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二度目の人生
第17話 回帰を確信する
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私は今、夢の中で見たはずの光景を見て、同じ体験をしていた。――いや。夢と言うのならば、なぜこんなに明瞭に体が覚えているのだろうか。あれはきっと夢ではなかったのだろう。
私は一度冤罪で監獄に入れられ、処刑された。そして現在、回帰している。私はそう確信した。
父に怒鳴られ、王太子殿下に罵られ、ならば次は? 次は――。
足音が聞こえて振り返る。
「アリシア様!」
ああ、ほら。
私を最後まで信じてくれた方。シメオン様だ。……シメオン様。
私はふらふらとシメオン様に近付き、彼の頬に鉄格子から出した自分の手を当てる。
「シメオン様、シメオン様……シメオン様」
「……え?」
彼の驚く表情がにじんで見えた。
「――あ。そ、そちらに! ただ今そちらに参りますので!」
シメオン様が扉を開けて入るや否や、私は彼の胸に飛び込み、彼もまた私をしっかりと抱き留めてくれた。
彼の温もりと規則的な心音が、私の時間を取り戻してくれたことを知る。
私は手で涙を拭うと彼からそっと離れた。
「ごめんなさい。わたくし、今とても汚れていたわ。に、臭いだって」
「気になりませんよ。あなたはあなたですから」
シメオン様は離れた私を再び胸に抱き寄せる。
私はまた同じ間違いをしてしまった。しかし彼もまた同じ答えを返して、同じ行動をしてくれた。
「ところで、その……。どうして私の名前で呼んでくださったか、お聞きしても?」
「え?」
私はシメオン様から少し離れ、視線を上げて彼を見た。
「シメオン様がそう呼んでくださいと」
「私がですか?」
「そうで――っ!」
そうか。名前で呼んでほしいと言われたのはこの牢屋にいる時で、会話がもっと進んだ後のことだった。
「ご、ごめんなさい。わたくしの勘違いでした」
シメオン様は、謝罪しようとしてうつむく私の顎を取って仰ぎ見させた。
「アリシア様、謝ってほしいわけではないのです。あなたに名前で呼ばれると、勘違いしてしまいそうになるからです。……だからどうか、私のことを名前で呼んでくださる理由をお教えください」
何物にも染まらないはずの彼の黒い瞳に、小さな赤い炎が映った気がした。私はその熱に浮かされて口を開く。
「っ。わ、わたくしは、ずっとずっと以前からシメオン様のことを心よりお慕いしておりま――」
嬉しそうに微笑む彼は、私が最後まで言い切らない内に抱き寄せると、また熱く深く激しく口づけをした。
再び会えた彼と離れるのは寂しかったが、今の状況を把握するために尋ねることにした。
「あの、シメオン様、今の状況についてですが」
「はい。ですが、その前にアリシア様にお尋ねしたいことがございます」
「な、何でしょう?」
彼にしてはやや強引な尋問気味の姿に気圧される。
「その手首の怪我はどうされたのでしょう。尋問した人間があなたを傷つけたのでしょうか」
「あ……これは」
私は包帯を巻いた自分の手首に触れた。
「お茶会の朝、家でベッドから下りる時に足を滑らせて手首を捻ってしまったのです」
「そうでしたか。どうぞお大事になさってください」
シメオン様をまとっていた空気が柔らかくなる。怒ってくれていたらしい。
「ええ。お気遣いありがとうございます。あの、シメオン様。それで今の状況についてですが」
「はい」
「わたくしは確かにミラディア王女殿下のすぐ側に座っておりましたが、なぜわたくしが捕まることになったのでしょうか」
「毒を入れたのはミラディア王女殿下の侍女、ダリアという女性です。毒入りの瓶を隠し持っていました。彼女はあなたに脅されて毒を盛るように指示されたと証言しました」
「え!? そんな……」
状況が前回と変わっている。やはり私が違う行動を取ったからだろうか。
