上 下
33 / 50
四度目の人生

第33話 待ち伏せ

しおりを挟む
 私たちの前に現れたのは、予想通り王太子殿下だった。彼の後ろにはたくさんの騎士たちが控えている。
 明らかに私たちの動きを察知して待ち受けていた態勢だ。情報が漏れていたのだろう。それともシメオン様が言っていた協力者が私たちを売ったのだろうか。
 
 シメオン様は腕で私を自分の背中へと押しやった。
 背後に人の気配はない。けれど、この状況から抜け出すのは到底無理のように思われた。きっとシメオン様もそう考えていただろう。逃げ場はないと。

「残念だったな、バーナード。お前の行動は私には筒抜けだ。私のほうが常に一歩も二歩も先に立っている。私のほうがはるかに大きな力を持っている。お前は正しく主を選ぶべきだった。そうだろう?」

 何も答えないシメオン様に殿下はため息をついた。

「バーナード。お前は優秀で忠実で、これまで長らく私に真摯に仕えてくれていた信頼できる人間だ。幼少期から親しくしてきた友人でもある。処分するには惜しい。だからお前には一度だけチャンスを与えてやろう。その女を切り捨ててこちらに来い」

 殿下は続けてそう言ってシメオン様のほうへ手を差し出す。

「お前はそのふしだらな女に誑かされて一時の気の迷いを起こしてしまっただけだろう? 仕方がないことだ。その女は計算高く、利用できるものなら、自分の何を売っても利用するような強かな女だ。お前は自身の高潔さが仇となって、その女の本性が見抜けず、手玉に取られただけだ。情状酌量の余地はある。――さあ、私の手を取り、再び私の前に跪け。そうすれば、この度の反逆は水に流してやる」

 するとシメオン様はふっと笑った。

「いいえ、王太子殿下。私は高潔な人間などではありません。私こそ愚かにも主君の婚約者様に恋焦がれて一方的に愛を求め、奪い求めさせて、逃亡をそそのかした不徳義な人間です。不義を働いたのは私のほうです。誑かしたのは私のほうです」
「シメオン様……」

 シメオン様の手を震える手で握ると、彼は強く握り返してくれた。

「バーナード! 殿下のご慈悲が分からないのか! お前はこのままで行けば騎士の位を剥奪され、家門まで巻き込むことになるんだぞ! それどころかお前は――令嬢と共に処刑される!」
「っ!」

 誰かが叫んだ言葉が目に見えぬ手となって私の心臓をぐっとつかんだ。私はたまらずシメオン様の手を離すと、彼の横に並んで速い鼓動を打つ胸に手を当てる。

「王太子殿下! 殿下がおっしゃるように、わたくしがバーナード卿を誑かしたのです! 彼に脱獄の計画を立てさせたのはわたくしです。悪いのはわたくしです! どうかわたくしだけをしょ――っ!」

 私は最後まで言う前にシメオン様に抱き寄せられると口づけされた。
 もう何も言わないでほしいと言わんばかりに、何度も何度も。最後に私の熱を確かめるように何度も。

「――っ。お前たちいつまで、ぼうっと突っ立っている! いい加減、二人を引き離さないか!」

 殿下の命令で騎士らが慌てて駆け寄り、私たちを引き離した。

「さっさと連れていけ!」

 続いて叫んだ殿下の命令によって騎士に両脇を抱え込まれたシメオン様は、前方へと連行されていく。

「シメオン様! シメオン様!」
「来い! お前はこちらだ!」

 シメオン様へと手を伸ばそうとするが、私は彼とは反対方向へと引きずられる。

「シメオン様!」
「……っ。殿下! 処罰なら私が受けます。どうかアリシア様に乱暴を働かないでください。どうかどうかお願いいたします!」
「シメオン様!」

 私たちは互いの姿が見えなくなるまでいつまでも叫び、目で追い続けていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私がいなければ。

月見 初音
恋愛
大国クラッサ王国のアルバト国王の妾腹の子として生まれたアグネスに、婚約話がもちかけられる。 しかし相手は、大陸一の美青年と名高い敵国のステア・アイザイン公爵であった。 公爵から明らかな憎悪を向けられ、周りからは2人の不釣り合いさを笑われるが、アグネスは彼と結婚する。 結婚生活の中でアグネスはステアの誠実さや優しさを知り彼を愛し始める。 しかしある日、ステアがアグネスを憎む理由を知ってしまい罪悪感から彼女は自死を決意する。 毒を飲んだが死にきれず、目が覚めたとき彼女の記憶はなくなっていた。 そして彼女の目の前には、今にも泣き出しそうな顔のステアがいた。 𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷 初投稿作品なので温かい目で見てくださると幸いです。 コメントくださるととっても嬉しいです! 誤字脱字報告してくださると助かります。 不定期更新です。 表紙のお借り元▼ https://www.pixiv.net/users/3524455 𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷

冤罪を掛けられて大切な家族から見捨てられた

ああああ
恋愛
優は大切にしていた妹の友達に冤罪を掛けられてしまう。 そして冤罪が判明して戻ってきたが

氷麗の騎士は私にだけ甘く微笑む

矢口愛留
恋愛
 ミアの婚約者ウィリアムは、これまで常に冷たい態度を取っていた。  しかし、ある日突然、ウィリアムはミアに対する態度をがらりと変え、熱烈に愛情を伝えてくるようになった。  彼は、ミアが呪いで目を覚まさなくなってしまう三年後の未来からタイムリープしてきたのである。  ウィリアムは、ミアへの想いが伝わらずすれ違ってしまったことを後悔して、今回の人生ではミアを全力で愛し、守ることを誓った。  最初は不気味がっていたミアも、徐々にウィリアムに好意を抱き始める。  また、ミアには大きな秘密があった。  逆行前には発現しなかったが、ミアには聖女としての能力が秘められていたのだ。  ウィリアムと仲を深めるにつれて、ミアの能力は開花していく。  そして二人は、次第に逆行前の未来で起きた事件の真相、そして隠されていた過去の秘密に近付いていき――。 *カクヨム、小説家になろう、Nolaノベルにも掲載しています。

君を愛す気はない?どうぞご自由に!あなたがいない場所へ行きます。

みみぢあん
恋愛
貧乏なタムワース男爵家令嬢のマリエルは、初恋の騎士セイン・ガルフェルト侯爵の部下、ギリス・モリダールと結婚し初夜を迎えようとするが… 夫ギリスの暴言に耐えられず、マリエルは神殿へ逃げこんだ。 マリエルは身分違いで告白をできなくても、セインを愛する自分が、他の男性と結婚するのは間違いだと、自立への道をあゆもうとする。 そんなマリエルをセインは心配し… マリエルは愛するセインの優しさに苦悩する。 ※ざまぁ系メインのお話ではありません、ご注意を😓

【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~

塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます! 2.23完結しました! ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。 相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。 ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。 幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。 好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。 そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。 それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……? 妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話 切なめ恋愛ファンタジー

悪役令嬢シルベチカの献身

salt
恋愛
 この物語は、気が付かなかった王太子と、ただひたすらに献身を捧げた公爵令嬢の物語。  王太子、ユリウス・アラウンド・ランフォールドは1年前、下級貴族の子爵令嬢に非道な行いをしたとして、悪役令嬢シルベチカ・ミオソティス・マスティアートに婚約破棄を言い渡し、国外追放の刑を受けた彼女を見送った。  1年後、新たな婚約者となった子爵令嬢の不調をきっかけに、王太子は真実を知る。  何も気が付かなかった王太子が  誰が被害者で、  誰が加害者で、  誰が犠牲者だったのかを知る話。  悲恋でメリバで切なくてしんどいだけ。  “誰も悪くない”からこそ“誰も救われない”  たったひとつ、決められた希望を求めた結果、救いがない物語。  かなり人を選ぶ話なので、色々と許せる方向け。 *なろう、pixivに掲載していたものを再掲載しています。  既に完結済みの作品です。 *10の編成からなる群像劇です。  1日に1視点公開予定です。

ほらやっぱり、結局貴方は彼女を好きになるんでしょう?

望月 或
恋愛
ベラトリクス侯爵家のセイフィーラと、ライオロック王国の第一王子であるユークリットは婚約者同士だ。二人は周りが羨むほどの相思相愛な仲で、通っている学園で日々仲睦まじく過ごしていた。 ある日、セイフィーラは落馬をし、その衝撃で《前世》の記憶を取り戻す。ここはゲームの中の世界で、自分は“悪役令嬢”だということを。 転入生のヒロインにユークリットが一目惚れをしてしまい、セイフィーラは二人の仲に嫉妬してヒロインを虐め、最後は『婚約破棄』をされ修道院に送られる運命であることを―― そのことをユークリットに告げると、「絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ」と真剣に言ってくれたのだが……。 その日の朝礼後、ゲームの展開通り、ヒロインのリルカが転入してくる。 ――そして、セイフィーラは見てしまった。 目を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめているユークリットの顔を―― ※作者独自の世界設定です。ゆるめなので、突っ込みは心の中でお手柔らかに願います……。 ※たまに第三者視点が入ります。(タイトルに記載)

【完結】婚約者を譲れと言うなら譲ります。私が欲しいのはアナタの婚約者なので。

海野凛久
恋愛
【書籍絶賛発売中】 クラリンス侯爵家の長女・マリーアンネは、幼いころから王太子の婚約者と定められ、育てられてきた。 しかしそんなある日、とあるパーティーで、妹から婚約者の地位を譲るように迫られる。 失意に打ちひしがれるかと思われたマリーアンネだったが―― これは、初恋を実らせようと奮闘する、とある令嬢の物語――。 ※第14回恋愛小説大賞で特別賞頂きました!応援くださった皆様、ありがとうございました! ※主人公の名前を『マリ』から『マリーアンネ』へ変更しました。

処理中です...