11 / 113
第11話 その言葉をもっと早く
しおりを挟む
一向に話を切り出さないが、怒りだけは見せるお父様に、私はとうとうたまらず声を上げる。
「お父様、わたくしはどんな――」
「っく。……く、くくくっくはっ。はははっ。あ、あーっはははははっ!」
突如狂ったように笑い出したお父様に、びっくり衝撃を受けてそれ以上の言葉を失ってしまった。
もしかして私だけの問題に収まらず、お家取りつぶしでも言い渡されたのだろうか。
すっかり固まってしまった私を放置して、お父様はお腹を抱えてひとしきり笑うと、ようやく顔を上げた。その目には涙すら浮かんでいる。
悲しみの涙? 悔しさの涙? それとも。
「あー。笑った笑った。いや、悪いね。待たせた」
色々考えを巡らせている私に対して、お父様はあっさりそう言った。
「は」
もはや私はそれしか言えない中、未だお父様は笑いが収まりきらないようで締まりのない表情をしている。
「聞いたよ、ヴィヴィアンナ。あの小憎たらしい小童をやり込めたって?」
こ、小憎たらしい小童……?
とても一国の王太子殿下をつかまえて称するような言葉ではない。まして宰相であるお父様が言う言葉としては間違っているだろう。
先ほどと同じくらい衝撃を受けて茫然としていると、お父様はにやりと笑った。
「ああ。分かっているとは思うが、私が言った事はここだけでの話にしておくんだよ」
「は」
もう私の口から漏れる音はそれしかない。
「いやー。私も見たかったよ、その現場。度肝を抜かれた表情をしただろうね。見逃したのは実に惜しい。ああ、だけどね。暴力はいかんよ暴力は。分かるね?」
「……はい」
そこでようやく私は冷静さを取り戻し、まともな返事を返すことができた。
「あの、お父様」
「何だね」
「怒っておられないのですか。私のことを」
「そうだね。正直に言うとその話を聞いた時は驚いた。だが、同時に面白いと思ったよ。――お前がそんな意思表示をするとはね」
意思表示……。
今まではそんなものは必要ないと思っていた。だから与えられたことだけに忠実に、誠実に生きようと思ってきた。
「まあ、先日の朝食の場での発言で、その片鱗もあったのだろうがね」
英才教育を受けさせているとは言え、さっきからずっと八歳の子供相手に話すにはあまりにも小難しい言葉が並べられている。独り言のつもりか、あるいは……試されているのだろうか。
ここは小首を傾げておくのが良いかもしれない。
「お父様?」
「……いや。ともかくね。私はお前がはっきり物を言って安心したよ。それにね、あの坊ちゃんも少しは良い勉強になっただろう。王にもね、最近横暴で手を付けられないと嘆かれて相談されていたところなんだよ。少し厳しくするべきかとね」
そうか。
あの時、私が将来の王に対してなかなかの凶行に及んだのに、殿下の侍従が様子見してすぐに駆けつけて来なかったのはそういう理由だったか。もちろんあれ以上、私が何かしようものなら拘束されていただろうけれど。
「まあ。そういう訳だから、暴力だけは反省しなさい」
「はい。申し訳ありません。これから気を付けます」
「よし! 良い子だ」
良い子だ、だって。
……本当は良い子じゃいけないのだけれど。まあ、今はその言葉を素直に受け取っておこう。
笑みを抑えるために今、自分の顔は変になっているのだろうなと思う。お父様が笑っているから。
しかし一つ気がかりなことを思い出した。
「お、お母様は」
「それは私から言っておく。心配しなくていい」
「申し訳ありません」
「うん。じゃあ、もう行っていいよ」
「はい。失礼いたします」
私は立ち上がり、軽く礼を取って扉に向かっていると、お父様が背中に声をかけてきた。
「ヴィヴィアンナ」
「はい、お父様」
振り返ると、お父様は私の目を真っ直ぐに見つめてくる。
「お前が公爵家の娘として血の滲むような努力をしているのは分かっている。先生の教えと自分の気持ちとの間で悩み、出したい言葉を飲み込んでいることもあるだろう。だからこそお前が出した言葉に嘘いつわりはないと思っているよ。私は――お前を信じている」
「……っ」
喉に熱い物がこみ上げ、言葉に詰まる。
お父様のそのような言葉をもっと早くに聞きたかった。そうすればあの時、私は――私は?
