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第273話 私に関わった人は皆
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陰険だな。本当に陰険。
苛立ちながらも今度は足枷を考慮して身を起こした。
足枷の玉は重みがあるけれど、歩けない程ではない。
私は立ち上がると玉を引きずりながら、マリエル嬢の元へと近付くと跪く。
「……ごめんなさい。わたくしの事情に巻き込んで」
まだ意識の戻らないマリエル嬢に謝罪しながら彼女の手を取った。
相変わらず私にはネロが影祓いしている様子が見えないけれど、マリエル嬢の顔色が良くなり、影祓いが成功していることだけは分かった。
やがて落ち着いた呼吸を繰り返すようになった彼女の手を私はそっと地に置いた。
「ふうん。特別何も起こっていないようだけれど、どうやら影は取り除かれたみたいね」
クラウディア嬢から背中に声をかけられた。
彼女の目にもネロの影祓いは認識されていないらしい。
「それにしても友情や正義感なんて下らないわね。おかげであなた、長生きできないわよ。わたくしの義父みたいにね」
義父。……ベルモンテ侯爵様のこと?
私は立ち上がって振り返ると、また椅子に座ったらしいクラウディア嬢を見下ろす。
「ふふ。怖い顔ね。でもそれでこそ義父を囮にした甲斐があったわ」
「囮?」
「そう。少し前からあなたの存在に疑いをかけていたのよ。エルベルト殿下の影祓いの依頼が減っていく現状に、ベルモンテ家がただ手をこまねいているだけとは思わなかったでしょう?」
もちろん分かっていた。いずれ見つかるだろうと。だから用心もしていたつもりだった。けれど……思えばあまりにも静かすぎた。あまりにも私の周辺で何も起こらなすぎた。
「殿下の執務室に黒ベールを被った妙な侍女が出入りしてから影祓いの依頼が減り、マリアンジェラ・エルヴィン公爵令嬢に憑けた影が祓われ、気付けばわたくしの義父の影も消されている。その先にはいつもあなたの背中があった。かなりの距離を取っていたけれど、殿下の後ろを歩いているあなたの姿を見かけたこともあるわ。――ああ。そう言えば、黒髪の女中もあなたと一緒にいたかしら。あれも消されていたのね」
クラウディア嬢がユリアと初めて会った日と二度目に会った日は、確かに私も一緒にいた。
「あなたは取り立てて何の特徴もない人間だから、認識するまでに時間を要したわ。大したものよ。特別な能力を持つ人間が、まさか凡庸な人間の皮を被っているとは思わなかったもの」
それはどうも失礼いたしましたね!
クラウディア嬢を睨みつけながら、私は必死で考えを巡らせる。
校内から出てこない私をユリアとジェラルドさんは必死で探してくれているはずだ。鞄だけ残して消えた私が何らかの事件に巻き込まれたと考え、おそらくはその犯人の目星もついているはず。
今、私がすべきことはできるだけこの場を引き伸ばすことだ。
「先ほど、クラウディア様はベルモンテ侯爵様を囮に使ったと申されましたね。なぜです」
「あなたが義父と同じ場にいたのを見たのは二度だったけれど、二度目に見た時は随分と親しそうだったわ。あなたなら義父を助けてくれると思ったからよ。案の定、あなたはのこのこやって来てくれた。まあ、最近の義父は利用価値もないし、正義感ぶって口うるさくてうんざりしていて、そろそろ処分しようしていたからちょうど良かったわ」
「処分……? ご自分のお父様を処分?」
彼女の人に対する考え方に愕然とする。
「義父だと言ったでしょう。血の繋がりなんて元々ないわよ。それにベルモンテ家はね、代々女性に高い呪術能力が出るために女系継承なの。無能な男は切り捨てるのが方針よ」
「まさかこれまでのお父様方も」
侯爵様は、自分は三人目の夫だとおっしゃっていた。
「あら。よく知っているのね。最初の父だった人は婿入りのくせに自分の立場が分かっていなかったらしいわ。わたくしが物心がつく頃にはもういなかった。二人目は、ベルモンテ家の指示によく従ったらしいけれど、事を仕損じて唯一の長所だった顔に火傷まで負ったというから処分したと聞いたわね」
火傷とは、まさかユリア一家への強盗のことだろうか。しかし、クラウディア嬢もその頃は十代前半だったはず。口調から考えると直接指示したわけではなかったようだし、それ以上追求しても出てこないだろう。
「……利用できるものは利用する。それも方針なのですか? マリエル様もわたくしの友人だから巻き込んだのですか。彼女の恋心まで利用?」
最初から私の友人であるマリエル嬢にギヨーム・グリントを近付かせたのか。
「間違いではないわね。でも一つ勘違いしないでほしいわ。さっきも言った通り、あなたの存在に気付いたのは最近のことよ。あなたの友人の恋い慕う人物が、たまたまわたくしの息がかかったギヨーム・グリントだったというだけよ。あなたを調べている内に彼女を利用する価値を見出したの」
クラウディア嬢は、床に横たわるマリエル嬢に視線をやって艶やかで赤い唇を横に引く。
「性悪の男だけど私はそこを気に入っている。だけど彼女はそんな男に引っかかって運が悪かったわね。――ああ。何よりもあなたとお友達であったことが一番運が悪かったのかしら。あなたに関わったことでこんな目に遭っているのだもの。可哀想にね」
マリエル嬢やベルモンテ侯爵様、マリアンジェラ様にユリア。
私に関わった人たちは皆、クラウディア嬢の手によって呪術をかけられて苦しめられた。
嘲笑する彼女の言葉に私は反論することができなかった。
苛立ちながらも今度は足枷を考慮して身を起こした。
足枷の玉は重みがあるけれど、歩けない程ではない。
私は立ち上がると玉を引きずりながら、マリエル嬢の元へと近付くと跪く。
「……ごめんなさい。わたくしの事情に巻き込んで」
まだ意識の戻らないマリエル嬢に謝罪しながら彼女の手を取った。
相変わらず私にはネロが影祓いしている様子が見えないけれど、マリエル嬢の顔色が良くなり、影祓いが成功していることだけは分かった。
やがて落ち着いた呼吸を繰り返すようになった彼女の手を私はそっと地に置いた。
「ふうん。特別何も起こっていないようだけれど、どうやら影は取り除かれたみたいね」
クラウディア嬢から背中に声をかけられた。
彼女の目にもネロの影祓いは認識されていないらしい。
「それにしても友情や正義感なんて下らないわね。おかげであなた、長生きできないわよ。わたくしの義父みたいにね」
義父。……ベルモンテ侯爵様のこと?
