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五度目の人生
第38話 あなたが生きる未来を望む
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「私と一緒に逃げましょう」
四度目の処刑を受けて再び回帰した私は、自分に差し出されるシメオン様の手を虚ろな目で見ながら考えた。
ああ、ここまで戻してくれたのかと。彼の手を取ったことが転機となり、二人で逃げている最中に、あるいは待ち構えている王太子殿下を前にしているところに回帰していてもおかしくはなかった。けれどもう一度だけ、他人を巻き込んだ愚かな私に考え直す時間を与えてくれたのかもしれない。
監獄を出たあの時、私たちは右ではなく、左に曲がれば逃げ切れただろうか。それとももっと地面に頭をこすりつけ、殿下に懇願すればシメオン様のお命を助けられただろうか。
――違う。
そのどちらでもない。そのどちらもきっとシメオン様を助けられない。何度も回帰して分かった。人の本質は変わらない。だからシメオン様が処刑された事実を告げても、きっと彼は諦めないだろう。その結果、辿る道はもう見えている。彼が私を裏切れないのであれば、私が彼を……裏切る。
だから私はシメオン様の手を大きく払った。
静かな監獄にシメオン様との縁が切れる高い音が響いた気がした。
「アリ、シア様?」
シメオン様は驚きで目を見開く。
「あなたと一緒に逃げるですって? 逃げて共に生きてほしいですって? 冗談じゃないわ。わたくしはここから堂々と自分の足で太陽の下へと出るために、好きでもないのに好きなふりをしてあなたを利用してきたのよ。それを、こそこそ人目を忍んで逃げるですって? 笑わせないで。――あら、やだ。何? まさか本気でわたくしがあなたを愛しているとでも思っていたのですか? まだわたくしが犯人ではないとでも?」
震える手を隠すために、私はふてぶてしく腕を組むと口角を上げた。
「そんなわけがないでしょう。お菓子に毒を入れたのはこのわたくし。わたくしはお茶に毒が入っていなかったことを証明させるために、あなたを利用していただけ。あなたはわたくしの手で簡単に動いてくれる駒だったわ。でもあなたは思った以上に役に立たない駒だったわね。もういいわ。あなたはいらない。後は自分で何とかするわ。いつも処刑の日の朝、殿下はここを訪れるのです。その時に交渉するつもりよ。殿下だって男だもの。この囚人服を地面に落として、この体、この心、全身全霊かけて懇願すればきっと助けてくださいますわ」
ぐっと目を細めたシメオン様を見て彼の手を取ると、自分の胸のふくらみに当てさせる。
「こうやってね。愛しているふりをするのは得意なの。あなたは身をもってご存じでしょう?」
私は小首を傾げて笑うと、シメオン様の手から自分の手を離す。すると彼は力なく手を下に落とした。
「それに殿下もわたくしが必要なはずよ。自分の言うことに逆らわない操り人形の王太子妃がね。きっと交渉に乗ってくださるわ。わたくしもここから逃げて明日も保障されない暮らしをするよりも、金品に囲まれた何不自由ない生活で、美しく飾られて皆の注目を浴びるほうがいいもの。権力って素敵よ。そう思わない?」
そう言ってシメオン様を見るが、彼は口を閉ざしたままだ。私はうるさそうに手で髪を払った。
「――ああ、もう! あなたがこんなに役立たずだと知っていたら、最初から殿下にお願いしていたのに」
彼の黒い瞳に今、私はどう映っているのだろう。ちゃんと性悪女として映っているだろうか。
「さあ、もう行って。わたくしは、あなたにはもう用がないわ。それとも」
私は両手で彼の顔に触れると自分の顔に近寄らせる。
「最後に口づけの一つでもしてほしいですか?」
「っ……」
シメオン様は何も言わず顔を背け、そのまま立ち上がった。
「ごきげんよう。ああ、バーナード卿。殿下にちゃあんとお伝えしておいてくださいな。殿下がお越しになるのをこの身一つでお待ちしておりますと」
私は自分の胸に手をやってシメオン様に笑いかけたが、彼はただいつもの冷静な黒い瞳で見下ろしただけで、私に背を向けると牢屋から出て行った。
――これでいい。これが正しい選択だ。
あなたが私の生きる未来を望んでくれたように、私もまたあなたの生きる未来を望んでいる。
私のこの腕の中からあなたの温もりが消えてしまったとしても、私はあなたの未来がこの先もずっと長く続くことを願う。
