つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました

樹里

文字の大きさ
61 / 315

第61話 あなたは感情が豊か

しおりを挟む
 殿下が影に近付くより前にご退去いただいたら気軽に歩き回れるかと思ったけれど、確かに私と殿下が一緒に行動することは無理があるかもしれない。良い案だと思ったのに。

「いや、でも考えてくれていたんだな。ありがとう」
「え。……いえ」

 意気消沈した私に殿下は感謝の言葉を述べてくれた。

「あ。それでは影がいる場所を教えていただいて、わたくし一人で向かうのはいかがでしょうか」
「そうだな。ただ、完全に消えたかどうかは君では確認できないし、影がネロの強さを上回った時、君の身に危険が及ぶかもしれない。一人で行かせるのはやはり不安だ」

 なるほど。ネロが有利な状態なのか、不利な状態なのか私には分からないから、撤退のタイミングが分からないのは問題かもしれない。そもそもネロの強さも分からない。うーん。影を消す力があるというのに、何と不自由なことか。

「……あ。では、殿下と距離を取って歩くのはいかがでしょう。少し離れた所からご指示いただくのは」
「そうだな。それが今のところは最良か」

 そこまでの結論が出たところで丁度、執務室の扉がノックされた。
 来客らしい。私は殿下が頷くのを確認して立ち上がると自分の席に戻り、ベールを身に付けた。


「それでは殿下。本日はこれで失礼いたします」
「ああ。ご苦労様」

 本日の業務を終えて席を立ち、執務室用侍女の姿でお隣の護衛官室へと向かおうとすると。

「待て」

 殿下からお声がかかった。

「はい。何でしょうか」
「ベールはここに置いていけ」

 え? これ、もしかして門外不出のベールだったの?
 思わず外したベールを眺めてしまう。
 ……まあ、質は良さそうですが。

「この部屋でしか使わないのだから、ここに置いておけばいいだろう」
「あの。確かにそうなのですが、ベールは護衛官室に置かせていただこうかと思いまして。執務室に置いておきますと、わたくしが入室する前に来客がある場合、どうすることもできませんので」
「その場合、入室は許可しない。クロエも奥の部屋に控えてくれているし、緊急の用でもない限り、来客を前に話を中断までして別の侍女の入室を優先させるわけにはいかないからな」

 なるほど。確かにそうだ。でも別にそれならそれで、この執務室での保管にこだわらなくてもいいような気がするけれど。――はっ。もしかしてベールには何か秘密の暗号が隠されていて、それをこの部屋から持ち出されたくないとか?
 私はベールをまたしげしげと見てしまう。

 ……うーん。特に不審な点はない。あ、いや。待ってよ。もしかして昔の恋人の物で思い入れがあるとか? いやいやいや。大切な恋人の物なら人に貸し出さないだろうし、何よりもこの生地は真新しい。ベールの形から言っても顔と髪を隠すためのデザインとなっている。明らかに私のために用意されたものだろう。じゃあ、一体どういう理由で。

 ベールを睨みつけながら、あーでもないこーでもないと百面相しながら推理する私に殿下はため息をつく。

「何を考えているか分からないが、言っただろう。私の前でベールを付けるなと」
「あ」

 弾かれたように私は顔を上げた。

「ベールで隠された顔で挨拶されても気分が良くない。少なくとも入室時と退室時は顔を見せてくれ」

 ああ、そういえば前におっしゃっていたっけ。裏では何を考えているか分からない仮面を被った人間と接する機会が多いから、素顔を見たいのかもしれない。
 私はベールを殿下の机の上に置くと、ふてぶてしく腕を組んで笑ってみせる。

「殿下。わたくしはベールを被っていない時でも、笑顔の仮面を被っているかもしれませんよ?」
「いや、大丈夫だ。君の場合は感情がすぐ目と声に出る」
「え!?」

 反射的に目と口を手で隠してしまう。

「何をしている?」
「いえ。こうすれば感情を隠せるかなと」

 すると殿下は吹き出した。

「君の場合、それぐらいで感情が隠せるとは到底思えないな。無駄な動きだからやらないほうが賢明だ」
「まあ! お言葉を返すようですが、失礼ながら殿下も感情が豊かでいらっしゃって、とても分かりやすいのですが」

 ふふん。他人を見て我が振り直せ、というやつである。
 と、腰に手をやって得意げになっていたら。

「……え? 感情が豊か? 私が?」

 驚いたように笑みを消し、茫然と自分の顔に手を触れる殿下に、私もまたびっくりした。
 もしかして言ってはいけない事を言ってしまったのだろうか。怒らせてしまったのだろうか。

「あ、あの。殿下。分をわきまえぬ発言、誠に申し訳ございませんでした」

 さすがに反省した私は謝罪する。しかし殿下はふっと表情を崩して微笑んだ。

「いや。そうか。君の目には、私がそんなに感情豊かに見えたかと思ってね。……ありがとう」
「ありがとう、ですか?」
「ああ。どうやら私は思いの外、君に気を許しているらしい」
「――っ!」

