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五度目の人生
第49話 本物の温もりを求めて
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「シメ――シメオン様」
自分から彼の名前で呼びけた第一声は震えてしまった。
シメオン様と呼んでいいのか、分からなかったから。けれど彼は特に反応しないので、そのまま謝罪に入る。
「監獄から一緒に逃げようと来てくださったあの時、酷いことを言って本当に申し訳ありませんでした。も、もちろん許されることではありませんし、許されたいと思っているわけでもありません」
「私に許されたいと思っていないのですか?」
「あ……そ、その」
シメオン様の黒い瞳はいつもと同じく揺らぎはなく、声も単調なのにどこか鋭さを感じてひやりとする。
「酷いことですか? それは、私のことを愛しているふりをしていたと言ったことですか?」
そう言ってシメオン様は私の手を取ると、ご自分の胸に手を当てさせた。
「それとも、ご自分の体を使って、オースティン殿下を誘惑してみせると言ったことですか?」
次に私の顎に手を置くと、仰ぎ見させた。
顔が近くなって、彼の黒い瞳が私の心を見通そうとするかのように貫いてくる。
「それとも、お情けで最後に口づけして欲しいかと言ったことですか?」
「っ……」
私が怯えていると思ったのか、彼は私の手と顎から手を離した。
「私は、あなたなら必ず私の手を取ってくれると信じていましたから、あなたに拒絶されて酷く動揺し、頭が真っ白になりました」
「も、申し訳――」
「だからその時は気付かなかった。あなたの手がかすかに震えていたことに。あなたの表情が強張っていたことに。あなたの態度が王宮晩餐会の時のように精一杯虚勢を張っている姿だったことに。……あなたがまた回帰している可能性に。確かに私はそう願っていましたが、私はまだ口にしていなかったのです。私と共に生きてほしいとは。けれどあなたは確信を持ってそうおっしゃいました」
「あ……」
今回は回帰した時間が近かったから印象深くて、そう言ってもらった後だと勘違いしたようだ。
「愚かな男ですよね。あなたに振られて動転して、何も気付けなかったなんて。あなたが役立たずだと言うのも無理はない」
自嘲するシメオン様を見て、自分の言葉が彼を深く傷つけていたことを知る。
今さら私の言葉など、彼に届かないかもしれない。けれど。
「違っ! 違います、シメオン様。わたくしは、いつだってあなただけがわたくしを信じてくれたから、心折れそうになってもここまで来られたのです。今、わたくしがこうしてここにいられるのは、全てシメオン様のおかげなのです。わたくしを信じてくれたシメオン様のお心のおかげなのです」
「そうですか。では、私はまたあなたの期待を裏切ってしまったようですね」
「……え?」
「私は、私だけは何があってもあなたを信じ続けると確かに心に誓ったのに、私はあなたを信じないことにしたのですから。あなたの言葉を真に受けないことにしたのですから」
シメオン様は、ふわりと穏やかな微笑を浮かべた。
「私はあなたの言葉を信じなくて良かったのですよね?」
「っ! ……はい。はい、シメオン様」
「ええ。良かった。あなたの言葉を信じなくて。あなたの言葉を真に受けなくて良かったです。本当に良かった」
「はい。わたくしを信じてくれなくて、ありがとうございます。……ありがとうございます、シメオン様」
何と皮肉な話だろう。シメオン様が信じてくれたからこそここまで来れたのに、最後は信じてもらわなくて良かっただなんて。
シメオン様は、泣き笑いの涙で濡れた私の頬をそっと拭ってくれる。
「アリシア様、愛しております。激しく募るあなたへの想いで身が焼かれるほどに。あなたを思うと冷静さを失うほどに。心猛り狂いそうになるほどに」
「はい。シメオン様、わたくしも愛しております。あなたなしでは自分の存在意義を失うほどに。ずっとずっと長く心より愛しておりました」
そう告げるとシメオン様に強く抱き寄せられた。
ようやく。ようやく彼の温もりの中に戻って来られた。もう二度とこの温もりを手放したくない。
「……アリシア様、私と共に生きてくださいますか」
「はい、シメオン様。あなたと共に生きたいです。あなたのお側でずっと――」
そうして私たちは熱い口づけで永遠の約束を交わした。
