32 / 50
四度目の人生
第32話 生きる未来は
しおりを挟む
私たちは牢屋を出ると、廊下を小走りして出入り口へと向かう。
「ここには他に囚人がいないのですか」
静かすぎる廊下に自分たちの足音だけがより大きく響いている気がする。
「いいえ。ここは貴族専用の収容所で、現在は五、六名ほど収容されています。ですが、もっと奥のほうです。収容人数が少ない分、警備が手薄なのです」
「そうなのですね。ですが、本当にここは貴族専用なのですか? 確かに階層があると聞きましたが、最下層にしても貴族専用の内装とは思えませんが」
「ここは主に政治犯が収容されるのですが、特に謀反を起こそうとした確信犯のための階層で、尊厳を貶めるためにわざとこのような作りにしているそうです」
なるほど。どおりでベッドの代わりに藁を置いたり、太陽の光がほとんど届かないほど天井高く窓を設置したりと、精神を追い込ませるような非人道的な造りにしていたわけだ。経費削減のためではなく、わざとだったらしい。
王太子殿下としては、私を追い詰めようとしていたのだろう。あるいはリーチェがそうさせていたのか。
シメオン様は手を繋いでいる私を横目でちらりと見る。
「走りにくそうですね。申し訳ありません。急なことで、あなたに合う靴をご用意することができませんでした」
こういった手助けがなければ牢屋から出ることすらできないのに、私は靴まで取り上げられていた。貴人扱いしないという意思か、あるいは牢屋の冷たさを足から思い知らせるためか。
何にしろ、それに気づいていたシメオン様は、私のために靴と黒いローブを用意してくれていた。しかしローブはともかく、靴は私には少し大きすぎたようだ。脱げるほどではないが、足を上げた時には少し浮き感がある。
「いいえ。大丈夫です。それよりも出入り口には見張りがいるのでは?」
「それは――」
言うが早いか、看守の背中が見え、彼が振り返った。
「っ!」
思わずシメオン様の手を強く握りしめてしまったが、安心させるように握り返してくれた。
「大丈夫です。彼は協力者の一人です」
その看守は一番目の人生の時、警棒で殴るもう一人の看守を止め、私の尊厳を精一杯保ってくれようとした方だ。
「バーナード卿、急いでください! もうすぐ交代の者が仮眠から戻ってきます!」
「申し訳ありません。少しご説明をしていたものですから」
「あ、あの……」
私は何と声をかけていいのか分からず、口ごもっていると看守の彼は穏やかに笑った。
「ご令嬢、お体は大丈夫ですか?」
「はい。ありがとうございます。この御恩は必ずお返しいたします」
「いいえ。もうここにあなたが戻って来ることはないでしょう。その感謝のお言葉だけ頂戴いたします」
「……はい。ありがとうございます。ありがとうございます」
「さあ、もう行ってください。――ご武運を願います」
看守の彼はお礼を述べる私を促すと、シメオン様を見た。
「ええ。ありがとうございます」
シメオン様と看守は顔を見合わせて頷く。
「参りましょう、アリシア様」
「はい。それではごきげんよう」
最後にもう一度だけ看守の彼に丁重な挨拶すると、私たちは監獄から出た。
辺りは暗闇でほとんど何も見えないが、もう嫌な臭いがするあの監獄の中ではないのだ。久しぶりに自由の身で、新鮮な空気を深呼吸して胸に取り入れたかったが、呑気に外の空気を味わっている場合ではない。
シメオン様は私の手を引き、曲がり角の右を行く。
「さあ。アリシア様、こちらです」
「ええ」
私たちはこの国を出て、人生を必ず取り戻す。たとえこの先の道が険しいものだったとしても、シメオン様と一緒なら何でも乗り越えられる。そうして私たちは今度こそ同じ時を生きるのだ。生きて生きて、誰よりも生きて。手を繋ぎながら共に笑顔で安らかな生涯を終えるその時まで。
――けれど。
「お前たち、止まれ! そこまでだ!」
聞き馴染みのある男性の声が、私たちの輝かしい未来を無残に切り裂く音が聞こえた。
「ここには他に囚人がいないのですか」
静かすぎる廊下に自分たちの足音だけがより大きく響いている気がする。
「いいえ。ここは貴族専用の収容所で、現在は五、六名ほど収容されています。ですが、もっと奥のほうです。収容人数が少ない分、警備が手薄なのです」
「そうなのですね。ですが、本当にここは貴族専用なのですか? 確かに階層があると聞きましたが、最下層にしても貴族専用の内装とは思えませんが」
「ここは主に政治犯が収容されるのですが、特に謀反を起こそうとした確信犯のための階層で、尊厳を貶めるためにわざとこのような作りにしているそうです」
なるほど。どおりでベッドの代わりに藁を置いたり、太陽の光がほとんど届かないほど天井高く窓を設置したりと、精神を追い込ませるような非人道的な造りにしていたわけだ。経費削減のためではなく、わざとだったらしい。
王太子殿下としては、私を追い詰めようとしていたのだろう。あるいはリーチェがそうさせていたのか。
シメオン様は手を繋いでいる私を横目でちらりと見る。
「走りにくそうですね。申し訳ありません。急なことで、あなたに合う靴をご用意することができませんでした」
こういった手助けがなければ牢屋から出ることすらできないのに、私は靴まで取り上げられていた。貴人扱いしないという意思か、あるいは牢屋の冷たさを足から思い知らせるためか。
何にしろ、それに気づいていたシメオン様は、私のために靴と黒いローブを用意してくれていた。しかしローブはともかく、靴は私には少し大きすぎたようだ。脱げるほどではないが、足を上げた時には少し浮き感がある。
「いいえ。大丈夫です。それよりも出入り口には見張りがいるのでは?」
「それは――」
言うが早いか、看守の背中が見え、彼が振り返った。
