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五度目の人生
第44話 ミラディア王女らとお茶会
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部屋のカーテンが厚みのあるものから通常のものまでに変えられるようになり、太陽の日差しも受けられるようになった頃、私は外に出ることになった。
ミラディア王女殿下が開く庭でのお茶会だ。
「アリシア嬢、少しは元気になったみたいだね」
「ユリウス殿下にご挨拶申し上げます。――ありがとうございます。王室皆様方のご芳情と侍女の皆様の手厚い看護のおかげにございます。改めて感謝申し上げます」
事情聴取を兼ねて招かれ、案内されたガゼボに行くとそこには第二王子、ユリウス殿下も同席していた。
私は礼を取った後、感謝を述べると、今度はミラディア王女殿下にも丁重に挨拶する。
「ミラディア王女殿下もまたご健勝のこととお慶び申し上げます。王女殿下におかれましては、たびたびお部屋にお足をお運び――」
「もうそんなことはいいから、いいから! あなただってまだ体調が万全じゃないのだから早く座ってちょうだい」
相変わらずの気さくさで王女殿下は私に座るよう促した。王女殿下の背後には、こちらも変わらず護衛騎士の彼が静かに控えている。
「ありがとう存じます。それでは失礼いたします」
私は護衛騎士のリッチャ……卿にも一度礼を取って椅子に座った。
それにしても、事件が起こったこの場所でまたお茶会をするなんて酔狂と言うか、ミラディア王女殿下らしいと言うか。
「本当に今回のことは大変だったわね。わたくしなんてそんなことも知らずに眠り続けていたのだから、本当に呑気なものよね」
ミラディア王女殿下は何も無かったかのように、からからとお笑いになるが、毒は呼吸器を傷害すると言っていたから、臥せられていた時も決して楽だったはずがない。足にも痺れが残るほどの強い毒性だったのだから。
「ごめんなさい。実際、笑い事ではなかったわね。あなたは大変だったのに」
「いいえ。ミラディア王女殿下こそが何よりのご災難でございます」
仲の良いご姉妹だった分、毒物を混入したのはエレーヌ王女殿下だと知って、さぞかしお心を痛められたことだろう。
「アリシア嬢、僕もごめんね。バーナード卿から相談を受けて動いていたんだけど、兄に先手先手を打たれてしまって、なかなか上手くいかなかったんだ」
シメオン様が信頼できる方と言っていたのは、ユリウス殿下だったようだ。前回の人生の時、私の手を取ったシメオン様に対して、王太子殿下が正しい主を選ぶべきだったと言っていた。主とは、てっきり私のことを指しているものだと思っていたが、ユリウス殿下のことを指していたらしい。
おそらくシメオン様は、私の逃亡を手助けしたから処刑されたのではない。きっと私を助けるために王太子殿下を裏切り、ユリウス殿下についたと気付かれたから処刑までの決断が下されたのだろう。
シメオン様だって、失敗すれば自分の身がどうなるか分かっていたはずだ。分かっていて……。
「お茶の調査書類を奪われた時は、ひとまず身の安全が必要だと思って、バーナード卿と君との逃亡計画を立てていたんだけど、拒否してくれて良かったよ。それも情報が漏れていたらしくてね、君たちが出てくるのを張っていたようだ。もし脱獄が見つかったら、共に処刑されていただろうね。そしてその時、僕にはそれを止める力も証拠もなかった」
前回の処刑時にユリウス殿下が私を苦々しい表情で見ていたのは、憎らしい犯人と思って見ていたのではなく、助けられなかったことへの無念さだったのかもしれない。
「今はおありなのですね」
ミラディア王女殿下が牢屋前でそうおっしゃっていた。
「うん。今は検査結果と証拠品を取り戻したし、エレーヌが菓子に細工をしているところを見た使用人も探し出して聴取されたし、何より姉上が回復されて、自分は紅茶を飲んでいないと証言してくださったからね」
「よく証拠品が残っていましたね」
すぐに処分されたら終わりだったのに。
「王族殺害未遂の重大な証拠品だからね。命の保障とそれなりの金品とを引き換えにしてもらえないと、兄上にも渡せなかったんだろう。取り引き前で良かったよ。バーナード卿が何かに取り憑かれたように調査にあたって探し出したんだ。不眠不休だったこともあって、彼は顔の相まで変わっちゃって、ちょっと怖かったよ」
ユリウス殿下は苦笑して肩をすくめる。
シメオン様は私が酷い振り方をしてからも、調査を続けてくれていたらしい。彼は正義漢のある騎士だ。彼の厚意を好意と受け取ってはいけない。受ける資格もない。
