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第7話 殿下にお会いしたくありません
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「今日は殿下とのお茶会ですよ。お綺麗にしてさしあげますからね!」
そう。今日は殿下がうちにご訪問だ。現段階ではまだ婚約者確定ではないが、うちは最有力候補の一人だと言われている。
これまでに何度か顔合わせはあるが、殿下とは言え、とにかく態度が不遜で機嫌を損なわないよう、いつも顔色をうかがわなければならない緊張の場なのだ。憂鬱すぎる。そもそもの元凶であるし、会いたくない。
ユーナは腕が鳴りますと、彼女の方がわくわくしている。
私はそんな彼女を見ながらため息を零した。それと共に本音も。
「……嫌だわ」
「はい?」
小さく小さく呟いたはずだが、耳ざとく私の言葉を拾ったユーナが眉を上げた。
「何でしょうか?」
言わないでおこうかと思ったけれど、誰かの立場を考えず自分の好きなように物を言うことも悪役としての鉄則だろう。それにユーナには、私が良い子ちゃんだという誤解をしっかり解かなければならない。ちょうど侍女長のアイラもいることだし、一石二鳥だ。
私ははっきりと言葉にした。
「殿下にお会いしたくないと言ったの」
すると侍女長のアイラは頬に手を当てると、まあ、と言って少し困った顔をした。
よし! 効いてる効いてる。
「イヤイヤ期かしら」
……ちがあぁぁぁーう!
「でもイヤイヤ期って、確か二、三歳頃にあるのでは?」
ユーナが尋ねると、アイラは肩をすくめた。
「その時期、ヴィヴィアンナ様には無かったのよ。だから遅れて発症したのかも」
「ああ。なるほど。物心つく前からずっと我慢を強いられてきていらっしゃったからなのでは? ……お労しい」
それはその通りですけど、ユーナ、それを代弁しないで! あと労らないで! 同情寄せないで!
私は急いで我がままを発動する。
「と、とにかく! お会いしたくないの! お見えになっても、わたくしは寝込んでいると言って、お帰りいただいて!」
「それはさすがに難しいですね。わざわざ殿下がこちらに足をお運びいただくのですから」
アイラは私の願いをあっさりと却下してくるので、私はむぅぅと子供らしく口を尖らせる。
となると、時間稼ぎしか……。
「じゃあ、仕方ないわ。その代わりに私の髪型を貴族の中で、今一番流行しているのにして! 確かロイド何とかって言う人が考えた髪型!」
「ヴィヴィアンナ様。あの有名な髪結い師はこれまであらゆるご令嬢の髪を結ってこられた超一流の方。とても人気のある方で、現在、どんなに急いでもふた月待ちだそうですよ。今からお願いに上がるのでは公爵家の力をもってしても、とても間に合いません」
渋い表情でアイラがたしなめてくるが、私は逆にほくそ笑んだ。
知っていますよ。むしろそれを狙っているのだから。
「あの髪型でなければ、わたくしは殿下には絶対にお会いしません!」
私はつんと二人から顔を背けた。
「困ったわね」
アイラが背後でため息を落とすのを聞いて、ますます笑みが深まる。
仮に殿下とのお茶会は拒否できなくても、ここで我がままをしばらく通していたら時間稼ぎはできるし、二人へ不快感を覚えさせることには成功したはずだ。
……と思っていた時期もありました。
ところがだ。
「お可愛らしいではありませんか」
ユーナが頓珍漢な事を言い出した。
ちらりと顔を見ると、彼女は嫌味ではなくて穏やかに微笑んでいる。
「王太子殿下の前で、一番お綺麗な姿をお見せになりたいのでしょう」
ち、違うって! ユーナ、私の印象の方向性を完全に間違っていますって!
「ヴィヴィアンナ様、わたくしには妹が二人おります。こちらに伺うまではずっと彼女たちの髪を結ってきたのです。ですから流行の髪型などわたくしの手にかかれば朝飯前ですよ! お任せくださいませ!」
自信満々に言うけれど、あの髪型は複雑だと聞く。いくら妹さんたちの髪を結ってきたとは言え、プロ仕様にできるはずはない。どんなに近い出来になったとしても悪いけど、こき下ろさせてもらうからね。
――ということで、できあがったわけだけれど。
「ヴィヴィアンナ様、いかがですか?」
私は鏡の中の自分を見て、顔を引きつらせた。
「……ウン。トテモ素晴ラシイデスネー」
ええ、ええ。
だから有能な侍女って嫌いよ……。
そう。今日は殿下がうちにご訪問だ。現段階ではまだ婚約者確定ではないが、うちは最有力候補の一人だと言われている。
これまでに何度か顔合わせはあるが、殿下とは言え、とにかく態度が不遜で機嫌を損なわないよう、いつも顔色をうかがわなければならない緊張の場なのだ。憂鬱すぎる。そもそもの元凶であるし、会いたくない。
ユーナは腕が鳴りますと、彼女の方がわくわくしている。
私はそんな彼女を見ながらため息を零した。それと共に本音も。
「……嫌だわ」
「はい?」
小さく小さく呟いたはずだが、耳ざとく私の言葉を拾ったユーナが眉を上げた。
「何でしょうか?」
言わないでおこうかと思ったけれど、誰かの立場を考えず自分の好きなように物を言うことも悪役としての鉄則だろう。それにユーナには、私が良い子ちゃんだという誤解をしっかり解かなければならない。ちょうど侍女長のアイラもいることだし、一石二鳥だ。
私ははっきりと言葉にした。
「殿下にお会いしたくないと言ったの」
すると侍女長のアイラは頬に手を当てると、まあ、と言って少し困った顔をした。
よし! 効いてる効いてる。
「イヤイヤ期かしら」
……ちがあぁぁぁーう!
「でもイヤイヤ期って、確か二、三歳頃にあるのでは?」
ユーナが尋ねると、アイラは肩をすくめた。
「その時期、ヴィヴィアンナ様には無かったのよ。だから遅れて発症したのかも」
「ああ。なるほど。物心つく前からずっと我慢を強いられてきていらっしゃったからなのでは? ……お労しい」
それはその通りですけど、ユーナ、それを代弁しないで! あと労らないで! 同情寄せないで!
私は急いで我がままを発動する。
「と、とにかく! お会いしたくないの! お見えになっても、わたくしは寝込んでいると言って、お帰りいただいて!」
「それはさすがに難しいですね。わざわざ殿下がこちらに足をお運びいただくのですから」
アイラは私の願いをあっさりと却下してくるので、私はむぅぅと子供らしく口を尖らせる。
となると、時間稼ぎしか……。
「じゃあ、仕方ないわ。その代わりに私の髪型を貴族の中で、今一番流行しているのにして! 確かロイド何とかって言う人が考えた髪型!」
「ヴィヴィアンナ様。あの有名な髪結い師はこれまであらゆるご令嬢の髪を結ってこられた超一流の方。とても人気のある方で、現在、どんなに急いでもふた月待ちだそうですよ。今からお願いに上がるのでは公爵家の力をもってしても、とても間に合いません」
渋い表情でアイラがたしなめてくるが、私は逆にほくそ笑んだ。
知っていますよ。むしろそれを狙っているのだから。
「あの髪型でなければ、わたくしは殿下には絶対にお会いしません!」
私はつんと二人から顔を背けた。
「困ったわね」
アイラが背後でため息を落とすのを聞いて、ますます笑みが深まる。
仮に殿下とのお茶会は拒否できなくても、ここで我がままをしばらく通していたら時間稼ぎはできるし、二人へ不快感を覚えさせることには成功したはずだ。
……と思っていた時期もありました。
ところがだ。
「お可愛らしいではありませんか」
ユーナが頓珍漢な事を言い出した。
ちらりと顔を見ると、彼女は嫌味ではなくて穏やかに微笑んでいる。
「王太子殿下の前で、一番お綺麗な姿をお見せになりたいのでしょう」
ち、違うって! ユーナ、私の印象の方向性を完全に間違っていますって!
「ヴィヴィアンナ様、わたくしには妹が二人おります。こちらに伺うまではずっと彼女たちの髪を結ってきたのです。ですから流行の髪型などわたくしの手にかかれば朝飯前ですよ! お任せくださいませ!」
自信満々に言うけれど、あの髪型は複雑だと聞く。いくら妹さんたちの髪を結ってきたとは言え、プロ仕様にできるはずはない。どんなに近い出来になったとしても悪いけど、こき下ろさせてもらうからね。
――ということで、できあがったわけだけれど。
「ヴィヴィアンナ様、いかがですか?」
私は鏡の中の自分を見て、顔を引きつらせた。
「……ウン。トテモ素晴ラシイデスネー」
ええ、ええ。
だから有能な侍女って嫌いよ……。
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