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第3話 はじめて見る表情
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言葉を発した後、全身から一斉に嫌な汗が噴き出すのを感じた。けれど今更出してしまった言葉を撤回するのは無理だ。
一方で、この部屋の空気はまだ混乱の最中にいた。
今、一体、誰が何を発言したのだと。
戸惑っているのはお互い様だと気付いた私は、奇妙なことに気持ちが落ち着き、覚悟が決まった。だからもう一度口を開いた。
「こんな民が苦しんでいる時こそ、我が公爵家が民に救いの手を差し伸べるべきだと、ヴィヴィはそう思います」
今度はどもることなく、しっかりと言葉にできた。そこでようやく周りの人間も発言の出所に気付いたのだろう。皆の視線が私に集中した。
お父様は目を丸くし、お母様は顔色を蒼白にして私を非難する。
「ヴィ、ヴィヴィ! あなた、女の子が何てことを! 政について女の子が口出しするものではありませんよ!」
私は動揺するお母様に構わず視線を外してお父様を見ると、さすが家長様であり、国の柱の一つを担うお方だ。最初の衝撃から立ち直ったらしい。まだ何か私に言おうとしているお母様を軽く制止して、黙ってこちらを見た。
それを見計らって私は再び口を開く。
「この国は、わたくしたち貴族は、民の支えによって生かされております。その民が苦しんでいるのです。ならば今こそ我が公爵家が助ける番だと思います」
「ほぉ。助けるとはどうするのかね」
意外な反応だ。
私の戯言に耳を傾けてくれるとは思いもしなかった。いや。と言うよりむしろ、まだ八歳の子に問い返すお父様もどうかとは思うけれど。
「もちろんお金の支給です」
「……そうか。お金のね」
お父様はふっと笑った。
考えていることは分かっている。その場凌ぎのお金を支給されるだけでは、それを使い果たした後は生きていけないと、そう言いたいのでしょう。でも私はそのためのお金を支給しろと言っているのではない。
「次の年に農作物を育てるための畑の手入れ、種や苗を購入するのにもお金がかかります。それらの補助を行ってはいかがでしょうか。種や苗すら買えない状況であれば、来年はもっとひどい事になりますから」
そこまで言うとお父様はさすがに目を見張った。
とても八歳の子供が言う言葉ではないですものね。でも構うものか。私の生きる道を守るためだ。少々おかしな事態になっていても知らん! 私は誰の目も気にせず我が道をひたすら行く手の付けられない娘なのだから(未定)。
「それはとても良い考えだね。検討してみよう」
「ケントーではなく、実行してくださいませ、お父様」
幼子に検討などと回りくどい言葉を使うのは卑怯というもの。良いと言った限り、さっさと実行してもらいましょうか。私の未来(の破滅)のために。
「おや。そうか。誤魔化すような事を言って悪かったね。分かった。早速その方向で始めるとするよ」
「ありがとうございます、お父様」
お父様は笑んでしっかりと頷く。
こんな表情、これまでの人生で見たことがあったかしらと思う。私が知るお父様は私に対してはいつも厳しい顔していた。食事の席ではお兄様ばかり構っていて、軽く朝の挨拶をする程度で、後は私に視線すら向けていなかったと記憶している。
ふぅん。
こんな顔をすることもあるんだ。……まあ、そう悪くはないですね。
我知らず口角が少し上がった。
再び目を見張るお父様を、首を傾げて見ていると、お父様は咳払いした。
「では、私はそろそろ行く」
お父様はそれだけ言って席を立つと、その場で少し考え込む。
「経済学はまだ付けていないから、考えられるとすると歴史学か」
「どうされましたか」
同様に席を立ったお母様が不審そうに尋ねると、お父様はお母様の顔を見た。
「ヴィヴィアンナの歴史の先生はフランク・ロックフェラー先生だったな」
「は、はい! すぐに先生の変更を――」
私のせいでロックフェラー先生が辞めさせられる!?