私は無意識にうつむいてしまう。しかし心配そうに私を気遣うお二人の気配に気付き、慌てて顔を上げた。
ミラディア王女殿下が開く庭でのお茶会だ。
「アリシア嬢、少しは元気になったみたいだね」
「ユリウス殿下にご挨拶申し上げます。――ありがとうございます。王室皆様方のご芳情と侍女の皆様の手厚い看護のおかげにございます。改めて感謝申し上げます」
事情聴取を兼ねて招かれ、案内されたガゼボに行くとそこには第二王子、ユリウス殿下も同席していた。
私は礼を取った後、感謝を述べると、今度はミラディア王女殿下にも丁重に挨拶する。
「ミラディア王女殿下もまたご健勝のこととお慶び申し上げます。王女殿下におかれましては、たびたびお部屋にお足をお運び――」
「もうそんなことはいいから、いいから! あなただってまだ体調が万全じゃないのだから早く座ってちょうだい」
相変わらずの気さくさで王女殿下は私に座るよう促した。王女殿下の背後には、こちらも変わらず護衛騎士の彼が静かに控えている。
「ありがとう存じます。それでは失礼いたします」
私は護衛騎士のリッチャ……卿にも一度礼を取って椅子に座った。
それにしても、事件が起こったこの場所でまたお茶会をするなんて酔狂と言うか、ミラディア王女殿下らしいと言うか。
「本当に今回のことは大変だったわね。わたくしなんてそんなことも知らずに眠り続けていたのだから、本当に呑気なものよね」
ミラディア王女殿下は何も無かったかのように、からからとお笑いになるが、毒は呼吸器を傷害すると言っていたから、臥せられていた時も決して楽だったはずがない。足にも痺れが残るほどの強い毒性だったのだから。
「ごめんなさい。実際、笑い事ではなかったわね。あなたは大変だったのに」
「いいえ。ミラディア王女殿下こそが何よりのご災難でございます」
仲の良いご姉妹だった分、毒物を混入したのはエレーヌ王女殿下だと知って、さぞかしお心を痛められたことだろう。
「アリシア嬢、僕もごめんね。バーナード卿から相談を受けて動いていたんだけど、兄に先手先手を打たれてしまって、なかなか上手くいかなかったんだ」
シメオン様が信頼できる方と言っていたのは、ユリウス殿下だったようだ。前回の人生の時、私の手を取ったシメオン様に対して、王太子殿下が正しい主を選ぶべきだったと言っていた。主とは、てっきり私のことを指しているものだと思っていたが、ユリウス殿下のことを指していたらしい。
おそらくシメオン様は、私の逃亡を手助けしたから処刑されたのではない。きっと私を助けるために王太子殿下を裏切り、ユリウス殿下についたと気付かれたから処刑までの決断が下されたのだろう。
シメオン様だって、失敗すれば自分の身がどうなるか分かっていたはずだ。分かっていて……。
「お茶の調査書類を奪われた時は、ひとまず身の安全が必要だと思って、バーナード卿と君との逃亡計画を立てていたんだけど、拒否してくれて良かったよ。それも情報が漏れていたらしくてね、君たちが出てくるのを張っていたようだ。もし脱獄が見つかったら、共に処刑されていただろうね。そしてその時、僕にはそれを止める力も証拠もなかった」
前回の処刑時にユリウス殿下が私を苦々しい表情で見ていたのは、憎らしい犯人と思って見ていたのではなく、助けられなかったことへの無念さだったのかもしれない。
「今はおありなのですね」
ミラディア王女殿下が牢屋前でそうおっしゃっていた。
「うん。今は検査結果と証拠品を取り戻したし、エレーヌが菓子に細工をしているところを見た使用人も探し出して聴取されたし、何より姉上が回復されて、自分は紅茶を飲んでいないと証言してくださったからね」
「よく証拠品が残っていましたね」
すぐに処分されたら終わりだったのに。
「王族殺害未遂の重大な証拠品だからね。命の保障とそれなりの金品とを引き換えにしてもらえないと、兄上にも渡せなかったんだろう。取り引き前で良かったよ。バーナード卿が何かに取り憑かれたように調査にあたって探し出したんだ。不眠不休だったこともあって、彼は顔の相まで変わっちゃって、ちょっと怖かったよ」
ユリウス殿下は苦笑して肩をすくめる。
シメオン様は私が酷い振り方をしてからも、調査を続けてくれていたらしい。彼は正義漢のある騎士だ。彼の厚意を好意と受け取ってはいけない。受ける資格もない。
私は無意識にうつむいてしまう。しかし心配そうに私を気遣うお二人の気配に気付き、慌てて顔を上げた。
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