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四度目の人生
第32話 生きる未来は
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私たちは牢屋を出ると、廊下を小走りして出入り口へと向かう。
「ここには他に囚人がいないのですか」
静かすぎる廊下に自分たちの足音だけがより大きく響いている気がする。
「いいえ。ここは貴族専用の収容所で、現在は五、六名ほど収容されています。ですが、もっと奥のほうです。収容人数が少ない分、警備が手薄なのです」
「そうなのですね。ですが、本当にここは貴族専用なのですか? 確かに階層があると聞きましたが、最下層にしても貴族専用の内装とは思えませんが」
「ここは主に政治犯が収容されるのですが、特に謀反を起こそうとした確信犯のための階層で、尊厳を貶めるためにわざとこのような作りにしているそうです」
なるほど。どおりでベッドの代わりに藁を置いたり、太陽の光がほとんど届かないほど天井高く窓を設置したりと、精神を追い込ませるような非人道的な造りにしていたわけだ。経費削減のためではなく、わざとだったらしい。
王太子殿下としては、私を追い詰めようとしていたのだろう。あるいはリーチェがそうさせていたのか。
シメオン様は手を繋いでいる私を横目でちらりと見る。
「走りにくそうですね。申し訳ありません。急なことで、あなたに合う靴をご用意することができませんでした」
こういった手助けがなければ牢屋から出ることすらできないのに、私は靴まで取り上げられていた。貴人扱いしないという意思か、あるいは牢屋の冷たさを足から思い知らせるためか。
何にしろ、それに気づいていたシメオン様は、私のために靴と黒いローブを用意してくれていた。しかしローブはともかく、靴は私には少し大きすぎたようだ。脱げるほどではないが、足を上げた時には少し浮き感がある。
「いいえ。大丈夫です。それよりも出入り口には見張りがいるのでは?」
「それは――」
言うが早いか、看守の背中が見え、彼が振り返った。
「っ!」
思わずシメオン様の手を強く握りしめてしまったが、安心させるように握り返してくれた。
「大丈夫です。彼は協力者の一人です」
その看守は一番目の人生の時、警棒で殴るもう一人の看守を止め、私の尊厳を精一杯保ってくれようとした方だ。
「バーナード卿、急いでください! もうすぐ交代の者が仮眠から戻ってきます!」
「申し訳ありません。少しご説明をしていたものですから」
「あ、あの……」
私は何と声をかけていいのか分からず、口ごもっていると看守の彼は穏やかに笑った。
「ご令嬢、お体は大丈夫ですか?」
「はい。ありがとうございます。この御恩は必ずお返しいたします」
「いいえ。もうここにあなたが戻って来ることはないでしょう。その感謝のお言葉だけ頂戴いたします」
「……はい。ありがとうございます。ありがとうございます」
「さあ、もう行ってください。――ご武運を願います」
看守の彼はお礼を述べる私を促すと、シメオン様を見た。
「ええ。ありがとうございます」
シメオン様と看守は顔を見合わせて頷く。
「参りましょう、アリシア様」
「はい。それではごきげんよう」
最後にもう一度だけ看守の彼に丁重な挨拶すると、私たちは監獄から出た。
辺りは暗闇でほとんど何も見えないが、もう嫌な臭いがするあの監獄の中ではないのだ。久しぶりに自由の身で、新鮮な空気を深呼吸して胸に取り入れたかったが、呑気に外の空気を味わっている場合ではない。
シメオン様は私の手を引き、曲がり角の右を行く。
「さあ。アリシア様、こちらです」
「ええ」
私たちはこの国を出て、人生を必ず取り戻す。たとえこの先の道が険しいものだったとしても、シメオン様と一緒なら何でも乗り越えられる。そうして私たちは今度こそ同じ時を生きるのだ。生きて生きて、誰よりも生きて。手を繋ぎながら共に笑顔で安らかな生涯を終えるその時まで。
――けれど。
