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四度目の人生
第34話 真夜中のパーティー
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私は殿下率いる騎士らに連行されて、ある建物の中に入れられた。
辺りは暗くて外観は分からなかったが、王宮ではないことは確かだ。しかし先ほどまでの監獄でもないようだ。一体どこに連れて来られたのだろう。私は今から何をされるのだろう。
「ここがどこか分かるか?」
私の不安を読み取ったのか、殿下が不敵に笑う。
「ここは平民用の監獄だ。お前を案内するのは特別に暴行罪、強盗罪、殺人罪にまで至る一級犯罪者の階層にしてやろう。中でも女を傷害することで悦びを感じる歪んだ性癖の婦女暴行罪に問われた囚人が数多く収容されている階層だ。それでなくとも、ここの囚人は長く収容されている者が多く、皆、女に飢えている。そんな腹を空かせた野獣の中にお前を放り込めば、一晩で、いや、瞬く間に骨の髄まで喰い尽くしてくれるだろうな」
「――っ!」
体中の血の気が引き、恐怖のあまり声にならない声を上げると、殿下はくっと喉を鳴らした。
「いい表情だ。ずっとお前のそんな表情が見たかった。――さあ、アリシア嬢。真夜中のパーティー会場へご招待しよう。ああ、いや。まずはアリシア嬢の美しさを損なうその無粋なローブは脱いでもらおうか」
そう言ってローブを剥ぎ取られると、殿下が何かの合図を送った。すると暗い監獄に多くのランプで辺りが照らされ、わざと派手に音を立てる騎士らによって、囚人らが何事かと目覚め始める。
「おい! 女だぞ!」
一人の囚人が叫んだ。するとそこから一気に情報が伝播する。
「何だって!? 夢でも見てん――本当だ! 女だぞ、女!」
「見ろよ! 若い女だぞ!」
「何でこんな所に女が。女囚か!? ここに入るのか!?」
「女だ女! 俺にくれえぇっ!」
「いや、俺が先だ!」
歓喜の声と下卑た言葉、口笛が高く鳴り響き、左右からの鉄格子が一斉にガタガタ揺らされ、そこから両手を伸ばすたくさんの囚人たちの姿が目に入った。
「さあ、アリシア嬢。どこの狂宴会場がいい? 特別に選ばせてやろう」
「あ、あ、あ……」
「ああ。失礼、アリシア嬢。礼を失していた。パーティーには男のエスコート役が必要だったな。僭越ながら私がアリシア嬢をエスコートしよう。囚人界でのデビュタントだな。だが、男たちから値踏みされるのは慣れているだろう?」
恐怖で身がすくんで動けない私の腰を力強い腕で引き寄せた殿下は、私を無理やり押しやる。そして囚人たちの手が届くか届かないかぐらいのすれすれまで鉄格子へと近寄らせ、彼らと向かい合わせる。
「これまで私なりに精一杯お前に配慮していた。最後の時を静かな牢屋で過ごさせて、穢れのない綺麗な身のままで去らせてやるつもりだったんだがな。その私の配慮を足蹴にして逃亡しようとしたお前が悪い。そうだろう?」
私は口元がぶるぶると震え、反論どころか、言葉すら上げられない。
「どうした? 震えているようだが。寒いのか? そうだな。可哀想に。男の手ならたやすく片手で引き裂けそうなほど薄い囚人服一枚では寒いだろう」
殿下は聞いたことがないほど生ぬるく優しい声で私の耳元に囁きかけると、私の肩を左手で抱きながら右手の親指だけで少し破れている襟元を引っ張る。
「何と薄いことだ。指先一つで破けてしまいそうだ!」
殿下がわざとらしく叫んでさらに強く引くと、布が裂ける嫌な音が走る。囚人らは一斉に獰猛そうなギラギラした目を私の胸に向け、野太い雄たけびと共に囃し立てた。
恐ろしさに肌がぶわりと粟立つ。
「アリシア嬢、どうだ? 私へ懇願する時間は不要か?」
「で、殿下、どっ、どうっ……どうか、どうか」
何とかかすれた声で言葉を絞り出すと、殿下はようやく私の服から手を離し、また喉で嗤った。
「心配するな。私は慈悲深い人間だ。それに仮にも私の婚約者だったんだからな。野獣の檻に放り込むことまではしないでやろう。だが、飢えた野獣の声を聞きながら刑の執行まで待つがいい」
