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第11話 その言葉をもっと早く
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一向に話を切り出さないが、怒りだけは見せるお父様に、私はとうとうたまらず声を上げる。
「お父様、わたくしはどんな――」
「っく。……く、くくくっくはっ。はははっ。あ、あーっはははははっ!」
突如狂ったように笑い出したお父様に、びっくり衝撃を受けてそれ以上の言葉を失ってしまった。
もしかして私だけの問題に収まらず、お家取りつぶしでも言い渡されたのだろうか。
すっかり固まってしまった私を放置して、お父様はお腹を抱えてひとしきり笑うと、ようやく顔を上げた。その目には涙すら浮かんでいる。
悲しみの涙? 悔しさの涙? それとも。
「あー。笑った笑った。いや、悪いね。待たせた」
色々考えを巡らせている私に対して、お父様はあっさりそう言った。
「は」
もはや私はそれしか言えない中、未だお父様は笑いが収まりきらないようで締まりのない表情をしている。
「聞いたよ、ヴィヴィアンナ。あの小憎たらしい小童をやり込めたって?」
こ、小憎たらしい小童……?
とても一国の王太子殿下をつかまえて称するような言葉ではない。まして宰相であるお父様が言う言葉としては間違っているだろう。
先ほどと同じくらい衝撃を受けて茫然としていると、お父様はにやりと笑った。
「ああ。分かっているとは思うが、私が言った事はここだけでの話にしておくんだよ」
「は」
もう私の口から漏れる音はそれしかない。
「いやー。私も見たかったよ、その現場。度肝を抜かれた表情をしただろうね。見逃したのは実に惜しい。ああ、だけどね。暴力はいかんよ暴力は。分かるね?」
「……はい」
そこでようやく私は冷静さを取り戻し、まともな返事を返すことができた。
「あの、お父様」
「何だね」
「怒っておられないのですか。私のことを」
「そうだね。正直に言うとその話を聞いた時は驚いた。だが、同時に面白いと思ったよ。――お前がそんな意思表示をするとはね」
意思表示……。
今まではそんなものは必要ないと思っていた。だから与えられたことだけに忠実に、誠実に生きようと思ってきた。
「まあ、先日の朝食の場での発言で、その片鱗もあったのだろうがね」
英才教育を受けさせているとは言え、さっきからずっと八歳の子供相手に話すにはあまりにも小難しい言葉が並べられている。独り言のつもりか、あるいは……試されているのだろうか。
ここは小首を傾げておくのが良いかもしれない。
「お父様?」
「……いや。ともかくね。私はお前がはっきり物を言って安心したよ。それにね、あの坊ちゃんも少しは良い勉強になっただろう。王にもね、最近横暴で手を付けられないと嘆かれて相談されていたところなんだよ。少し厳しくするべきかとね」
そうか。
あの時、私が将来の王に対してなかなかの凶行に及んだのに、殿下の侍従が様子見してすぐに駆けつけて来なかったのはそういう理由だったか。もちろんあれ以上、私が何かしようものなら拘束されていただろうけれど。
「まあ。そういう訳だから、暴力だけは反省しなさい」
「はい。申し訳ありません。これから気を付けます」
「よし! 良い子だ」
良い子だ、だって。
……本当は良い子じゃいけないのだけれど。まあ、今はその言葉を素直に受け取っておこう。
笑みを抑えるために今、自分の顔は変になっているのだろうなと思う。お父様が笑っているから。
しかし一つ気がかりなことを思い出した。
「お、お母様は」
「それは私から言っておく。心配しなくていい」
「申し訳ありません」
「うん。じゃあ、もう行っていいよ」
「はい。失礼いたします」
私は立ち上がり、軽く礼を取って扉に向かっていると、お父様が背中に声をかけてきた。
「ヴィヴィアンナ」
「はい、お父様」
振り返ると、お父様は私の目を真っ直ぐに見つめてくる。
「お前が公爵家の娘として血の滲むような努力をしているのは分かっている。先生の教えと自分の気持ちとの間で悩み、出したい言葉を飲み込んでいることもあるだろう。だからこそお前が出した言葉に嘘いつわりはないと思っているよ。私は――お前を信じている」
「……っ」
喉に熱い物がこみ上げ、言葉に詰まる。
お父様のそのような言葉をもっと早くに聞きたかった。そうすればあの時、私は――私は?