「彼女とは挨拶程度しか話したことがありません。……わたくしを信じていただけますか?」
「もちろんです」
シメオン様は一瞬の迷いもなく、笑顔で頷いてくれる。
私はほっとして笑顔を返した。
私は一度冤罪で監獄に入れられ、処刑された。そして現在、回帰している。私はそう確信した。
父に怒鳴られ、王太子殿下に罵られ、ならば次は? 次は――。
足音が聞こえて振り返る。
「アリシア様!」
ああ、ほら。
私を最後まで信じてくれた方。シメオン様だ。……シメオン様。
私はふらふらとシメオン様に近付き、彼の頬に鉄格子から出した自分の手を当てる。
「シメオン様、シメオン様……シメオン様」
「……え?」
彼の驚く表情がにじんで見えた。
「――あ。そ、そちらに! ただ今そちらに参りますので!」
シメオン様が扉を開けて入るや否や、私は彼の胸に飛び込み、彼もまた私をしっかりと抱き留めてくれた。
彼の温もりと規則的な心音が、私の時間を取り戻してくれたことを知る。
私は手で涙を拭うと彼からそっと離れた。
「ごめんなさい。わたくし、今とても汚れていたわ。に、臭いだって」
「気になりませんよ。あなたはあなたですから」
シメオン様は離れた私を再び胸に抱き寄せる。
私はまた同じ間違いをしてしまった。しかし彼もまた同じ答えを返して、同じ行動をしてくれた。
「ところで、その……。どうして私の名前で呼んでくださったか、お聞きしても?」
「え?」
私はシメオン様から少し離れ、視線を上げて彼を見た。
「シメオン様がそう呼んでくださいと」
「私がですか?」
「そうで――っ!」
そうか。名前で呼んでほしいと言われたのはこの牢屋にいる時で、会話がもっと進んだ後のことだった。
「ご、ごめんなさい。わたくしの勘違いでした」
シメオン様は、謝罪しようとしてうつむく私の顎を取って仰ぎ見させた。
「アリシア様、謝ってほしいわけではないのです。あなたに名前で呼ばれると、勘違いしてしまいそうになるからです。……だからどうか、私のことを名前で呼んでくださる理由をお教えください」
何物にも染まらないはずの彼の黒い瞳に、小さな赤い炎が映った気がした。私はその熱に浮かされて口を開く。
「っ。わ、わたくしは、ずっとずっと以前からシメオン様のことを心よりお慕いしておりま――」
嬉しそうに微笑む彼は、私が最後まで言い切らない内に抱き寄せると、また熱く深く激しく口づけをした。
再び会えた彼と離れるのは寂しかったが、今の状況を把握するために尋ねることにした。
「あの、シメオン様、今の状況についてですが」
「はい。ですが、その前にアリシア様にお尋ねしたいことがございます」
「な、何でしょう?」
彼にしてはやや強引な尋問気味の姿に気圧される。
「その手首の怪我はどうされたのでしょう。尋問した人間があなたを傷つけたのでしょうか」
「あ……これは」
私は包帯を巻いた自分の手首に触れた。
「お茶会の朝、家でベッドから下りる時に足を滑らせて手首を捻ってしまったのです」
「そうでしたか。どうぞお大事になさってください」
シメオン様をまとっていた空気が柔らかくなる。怒ってくれていたらしい。
「ええ。お気遣いありがとうございます。あの、シメオン様。それで今の状況についてですが」
「はい」
「わたくしは確かにミラディア王女殿下のすぐ側に座っておりましたが、なぜわたくしが捕まることになったのでしょうか」
「毒を入れたのはミラディア王女殿下の侍女、ダリアという女性です。毒入りの瓶を隠し持っていました。彼女はあなたに脅されて毒を盛るように指示されたと証言しました」
「え!? そんな……」
状況が前回と変わっている。やはり私が違う行動を取ったからだろうか。
「彼女とは挨拶程度しか話したことがありません。……わたくしを信じていただけますか?」
「もちろんです」
シメオン様は一瞬の迷いもなく、笑顔で頷いてくれる。
私はほっとして笑顔を返した。
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