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第209話 許すことはできません
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国王陛下もかなり息詰まっておられたのだろう。エルベルト殿下から促されて、陛下はようやく口を開かれた。
「失礼した。ユリア・ジャンメール。事の経緯はロザンヌ嬢から聞いてくれただろうか」
「はい。お聞きしました。王家が父にこの国で使われていた古い文字の翻訳を依頼したと。そして」
ユリアは陛下に向けていた視線を目の前のデレク管理官に向ける。
彼はユリアの何の感情も見られない黒い瞳に言葉を失ったかのように、表情を硬くした。
「あなたが私の父の元に直接依頼に訪れたデレク・オルソー様ですね」
彼女の言葉でデレク管理官は弾かれたように立ち上がり、深く頭を下げる。
「申し訳ございません。誠に申し訳ございません! 謝って済むことではないと分かっております。これからの私の人生全てをかけて償わせていただきます」
「結構です」
ユリアは切り捨てるようではなく、あくまでも淡々と断った。
「私はあなたの人生が欲しいわけではありません」
「――っ。ではどうやって私はあなたに償えばよいのでしょうか」
「償う?」
わずかに首を傾げ、単調な声の中にも不思議な感情を含めるユリア。
「何に対して、どうやって償うというのでしょうか。仮に私があなたに望むものを求めたところで失われた命は戻って来ません。それに何よりも、あなたが父と母の命を奪ったわけではありません」
「そ、そうですが。間接的には関わっています。私があなたの父君に依頼したのがそもそもの始まりです。それにあなたが焼け出された後、私は密旨を理由にあなたの行方を追わなかった。そのせいであなたをさらに苦しめることとなってしまった」
ユリアは口を噤み、デレク管理官をじっと見つめた。
二人の間に口を挟める者はなく、彼女が話さなければこの部屋は静寂に落ちる。
「あなたは――私に許されたいのでしょうか」
ユリアが今までのやり取りで導き出した答えらしい。対してデレク管理官は。
「そ、れは。……許されることでは、ないと思っています」
「そうですか。ならば良かったです。私はあなたを許すことができません。何をどう許せば良いのか分からないからです」
許されたいから謝るのか。謝ったら許されるのか。……そうではない。謝罪は被害を受けた側が納得した上で初めて和解するもの。失ったものを取り戻せない今、結局、謝罪は相手側の自己満足にしかならない。
「は、い」
ユリアはデレク管理官を憎んでもいないが、許すこともできない。
その気持ちはデレク管理官にとって、一生背負っていくべき重い足枷となったに違いない。彼は憔悴し、深く項垂れた。
「ですが、あなたには感謝もしています」
「……え?」
意外な言葉にデレク管理官はのろりと重く顔を上げる。
「父はどこまでも学者肌の人間でした。あなたに文字解読を依頼された時、父はとても感激していました。あなたが父の人生に光を灯してくれたのもまた事実です」
「――っ」
デレク管理官は堪えきれずうつむくと肩を震わせ、いくつもの雫でテーブルを濡らした。
大の大人が、しかも元騎士たる男性が人前でむせび泣く姿を見て、彼も王家を守るためだからと割り切って生きてきたのではないのだなと感じた。
「ところで」
ユリアはデレク管理官が落ち着いたのを見計らって口を開く。
「デレク様に一つお尋ねしたいことがあります」
「はい、何でしょう」
手の甲で目元を荒々しく拭い、顔を上げたデレク管理官の目は充血していて少し腫れている。
「私は焼け出された後、一度だけ家を見に帰ったことがありますが、両親の遺体は既に運び出された後のようでした。それ以降、二人の行方は分かっておりません。両親がどこへ運ばれたのかご存知でしょうか」
そうか。家を離れたユリアはご両親のその後の行方すら知らない状態だったんだ。
「っ! はい。存じております。私が懇意にしている聖職者様にお願いして密葬という形ですが葬儀を執り行い、埋葬させていただきました」
