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第4話 それは誤解です
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昼からは読み書き算術はもちろんのこと、礼儀作法に始まり、音楽、ダンス、裁縫など立ち替わり入れ替わり、日々色んな教師がやって来る。
うちの家訓なのか、王家に嫁ぐ婚約者候補となる貴族の間ではどこでもそうなのか、女の子にはおよそ必要のない歴史や経済学、天文学に至るまで教師をつけられている。
ただし、興味がなさそうだとか、見込みがないと思われると次の回からはその先生は来なくなるので、手当たり次第まずは習わせているのかもしれない。
本日は歴史の先生、フランク・ロックフェラー先生の授業だ。
年は二十代はじめと言ったか。眼鏡をかけたおっとりとした人物である。庶民出身の苦学生だが、努力家でその優秀さから、うちの先生にと抜擢されたという話だ。
授業内容は子供の私にも分かりやすく噛み砕いて楽しく教えてくれて、これまで興味深く聞いてきたし、何よりも優しく接してくれるので一番心休まる時でもある。
その先生が少しずれた眼鏡を直しながら困惑した様子で尋ねてきた。
「今日、これからは給金を倍額にしますと伝えられたんだけど、もしかして君が何か言ってくれたのかな」
ああ。昨日の朝食時の会話のことか。お父様が給金をあげてくれと言っていた。けれど私は、直接には先生のことを口にしてはおらず、お父様が勝手に言い出したことだ。むしろ私のせいで先生は危うく辞めさせられるところだったわけで……。
だから私は少しばかりの罪悪感と共に、つんと先生から顔を背けてみせた。
「わたくしは何も知らないですわ」
――あ!
い、今の! 今のイイ!
今の先生に対する態度、悪役令嬢としての会心の出来じゃないだろうか。
興奮で心臓がバクバクと早音を打ち、熱が上昇し、頬は紅潮した。
またこれで一歩、理想とする悪役令嬢像に近付いただろう。早く心まで悪に染まってしまえばい――。
「ありがとう」
は?
「ありがとう、ヴィヴィアンナ様」
私が先生を仰ぎ見ると、彼は少しだけ困ったような、けれど嬉しそうな表情を浮かべていた。
えっと……なぜお礼? 私は今、間違いなくツンケンしながら否定したはずですが。
「いつも同じ服を着ていることに気付いちゃったんだね。駄目だな、僕は。元々同じ年齢の子と比べると聡い子、あ。かしこい子って意味ね。そうは思っていたけれど、君みたいな幼い子にまで気を遣わせてしまうなんてね」
先生は、でもこの服はこちらに伺う時だけしか着ていない一張羅なんだよと照れくさそうに笑っている。
そう。この先生はいつも私のことを幼い子だと言ってくれる。貴族のご令嬢としてではなく、しがらみも何も無い年頃の幼い子として扱ってくれる。それは公爵家の娘を教育する立場の先生としては良いとは言えないのだろう。それでも私は……。
「ありがとう」
ぼんやり考えていたが、先生からの二度目のお礼の言葉ではっと我に返る。
私は悪役なのだから、お礼を言われるような事はしてはならない。悪役は性格が悪くなければいけないし、私はそうなりたいのだ。
誤解される前に早く否定しなければ!
「い、いえ! わたくしは本当に何も言っていません!」
拳を作って必死に訴えるが、まるで意地っ張りになっている子に対して微笑ましい気持ちになっているかのように、先生は穏やかに笑う。
「うん。ありがとう。君の気持ちをありがたく頂くね」
「ち、違いますったら!」
「うん。分かった。じゃあ、そういう事にしておこうね」
先生は、君は本当に優しい子だなとにこにこと笑った。
いや、全然分かってなーい!
どうしてこうなるのと、いたずらな運命の過酷さに私は肩を落とした。
うちの家訓なのか、王家に嫁ぐ婚約者候補となる貴族の間ではどこでもそうなのか、女の子にはおよそ必要のない歴史や経済学、天文学に至るまで教師をつけられている。
ただし、興味がなさそうだとか、見込みがないと思われると次の回からはその先生は来なくなるので、手当たり次第まずは習わせているのかもしれない。
本日は歴史の先生、フランク・ロックフェラー先生の授業だ。
年は二十代はじめと言ったか。眼鏡をかけたおっとりとした人物である。庶民出身の苦学生だが、努力家でその優秀さから、うちの先生にと抜擢されたという話だ。
授業内容は子供の私にも分かりやすく噛み砕いて楽しく教えてくれて、これまで興味深く聞いてきたし、何よりも優しく接してくれるので一番心休まる時でもある。
その先生が少しずれた眼鏡を直しながら困惑した様子で尋ねてきた。
「今日、これからは給金を倍額にしますと伝えられたんだけど、もしかして君が何か言ってくれたのかな」
ああ。昨日の朝食時の会話のことか。お父様が給金をあげてくれと言っていた。けれど私は、直接には先生のことを口にしてはおらず、お父様が勝手に言い出したことだ。むしろ私のせいで先生は危うく辞めさせられるところだったわけで……。
だから私は少しばかりの罪悪感と共に、つんと先生から顔を背けてみせた。
「わたくしは何も知らないですわ」
――あ!
い、今の! 今のイイ!
今の先生に対する態度、悪役令嬢としての会心の出来じゃないだろうか。
興奮で心臓がバクバクと早音を打ち、熱が上昇し、頬は紅潮した。
またこれで一歩、理想とする悪役令嬢像に近付いただろう。早く心まで悪に染まってしまえばい――。
「ありがとう」
は?
「ありがとう、ヴィヴィアンナ様」
私が先生を仰ぎ見ると、彼は少しだけ困ったような、けれど嬉しそうな表情を浮かべていた。
えっと……なぜお礼? 私は今、間違いなくツンケンしながら否定したはずですが。
「いつも同じ服を着ていることに気付いちゃったんだね。駄目だな、僕は。元々同じ年齢の子と比べると聡い子、あ。かしこい子って意味ね。そうは思っていたけれど、君みたいな幼い子にまで気を遣わせてしまうなんてね」
先生は、でもこの服はこちらに伺う時だけしか着ていない一張羅なんだよと照れくさそうに笑っている。
そう。この先生はいつも私のことを幼い子だと言ってくれる。貴族のご令嬢としてではなく、しがらみも何も無い年頃の幼い子として扱ってくれる。それは公爵家の娘を教育する立場の先生としては良いとは言えないのだろう。それでも私は……。
「ありがとう」
ぼんやり考えていたが、先生からの二度目のお礼の言葉ではっと我に返る。
私は悪役なのだから、お礼を言われるような事はしてはならない。悪役は性格が悪くなければいけないし、私はそうなりたいのだ。
誤解される前に早く否定しなければ!
「い、いえ! わたくしは本当に何も言っていません!」
拳を作って必死に訴えるが、まるで意地っ張りになっている子に対して微笑ましい気持ちになっているかのように、先生は穏やかに笑う。
「うん。ありがとう。君の気持ちをありがたく頂くね」
「ち、違いますったら!」
「うん。分かった。じゃあ、そういう事にしておこうね」
先生は、君は本当に優しい子だなとにこにこと笑った。
いや、全然分かってなーい!
どうしてこうなるのと、いたずらな運命の過酷さに私は肩を落とした。
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