取ってやるから」
「で、殿下。あの。あ、あちらへ!」
「うん? うまく取れないな」
私のおぼつかない言葉は、目の前の絡み合った髪を必死で取っている殿下には入ってこないらしい。
やがて彼女は校舎の角を曲がり、その姿がすっかり見えなくなってしまった。
「よし、取れたぞ! ……って、おい。何でそんなに愕然としているんだよ。取ってやったんだぞ。少しは感謝しろよ」
お礼も言わずに、どうしようと顔を押さえる私に対して、殿下は少しふてくされた表情を浮かべた。
ユーナに尋ねられて鏡をあらためて見ると、すっと通った鼻筋に、ほっそりとした頬、強くうねらせた金髪、そしてすらりと伸びた手足と女らしい膨らみを持った体つきの女性が映る。
気が付けばまだ大人にはなりきらないが、幼さを卒業した年齢にまで成長している自分がいた。
「ええ。これでいいわ。ありがとう」
「早いもので今年はもう最上級生ですね。来年の今頃はご結婚が正式発表されるでしょうね」
「……ええ」
殿下が寵愛することになる男爵令嬢、エミリア・コーラル令嬢が入学してくるこの年までは、今後何が起こってもいいように知識を蓄え、こっそり筋肉を鍛えたりもしてきた。また殿下とは自己主張していがみ合ったり、反発したりしながらも、心穏やかに過ごせたと思う。
けれど、彼女の入学と共に私の人生最後の栄華の年となるだろう。
「思えばユーナもこんなわたくしに長く仕えてきてくれたわね。……本当にありがとう」
「こんなわたくしだなんて。何をおっしゃるのですか。わたくしはヴィヴィアンナ様にお仕えすることができて、本当に幸せですよ!」
初めて仕えてくれたあの日から、ユーナの気持ちはずっと変わらずにいてくれる。
「でもあなただってもう妙齢でしょう。ご両親からご結婚のお話も出ているのでは?」
「あら、ヴィヴィアンナ様。わたくしを邪魔者扱いしようとしても、そうはいきませんよ! ヴィヴィアンナ様が殿下に嫁がれるのをこの目で見届けるまでは、梃子でも動きませんからね!」
「そう、ね」
それは決して叶わない願いなのだけれども。
「わたくしのことが……決着ついたら、あなたはわたくしのことなどさっさと忘れて、あなたの幸せを一番に考えてね」
「え? 忘れ――」
「必ずよ。あなたには絶対に幸せになってもらいたいの。私にたくさんの幸せな時間をくれた分、目一杯幸せにならなきゃ許さないわ。約束して」
「ヴィヴィアンナ様。……はい、承知いたしました」
私は言葉を遮って無理矢理約束させると、笑顔を見せた。
「ありがとう。それでは行って参りますわ」
エミリア・コーラル令嬢が入学してくる本日、彼女は校舎裏でルイス殿下と運命の出会いを果たすことになる。
風で飛ばされて木に引っかかった入学案内書を彼女が取ろうとしているところに殿下が居合わせ、代わりに取ってあげるのだ。
――そう、今まさにこの場で。
私はそれを見たくなくて、踵を返そうとした。
その時。
「きゃっ!?」
私は木陰から二人が出会うのを見守っていたのだけれど、身を翻した途端に枝に髪が取られてしまった。今日に限って強くうねらせた髪が木に絡みつき、身動きが取れない。
ちょ、ちょっと早く取れて! 二人の出会いを見たくないと言っているでしょう。それすらも私の運命は許してくれないと言うの。
必死になって絡まる髪と格闘していると、ガサリと葉ずれが聞こえるや否や、呆れたような声が上から降ってきた。
「おい。何をやっている」
「……え? え!?」
声の方向に顔を向けると、そこにいたのは殿下だった。
「え! ど、どうして」
「それはこっちのセリフだ。悲鳴が聞こえたかと思って来てみたら、何をどうしたらそんな事になるんだよ」
「え。だ、だって。え!?」
私は少し顔を傾けて殿下の背後を見ると、エミリア嬢は助走を付けて勢いよく飛び上がり、見事に書類を手にしたところだった。そしてそのまま身を翻すと、私たちとは逆の方向へと歩き出した。
う、嘘!? 待って。どうしよう!? ここで二人は出会うはずだったのに。
私は蒼白になって、届くはずもないのに彼女の方向へとあわあわと手を伸ばす。
「おい。落ち着けって。今取ってやるから」
「で、殿下。あの。あ、あちらへ!」
「うん? うまく取れないな」
私のおぼつかない言葉は、目の前の絡み合った髪を必死で取っている殿下には入ってこないらしい。
やがて彼女は校舎の角を曲がり、その姿がすっかり見えなくなってしまった。
「よし、取れたぞ! ……って、おい。何でそんなに愕然としているんだよ。取ってやったんだぞ。少しは感謝しろよ」
お礼も言わずに、どうしようと顔を押さえる私に対して、殿下は少しふてくされた表情を浮かべた。
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