「ヴィヴィアンナ?」
声をかけられて、いつの間にか手首をぎゅっと握りしめ、枯れ果てたはずの熱い雫が頬に伝っている自分に気付いた。
私は慌てて涙を拭うとにっこりと笑う。
「はい。ありがとうございます。これからも私は嘘はつきませんから、ご安心ください」
そう。私は本音をずばずば言う悪役令嬢になるの。
ごめんなさい……お父様。
私はもう一度礼を取ると、決別するように背を向けて部屋を出た。
「お父様、わたくしはどんな――」
「っく。……く、くくくっくはっ。はははっ。あ、あーっはははははっ!」
突如狂ったように笑い出したお父様に、びっくり衝撃を受けてそれ以上の言葉を失ってしまった。
もしかして私だけの問題に収まらず、お家取りつぶしでも言い渡されたのだろうか。
すっかり固まってしまった私を放置して、お父様はお腹を抱えてひとしきり笑うと、ようやく顔を上げた。その目には涙すら浮かんでいる。
悲しみの涙? 悔しさの涙? それとも。
「あー。笑った笑った。いや、悪いね。待たせた」
色々考えを巡らせている私に対して、お父様はあっさりそう言った。
「は」
もはや私はそれしか言えない中、未だお父様は笑いが収まりきらないようで締まりのない表情をしている。
「聞いたよ、ヴィヴィアンナ。あの小憎たらしい小童をやり込めたって?」
こ、小憎たらしい小童……?
とても一国の王太子殿下をつかまえて称するような言葉ではない。まして宰相であるお父様が言う言葉としては間違っているだろう。
先ほどと同じくらい衝撃を受けて茫然としていると、お父様はにやりと笑った。
「ああ。分かっているとは思うが、私が言った事はここだけでの話にしておくんだよ」
「は」
もう私の口から漏れる音はそれしかない。
「いやー。私も見たかったよ、その現場。度肝を抜かれた表情をしただろうね。見逃したのは実に惜しい。ああ、だけどね。暴力はいかんよ暴力は。分かるね?」
「……はい」
そこでようやく私は冷静さを取り戻し、まともな返事を返すことができた。
「あの、お父様」
「何だね」
「怒っておられないのですか。私のことを」
「そうだね。正直に言うとその話を聞いた時は驚いた。だが、同時に面白いと思ったよ。――お前がそんな意思表示をするとはね」
意思表示……。
今まではそんなものは必要ないと思っていた。だから与えられたことだけに忠実に、誠実に生きようと思ってきた。
「まあ、先日の朝食の場での発言で、その片鱗もあったのだろうがね」
英才教育を受けさせているとは言え、さっきからずっと八歳の子供相手に話すにはあまりにも小難しい言葉が並べられている。独り言のつもりか、あるいは……試されているのだろうか。
ここは小首を傾げておくのが良いかもしれない。
「お父様?」
「……いや。ともかくね。私はお前がはっきり物を言って安心したよ。それにね、あの坊ちゃんも少しは良い勉強になっただろう。王にもね、最近横暴で手を付けられないと嘆かれて相談されていたところなんだよ。少し厳しくするべきかとね」
そうか。
あの時、私が将来の王に対してなかなかの凶行に及んだのに、殿下の侍従が様子見してすぐに駆けつけて来なかったのはそういう理由だったか。もちろんあれ以上、私が何かしようものなら拘束されていただろうけれど。
「まあ。そういう訳だから、暴力だけは反省しなさい」
「はい。申し訳ありません。これから気を付けます」
「よし! 良い子だ」
良い子だ、だって。
……本当は良い子じゃいけないのだけれど。まあ、今はその言葉を素直に受け取っておこう。
笑みを抑えるために今、自分の顔は変になっているのだろうなと思う。お父様が笑っているから。
しかし一つ気がかりなことを思い出した。
「お、お母様は」
「それは私から言っておく。心配しなくていい」
「申し訳ありません」
「うん。じゃあ、もう行っていいよ」
「はい。失礼いたします」
私は立ち上がり、軽く礼を取って扉に向かっていると、お父様が背中に声をかけてきた。
「ヴィヴィアンナ」
「はい、お父様」
振り返ると、お父様は私の目を真っ直ぐに見つめてくる。
「お前が公爵家の娘として血の滲むような努力をしているのは分かっている。先生の教えと自分の気持ちとの間で悩み、出したい言葉を飲み込んでいることもあるだろう。だからこそお前が出した言葉に嘘いつわりはないと思っているよ。私は――お前を信じている」
「……っ」
喉に熱い物がこみ上げ、言葉に詰まる。
お父様のそのような言葉をもっと早くに聞きたかった。そうすればあの時、私は――私は?