「お前たち、止まれ! そこまでだ!」
聞き馴染みのある男性の声が、私たちの輝かしい未来を無残に切り裂く音が聞こえた。
「ここには他に囚人がいないのですか」
静かすぎる廊下に自分たちの足音だけがより大きく響いている気がする。
「いいえ。ここは貴族専用の収容所で、現在は五、六名ほど収容されています。ですが、もっと奥のほうです。収容人数が少ない分、警備が手薄なのです」
「そうなのですね。ですが、本当にここは貴族専用なのですか? 確かに階層があると聞きましたが、最下層にしても貴族専用の内装とは思えませんが」
「ここは主に政治犯が収容されるのですが、特に謀反を起こそうとした確信犯のための階層で、尊厳を貶めるためにわざとこのような作りにしているそうです」
なるほど。どおりでベッドの代わりに藁を置いたり、太陽の光がほとんど届かないほど天井高く窓を設置したりと、精神を追い込ませるような非人道的な造りにしていたわけだ。経費削減のためではなく、わざとだったらしい。
王太子殿下としては、私を追い詰めようとしていたのだろう。あるいはリーチェがそうさせていたのか。
シメオン様は手を繋いでいる私を横目でちらりと見る。
「走りにくそうですね。申し訳ありません。急なことで、あなたに合う靴をご用意することができませんでした」
こういった手助けがなければ牢屋から出ることすらできないのに、私は靴まで取り上げられていた。貴人扱いしないという意思か、あるいは牢屋の冷たさを足から思い知らせるためか。
何にしろ、それに気づいていたシメオン様は、私のために靴と黒いローブを用意してくれていた。しかしローブはともかく、靴は私には少し大きすぎたようだ。脱げるほどではないが、足を上げた時には少し浮き感がある。
「いいえ。大丈夫です。それよりも出入り口には見張りがいるのでは?」
「それは――」
言うが早いか、看守の背中が見え、彼が振り返った。
「っ!」
思わずシメオン様の手を強く握りしめてしまったが、安心させるように握り返してくれた。
「大丈夫です。彼は協力者の一人です」
その看守は一番目の人生の時、警棒で殴るもう一人の看守を止め、私の尊厳を精一杯保ってくれようとした方だ。
「バーナード卿、急いでください! もうすぐ交代の者が仮眠から戻ってきます!」
「申し訳ありません。少しご説明をしていたものですから」
「あ、あの……」
私は何と声をかけていいのか分からず、口ごもっていると看守の彼は穏やかに笑った。
「ご令嬢、お体は大丈夫ですか?」
「はい。ありがとうございます。この御恩は必ずお返しいたします」
「いいえ。もうここにあなたが戻って来ることはないでしょう。その感謝のお言葉だけ頂戴いたします」
「……はい。ありがとうございます。ありがとうございます」
「さあ、もう行ってください。――ご武運を願います」
看守の彼はお礼を述べる私を促すと、シメオン様を見た。
「ええ。ありがとうございます」
シメオン様と看守は顔を見合わせて頷く。
「参りましょう、アリシア様」
「はい。それではごきげんよう」
最後にもう一度だけ看守の彼に丁重な挨拶すると、私たちは監獄から出た。
辺りは暗闇でほとんど何も見えないが、もう嫌な臭いがするあの監獄の中ではないのだ。久しぶりに自由の身で、新鮮な空気を深呼吸して胸に取り入れたかったが、呑気に外の空気を味わっている場合ではない。
シメオン様は私の手を引き、曲がり角の右を行く。
「さあ。アリシア様、こちらです」
「ええ」
私たちはこの国を出て、人生を必ず取り戻す。たとえこの先の道が険しいものだったとしても、シメオン様と一緒なら何でも乗り越えられる。そうして私たちは今度こそ同じ時を生きるのだ。生きて生きて、誰よりも生きて。手を繋ぎながら共に笑顔で安らかな生涯を終えるその時まで。
――けれど。
「お前たち、止まれ! そこまでだ!」
聞き馴染みのある男性の声が、私たちの輝かしい未来を無残に切り裂く音が聞こえた。
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