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第2話 朝の和やかな風景にて
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良い子ちゃんを止める。これまで人の顔色をうかがってきた生活を止めよう。
これからは誰の目も気にしなくて良い。だって私はこの世界に望まれた悪役令嬢なのだから。
最終的にはどん底に落ちる人間だから、性格が悪くても誰も気にしない。気にならない。むしろ悪役がより悪役をしてくれる方が、立場が逆転した時に誰も心が痛まないし、胸がすっとすくだろう。
一方で、私も人生の最後は投獄か、流刑、まかり間違って極刑になったとしても、後々の人生については何も考えなくて良いのだから、今という時を誰よりも好き放題にできるのだと思うと何だか楽しくなってきた。
これまでこんな気楽な気持ちで人生を過ごしてきたことはない。
そう考えると、自分の呪われた運命を受け入れるのも、あながち悪くないように思えてくるから不思議だ。
ふと、頬を伝った涙もすっかりと乾ききっていたのに気付くと、外からの明るさにも目が行った。
力を取り戻した足でしっかりと立ち上がり、窓に近付いて開放すると、私の華麗なる破滅への前途を祝してくれているかのような、雲一つ無い澄み切った青い空が広がっている。
新鮮な空気を大きく取り込むと、これまでの両肩にかかっていた大きな荷が下ろされ、一気に気持ちが軽くなった。今なら空も飛べるかもしれない。……なんてね。投身にはまだ早い。
うそぶく余裕すら出てきた。
さあ。
悪役令嬢を始めましょう。
私は小さな体で精一杯大きく背伸びした。
朝は家族揃って食事を取るというのが、我が家のルールである。
お父様は妻であるお母様を愛しているのか、子供の成長を見届けたいのか、あるいは注意深く監察したいのか、宰相閣下でひどくお忙しい身のはずなのに、ご苦労なことだ。
思わず、唇を皮肉っぽく歪めてしまう。
とは言え、朝の和やか(?)な食事風景において、お母様と私はにこにこ笑って相槌を打つ程度で、会話にほぼ参加することはない。
特に私の場合は、厳しくしつけられた食事マナーに気を取られ、会話など耳に入ってくることさえなかったから余計だ。その食事ですら砂を噛んでいるような気分で、楽しんだ記憶はない。
けれど今回の私はひと味違う。マナーなど間違ってようが、手づかみであろうが構うものか。私は公爵家の娘の前に、ただの八歳の女の子で、誰にも手に負えない我がまま娘(予定)なのだから。
文句を言うならどこからでもかかって来いと気合い十分、意気揚々としていると、お父様とお兄様の会話が自然と耳に入り込んでくる。
「今年は干ばつがひどく、農作物が全般的に不作で税収が減少した。どうしたものか」
「お父様! ならば民の税を上げれば良いのです!」
お父様がまるで独り言のように呟くと、お兄様は弾かれたようにそんな答えを出した。
私とは一歳しか違わないとは言え、愚かな事を。ただでさえ、民は心まで疲弊しているのに、そんな事をしようものなら暴動が起きるわ。
まさかお父様が子供のたわ言にまともに耳を貸すとは思わないが、お兄様を溺愛している節がある。万が一にも真に受けて厳しい取り立てなどをして、それを恨みに思った民に反旗を翻され、先にお家取り潰しなどとなったら、私の華麗なる破滅の話どころではない。
冗談じゃない。
これからの人生は私のものよ。好きに生きさせてもらう。誰にも邪魔などさせない。させてたまるものですか!