「そうですか。葬儀まで。ありがとうございます。――デレク様、いつか私をそこに連れて行っていただけますか」
「も、もちろんです!」
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
ユリアは静かに目礼すると、デレク管理官から視線を外した。
彼と話すことはこれで終わりらしい。次に彼女は国王陛下へと視線を移動させた。
「失礼した。ユリア・ジャンメール。事の経緯はロザンヌ嬢から聞いてくれただろうか」
「はい。お聞きしました。王家が父にこの国で使われていた古い文字の翻訳を依頼したと。そして」
ユリアは陛下に向けていた視線を目の前のデレク管理官に向ける。
彼はユリアの何の感情も見られない黒い瞳に言葉を失ったかのように、表情を硬くした。
「あなたが私の父の元に直接依頼に訪れたデレク・オルソー様ですね」
彼女の言葉でデレク管理官は弾かれたように立ち上がり、深く頭を下げる。
「申し訳ございません。誠に申し訳ございません! 謝って済むことではないと分かっております。これからの私の人生全てをかけて償わせていただきます」
「結構です」
ユリアは切り捨てるようではなく、あくまでも淡々と断った。
「私はあなたの人生が欲しいわけではありません」
「――っ。ではどうやって私はあなたに償えばよいのでしょうか」
「償う?」
わずかに首を傾げ、単調な声の中にも不思議な感情を含めるユリア。
「何に対して、どうやって償うというのでしょうか。仮に私があなたに望むものを求めたところで失われた命は戻って来ません。それに何よりも、あなたが父と母の命を奪ったわけではありません」
「そ、そうですが。間接的には関わっています。私があなたの父君に依頼したのがそもそもの始まりです。それにあなたが焼け出された後、私は密旨を理由にあなたの行方を追わなかった。そのせいであなたをさらに苦しめることとなってしまった」
ユリアは口を噤み、デレク管理官をじっと見つめた。
二人の間に口を挟める者はなく、彼女が話さなければこの部屋は静寂に落ちる。
「あなたは――私に許されたいのでしょうか」
ユリアが今までのやり取りで導き出した答えらしい。対してデレク管理官は。
「そ、れは。……許されることでは、ないと思っています」
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許されたいから謝るのか。謝ったら許されるのか。……そうではない。謝罪は被害を受けた側が納得した上で初めて和解するもの。失ったものを取り戻せない今、結局、謝罪は相手側の自己満足にしかならない。
「は、い」
ユリアはデレク管理官を憎んでもいないが、許すこともできない。
その気持ちはデレク管理官にとって、一生背負っていくべき重い足枷となったに違いない。彼は憔悴し、深く項垂れた。
「ですが、あなたには感謝もしています」
「……え?」
意外な言葉にデレク管理官はのろりと重く顔を上げる。
「父はどこまでも学者肌の人間でした。あなたに文字解読を依頼された時、父はとても感激していました。あなたが父の人生に光を灯してくれたのもまた事実です」
「――っ」
デレク管理官は堪えきれずうつむくと肩を震わせ、いくつもの雫でテーブルを濡らした。
大の大人が、しかも元騎士たる男性が人前でむせび泣く姿を見て、彼も王家を守るためだからと割り切って生きてきたのではないのだなと感じた。
「ところで」
ユリアはデレク管理官が落ち着いたのを見計らって口を開く。
「デレク様に一つお尋ねしたいことがあります」
「はい、何でしょう」
手の甲で目元を荒々しく拭い、顔を上げたデレク管理官の目は充血していて少し腫れている。
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「っ! はい。存じております。私が懇意にしている聖職者様にお願いして密葬という形ですが葬儀を執り行い、埋葬させていただきました」
「そうですか。葬儀まで。ありがとうございます。――デレク様、いつか私をそこに連れて行っていただけますか」
「も、もちろんです!」
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