「ヴィヴィアンナ?」
声をかけられて、いつの間にか手首をぎゅっと握りしめ、枯れ果てたはずの熱い雫が頬に伝っている自分に気付いた。
私は慌てて涙を拭うとにっこりと笑う。
「はい。ありがとうございます。これからも私は嘘はつきませんから、ご安心ください」
そう。私は本音をずばずば言う悪役令嬢になるの。
ごめんなさい……お父様。
私はもう一度礼を取ると、決別するように背を向けて部屋を出た。
22
お気に入りに追加
582
あなたにおすすめの小説

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。


妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!
たぬきち25番
恋愛
気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡
※マルチエンディングです!!
コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m
2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。
楽しんで頂けると幸いです。
婚約破棄されましたが、帝国皇女なので元婚約者は投獄します
けんゆう
ファンタジー
「お前のような下級貴族の養女など、もう不要だ!」
五年間、婚約者として尽くしてきたフィリップに、冷たく告げられたソフィア。
他の貴族たちからも嘲笑と罵倒を浴び、社交界から追放されかける。
だが、彼らは知らなかった――。
ソフィアは、ただの下級貴族の養女ではない。
そんな彼女の元に届いたのは、隣国からお兄様が、貿易利権を手土産にやってくる知らせ。
「フィリップ様、あなたが何を捨てたのかーー思い知らせて差し上げますわ!」
逆襲を決意し、華麗に着飾ってパーティーに乗り込んだソフィア。
「妹を侮辱しただと? 極刑にすべきはお前たちだ!」
ブチギレるお兄様。
貴族たちは青ざめ、王国は崩壊寸前!?
「ざまぁ」どころか 国家存亡の危機 に!?
果たしてソフィアはお兄様の暴走を止め、自由な未来を手に入れられるか?
「私の未来は、私が決めます!」
皇女の誇りをかけた逆転劇、ここに開幕!
お言葉を返すようですが、私それ程暇人ではありませんので
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
<あなた方を相手にするだけ、時間の無駄です>
【私に濡れ衣を着せるなんて、皆さん本当に暇人ですね】
今日も私は許婚に身に覚えの無い嫌がらせを彼の幼馴染に働いたと言われて叱責される。そして彼の腕の中には怯えたふりをする彼女の姿。しかも2人を取り巻く人々までもがこぞって私を悪者よばわりしてくる有様。私がいつどこで嫌がらせを?あなた方が思う程、私暇人ではありませんけど?

悪役令嬢、資産運用で学園を掌握する 〜王太子?興味ない、私は経済で無双する〜
言諮 アイ
ファンタジー
異世界貴族社会の名門・ローデリア学園。そこに通う公爵令嬢リリアーナは、婚約者である王太子エドワルドから一方的に婚約破棄を宣言される。理由は「平民の聖女をいじめた悪役だから」?——はっ、笑わせないで。
しかし、リリアーナには王太子も知らない"切り札"があった。
それは、前世の知識を活かした「資産運用」。株式、事業投資、不動産売買……全てを駆使し、わずか数日で貴族社会の経済を掌握する。
「王太子?聖女?その程度の茶番に構っている暇はないわ。私は"資産"でこの学園を支配するのだから。」
破滅フラグ?なら経済で粉砕するだけ。
気づけば、学園も貴族もすべてが彼女の手中に——。
「お前は……一体何者だ?」と動揺する王太子に、リリアーナは微笑む。
「私はただの投資家よ。負けたくないなら……資本主義のルールを学びなさい。」
学園を舞台に繰り広げられる異世界経済バトルロマンス!
"悪役令嬢"、ここに爆誕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる