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第12話 いざ敵地へ
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「嫌! 嫌ったら嫌!」
「ヴィヴィアンナ様。そうおっしゃらずに」
「嫌よ、行きたくないわ。分かるでしょう!?」
私はテーブルに伏せていた勢いよく顔を上げて、ユーナを見た。
宮殿で茶会を開くから来いと通達を受けたが、つい先日あんな事があったばかりなのだ。
これまでの経験で、この茶会で殿下との婚約を発表されたと記憶しているが、今回ばかりは十七の年に婚約破棄されるより前に、婚約者候補脱落を知らされるかもしれない。そうすると私の残りの人生設計が!
……まあ、脱落する時は行こうが、行くまいが知らされるかもしれないけれど。でもまだそれを受け入れるだけの度胸はない。
彼女は困ったように眉を落とすと、侍女長のアイラは宥めるように口を開いた。
「でも旦那様には叱られなかったのでしょう?」
「お父様は怒っていなくても、殿下は怒っているに決まっているもの」
「うーん。それは確かに」
「ユーナ!」
思わず本音が漏れたユーナをアイラは叱責する。
「し、失礼いたしました」
「いいのよ。本当のことですもの」
私としては変に慰められるより、本音を言ってくれる方がありがたい。
「そうだわ。わたくしは当日、怪我を負って行けないことにしましょう」
お父様に嘘はつかないと言ったのに、早速、嘘をつこうとしている自分に少しばかりの罪悪感はある。
「怪我だなんて、すぐ分かってしまうでしょう。嘘だとばれたら大変なことになりますよ」
「ではやはり寝込んだことにしましょう」
「それは前回使おうとした手ですよね」
「でも使わなかったのだから、いいじゃないの」
ユーナの言葉に口を尖らせる。
アイラはそんな私たちのやり取りを見てため息をついた。
「お嬢様。今、逃げても、遅かれ早かれ公爵令嬢である限り、いずれまた殿下にお会いすることになるのですよ」
逃げても、か。
確かに。それに私は悪役令嬢なのだから、仮に婚約者候補脱落でも、逃げも隠れもしない図太い神経で出席するべき姿勢を見せないと。
「分かりましたわ。わたくし、頑張ってきます」
「おぉ。ヴィヴィアンナ様が燃えている!」
拳を作って燃える私と小さく拍手するユーナを見て、アイラはまた一つため息を落とした。
「ではヴィヴィアンナ様、しっかり!」
馬車から降りて敵地に降り立つ私は顔を引き締めた。
発破をかけてくれたユーナに力強く頷く。
「ええ。行って参ります」
私は身を翻し、前線へと向かう。
何も敵は殿下だけではない。敵はここに集う貴族のご令嬢たちもである。
皆、幼いながらも既に人付き合いは大人顔負けだ。本音を隠してお世辞の応酬をしながら、笑顔の裏で牽制し合う。この上辺だけの付き合いがとても苦手だった。
嫌な気持ちを思い出しながら、お茶会が行われる庭へと足を踏み入れると、いくつものテーブルが設置されており、そこへ既にたくさんのご令嬢が集っていた。
皆、贅を尽くした衣裳に身を包み、装飾品で華やかに着飾り、誰よりも美しくあろうと、子供にとっては必要以上の化粧で整えている。
もちろんそれは私も例外ではないのだけれど。
ああ。嫌だ。早く終わらせて帰りたい。
まだ着いて間もないのに、既に気持ち負けしている自分を叱咤し、前に足を進めると、私の姿に気付いたご令嬢方が我先にとやって来た。
「ヴィヴィアンナ様、ごきげんよう」
「本日もお美しいですわね」
「素敵なお召し物ですわ。よくお似合いです」
私もまた仮面をつけて、ありがとう、皆様もとても素敵ですと微笑んだ。
しかし色々話しかけてくるが、先日の殿下とのいざこざまではさすがに伝わっていないらしい。殿下自身のご矜持の問題だから、内密にされているのだろう。
それはそうだ。言いたくても言えないだろう。ふふん。
――あ。今、良い感じに悪役っぽかった。
そういう気持ちが前向きになったことだけでも来た甲斐があったようだ。
私はにこにこ笑いながらご令嬢と話をしていると、ざわめきが一際強くなり、皆の視線が一点に集中したのに気がつく。
同じように視線を追うと、その先に現れたのは、もちろん件の殿下だった。
「ヴィヴィアンナ様。そうおっしゃらずに」
「嫌よ、行きたくないわ。分かるでしょう!?」
私はテーブルに伏せていた勢いよく顔を上げて、ユーナを見た。
宮殿で茶会を開くから来いと通達を受けたが、つい先日あんな事があったばかりなのだ。
これまでの経験で、この茶会で殿下との婚約を発表されたと記憶しているが、今回ばかりは十七の年に婚約破棄されるより前に、婚約者候補脱落を知らされるかもしれない。そうすると私の残りの人生設計が!