「っ!」
思わずシメオン様の手を強く握りしめてしまったが、安心させるように握り返してくれた。
「大丈夫です。彼は協力者の一人です」
その看守は一番目の人生の時、警棒で殴るもう一人の看守を止め、私の尊厳を精一杯保ってくれようとした方だ。
「バーナード卿、急いでください! もうすぐ交代の者が仮眠から戻ってきます!」
「申し訳ありません。少しご説明をしていたものですから」
「あ、あの……」
私は何と声をかけていいのか分からず、口ごもっていると看守の彼は穏やかに笑った。
「ご令嬢、お体は大丈夫ですか?」
「はい。ありがとうございます。この御恩は必ずお返しいたします」
「いいえ。もうここにあなたが戻って来ることはないでしょう。その感謝のお言葉だけ頂戴いたします」
「……はい。ありがとうございます。ありがとうございます」
「さあ、もう行ってください。――ご武運を願います」
看守の彼はお礼を述べる私を促すと、シメオン様を見た。
「ええ。ありがとうございます」
シメオン様と看守は顔を見合わせて頷く。
「参りましょう、アリシア様」
「はい。それではごきげんよう」
最後にもう一度だけ看守の彼に丁重な挨拶すると、私たちは監獄から出た。
辺りは暗闇でほとんど何も見えないが、もう嫌な臭いがするあの監獄の中ではないのだ。久しぶりに自由の身で、新鮮な空気を深呼吸して胸に取り入れたかったが、呑気に外の空気を味わっている場合ではない。
シメオン様は私の手を引き、曲がり角の右を行く。
「さあ。アリシア様、こちらです」
「ええ」
私たちはこの国を出て、人生を必ず取り戻す。たとえこの先の道が険しいものだったとしても、シメオン様と一緒なら何でも乗り越えられる。そうして私たちは今度こそ同じ時を生きるのだ。生きて生きて、誰よりも生きて。手を繋ぎながら共に笑顔で安らかな生涯を終えるその時まで。
――けれど。
「お前たち、止まれ! そこまでだ!」
聞き馴染みのある男性の声が、私たちの輝かしい未来を無残に切り裂く音が聞こえた。
231
お気に入りに追加
893
あなたにおすすめの小説
大好きなあなたを忘れる方法
山田ランチ
恋愛
あらすじ
王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。
魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。
登場人物
・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。
・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。
・イーライ 学園の園芸員。
クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。
・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。
・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。
・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。
・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。
・マイロ 17歳、メリベルの友人。
魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。
魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。
ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。


(完)婚約解消からの愛は永遠に
青空一夏
恋愛
エリザベスは、火事で頬に火傷をおった。その為に、王太子から婚約解消をされる。
両親からも疎まれ妹からも蔑まれたエリザベスだが・・・・・・
5話プラスおまけで完結予定。
君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。
公爵令嬢は逃げ出すことにした【完結済】
佐原香奈
恋愛
公爵家の跡取りとして厳しい教育を受けるエリー。
異母妹のアリーはエリーとは逆に甘やかされて育てられていた。
幼い頃からの婚約者であるヘンリーはアリーに惚れている。
その事実を1番隣でいつも見ていた。
一度目の人生と同じ光景をまた繰り返す。
25歳の冬、たった1人で終わらせた人生の繰り返しに嫌気がさし、エリーは逃げ出すことにした。
これからもずっと続く苦痛を知っているのに、耐えることはできなかった。
何も持たず公爵家の門をくぐるエリーが向かった先にいたのは…
完結済ですが、気が向いた時に話を追加しています。
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

【完結】どうか私を思い出さないで
miniko
恋愛
コーデリアとアルバートは相思相愛の婚約者同士だった。
一年後には学園を卒業し、正式に婚姻を結ぶはずだったのだが……。
ある事件が原因で、二人を取り巻く状況が大きく変化してしまう。
コーデリアはアルバートの足手まといになりたくなくて、身を切る思いで別れを決意した。
「貴方に触れるのは、きっとこれが最後になるのね」
それなのに、運命は二人を再び引き寄せる。
「たとえ記憶を失ったとしても、きっと僕は、何度でも君に恋をする」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる