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第6話 作戦大成……
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「も、申し訳ございません! ひっ、冷やす物を、も、持ってまいります!」
慌てて謝罪して今にも部屋を飛びださんとする侍女の服を捕まえると、振り返った彼女は顔色を、青を超えて白くした。
今にもぶくぶくと泡でも吹いて倒れそうだ。見ているこちらが不安になる。でもできればそれは後でお願いしたい。
とりあえず今は服が濡れて気持ち悪いから、持っている布巾で拭いてほしいのだ。
「お茶は冷めていたから大丈夫。それよりも拭いてくださらない!」
「は、はい! 失礼いたしました!」
彼女は震える手で私の服を拭き始めた。
やったあ。今回ばかりは成功したらしい。これで彼女は私に悪感情を抱いただろう。
零れる笑みを隠すために庭の方を見ると、白い猫が何かふっくら丸いものを前脚で転がしたり、噛んだりして遊んでいる微笑ましい姿が見えた。
でも灰色とオレンジ色の配色の物体とは変わっている。何だろう。
目をよくこらしてみると。
ああ、何だ。猫が鳥をいたぶっているだけね。――鳥をいたぶって。
「あ、ああぁっ!?」
いきなり立ち上がった私に侍女は今度こそ腰を抜かさんばかりだったが、構わず窓まで駆け寄ると開放し、その辺りにあるものを手当たり次第、猫に向かって投げつける。
運悪く、猫に当たったらどうしようかと思ったが、全く届かずに手前で落ちた。しかし猫はびっくりしたようで、ニャアンと悔しそうに一鳴きすると慌てて逃げ出した。
「お、お嬢様」
背後から遅れてやって来た侍女がそっと声をかけてきた。
あ。猫を苛めているように見えただろうか。……まあ、その方が都合がいい。それはいいのだけれど、どうもさっきから鳥が動かない。赤い色も見えるし、もしかしたら怪我をしているのかもしれない。
私は振り返った。
「ユーナ、鳥が怪我をしているみたい。助けてあげて」
「お、お嬢様、わたくしの名を……」
咄嗟に名前で呼び、外に向かって指さす私に彼女は驚いたように目を見開いたが、すぐにはっとした。
「え。と、鳥でございますか!?」
「ええ。さっきから動かないし、赤く血濡れているみたいでしょう」
ユーナは私の指さす方向に視線をやり、目を細めた。
「ああ、本当ですね」
「ここに連れてきてくれるかしら? あ、お母様には内緒でね」
少し苦笑いしてお願いすると、彼女はそんな私をじっと見下ろし、そして穏やかに笑った。
「はい。承知いたしました」
鳥の怪我もすっかり良くなり、空に返そうと庭へ出た帰りの時のこと。
何人かの侍女がおしゃべりしていたが、その中で自分の名前が出たので思わず足を止めた。
「ねえ。ヴィヴィアンナお嬢様って猫に嫌われているのね。私たちに懐いている白猫いるでしょ。あの子がお嬢様を見かけると、シャーッって威嚇するのよ」
「猫も人を見る目があるのね。お嬢様、目が合ったら、いつも睨み付けてくるのよ」
「あ。私、知っているわ! お嬢様が意地悪で猫に物を投げていたところ。だからじゃない?」
「えぇ!? ひどーい! 最低ね。いくら公爵令嬢で持ち上げられているからって、性格悪すぎない?」
ほぉ。見ている人は見ているものなのねと感心しつつ、思わぬ幸運に喜んでいると。
「違いますよ!」
聞き慣れた人物の怒声が上がった。
「お嬢様は猫に苛められていた鳥を助けるために、物を投げたんですよ。それも猫には当たっていませんでしたし。怪我をした鳥も毎日健気に面倒を見られて、本当にお優しい方です! お嬢様に猫を苛める気なんて一切ありませんでした! 真実でもない良からぬ噂を無責任に立てないでください!」
気迫みなぎるユーナに誰もが圧倒されたようだ。次々と侍女たちが言葉を口にする。
「ごめ、ごめんなさい。知らずに勝手な事を言って」
「お、お嬢様って見かけによらずお優しい方だったのねぇ。ほほほ……」
「へ、へえ。そ、そうだったんだ。ご、ごめんね」
「わ、悪かったわよ」
一方、ユーナはまだ怒りが収まらないのか、ご丁寧な力説はなおも続く。
「そうです! それにお嬢様は私みたいな下級の身分の者でも、ちゃんと名前を覚えてくださっているような方なんですから! 笑われると、とてもお可愛らしいですし! 誤解しないでください!」