私は立ち上がって振り返ると、また椅子に座ったらしいクラウディア嬢を見下ろす。
「ふふ。怖い顔ね。でもそれでこそ義父を囮にした甲斐があったわ」
「囮?」
「そう。少し前からあなたの存在に疑いをかけていたのよ。エルベルト殿下の影祓いの依頼が減っていく現状に、ベルモンテ家がただ手をこまねいているだけとは思わなかったでしょう?」
もちろん分かっていた。いずれ見つかるだろうと。だから用心もしていたつもりだった。けれど……思えばあまりにも静かすぎた。あまりにも私の周辺で何も起こらなすぎた。
「殿下の執務室に黒ベールを被った妙な侍女が出入りしてから影祓いの依頼が減り、マリアンジェラ・エルヴィン公爵令嬢に憑けた影が祓われ、気付けばわたくしの義父の影も消されている。その先にはいつもあなたの背中があった。かなりの距離を取っていたけれど、殿下の後ろを歩いているあなたの姿を見かけたこともあるわ。――ああ。そう言えば、黒髪の女中もあなたと一緒にいたかしら。あれも消されていたのね」
クラウディア嬢がユリアと初めて会った日と二度目に会った日は、確かに私も一緒にいた。
「あなたは取り立てて何の特徴もない人間だから、認識するまでに時間を要したわ。大したものよ。特別な能力を持つ人間が、まさか凡庸な人間の皮を被っているとは思わなかったもの」
それはどうも失礼いたしましたね!
クラウディア嬢を睨みつけながら、私は必死で考えを巡らせる。
校内から出てこない私をユリアとジェラルドさんは必死で探してくれているはずだ。鞄だけ残して消えた私が何らかの事件に巻き込まれたと考え、おそらくはその犯人の目星もついているはず。
今、私がすべきことはできるだけこの場を引き伸ばすことだ。
「先ほど、クラウディア様はベルモンテ侯爵様を囮に使ったと申されましたね。なぜです」
「あなたが義父と同じ場にいたのを見たのは二度だったけれど、二度目に見た時は随分と親しそうだったわ。あなたなら義父を助けてくれると思ったからよ。案の定、あなたはのこのこやって来てくれた。まあ、最近の義父は利用価値もないし、正義感ぶって口うるさくてうんざりしていて、そろそろ処分しようしていたからちょうど良かったわ」
「処分……? ご自分のお父様を処分?」
彼女の人に対する考え方に愕然とする。
「義父だと言ったでしょう。血の繋がりなんて元々ないわよ。それにベルモンテ家はね、代々女性に高い呪術能力が出るために女系継承なの。無能な男は切り捨てるのが方針よ」
「まさかこれまでのお父様方も」
侯爵様は、自分は三人目の夫だとおっしゃっていた。
「あら。よく知っているのね。最初の父だった人は婿入りのくせに自分の立場が分かっていなかったらしいわ。わたくしが物心がつく頃にはもういなかった。二人目は、ベルモンテ家の指示によく従ったらしいけれど、事を仕損じて唯一の長所だった顔に火傷まで負ったというから処分したと聞いたわね」
火傷とは、まさかユリア一家への強盗のことだろうか。しかし、クラウディア嬢もその頃は十代前半だったはず。口調から考えると直接指示したわけではなかったようだし、それ以上追求しても出てこないだろう。
「……利用できるものは利用する。それも方針なのですか? マリエル様もわたくしの友人だから巻き込んだのですか。彼女の恋心まで利用?」
最初から私の友人であるマリエル嬢にギヨーム・グリントを近付かせたのか。
「間違いではないわね。でも一つ勘違いしないでほしいわ。さっきも言った通り、あなたの存在に気付いたのは最近のことよ。あなたの友人の恋い慕う人物が、たまたまわたくしの息がかかったギヨーム・グリントだったというだけよ。あなたを調べている内に彼女を利用する価値を見出したの」
クラウディア嬢は、床に横たわるマリエル嬢に視線をやって艶やかで赤い唇を横に引く。
「性悪の男だけど私はそこを気に入っている。だけど彼女はそんな男に引っかかって運が悪かったわね。――ああ。何よりもあなたとお友達であったことが一番運が悪かったのかしら。あなたに関わったことでこんな目に遭っているのだもの。可哀想にね」
マリエル嬢やベルモンテ侯爵様、マリアンジェラ様にユリア。
私に関わった人たちは皆、クラウディア嬢の手によって呪術をかけられて苦しめられた。
嘲笑する彼女の言葉に私は反論することができなかった。
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