上 下
26 / 50
三度目の人生

第26話 証拠がない

しおりを挟む
 ただ、これは状況証拠に過ぎない。推測の域を越えない。妄想だと言われれば反論することができないものである。エレーヌ王女殿下がフィナンシェを奪い取ろうとする行動は、第三者からは仲の良い姉妹の微笑ましいやり取りにしか見えないからだ。

 一方で、ミラディア王女殿下の嗜好品と性格を熟知しているエレーヌ王女殿下ならば、あの時、ご自分の行動でミラディア王女殿下がどんな行動に移すかは容易に予想できたはずだ。

「とはいえ、エレーヌ王女殿下がミラディア王女殿下を害する理由は分かりません」
「それは……。アリシア様が今回、ミラディア王女殿下を害したとされる理由がそのまま当てはまるのではないでしょうか」
「つまりエレーヌ王女殿下が、隣国の王太子殿下に懸想されていたということですか?」

 シメオン様は頷く。
 確かに強い嫉妬心が時に凶器になることは、世の中ではしばしば起こりうることだ。

「もちろんご本人に確認したわけではありませんが、アリシア様がその理由で容疑者となったのならば、それはエレーヌ王女殿下にも当てはまっていいはずです」
「そう、ですね。わたくしもありもしないことを理由に犯人に仕立て上げられたのですから。本当に不本意です」

 不満げに漏らすと、シメオン様は微笑した。
 私は何となく恥ずかしくなって咳払いしてしまう。

「そう言えば、わたくしの妹、リーチェは言っていました。エレーヌ王女殿下と意気投合したのだと。そうですね。その可能性は高いです。リーチェとエレーヌ王女殿下は、二人とも婚約者がいる男性を好きになった。――つまり、この事件はわたくしとミラディア王女殿下を同時に排除するための計画だったのかもしれません」

 リーチェは、毒がどのようにして入れられたのかは知らされていなかった。エレーヌ王女殿下はリーチェと話していて、全てを共有するには信頼するに足りない、あるいはうっかり口を滑らせそうな人物だと思われたのかもしれない。

「お菓子とお茶は、王宮のほうでご準備いただいていました。わたくしはお菓子には一切関わっておりません。お茶に毒が入っていないと証明されるのならば、わたくしは放免されるはずです。ただ、わたくしが毒を特定できた理由については、言い訳を考えなければなりませんが」

 例えば犯行の計画を偶然、立ち聞きしてしまったということでもいい。私はお茶を淹れる侍女を注意深く監視し、カップを交換しているのだから、私の共犯説は薄まるはずだ。そのことを最初の聴取で証言しなかったのは、王族が事件に関わっていて、もみ消されると思ったからだとでも言えば、信憑性が高まるかもしれない。

「ともかくも、そうなれば今度はお菓子が再注目されるでしょう。誰の依頼によって誰が作り、誰の手で運ばれ、誰の手にどのような形で渡ったか。もっと詳細に再調査されるはず」

 そうすれば、検出された毒がいつの時点でお茶に入れられたか、毒が入っていたお菓子は何であったのかが調査され、妹とエレーヌ王女殿下の共謀まで暴いてくれるかもしれない。
 ミラディア王女殿下の護衛騎士はあくまでも中立だった。お茶を淹れた私に不審な行動は見られなかったと最初に証言もしてくれている。きっとエレーヌ王女殿下のあの時の行動も、尋ねれば嘘偽りなく、自分が見たそのままを正しく答えてくれるはずだ。

「けれど逆に言えば、お茶に毒が入っていなかったと証明するのが前提となりますね」
「そうですね。しかし毒が入っていなかったお茶は既にこの世にはなく、毒入りの菓子もまたない」

 私たちはどちらともなく重いため息をついた。
 沈黙がしばらく続いたが、シメオン様の言葉で私はふと閃いた。

「……いいえ。一つだけ方法がありました」

 そう。この世にはないだけで、ある世界も存在する。
 気付けばうつむいていた私は、強張った顔を上げた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

(完結)婚約破棄から始まる真実の愛

青空一夏
恋愛
 私は、幼い頃からの婚約者の公爵様から、『つまらない女性なのは罪だ。妹のアリッサ王女と婚約する』と言われた。私は、そんなにつまらない人間なのだろうか?お父様もお母様も、砂糖菓子のようなかわいい雰囲気のアリッサだけをかわいがる。  女王であったお婆さまのお気に入りだった私は、一年前にお婆さまが亡くなってから虐げられる日々をおくっていた。婚約者を奪われ、妹の代わりに隣国の老王に嫁がされる私はどうなってしまうの?  美しく聡明な王女が、両親や妹に酷い仕打ちを受けながらも、結局は一番幸せになっているという内容になる(予定です)

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・

青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。 婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。 「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」 妹の言葉を肯定する家族達。 そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。 ※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。

お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】 私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。 その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。 ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない 自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。 そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが―― ※ 他サイトでも投稿中   途中まで鬱展開続きます(注意)

(完結)「君を愛することはない」と言われて……

青空一夏
恋愛
ずっと憧れていた方に嫁げることになった私は、夫となった男性から「君を愛することはない」と言われてしまった。それでも、彼に尽くして温かい家庭をつくるように心がければ、きっと愛してくださるはずだろうと思っていたのよ。ところが、彼には好きな方がいて忘れることができないようだったわ。私は彼を諦めて実家に帰ったほうが良いのかしら? この物語は憧れていた男性の妻になったけれど冷たくされたお嬢様を守る戦闘侍女たちの活躍と、お嬢様の恋を描いた作品です。 主人公はお嬢様と3人の侍女かも。ヒーローの存在感増すようにがんばります! という感じで、それぞれの視点もあります。 以前書いたもののリメイク版です。多分、かなりストーリーが変わっていくと思うので、新しい作品としてお読みください。 ※カクヨム。なろうにも時差投稿します。 ※作者独自の世界です。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

(完結)婚約解消は当然でした

青空一夏
恋愛
エヴァリン・シャー子爵令嬢とイライジャ・メソン伯爵は婚約者同士。レイテ・イラ伯爵令嬢とは従姉妹。 シャー子爵家は大富豪でエヴァリンのお母様は他界。 お父様に溺愛されたエヴァリンの恋の物語。 エヴァリンは婚約者が従姉妹とキスをしているのを見てしまいますが、それは・・・・・・

処理中です...