……まあ、脱落する時は行こうが、行くまいが知らされるかもしれないけれど。でもまだそれを受け入れるだけの度胸はない。
彼女は困ったように眉を落とすと、侍女長のアイラは宥めるように口を開いた。
「でも旦那様には叱られなかったのでしょう?」
「お父様は怒っていなくても、殿下は怒っているに決まっているもの」
「うーん。それは確かに」
「ユーナ!」
思わず本音が漏れたユーナをアイラは叱責する。
「し、失礼いたしました」
「いいのよ。本当のことですもの」
私としては変に慰められるより、本音を言ってくれる方がありがたい。
「そうだわ。わたくしは当日、怪我を負って行けないことにしましょう」
お父様に嘘はつかないと言ったのに、早速、嘘をつこうとしている自分に少しばかりの罪悪感はある。
「怪我だなんて、すぐ分かってしまうでしょう。嘘だとばれたら大変なことになりますよ」
「ではやはり寝込んだことにしましょう」
「それは前回使おうとした手ですよね」
「でも使わなかったのだから、いいじゃないの」
ユーナの言葉に口を尖らせる。
アイラはそんな私たちのやり取りを見てため息をついた。
「お嬢様。今、逃げても、遅かれ早かれ公爵令嬢である限り、いずれまた殿下にお会いすることになるのですよ」
逃げても、か。
確かに。それに私は悪役令嬢なのだから、仮に婚約者候補脱落でも、逃げも隠れもしない図太い神経で出席するべき姿勢を見せないと。
「分かりましたわ。わたくし、頑張ってきます」
「おぉ。ヴィヴィアンナ様が燃えている!」
拳を作って燃える私と小さく拍手するユーナを見て、アイラはまた一つため息を落とした。
「ではヴィヴィアンナ様、しっかり!」
馬車から降りて敵地に降り立つ私は顔を引き締めた。
発破をかけてくれたユーナに力強く頷く。
「ええ。行って参ります」
私は身を翻し、前線へと向かう。
何も敵は殿下だけではない。敵はここに集う貴族のご令嬢たちもである。
皆、幼いながらも既に人付き合いは大人顔負けだ。本音を隠してお世辞の応酬をしながら、笑顔の裏で牽制し合う。この上辺だけの付き合いがとても苦手だった。
嫌な気持ちを思い出しながら、お茶会が行われる庭へと足を踏み入れると、いくつものテーブルが設置されており、そこへ既にたくさんのご令嬢が集っていた。
皆、贅を尽くした衣裳に身を包み、装飾品で華やかに着飾り、誰よりも美しくあろうと、子供にとっては必要以上の化粧で整えている。
もちろんそれは私も例外ではないのだけれど。
ああ。嫌だ。早く終わらせて帰りたい。
まだ着いて間もないのに、既に気持ち負けしている自分を叱咤し、前に足を進めると、私の姿に気付いたご令嬢方が我先にとやって来た。
「ヴィヴィアンナ様、ごきげんよう」
「本日もお美しいですわね」
「素敵なお召し物ですわ。よくお似合いです」
私もまた仮面をつけて、ありがとう、皆様もとても素敵ですと微笑んだ。
しかし色々話しかけてくるが、先日の殿下とのいざこざまではさすがに伝わっていないらしい。殿下自身のご矜持の問題だから、内密にされているのだろう。
それはそうだ。言いたくても言えないだろう。ふふん。
――あ。今、良い感じに悪役っぽかった。
そういう気持ちが前向きになったことだけでも来た甲斐があったようだ。
私はにこにこ笑いながらご令嬢と話をしていると、ざわめきが一際強くなり、皆の視線が一点に集中したのに気がつく。
同じように視線を追うと、その先に現れたのは、もちろん件の殿下だった。
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