そうして一つの牢屋に押し込められた私は、囚人たちの声が響き渡る中、一晩中、両耳を押さえて小さく縮こまって過ごした。
辺りは暗くて外観は分からなかったが、王宮ではないことは確かだ。しかし先ほどまでの監獄でもないようだ。一体どこに連れて来られたのだろう。私は今から何をされるのだろう。
「ここがどこか分かるか?」
私の不安を読み取ったのか、殿下が不敵に笑う。
「ここは平民用の監獄だ。お前を案内するのは特別に暴行罪、強盗罪、殺人罪にまで至る一級犯罪者の階層にしてやろう。中でも女を傷害することで悦びを感じる歪んだ性癖の婦女暴行罪に問われた囚人が数多く収容されている階層だ。それでなくとも、ここの囚人は長く収容されている者が多く、皆、女に飢えている。そんな腹を空かせた野獣の中にお前を放り込めば、一晩で、いや、瞬く間に骨の髄まで喰い尽くしてくれるだろうな」
「――っ!」
体中の血の気が引き、恐怖のあまり声にならない声を上げると、殿下はくっと喉を鳴らした。
「いい表情だ。ずっとお前のそんな表情が見たかった。――さあ、アリシア嬢。真夜中のパーティー会場へご招待しよう。ああ、いや。まずはアリシア嬢の美しさを損なうその無粋なローブは脱いでもらおうか」
そう言ってローブを剥ぎ取られると、殿下が何かの合図を送った。すると暗い監獄に多くのランプで辺りが照らされ、わざと派手に音を立てる騎士らによって、囚人らが何事かと目覚め始める。
「おい! 女だぞ!」
一人の囚人が叫んだ。するとそこから一気に情報が伝播する。
「何だって!? 夢でも見てん――本当だ! 女だぞ、女!」
「見ろよ! 若い女だぞ!」
「何でこんな所に女が。女囚か!? ここに入るのか!?」
「女だ女! 俺にくれえぇっ!」
「いや、俺が先だ!」
歓喜の声と下卑た言葉、口笛が高く鳴り響き、左右からの鉄格子が一斉にガタガタ揺らされ、そこから両手を伸ばすたくさんの囚人たちの姿が目に入った。
「さあ、アリシア嬢。どこの狂宴会場がいい? 特別に選ばせてやろう」
「あ、あ、あ……」
「ああ。失礼、アリシア嬢。礼を失していた。パーティーには男のエスコート役が必要だったな。僭越ながら私がアリシア嬢をエスコートしよう。囚人界でのデビュタントだな。だが、男たちから値踏みされるのは慣れているだろう?」
恐怖で身がすくんで動けない私の腰を力強い腕で引き寄せた殿下は、私を無理やり押しやる。そして囚人たちの手が届くか届かないかぐらいのすれすれまで鉄格子へと近寄らせ、彼らと向かい合わせる。
「これまで私なりに精一杯お前に配慮していた。最後の時を静かな牢屋で過ごさせて、穢れのない綺麗な身のままで去らせてやるつもりだったんだがな。その私の配慮を足蹴にして逃亡しようとしたお前が悪い。そうだろう?」
私は口元がぶるぶると震え、反論どころか、言葉すら上げられない。
「どうした? 震えているようだが。寒いのか? そうだな。可哀想に。男の手ならたやすく片手で引き裂けそうなほど薄い囚人服一枚では寒いだろう」
殿下は聞いたことがないほど生ぬるく優しい声で私の耳元に囁きかけると、私の肩を左手で抱きながら右手の親指だけで少し破れている襟元を引っ張る。
「何と薄いことだ。指先一つで破けてしまいそうだ!」
殿下がわざとらしく叫んでさらに強く引くと、布が裂ける嫌な音が走る。囚人らは一斉に獰猛そうなギラギラした目を私の胸に向け、野太い雄たけびと共に囃し立てた。
恐ろしさに肌がぶわりと粟立つ。
「アリシア嬢、どうだ? 私へ懇願する時間は不要か?」
「で、殿下、どっ、どうっ……どうか、どうか」
何とかかすれた声で言葉を絞り出すと、殿下はようやく私の服から手を離し、また喉で嗤った。
「心配するな。私は慈悲深い人間だ。それに仮にも私の婚約者だったんだからな。野獣の檻に放り込むことまではしないでやろう。だが、飢えた野獣の声を聞きながら刑の執行まで待つがいい」
そうして一つの牢屋に押し込められた私は、囚人たちの声が響き渡る中、一晩中、両耳を押さえて小さく縮こまって過ごした。
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