……はっ。駄目よ、同情なんてしちゃ駄目。我がまま娘のせいで辞めさせられるだなんて、悪役令嬢の鉄板じゃないですか! そ、そう。これで一歩前し――。
「給金を上げておいてくれ」
「は?」
はたして声を出したのはお母様だったのだろうか、あるいは私だったのだろうか。
少なくとも気が抜けたようにぽかんと口を開けたお母様も私と同じ気持ちだったのは間違いない。
お父様はそんなお母様を特に気にした様子もなく、私の方へと向いた。
「ヴィヴィアンナ、これからもロックフェラー先生からしっかり学んで、精進しなさい」
「……はい」
良かったという気持ちと、やっぱり良くないのかという複雑な気持ちをどう処理したらいいのか、しばらく悩んだ私だった。
一方で、この部屋の空気はまだ混乱の最中にいた。
今、一体、誰が何を発言したのだと。
戸惑っているのはお互い様だと気付いた私は、奇妙なことに気持ちが落ち着き、覚悟が決まった。だからもう一度口を開いた。
「こんな民が苦しんでいる時こそ、我が公爵家が民に救いの手を差し伸べるべきだと、ヴィヴィはそう思います」
今度はどもることなく、しっかりと言葉にできた。そこでようやく周りの人間も発言の出所に気付いたのだろう。皆の視線が私に集中した。
お父様は目を丸くし、お母様は顔色を蒼白にして私を非難する。
「ヴィ、ヴィヴィ! あなた、女の子が何てことを! 政について女の子が口出しするものではありませんよ!」
私は動揺するお母様に構わず視線を外してお父様を見ると、さすが家長様であり、国の柱の一つを担うお方だ。最初の衝撃から立ち直ったらしい。まだ何か私に言おうとしているお母様を軽く制止して、黙ってこちらを見た。
それを見計らって私は再び口を開く。
「この国は、わたくしたち貴族は、民の支えによって生かされております。その民が苦しんでいるのです。ならば今こそ我が公爵家が助ける番だと思います」
「ほぉ。助けるとはどうするのかね」
意外な反応だ。
私の戯言に耳を傾けてくれるとは思いもしなかった。いや。と言うよりむしろ、まだ八歳の子に問い返すお父様もどうかとは思うけれど。
「もちろんお金の支給です」
「……そうか。お金のね」
お父様はふっと笑った。
考えていることは分かっている。その場凌ぎのお金を支給されるだけでは、それを使い果たした後は生きていけないと、そう言いたいのでしょう。でも私はそのためのお金を支給しろと言っているのではない。
「次の年に農作物を育てるための畑の手入れ、種や苗を購入するのにもお金がかかります。それらの補助を行ってはいかがでしょうか。種や苗すら買えない状況であれば、来年はもっとひどい事になりますから」
そこまで言うとお父様はさすがに目を見張った。
とても八歳の子供が言う言葉ではないですものね。でも構うものか。私の生きる道を守るためだ。少々おかしな事態になっていても知らん! 私は誰の目も気にせず我が道をひたすら行く手の付けられない娘なのだから(未定)。
「それはとても良い考えだね。検討してみよう」
「ケントーではなく、実行してくださいませ、お父様」
幼子に検討などと回りくどい言葉を使うのは卑怯というもの。良いと言った限り、さっさと実行してもらいましょうか。私の未来(の破滅)のために。
「おや。そうか。誤魔化すような事を言って悪かったね。分かった。早速その方向で始めるとするよ」
「ありがとうございます、お父様」
お父様は笑んでしっかりと頷く。
こんな表情、これまでの人生で見たことがあったかしらと思う。私が知るお父様は私に対してはいつも厳しい顔していた。食事の席ではお兄様ばかり構っていて、軽く朝の挨拶をする程度で、後は私に視線すら向けていなかったと記憶している。
ふぅん。
こんな顔をすることもあるんだ。……まあ、そう悪くはないですね。
我知らず口角が少し上がった。
再び目を見張るお父様を、首を傾げて見ていると、お父様は咳払いした。
「では、私はそろそろ行く」
お父様はそれだけ言って席を立つと、その場で少し考え込む。
「経済学はまだ付けていないから、考えられるとすると歴史学か」
「どうされましたか」
同様に席を立ったお母様が不審そうに尋ねると、お父様はお母様の顔を見た。
「ヴィヴィアンナの歴史の先生はフランク・ロックフェラー先生だったな」
「は、はい! すぐに先生の変更を――」
私のせいでロックフェラー先生が辞めさせられる!?
……はっ。駄目よ、同情なんてしちゃ駄目。我がまま娘のせいで辞めさせられるだなんて、悪役令嬢の鉄板じゃないですか! そ、そう。これで一歩前し――。
「給金を上げておいてくれ」
「は?」
はたして声を出したのはお母様だったのだろうか、あるいは私だったのだろうか。
少なくとも気が抜けたようにぽかんと口を開けたお母様も私と同じ気持ちだったのは間違いない。
お父様はそんなお母様を特に気にした様子もなく、私の方へと向いた。
「ヴィヴィアンナ、これからもロックフェラー先生からしっかり学んで、精進しなさい」
「……はい」
良かったという気持ちと、やっぱり良くないのかという複雑な気持ちをどう処理したらいいのか、しばらく悩んだ私だった。
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