「だからシメオン様、生きて。お願い。あなただけは――生きて」
うつむき崩れた私は、地面に黒色のしみをいくつも作った。
四度目の処刑を受けて再び回帰した私は、自分に差し出されるシメオン様の手を虚ろな目で見ながら考えた。
ああ、ここまで戻してくれたのかと。彼の手を取ったことが転機となり、二人で逃げている最中に、あるいは待ち構えている王太子殿下を前にしているところに回帰していてもおかしくはなかった。けれどもう一度だけ、他人を巻き込んだ愚かな私に考え直す時間を与えてくれたのかもしれない。
監獄を出たあの時、私たちは右ではなく、左に曲がれば逃げ切れただろうか。それとももっと地面に頭をこすりつけ、殿下に懇願すればシメオン様のお命を助けられただろうか。
――違う。
そのどちらでもない。そのどちらもきっとシメオン様を助けられない。何度も回帰して分かった。人の本質は変わらない。だからシメオン様が処刑された事実を告げても、きっと彼は諦めないだろう。その結果、辿る道はもう見えている。彼が私を裏切れないのであれば、私が彼を……裏切る。
だから私はシメオン様の手を大きく払った。
静かな監獄にシメオン様との縁が切れる高い音が響いた気がした。
「アリ、シア様?」
シメオン様は驚きで目を見開く。
「あなたと一緒に逃げるですって? 逃げて共に生きてほしいですって? 冗談じゃないわ。わたくしはここから堂々と自分の足で太陽の下へと出るために、好きでもないのに好きなふりをしてあなたを利用してきたのよ。それを、こそこそ人目を忍んで逃げるですって? 笑わせないで。――あら、やだ。何? まさか本気でわたくしがあなたを愛しているとでも思っていたのですか? まだわたくしが犯人ではないとでも?」
震える手を隠すために、私はふてぶてしく腕を組むと口角を上げた。
「そんなわけがないでしょう。お菓子に毒を入れたのはこのわたくし。わたくしはお茶に毒が入っていなかったことを証明させるために、あなたを利用していただけ。あなたはわたくしの手で簡単に動いてくれる駒だったわ。でもあなたは思った以上に役に立たない駒だったわね。もういいわ。あなたはいらない。後は自分で何とかするわ。いつも処刑の日の朝、殿下はここを訪れるのです。その時に交渉するつもりよ。殿下だって男だもの。この囚人服を地面に落として、この体、この心、全身全霊かけて懇願すればきっと助けてくださいますわ」
ぐっと目を細めたシメオン様を見て彼の手を取ると、自分の胸のふくらみに当てさせる。
「こうやってね。愛しているふりをするのは得意なの。あなたは身をもってご存じでしょう?」
私は小首を傾げて笑うと、シメオン様の手から自分の手を離す。すると彼は力なく手を下に落とした。
「それに殿下もわたくしが必要なはずよ。自分の言うことに逆らわない操り人形の王太子妃がね。きっと交渉に乗ってくださるわ。わたくしもここから逃げて明日も保障されない暮らしをするよりも、金品に囲まれた何不自由ない生活で、美しく飾られて皆の注目を浴びるほうがいいもの。権力って素敵よ。そう思わない?」
そう言ってシメオン様を見るが、彼は口を閉ざしたままだ。私はうるさそうに手で髪を払った。
「――ああ、もう! あなたがこんなに役立たずだと知っていたら、最初から殿下にお願いしていたのに」
彼の黒い瞳に今、私はどう映っているのだろう。ちゃんと性悪女として映っているだろうか。
「さあ、もう行って。わたくしは、あなたにはもう用がないわ。それとも」
私は両手で彼の顔に触れると自分の顔に近寄らせる。
「最後に口づけの一つでもしてほしいですか?」
「っ……」
シメオン様は何も言わず顔を背け、そのまま立ち上がった。
「ごきげんよう。ああ、バーナード卿。殿下にちゃあんとお伝えしておいてくださいな。殿下がお越しになるのをこの身一つでお待ちしておりますと」
私は自分の胸に手をやってシメオン様に笑いかけたが、彼はただいつもの冷静な黒い瞳で見下ろしただけで、私に背を向けると牢屋から出て行った。
――これでいい。これが正しい選択だ。
あなたが私の生きる未来を望んでくれたように、私もまたあなたの生きる未来を望んでいる。
私のこの腕の中からあなたの温もりが消えてしまったとしても、私はあなたの未来がこの先もずっと長く続くことを願う。
「だからシメオン様、生きて。お願い。あなただけは――生きて」
うつむき崩れた私は、地面に黒色のしみをいくつも作った。
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