繰り返し交わす口づけの中で、シメオン様の上着が自分の肩から足元へと落ちる。けれど私は消え去ったシメオン様の温もりを追うよりも、目の前の本物の温もりをいつまでも求めた。
自分から彼の名前で呼びけた第一声は震えてしまった。
シメオン様と呼んでいいのか、分からなかったから。けれど彼は特に反応しないので、そのまま謝罪に入る。
「監獄から一緒に逃げようと来てくださったあの時、酷いことを言って本当に申し訳ありませんでした。も、もちろん許されることではありませんし、許されたいと思っているわけでもありません」
「私に許されたいと思っていないのですか?」
「あ……そ、その」
シメオン様の黒い瞳はいつもと同じく揺らぎはなく、声も単調なのにどこか鋭さを感じてひやりとする。
「酷いことですか? それは、私のことを愛しているふりをしていたと言ったことですか?」
そう言ってシメオン様は私の手を取ると、ご自分の胸に手を当てさせた。
「それとも、ご自分の体を使って、オースティン殿下を誘惑してみせると言ったことですか?」
次に私の顎に手を置くと、仰ぎ見させた。
顔が近くなって、彼の黒い瞳が私の心を見通そうとするかのように貫いてくる。
「それとも、お情けで最後に口づけして欲しいかと言ったことですか?」
「っ……」
私が怯えていると思ったのか、彼は私の手と顎から手を離した。
「私は、あなたなら必ず私の手を取ってくれると信じていましたから、あなたに拒絶されて酷く動揺し、頭が真っ白になりました」
「も、申し訳――」
「だからその時は気付かなかった。あなたの手がかすかに震えていたことに。あなたの表情が強張っていたことに。あなたの態度が王宮晩餐会の時のように精一杯虚勢を張っている姿だったことに。……あなたがまた回帰している可能性に。確かに私はそう願っていましたが、私はまだ口にしていなかったのです。私と共に生きてほしいとは。けれどあなたは確信を持ってそうおっしゃいました」
「あ……」
今回は回帰した時間が近かったから印象深くて、そう言ってもらった後だと勘違いしたようだ。
「愚かな男ですよね。あなたに振られて動転して、何も気付けなかったなんて。あなたが役立たずだと言うのも無理はない」
自嘲するシメオン様を見て、自分の言葉が彼を深く傷つけていたことを知る。
今さら私の言葉など、彼に届かないかもしれない。けれど。
「違っ! 違います、シメオン様。わたくしは、いつだってあなただけがわたくしを信じてくれたから、心折れそうになってもここまで来られたのです。今、わたくしがこうしてここにいられるのは、全てシメオン様のおかげなのです。わたくしを信じてくれたシメオン様のお心のおかげなのです」
「そうですか。では、私はまたあなたの期待を裏切ってしまったようですね」
「……え?」
「私は、私だけは何があってもあなたを信じ続けると確かに心に誓ったのに、私はあなたを信じないことにしたのですから。あなたの言葉を真に受けないことにしたのですから」
シメオン様は、ふわりと穏やかな微笑を浮かべた。
「私はあなたの言葉を信じなくて良かったのですよね?」
「っ! ……はい。はい、シメオン様」
「ええ。良かった。あなたの言葉を信じなくて。あなたの言葉を真に受けなくて良かったです。本当に良かった」
「はい。わたくしを信じてくれなくて、ありがとうございます。……ありがとうございます、シメオン様」
何と皮肉な話だろう。シメオン様が信じてくれたからこそここまで来れたのに、最後は信じてもらわなくて良かっただなんて。
シメオン様は、泣き笑いの涙で濡れた私の頬をそっと拭ってくれる。
「アリシア様、愛しております。激しく募るあなたへの想いで身が焼かれるほどに。あなたを思うと冷静さを失うほどに。心猛り狂いそうになるほどに」
「はい。シメオン様、わたくしも愛しております。あなたなしでは自分の存在意義を失うほどに。ずっとずっと長く心より愛しておりました」
そう告げるとシメオン様に強く抱き寄せられた。
ようやく。ようやく彼の温もりの中に戻って来られた。もう二度とこの温もりを手放したくない。
「……アリシア様、私と共に生きてくださいますか」
「はい、シメオン様。あなたと共に生きたいです。あなたのお側でずっと――」
そうして私たちは熱い口づけで永遠の約束を交わした。
繰り返し交わす口づけの中で、シメオン様の上着が自分の肩から足元へと落ちる。けれど私は消え去ったシメオン様の温もりを追うよりも、目の前の本物の温もりをいつまでも求めた。
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