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五度目の人生
第47話 私は恐れない
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「そうだ。アリシア嬢、一つだけ分からないことがあるんだ」
「はい。何でしょうか」
「君はなぜ毒物がアザジンだと知っていたの? エレーヌは、密談は自室で行われて、アリシア嬢が立ち聞きできたはずがないと言い張るんだ」
「っ!」
確かに私を犯人とする理由の一つに、私が毒物の名前を叫んだことがある。犯人でなければ知りえない情報だからだ。
ユリウス殿下のご様子から見ると、半信半疑といったところなのかもしれない。
私が今しなければならないことは、これまでのことを正直に話すことだ。信じていただいてやはりお咎めなしにしてくださるか、あるいは信じられず、共犯の一人として再調査されるかは、お二人の裁量にお任せるするしかない。
「信じていただけないかもしれませんが」
そう切り出して全てを語った。何度も投獄されて何度も処刑されたこと。何度回帰しても、ミラディア王女殿下を助けられなかったことまでも。
できるだけ感情を含ませず、ただ淡々と事実を述べるのみに留めた。すると。
「わたくしは信じるわ」
ミラディア王女殿下は私の手にご自分の手をのせられた。視線を向けると、王女殿下は静かに涙を流されている。そのお姿を見て、つられるように私もまた顔を伏せた。そうして皆、黙ったまま長い長い沈黙が続く。
「そうか。それは――つらかったね」
やがてユリウス殿下から出た言葉は意外なものだった。まるで私のことを最初から信じていて、その中身を知りたかっただけのような言葉だ。
私はハンカチで涙を拭い、顔を上げた。
「信じていただけるのですか?」
「うん。姉上が常々あなたのことを信頼していたからね。それにバーナード卿が信じた人でもあるし。――ああ。もしかしてさっきの兄上への刑罰。もしかして全て兄上にされたこと?」
「はい」
「何てこと! 任せて。わたくしがしっかり仇を取ってあげるから」
ミラディア王女殿下が拳を作ると、ユリウス殿下は上品にねと苦笑いし、また私に向き直る。
「バーナード卿との逃亡を拒んだのも、一度は誘いを受けて良くない結果になったから? もしかして彼も処刑された?」
「……はい」
「そうか。君はバーナード卿を助けたかったんだね。生きていてほしかったんだね。彼を……愛していたんだね」
私がただ黙って頷くと、ユリウス殿下はふっと笑った。
「だってさ、バーナード卿」
「え」
びくりと肩が跳ねる。慌ててユリウス殿下の視線の方向へと振り返ると、そこにはシメオン様が立っていた。
彼の黒い瞳はいつものように私を真っすぐに見つめている。心の奥底まで貫きそうなほど真っすぐ。
「わたくしが呼んだの。お互い少し時間が必要だと思ってね。今日まで延ばしてもらったのよ」
はっと我に返る。
ミラディア王女殿下の言葉をこれ幸いとして、私はまた急いで顔を前に戻した。
今さらどんな顔をして会えばいいというのか。――すると。
「お持ちいたしました」
そこへ侍女がお皿を運んできた。
その上に載っているのは、薄いアーモンドが散らされたフィナンシェだ。
私は強張った顔で侍女を見上げた。
「あ、あなた、何て物を!」
「わたくしが頼んだのよ」
「え!?」
ミラディア王女殿下は、私が呆気に取られている内にフィナンシェに手を伸ばして口に入れると、咀嚼してあっという間に飲み込んだ。
「うん! やっぱり美味しい! わたくし、やっぱりフィナンシェが大好きだわ。とりわけアーモンドを載せたフィナンシェがね」
「……ミラディア王女殿下」
「アリシア」
ミラディア王女殿下は私を正面から見据える。
「わたくしは恐れないわ。こんな程度ことで大好きな物を恐れることはない。怯えてなんてやらないわ。だって大好きなのだから。これからもずっと愛し続けるのだから。あなたはどう? あなたは恐れて、これからも愛する者に向き合わないつもり?」
「――っ」
本当はミラディア王女殿下だって怖くないはずがない。弟妹に害されて心が傷ついていないはずがない。けれど、きっとご自分のため、そして私のために勇気を振り絞ってくれたのだ。私はその想いに応えなければならない。
私は拳をぐっと作って立ち上がると、ミラディア王女殿下に深く礼を取って、最上級の敬意を示した。
「ミラディア王女殿下の英姿に心より敬意を表し、感謝申し上げます」
