つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました

樹里

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第228話 まだ子供でいていい

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 セリアン様を挟んでマリアンジェラ様と会話していたが、静観していたセリアン様がふと口を開いた。

「何だか昔を思い出すよ」
「昔ですか?」
「うん。幼い頃、三人でお茶をしたことがあるんだ。俺とマリアンジェラ嬢と――エルベルトとでね。年が近かったから」

 殿下の名前が出てどきっと胸が高鳴った。もしかしてわざと言っているのだろうか、この御仁は!
 しかし私は平静を装って尋ねてみる。

「王族の方と公爵子息様、ご令嬢様のお茶会とは凄い顔ぶれですね。どんな会話をなさるのですか」
「さあ。どんなだっけ。あんまり覚えていないな」

 思い出すとか言っておいてこれだ。
 私は呆れつつマリアンジェラ様に視線を送ると微笑まれた。

「殿下は笑顔を浮かべて、わたくしたちの他愛もない会話をお聞きされていたように記憶しております」
「ああ、そうだそうだ。思い出した。終始、嘘くさい愛想笑いをしていたっけ」
「セリアン様」

 マリアンジェラ様からたしなめられてセリアン様は肩をすくめた。

「はいはい。訂正します。人当たりの良さそうな笑顔を作っていましたよ」

 結局は作り笑顔だったと言っているではないか。

「仕方ありません。わたくしもとても緊張しておりましたから」
「そうだろうけど、エルベルトは緊張する側でもないでしょ」
「……殿下も緊張なさっていたのではないでしょうか」

 幼い頃はベッドの中で過ごす時間が長く、またお立場もあり、同年代の子との絡みは少なかったとおっしゃっていた。二人が影を背負っているかもしれないという不安もあっただろうし、人との接触に戸惑いもあったはずだ。

「え?」

 二人の視線を感じて私ははっとする。

「お、王族の方と言えども、人の子ですし。わたくしも初対面の方は緊張しますもの」
「君が言うと、説得力ないなー」

 悪かったですね!

「でも確かにロザンヌ様のおっしゃる通りだったかもしれません。笑顔でいらしたけれど、どこか人と距離を取られているような雰囲気でしたから」
「うん。いけ好かなかったよね」
「そうは申しておりません」

 マリアンジェラ様はセリアンを細目でご覧になった。
 さりげなく同意させようとする辺りがあざといなと思うけれど、お二人のやり取りで仲の良さが伝わってくる。

 もう少しお話を聞きたいなと思っていたけれど、一人の女子生徒がこちらへとやって来たことで終わってしまう。

「マリアンジェラ様、こちらにいらっしゃいましたか。ロード先生がお呼びでしたよ。お急ぎのご様子でした」
「まあ。そうですか。ご連絡ありがとうございました。すぐに参ります」

 マリアンジェラ様は立ち上がると私たちに振り返る。

「そういうわけですので残念ですが、わたくしは一足先に失礼させていただきますね。またお話ししてくださるかしら」
「はい。こちらこそまたご一緒させてください。本日はクッキーも本当にありがとうございました」

 私も立ち上がるとお礼とご挨拶を返す。

「いいえ。それではまた」

 笑顔で軽く礼を取るとマリアンジェラ様は去って行った。
 セリアン様はまだお立ちにならないご様子なので、私は再び腰を下ろす。そこでマリエル嬢のことについて、ご報告することにした。

「セリアン様、先日はありがとうございました。わたくし、今日友人とお話ししました」
「ああ、そうなんだ」
「はい」
「で? 君の結論は?」

 素っ気ない返事だった割に気になっているらしい。組んだ足の上で頬杖をつきながら尋ねてくる。

「わたくしは彼女のお気持ちを大事にしたいと思いました」
「俺が聞きたいのは君の気持ち。他人を通したお綺麗な言葉じゃないよ。俺たち、『下心を一切隠さず本音で語る友人』でしょ?」

 以前、セリアン様を説得した時に使った私の言葉を逆手に取られてしまう。
 一瞬言葉に詰まったが、私はため息をついた。

「そうですね。失礼いたしました。わたくしは……本当は彼女が羨ましかったのです。妬ましかったのです。たとえ限られた時間だったとしても、自分の心に嘘をつかないで自由に生きる彼女が」

 心が沈んだのは、きっと私が彼女に取り残された気分になったからだ。

「わたくし、子供みたいですね」
「何言ってんの。君は子供じゃん。まだ子供でいていいんだよ」
「うそ。セリアン様がお優しい……」
「俺が優しいって知らなかったの? 俺の友人と名乗るのには、まだまだ俺の事を知らなさすぎだね」

 腕を組んで片眉を上げるセリアン様に、そうですねと私は笑ってみせた。

「ロザンヌ嬢さ、一昨日よりいい顔している気がするよ。もしかして今、君は心自由に生きている?」
「……はい」
「そっか」

 セリアン様は満足したように小さく頷く。

「じゃあ。人生の先輩から一つ良いことを教えてあげよう」

 珍しく真剣な瞳をした彼に私は思わず姿勢を正した。

「ロザンヌ嬢さ、自分の心に嘘をついている時は胸が痛かったでしょ」
「はい」
「自分の気持ちに正直になれば楽になるのかなって思わなかった?」

 セリアン様はそこで実に爽やかな笑顔を浮かべる。
 あれ? 何だか嫌な予感が。

「ざーんねん! それは大間違い。認めた後はもっと苦しむことになるからね。あはは、ざまあ!」
「さ、ざまあって何ですか、ざまあって。――もう! せっかくセリアン様のことを見直しましたのに」

 私を指差し笑うセリアン様に、膨れっ面になってしまう。

「いやー、ほら。可愛い子は谷に蹴り落として、岩まで落とせってよく言うでしょ」
「それ、完全にとどめを刺しにきていますよね」
「まさか! 君は俺の大事な友達だから息の根までは止めないって」

 セリアン様は全くフォローになっていない言葉を吐きながら、むっつりとする私の頭をくしゃくしゃと笑顔で撫でた。
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