あなただけが私を信じてくれたから

樹里

文字の大きさ
上 下
28 / 50
三度目の人生

第28話 あなたが生きる未来を望む

しおりを挟む
「あなたは……残酷な方だ。私にあなたが処刑されるところをただ黙って見ていろと言うのですか」
「あ……」

 私は目を見開いた。それに伴って視界が広がった。
 そうだ。私は自分のことしか考えていなかった。自分のことばかりで残された人のことを、シメオン様のことを何も考えていなかった。

 私はこれまでシメオン様とはこの牢屋で三度会った。しかし私にとっては三度目に会うシメオン様でも、今、目の前にいるシメオン様にとって、そして過去二回のシメオン様にとっては初めて会う私なのだ。
 そしてどの回のシメオン様も私が処刑された姿を見ているが、私が回帰した姿は一度も見ていない。

 私が処刑された後も、シメオン様の世界は続いているのだろうか。それとも私の処刑と共にその世界は消えてなくなってしまうのだろうか。
 どちらにしろ、私にとっての処刑は未来へ可能性を見つけることだとしても、シメオン様にとっては私の未来が断ち切られた現実を見ることになるのだ。もしその世界が続くなら、シメオン様はきっと生涯、自責の念を抱き続けるだろう。

 私は愚かにも、私が死に、私がいなくなる世界を直視しろとシメオン様に強要しようとしていた。もし反対の立場なら、私は果たして耐えられるだろうか。シメオン様を責められずにいられるだろうか。

「ごめ……ごめんなさい。わ、わたくしは何ということを。何ということをあなたに強要しようとしていたのでしょう。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめ――っ」

 シメオン様の胸に強く抱き寄せられて言葉が途切れる。

「……申し訳ありません、アリシア様。本当はあなただって怖いはずなのに」

 私が顔を上げると彼は私を少し離し、頬に伝った涙をそっと拭った。

 そうだ。本当は怖い。とても怖い。
 断頭台に繋がる階段を一段上がるにつれて、確実に死へも近付いていく恐ろしさ。大勢から向けられる悪意。今も感じる首枷の息苦しさ。厚みのある刃が迫りくる音と首に冷たく触れる瞬間。

 もう一度経験しなければならないのだと考えるだけで背筋が凍り、体がすくむ。これで最後かもしれないという恐怖が私を幾度となく襲う。

 回帰は起こらず、もうシメオン様とは二度と会えないのではないかと思うと、怖くて怖くて仕方がない。ただ、私はこの温かさの中に戻ると心を決めたから、あなたが必ず私を待ってくれていると信じているから私は前に進もうと、進めると思っただけだ。
 それは私の強さではなかった。いつだって私を信じてくれるシメオン様がいたからだ。全ては彼の力だった。それなのに私は、そのシメオン様を傷つけようとしたのだ。

「ごめんなさい、ごめんなさい、シメオン様」
「……この世界では、私はあなたを助けることができないのですね。今の私では、あなたに光を取り戻して差し上げることはできないのですね」
「シメオン様?」

 シメオン様を仰ぎ見ると、彼は悲しみと悔しさが混じったような苦い笑みを浮かべていた。

「たとえこの世界ではなくても、私はアリシア様が生きる未来を望みます。私のこの腕の中からあなたの温もりが消えてしまったとしても、私はあなたの未来が続くことを望みます」
「っ……」

 シメオン様の強い決意が込められた黒い瞳に胸が詰まって、再び彼を抱きしめる。

「シメオン様、心より心よりお慕いしております」
「私もアリシア様を愛しております。ですから必ず生き延びる道を探してください。何が何でも生きて生きて……生きてください。私の望みはそれだけです」
「はい。必ずあなたの温もりの中に戻ります」
「ええ。次の世界の私にお伝えください。あなたにアリシア様を任せるのは悔しくて仕方ないが、どうか頼むと」
「まあ!」

 私たちはひと時笑うと、今世最後の口づけを交わした。

 ――私は必ずあなたの元に戻る。戻ってみせる。

 そして私は、民衆の中でただ一人静かに涙を流すシメオン様に見送られた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

公爵令嬢の私に騎士も誰も敵わないのですか?