「ええ。さあ、行きなさい」
「はい。御前失礼いたします」
私は顔を上げてもう一度礼を取ると、振り返ってシメオン様の元へ歩いて行った。
「はい。何でしょうか」
「君はなぜ毒物がアザジンだと知っていたの? エレーヌは、密談は自室で行われて、アリシア嬢が立ち聞きできたはずがないと言い張るんだ」
「っ!」
確かに私を犯人とする理由の一つに、私が毒物の名前を叫んだことがある。犯人でなければ知りえない情報だからだ。
ユリウス殿下のご様子から見ると、半信半疑といったところなのかもしれない。
私が今しなければならないことは、これまでのことを正直に話すことだ。信じていただいてやはりお咎めなしにしてくださるか、あるいは信じられず、共犯の一人として再調査されるかは、お二人の裁量にお任せるするしかない。
「信じていただけないかもしれませんが」
そう切り出して全てを語った。何度も投獄されて何度も処刑されたこと。何度回帰しても、ミラディア王女殿下を助けられなかったことまでも。
できるだけ感情を含ませず、ただ淡々と事実を述べるのみに留めた。すると。
「わたくしは信じるわ」
ミラディア王女殿下は私の手にご自分の手をのせられた。視線を向けると、王女殿下は静かに涙を流されている。そのお姿を見て、つられるように私もまた顔を伏せた。そうして皆、黙ったまま長い長い沈黙が続く。
「そうか。それは――つらかったね」
やがてユリウス殿下から出た言葉は意外なものだった。まるで私のことを最初から信じていて、その中身を知りたかっただけのような言葉だ。
私はハンカチで涙を拭い、顔を上げた。
「信じていただけるのですか?」
「うん。姉上が常々あなたのことを信頼していたからね。それにバーナード卿が信じた人でもあるし。――ああ。もしかしてさっきの兄上への刑罰。もしかして全て兄上にされたこと?」
「はい」
「何てこと! 任せて。わたくしがしっかり仇を取ってあげるから」
ミラディア王女殿下が拳を作ると、ユリウス殿下は上品にねと苦笑いし、また私に向き直る。
「バーナード卿との逃亡を拒んだのも、一度は誘いを受けて良くない結果になったから? もしかして彼も処刑された?」
「……はい」
「そうか。君はバーナード卿を助けたかったんだね。生きていてほしかったんだね。彼を……愛していたんだね」
私がただ黙って頷くと、ユリウス殿下はふっと笑った。
「だってさ、バーナード卿」
「え」
びくりと肩が跳ねる。慌ててユリウス殿下の視線の方向へと振り返ると、そこにはシメオン様が立っていた。
彼の黒い瞳はいつものように私を真っすぐに見つめている。心の奥底まで貫きそうなほど真っすぐ。
「わたくしが呼んだの。お互い少し時間が必要だと思ってね。今日まで延ばしてもらったのよ」
はっと我に返る。
ミラディア王女殿下の言葉をこれ幸いとして、私はまた急いで顔を前に戻した。
今さらどんな顔をして会えばいいというのか。――すると。
「お持ちいたしました」
そこへ侍女がお皿を運んできた。
その上に載っているのは、薄いアーモンドが散らされたフィナンシェだ。
私は強張った顔で侍女を見上げた。
「あ、あなた、何て物を!」
「わたくしが頼んだのよ」
「え!?」
ミラディア王女殿下は、私が呆気に取られている内にフィナンシェに手を伸ばして口に入れると、咀嚼してあっという間に飲み込んだ。
「うん! やっぱり美味しい! わたくし、やっぱりフィナンシェが大好きだわ。とりわけアーモンドを載せたフィナンシェがね」
「……ミラディア王女殿下」
「アリシア」
ミラディア王女殿下は私を正面から見据える。
「わたくしは恐れないわ。こんな程度ことで大好きな物を恐れることはない。怯えてなんてやらないわ。だって大好きなのだから。これからもずっと愛し続けるのだから。あなたはどう? あなたは恐れて、これからも愛する者に向き合わないつもり?」
「――っ」
本当はミラディア王女殿下だって怖くないはずがない。弟妹に害されて心が傷ついていないはずがない。けれど、きっとご自分のため、そして私のために勇気を振り絞ってくれたのだ。私はその想いに応えなければならない。
私は拳をぐっと作って立ち上がると、ミラディア王女殿下に深く礼を取って、最上級の敬意を示した。
「ミラディア王女殿下の英姿に心より敬意を表し、感謝申し上げます」
「ええ。さあ、行きなさい」
「はい。御前失礼いたします」
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