 殿下の綺麗な笑顔にどきりと胸が高鳴った。

「これからも変わらぬ不敬で不遜な態度でいてくれ」

 ……ええ。その一言がなければね、完璧でした。
しおりを挟む
感想 262

あなたにおすすめの小説

牢で死ぬはずだった公爵令嬢

鈴元 香奈
恋愛
婚約していた王子に裏切られ無実の罪で牢に入れられてしまった公爵令嬢リーゼは、牢番に助け出されて見知らぬ男に託された。 表紙女性イラストはしろ様(SKIMA)、背景はくらうど職人様(イラストAC)、馬上の人物はシルエットACさんよりお借りしています。 小説家になろうさんにも投稿しています。

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

アンジェリーヌは一人じゃない

れもんぴーる
恋愛
義母からひどい扱いされても我慢をしているアンジェリーヌ。 メイドにも冷遇され、昔は仲が良かった婚約者にも冷たい態度をとられ居場所も逃げ場所もなくしていた。 そんな時、アルコール入りのチョコレートを口にしたアンジェリーヌの性格が激変した。 まるで別人になったように、言いたいことを言い、これまで自分に冷たかった家族や婚約者をこぎみよく切り捨てていく。 実は、アンジェリーヌの中にずっといた魂と入れ替わったのだ。 それはアンジェリーヌと一緒に生まれたが、この世に誕生できなかったアンジェリーヌの双子の魂だった。 新生アンジェリーヌはアンジェリーヌのため自由を求め、家を出る。 アンジェリーヌは満ち足りた生活を送り、愛する人にも出会うが、この身体は自分の物ではない。出来る事なら消えてしまった可哀そうな自分の半身に幸せになってもらいたい。でもそれは自分が消え、愛する人との別れの時。 果たしてアンジェリーヌの魂は戻ってくるのか。そしてその時もう一人の魂は・・・。 *タグに「平成の歌もあります」を追加しました。思っていたより歌に注目していただいたので(*´▽`*) (なろうさま、カクヨムさまにも投稿予定です)

【完結】地味な私と公爵様

ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。 端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。 そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。 ...正直私も信じていません。 ラエル様が、私を溺愛しているなんて。 きっと、きっと、夢に違いありません。 お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)

0歳児に戻った私。今度は少し口を出したいと思います。

アズやっこ
恋愛
 ❈ 追記 長編に変更します。 16歳の時、私は第一王子と婚姻した。 いとこの第一王子の事は好き。でもこの好きはお兄様を思う好きと同じ。だから第二王子の事も好き。 私の好きは家族愛として。 第一王子と婚約し婚姻し家族愛とはいえ愛はある。だから何とかなる、そう思った。 でも人の心は何とかならなかった。 この国はもう終わる… 兄弟の対立、公爵の裏切り、まるでボタンの掛け違い。 だから歪み取り返しのつかない事になった。 そして私は暗殺され… 次に目が覚めた時0歳児に戻っていた。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 作者独自の設定です。こういう設定だとご了承頂けると幸いです。

【完結】私の初恋の人に屈辱と絶望を与えたのは、大好きなお姉様でした

迦陵 れん
恋愛
「俺は君を愛さない。この結婚は政略結婚という名の契約結婚だ」 結婚式後の初夜のベッドで、私の夫となった彼は、開口一番そう告げた。 彼は元々の婚約者であった私の姉、アンジェラを誰よりも愛していたのに、私の姉はそうではなかった……。 見た目、性格、頭脳、運動神経とすべてが完璧なヘマタイト公爵令息に、グラディスは一目惚れをする。 けれど彼は大好きな姉の婚約者であり、容姿からなにから全て姉に敵わないグラディスは、瞬時に恋心を封印した。 筈だったのに、姉がいなくなったせいで彼の新しい婚約者になってしまい──。 人生イージーモードで生きてきた公爵令息が、初めての挫折を経験し、動く人形のようになってしまう。 彼のことが大好きな主人公は、冷たくされても彼一筋で思い続ける。 たとえ彼に好かれなくてもいい。 私は彼が好きだから! 大好きな人と幸せになるべく、メイドと二人三脚で頑張る健気令嬢のお話です。 ざまあされるような悪人は出ないので、ざまあはないです。 と思ったら、微ざまぁありになりました(汗)

【完結】一番腹黒いのはだあれ?

やまぐちこはる
恋愛
■□■ 貧しいコイント子爵家のソンドールは、貴族学院には進学せず、騎士学校に通って若くして正騎士となった有望株である。 三歳でコイント家に養子に来たソンドールの生家はパートルム公爵家。 しかし、関わりを持たずに生きてきたため、自分が公爵家生まれだったことなどすっかり忘れていた。 ある日、実の父がソンドールに会いに来て、自分の出自を改めて知り、勝手なことを言う実父に憤りながらも、生家の騒動に巻き込まれていく。

処理中です...