海野幻創
ファンタジー
公爵令嬢であるエマ・ヴァロワは、最高の結婚をするために幼いころから努力を続けてきた。 そんなエマの婚約者となったのは、多くの人から尊敬を集め、立派な方だと口々に評される名門貴族の跡取り息子、コンティ公爵だった。 夢が叶いそうだと期待に胸を膨らませ、結婚準備をしていたのだが── 「おそろしい女……」 助けてあげたのにも関わらず、お礼をして抱きしめてくれるどころか、コンティ公爵は化け物を見るような目つきで逃げ去っていった。 なんて男! 最高の結婚相手だなんて間違いだったわ! 自国でも隣国でも結婚相手に恵まれず、結婚相手を探すだけの社交界から離れたくなった私は、遠い北の地に住む母の元へ行くことに決めた。 遠い2000キロの旅路を執事のシュヴァリエと共に行く。 仕える者に対する態度がなっていない最低の執事だけど、必死になって私を守るし、どうやらとても強いらしい── しかし、シュヴァリエは私の方がもっと強いのだという。まさかとは思ったが、それには理由があったのだ。

【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。

るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」  色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。  ……ほんとに屑だわ。 結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。 彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。 彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。

アンジェリーヌは一人じゃない

れもんぴーる
恋愛
義母からひどい扱いされても我慢をしているアンジェリーヌ。 メイドにも冷遇され、昔は仲が良かった婚約者にも冷たい態度をとられ居場所も逃げ場所もなくしていた。 そんな時、アルコール入りのチョコレートを口にしたアンジェリーヌの性格が激変した。 まるで別人になったように、言いたいことを言い、これまで自分に冷たかった家族や婚約者をこぎみよく切り捨てていく。 実は、アンジェリーヌの中にずっといた魂と入れ替わったのだ。 それはアンジェリーヌと一緒に生まれたが、この世に誕生できなかったアンジェリーヌの双子の魂だった。 新生アンジェリーヌはアンジェリーヌのため自由を求め、家を出る。 アンジェリーヌは満ち足りた生活を送り、愛する人にも出会うが、この身体は自分の物ではない。出来る事なら消えてしまった可哀そうな自分の半身に幸せになってもらいたい。でもそれは自分が消え、愛する人との別れの時。 果たしてアンジェリーヌの魂は戻ってくるのか。そしてその時もう一人の魂は・・・。 *タグに「平成の歌もあります」を追加しました。思っていたより歌に注目していただいたので(*´▽`*) (なろうさま、カクヨムさまにも投稿予定です)

【完結】婚約者を譲れと言うなら譲ります。私が欲しいのはアナタの婚約者なので。

海野凛久
恋愛
【書籍絶賛発売中】 クラリンス侯爵家の長女・マリーアンネは、幼いころから王太子の婚約者と定められ、育てられてきた。 しかしそんなある日、とあるパーティーで、妹から婚約者の地位を譲るように迫られる。 失意に打ちひしがれるかと思われたマリーアンネだったが―― これは、初恋を実らせようと奮闘する、とある令嬢の物語――。 ※第14回恋愛小説大賞で特別賞頂きました!応援くださった皆様、ありがとうございました! ※主人公の名前を『マリ』から『マリーアンネ』へ変更しました。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

いつだって二番目。こんな自分とさよならします!

椿蛍
恋愛
小説『二番目の姫』の中に転生した私。 ヒロインは第二王女として生まれ、いつも脇役の二番目にされてしまう運命にある。 ヒロインは婚約者から嫌われ、両親からは差別され、周囲も冷たい。 嫉妬したヒロインは暴走し、ラストは『お姉様……。私を救ってくれてありがとう』ガクッ……で終わるお話だ。  そんなヒロインはちょっとね……って、私が転生したのは二番目の姫!? 小説どおり、私はいつも『二番目』扱い。 いつも第一王女の姉が優先される日々。 そして、待ち受ける死。 ――この運命、私は変えられるの? ※表紙イラストは作成者様からお借りしてます。

大好きなあなたを忘れる方法

山田ランチ
恋愛
あらすじ  王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。  魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。 登場人物 ・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。 ・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。 ・イーライ 学園の園芸員。 クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。 ・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。 ・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。 ・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。 ・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。 ・マイロ 17歳、メリベルの友人。 魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。 魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。 ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。

(完結)「君を愛することはない」と言われて……

青空一夏
恋愛
ずっと憧れていた方に嫁げることになった私は、夫となった男性から「君を愛することはない」と言われてしまった。それでも、彼に尽くして温かい家庭をつくるように心がければ、きっと愛してくださるはずだろうと思っていたのよ。ところが、彼には好きな方がいて忘れることができないようだったわ。私は彼を諦めて実家に帰ったほうが良いのかしら? この物語は憧れていた男性の妻になったけれど冷たくされたお嬢様を守る戦闘侍女たちの活躍と、お嬢様の恋を描いた作品です。 主人公はお嬢様と3人の侍女かも。ヒーローの存在感増すようにがんばります! という感じで、それぞれの視点もあります。 以前書いたもののリメイク版です。多分、かなりストーリーが変わっていくと思うので、新しい作品としてお読みください。 ※カクヨム。なろうにも時差投稿します。 ※作者独自の世界です。

処理中です...