「ヴィヴィアンナ?」
声をかけられて、いつの間にか手首をぎゅっと握りしめ、枯れ果てたはずの熱い雫が頬に伝っている自分に気付いた。
私は慌てて涙を拭うとにっこりと笑う。
「はい。ありがとうございます。これからも私は嘘はつきませんから、ご安心ください」
そう。私は本音をずばずば言う悪役令嬢になるの。
ごめんなさい……お父様。
私はもう一度礼を取ると、決別するように背を向けて部屋を出た。
「お父様、わたくしはどんな――」
「っく。……く、くくくっくはっ。はははっ。あ、あーっはははははっ!」
突如狂ったように笑い出したお父様に、びっくり衝撃を受けてそれ以上の言葉を失ってしまった。
もしかして私だけの問題に収まらず、お家取りつぶしでも言い渡されたのだろうか。
すっかり固まってしまった私を放置して、お父様はお腹を抱えてひとしきり笑うと、ようやく顔を上げた。その目には涙すら浮かんでいる。
悲しみの涙? 悔しさの涙? それとも。
「あー。笑った笑った。いや、悪いね。待たせた」
色々考えを巡らせている私に対して、お父様はあっさりそう言った。
「は」
もはや私はそれしか言えない中、未だお父様は笑いが収まりきらないようで締まりのない表情をしている。
「聞いたよ、ヴィヴィアンナ。あの小憎たらしい小童をやり込めたって?」
こ、小憎たらしい小童……?
とても一国の王太子殿下をつかまえて称するような言葉ではない。まして宰相であるお父様が言う言葉としては間違っているだろう。
先ほどと同じくらい衝撃を受けて茫然としていると、お父様はにやりと笑った。
「ああ。分かっているとは思うが、私が言った事はここだけでの話にしておくんだよ」
「は」
もう私の口から漏れる音はそれしかない。
「いやー。私も見たかったよ、その現場。度肝を抜かれた表情をしただろうね。見逃したのは実に惜しい。ああ、だけどね。暴力はいかんよ暴力は。分かるね?」
「……はい」
そこでようやく私は冷静さを取り戻し、まともな返事を返すことができた。
「あの、お父様」
「何だね」
「怒っておられないのですか。私のことを」
「そうだね。正直に言うとその話を聞いた時は驚いた。だが、同時に面白いと思ったよ。――お前がそんな意思表示をするとはね」
意思表示……。
今まではそんなものは必要ないと思っていた。だから与えられたことだけに忠実に、誠実に生きようと思ってきた。
「まあ、先日の朝食の場での発言で、その片鱗もあったのだろうがね」
英才教育を受けさせているとは言え、さっきからずっと八歳の子供相手に話すにはあまりにも小難しい言葉が並べられている。独り言のつもりか、あるいは……試されているのだろうか。
ここは小首を傾げておくのが良いかもしれない。
「お父様?」
「……いや。ともかくね。私はお前がはっきり物を言って安心したよ。それにね、あの坊ちゃんも少しは良い勉強になっただろう。王にもね、最近横暴で手を付けられないと嘆かれて相談されていたところなんだよ。少し厳しくするべきかとね」
そうか。
あの時、私が将来の王に対してなかなかの凶行に及んだのに、殿下の侍従が様子見してすぐに駆けつけて来なかったのはそういう理由だったか。もちろんあれ以上、私が何かしようものなら拘束されていただろうけれど。
「まあ。そういう訳だから、暴力だけは反省しなさい」
「はい。申し訳ありません。これから気を付けます」
「よし! 良い子だ」
良い子だ、だって。
……本当は良い子じゃいけないのだけれど。まあ、今はその言葉を素直に受け取っておこう。
笑みを抑えるために今、自分の顔は変になっているのだろうなと思う。お父様が笑っているから。
しかし一つ気がかりなことを思い出した。
「お、お母様は」
「それは私から言っておく。心配しなくていい」
「申し訳ありません」
「うん。じゃあ、もう行っていいよ」
「はい。失礼いたします」
私は立ち上がり、軽く礼を取って扉に向かっていると、お父様が背中に声をかけてきた。
「ヴィヴィアンナ」
「はい、お父様」
振り返ると、お父様は私の目を真っ直ぐに見つめてくる。
「お前が公爵家の娘として血の滲むような努力をしているのは分かっている。先生の教えと自分の気持ちとの間で悩み、出したい言葉を飲み込んでいることもあるだろう。だからこそお前が出した言葉に嘘いつわりはないと思っているよ。私は――お前を信じている」
「……っ」
喉に熱い物がこみ上げ、言葉に詰まる。
お父様のそのような言葉をもっと早くに聞きたかった。そうすればあの時、私は――私は?
「ヴィヴィアンナ?」
声をかけられて、いつの間にか手首をぎゅっと握りしめ、枯れ果てたはずの熱い雫が頬に伝っている自分に気付いた。
私は慌てて涙を拭うとにっこりと笑う。
「はい。ありがとうございます。これからも私は嘘はつきませんから、ご安心ください」
そう。私は本音をずばずば言う悪役令嬢になるの。
ごめんなさい……お父様。
私はもう一度礼を取ると、決別するように背を向けて部屋を出た。
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