気持ちだけは奮い立っているが、長年染みついたこの性質はそう容易く変えられるものではなく、なかなか口を開くことができない。けれど、今この瞬間に踏み出すことこそが、私が私として生きる最初の一歩となるだろう。
私は震える手でしっかりと拳を作った。
「お、お父様! こんっ、こんな時こそ我がローレンス公爵家が民に救いの手を差し伸べるっ、べ、べきです」
つかえながらも言葉を発した瞬間、水を打ったように場が静まりかえった。
これからは誰の目も気にしなくて良い。だって私はこの世界に望まれた悪役令嬢なのだから。
最終的にはどん底に落ちる人間だから、性格が悪くても誰も気にしない。気にならない。むしろ悪役がより悪役をしてくれる方が、立場が逆転した時に誰も心が痛まないし、胸がすっとすくだろう。
一方で、私も人生の最後は投獄か、流刑、まかり間違って極刑になったとしても、後々の人生については何も考えなくて良いのだから、今という時を誰よりも好き放題にできるのだと思うと何だか楽しくなってきた。
これまでこんな気楽な気持ちで人生を過ごしてきたことはない。
そう考えると、自分の呪われた運命を受け入れるのも、あながち悪くないように思えてくるから不思議だ。
ふと、頬を伝った涙もすっかりと乾ききっていたのに気付くと、外からの明るさにも目が行った。
力を取り戻した足でしっかりと立ち上がり、窓に近付いて開放すると、私の華麗なる破滅への前途を祝してくれているかのような、雲一つ無い澄み切った青い空が広がっている。
新鮮な空気を大きく取り込むと、これまでの両肩にかかっていた大きな荷が下ろされ、一気に気持ちが軽くなった。今なら空も飛べるかもしれない。……なんてね。投身にはまだ早い。
うそぶく余裕すら出てきた。
さあ。
悪役令嬢を始めましょう。
私は小さな体で精一杯大きく背伸びした。
朝は家族揃って食事を取るというのが、我が家のルールである。
お父様は妻であるお母様を愛しているのか、子供の成長を見届けたいのか、あるいは注意深く監察したいのか、宰相閣下でひどくお忙しい身のはずなのに、ご苦労なことだ。
思わず、唇を皮肉っぽく歪めてしまう。
とは言え、朝の和やか(?)な食事風景において、お母様と私はにこにこ笑って相槌を打つ程度で、会話にほぼ参加することはない。
特に私の場合は、厳しくしつけられた食事マナーに気を取られ、会話など耳に入ってくることさえなかったから余計だ。その食事ですら砂を噛んでいるような気分で、楽しんだ記憶はない。
けれど今回の私はひと味違う。マナーなど間違ってようが、手づかみであろうが構うものか。私は公爵家の娘の前に、ただの八歳の女の子で、誰にも手に負えない我がまま娘(予定)なのだから。
文句を言うならどこからでもかかって来いと気合い十分、意気揚々としていると、お父様とお兄様の会話が自然と耳に入り込んでくる。
「今年は干ばつがひどく、農作物が全般的に不作で税収が減少した。どうしたものか」
「お父様! ならば民の税を上げれば良いのです!」
お父様がまるで独り言のように呟くと、お兄様は弾かれたようにそんな答えを出した。
私とは一歳しか違わないとは言え、愚かな事を。ただでさえ、民は心まで疲弊しているのに、そんな事をしようものなら暴動が起きるわ。
まさかお父様が子供のたわ言にまともに耳を貸すとは思わないが、お兄様を溺愛している節がある。万が一にも真に受けて厳しい取り立てなどをして、それを恨みに思った民に反旗を翻され、先にお家取り潰しなどとなったら、私の華麗なる破滅の話どころではない。
冗談じゃない。
これからの人生は私のものよ。好きに生きさせてもらう。誰にも邪魔などさせない。させてたまるものですか!
気持ちだけは奮い立っているが、長年染みついたこの性質はそう容易く変えられるものではなく、なかなか口を開くことができない。けれど、今この瞬間に踏み出すことこそが、私が私として生きる最初の一歩となるだろう。
私は震える手でしっかりと拳を作った。
「お、お父様! こんっ、こんな時こそ我がローレンス公爵家が民に救いの手を差し伸べるっ、べ、べきです」
つかえながらも言葉を発した瞬間、水を打ったように場が静まりかえった。
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