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三度目の人生
第26話 証拠がない
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ただ、これは状況証拠に過ぎない。推測の域を越えない。妄想だと言われれば反論することができないものである。エレーヌ王女殿下がフィナンシェを奪い取ろうとする行動は、第三者からは仲の良い姉妹の微笑ましいやり取りにしか見えないからだ。
一方で、ミラディア王女殿下の嗜好品と性格を熟知しているエレーヌ王女殿下ならば、あの時、ご自分の行動でミラディア王女殿下がどんな行動に移すかは容易に予想できたはずだ。
「とはいえ、エレーヌ王女殿下がミラディア王女殿下を害する理由は分かりません」
「それは……。アリシア様が今回、ミラディア王女殿下を害したとされる理由がそのまま当てはまるのではないでしょうか」
「つまりエレーヌ王女殿下が、隣国の王太子殿下に懸想されていたということですか?」
シメオン様は頷く。
確かに強い嫉妬心が時に凶器になることは、世の中ではしばしば起こりうることだ。
「もちろんご本人に確認したわけではありませんが、アリシア様がその理由で容疑者となったのならば、それはエレーヌ王女殿下にも当てはまっていいはずです」
「そう、ですね。わたくしもありもしないことを理由に犯人に仕立て上げられたのですから。本当に不本意です」
不満げに漏らすと、シメオン様は微笑した。
私は何となく恥ずかしくなって咳払いしてしまう。
「そう言えば、わたくしの妹、リーチェは言っていました。エレーヌ王女殿下と意気投合したのだと。そうですね。その可能性は高いです。リーチェとエレーヌ王女殿下は、二人とも婚約者がいる男性を好きになった。――つまり、この事件はわたくしとミラディア王女殿下を同時に排除するための計画だったのかもしれません」
リーチェは、毒がどのようにして入れられたのかは知らされていなかった。エレーヌ王女殿下はリーチェと話していて、全てを共有するには信頼するに足りない、あるいはうっかり口を滑らせそうな人物だと思われたのかもしれない。
「お菓子とお茶は、王宮のほうでご準備いただいていました。わたくしはお菓子には一切関わっておりません。お茶に毒が入っていないと証明されるのならば、わたくしは放免されるはずです。ただ、わたくしが毒を特定できた理由については、言い訳を考えなければなりませんが」
例えば犯行の計画を偶然、立ち聞きしてしまったということでもいい。私はお茶を淹れる侍女を注意深く監視し、カップを交換しているのだから、私の共犯説は薄まるはずだ。そのことを最初の聴取で証言しなかったのは、王族が事件に関わっていて、もみ消されると思ったからだとでも言えば、信憑性が高まるかもしれない。
「ともかくも、そうなれば今度はお菓子が再注目されるでしょう。誰の依頼によって誰が作り、誰の手で運ばれ、誰の手にどのような形で渡ったか。もっと詳細に再調査されるはず」
そうすれば、検出された毒がいつの時点でお茶に入れられたか、毒が入っていたお菓子は何であったのかが調査され、妹とエレーヌ王女殿下の共謀まで暴いてくれるかもしれない。
ミラディア王女殿下の護衛騎士はあくまでも中立だった。お茶を淹れた私に不審な行動は見られなかったと最初に証言もしてくれている。きっとエレーヌ王女殿下のあの時の行動も、尋ねれば嘘偽りなく、自分が見たそのままを正しく答えてくれるはずだ。
「けれど逆に言えば、お茶に毒が入っていなかったと証明するのが前提となりますね」
「そうですね。しかし毒が入っていなかったお茶は既にこの世にはなく、毒入りの菓子もまたない」
私たちはどちらともなく重いため息をついた。
沈黙がしばらく続いたが、シメオン様の言葉で私はふと閃いた。
「……いいえ。一つだけ方法がありました」
そう。この世にはないだけで、ある世界も存在する。
気付けばうつむいていた私は、強張った顔を上げた。
一方で、ミラディア王女殿下の嗜好品と性格を熟知しているエレーヌ王女殿下ならば、あの時、ご自分の行動でミラディア王女殿下がどんな行動に移すかは容易に予想できたはずだ。
「とはいえ、エレーヌ王女殿下がミラディア王女殿下を害する理由は分かりません」
「それは……。アリシア様が今回、ミラディア王女殿下を害したとされる理由がそのまま当てはまるのではないでしょうか」
「つまりエレーヌ王女殿下が、隣国の王太子殿下に懸想されていたということですか?」
シメオン様は頷く。
確かに強い嫉妬心が時に凶器になることは、世の中ではしばしば起こりうることだ。
「もちろんご本人に確認したわけではありませんが、アリシア様がその理由で容疑者となったのならば、それはエレーヌ王女殿下にも当てはまっていいはずです」
「そう、ですね。わたくしもありもしないことを理由に犯人に仕立て上げられたのですから。本当に不本意です」
不満げに漏らすと、シメオン様は微笑した。
私は何となく恥ずかしくなって咳払いしてしまう。
「そう言えば、わたくしの妹、リーチェは言っていました。エレーヌ王女殿下と意気投合したのだと。そうですね。その可能性は高いです。リーチェとエレーヌ王女殿下は、二人とも婚約者がいる男性を好きになった。――つまり、この事件はわたくしとミラディア王女殿下を同時に排除するための計画だったのかもしれません」
リーチェは、毒がどのようにして入れられたのかは知らされていなかった。エレーヌ王女殿下はリーチェと話していて、全てを共有するには信頼するに足りない、あるいはうっかり口を滑らせそうな人物だと思われたのかもしれない。
「お菓子とお茶は、王宮のほうでご準備いただいていました。わたくしはお菓子には一切関わっておりません。お茶に毒が入っていないと証明されるのならば、わたくしは放免されるはずです。ただ、わたくしが毒を特定できた理由については、言い訳を考えなければなりませんが」
例えば犯行の計画を偶然、立ち聞きしてしまったということでもいい。私はお茶を淹れる侍女を注意深く監視し、カップを交換しているのだから、私の共犯説は薄まるはずだ。そのことを最初の聴取で証言しなかったのは、王族が事件に関わっていて、もみ消されると思ったからだとでも言えば、信憑性が高まるかもしれない。
「ともかくも、そうなれば今度はお菓子が再注目されるでしょう。誰の依頼によって誰が作り、誰の手で運ばれ、誰の手にどのような形で渡ったか。もっと詳細に再調査されるはず」
そうすれば、検出された毒がいつの時点でお茶に入れられたか、毒が入っていたお菓子は何であったのかが調査され、妹とエレーヌ王女殿下の共謀まで暴いてくれるかもしれない。
ミラディア王女殿下の護衛騎士はあくまでも中立だった。お茶を淹れた私に不審な行動は見られなかったと最初に証言もしてくれている。きっとエレーヌ王女殿下のあの時の行動も、尋ねれば嘘偽りなく、自分が見たそのままを正しく答えてくれるはずだ。
「けれど逆に言えば、お茶に毒が入っていなかったと証明するのが前提となりますね」
「そうですね。しかし毒が入っていなかったお茶は既にこの世にはなく、毒入りの菓子もまたない」
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沈黙がしばらく続いたが、シメオン様の言葉で私はふと閃いた。
「……いいえ。一つだけ方法がありました」
そう。この世にはないだけで、ある世界も存在する。
気付けばうつむいていた私は、強張った顔を上げた。
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