ユーナ、ありがとう。でもごめんなさい。
それ、ありがた迷惑です……。
慌てて謝罪して今にも部屋を飛びださんとする侍女の服を捕まえると、振り返った彼女は顔色を、青を超えて白くした。
今にもぶくぶくと泡でも吹いて倒れそうだ。見ているこちらが不安になる。でもできればそれは後でお願いしたい。
とりあえず今は服が濡れて気持ち悪いから、持っている布巾で拭いてほしいのだ。
「お茶は冷めていたから大丈夫。それよりも拭いてくださらない!」
「は、はい! 失礼いたしました!」
彼女は震える手で私の服を拭き始めた。
やったあ。今回ばかりは成功したらしい。これで彼女は私に悪感情を抱いただろう。
零れる笑みを隠すために庭の方を見ると、白い猫が何かふっくら丸いものを前脚で転がしたり、噛んだりして遊んでいる微笑ましい姿が見えた。
でも灰色とオレンジ色の配色の物体とは変わっている。何だろう。
目をよくこらしてみると。
ああ、何だ。猫が鳥をいたぶっているだけね。――鳥をいたぶって。
「あ、ああぁっ!?」
いきなり立ち上がった私に侍女は今度こそ腰を抜かさんばかりだったが、構わず窓まで駆け寄ると開放し、その辺りにあるものを手当たり次第、猫に向かって投げつける。
運悪く、猫に当たったらどうしようかと思ったが、全く届かずに手前で落ちた。しかし猫はびっくりしたようで、ニャアンと悔しそうに一鳴きすると慌てて逃げ出した。
「お、お嬢様」
背後から遅れてやって来た侍女がそっと声をかけてきた。
あ。猫を苛めているように見えただろうか。……まあ、その方が都合がいい。それはいいのだけれど、どうもさっきから鳥が動かない。赤い色も見えるし、もしかしたら怪我をしているのかもしれない。
私は振り返った。
「ユーナ、鳥が怪我をしているみたい。助けてあげて」
「お、お嬢様、わたくしの名を……」
咄嗟に名前で呼び、外に向かって指さす私に彼女は驚いたように目を見開いたが、すぐにはっとした。
「え。と、鳥でございますか!?」
「ええ。さっきから動かないし、赤く血濡れているみたいでしょう」
ユーナは私の指さす方向に視線をやり、目を細めた。
「ああ、本当ですね」
「ここに連れてきてくれるかしら? あ、お母様には内緒でね」
少し苦笑いしてお願いすると、彼女はそんな私をじっと見下ろし、そして穏やかに笑った。
「はい。承知いたしました」
鳥の怪我もすっかり良くなり、空に返そうと庭へ出た帰りの時のこと。
何人かの侍女がおしゃべりしていたが、その中で自分の名前が出たので思わず足を止めた。
「ねえ。ヴィヴィアンナお嬢様って猫に嫌われているのね。私たちに懐いている白猫いるでしょ。あの子がお嬢様を見かけると、シャーッって威嚇するのよ」
「猫も人を見る目があるのね。お嬢様、目が合ったら、いつも睨み付けてくるのよ」
「あ。私、知っているわ! お嬢様が意地悪で猫に物を投げていたところ。だからじゃない?」
「えぇ!? ひどーい! 最低ね。いくら公爵令嬢で持ち上げられているからって、性格悪すぎない?」
ほぉ。見ている人は見ているものなのねと感心しつつ、思わぬ幸運に喜んでいると。
「違いますよ!」
聞き慣れた人物の怒声が上がった。
「お嬢様は猫に苛められていた鳥を助けるために、物を投げたんですよ。それも猫には当たっていませんでしたし。怪我をした鳥も毎日健気に面倒を見られて、本当にお優しい方です! お嬢様に猫を苛める気なんて一切ありませんでした! 真実でもない良からぬ噂を無責任に立てないでください!」
気迫みなぎるユーナに誰もが圧倒されたようだ。次々と侍女たちが言葉を口にする。
「ごめ、ごめんなさい。知らずに勝手な事を言って」
「お、お嬢様って見かけによらずお優しい方だったのねぇ。ほほほ……」
「へ、へえ。そ、そうだったんだ。ご、ごめんね」
「わ、悪かったわよ」
一方、ユーナはまだ怒りが収まらないのか、ご丁寧な力説はなおも続く。
「そうです! それにお嬢様は私みたいな下級の身分の者でも、ちゃんと名前を覚えてくださっているような方なんですから! 笑われると、とてもお可愛らしいですし! 誤解しないでください!」
ユーナ、ありがとう。でもごめんなさい。
それ、ありがた迷惑です……。
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