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一度目の人生
第11話 ひと時の夢を
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この階の監獄は今、私しかいないのか、あるいはいても少人数なのか、食事の配給以外、話し声や足音はほとんど聞こえない。しかし誰か面会に来てくれたのだろうか。足音が聞こえてきた。食事は先ほど配給されたばかりだから、看守ではないはずだ。
私は鉄格子のほうへと振り返った。
すると――。
「アリシア様!」
鉄格子の向こう側に会いたかった方の姿が見えた。
「……バー、ナード卿?」
「ええ、アリシア様。遅くなって大変申し訳ございません。シメオン・バーナードでございます」
私は立ち上がって足早に近付くと、鉄格子をつかむ。
「バーナード卿! バーナード卿! バーナード卿!」
「アリシア様、お体は――」
「ミラディア王女殿下を殺害しようとしたのは、わたくしじゃない。わたくしじゃないの。信じて! お願い。わたくしじゃないの!」
父に罵られ、殿下に貶され、見捨てられて心が壊されても、私はまだ立っていることができた。しかしバーナード卿は、バーナード卿にまで見放されたら、私は地に崩れ落ちて二度と立ち上がることはできない。彼にだけは自分がそんな人間ではないと主張したい。そんな思いでなりふり構わず取り縋ってしまう。
「わたくしじゃない。わたくしは誓ってそんなことはしないわ!」
「アリシア様、私は――」
「わたくしじゃない! わたくしじゃないの! 信じて。お願い!」
バーナード卿は、彼の言葉も耳に入らないほど取り乱した私の手を包み込んでくれた。
「ええ。もちろんです、アリシア様」
彼の温もりを感じる。
「私はアリシア様を信じております。アリシア様が無実であることは、私には分かっております」
「……本当ですか?」
「ええ」
いつの間にか私は涙を流していたらしい。バーナード卿は私の頬に手を当てて涙を拭ってくれた。
「お怪我はありませんか? お体の調子が悪いところは」
「いいえ。いいえ。大丈夫です」
人としての尊厳を保つ生活はさせてもらえないが、白状させるための暴行は受けていない。
「そうですか。それだけは良かったです。まだ解放して差し上げることはできませんが、ミラディア王女殿下の護衛騎士がアリシア様に不審な行動はなかったと証言しており、そのためアリシア様を犯人と断定はしておらず、現在も調査は続いております」
だから侯爵家の娘である私に暴行を加えることができないでいるのだろうか。一方で、その不確かな立場でありながらこの最下層の牢屋に入れられたのは、有罪率が高いと見られているのか、あるいは誰かの意図によるものなのか。
「私もここへは事情聴取と言う形で入ることを許されました。これから中に入ります。ですので一度この手を離しますね」
バーナード卿は、私を安心させるように微笑を見せると宣言通り手を離す。そして胸元から鍵を取り出すと、牢屋の扉を開けて中に入って来た。
「……あ」
格子越しではないバーナード卿が目の前にいる。
私は心が逸るまま彼の胸に飛び込み、彼もまた私をしっかりと抱き留めてくれた。
どれくらいそうしていただろう。彼の温もりと規則的な心音に落ち着きを取り戻した私は彼からそっと離れた。
「ごめんなさい。わたくし、今とても汚れていたわ。に、臭いだって」
「気になりませんよ。あなたはあなたですから」
バーナード卿は離れた私を再び胸に抱き寄せる。
「わ、わたくしは気になります。お慕いしている方の前ではいつだって綺麗な姿でいたいのですもの」
「……え? お慕い?」
今度はバーナード卿のほうが離れ、私を見つめた。
「あ……」
本当なら一生涯、心の中に収めておくつもりだった。高潔なバーナード卿を私が穢したくなかったから。
「言ってください。あなたに恋い焦がれて止まない哀れな男にひと時の夢を」
「恋、焦がれて? わたくしに?」
「ええ。私はずっと以前よりアリシア様を……愛しております」
「っ……。わ、わたくしも、ずっとずっと以前からバーナード卿のことを心よりお慕いしておりま――」
彼は、私が最後まで言い切らない内に抱き寄せると、熱く深く激しく口づけをした。
私は鉄格子のほうへと振り返った。
すると――。
「アリシア様!」
鉄格子の向こう側に会いたかった方の姿が見えた。
「……バー、ナード卿?」
「ええ、アリシア様。遅くなって大変申し訳ございません。シメオン・バーナードでございます」
私は立ち上がって足早に近付くと、鉄格子をつかむ。
「バーナード卿! バーナード卿! バーナード卿!」
「アリシア様、お体は――」
「ミラディア王女殿下を殺害しようとしたのは、わたくしじゃない。わたくしじゃないの。信じて! お願い。わたくしじゃないの!」
父に罵られ、殿下に貶され、見捨てられて心が壊されても、私はまだ立っていることができた。しかしバーナード卿は、バーナード卿にまで見放されたら、私は地に崩れ落ちて二度と立ち上がることはできない。彼にだけは自分がそんな人間ではないと主張したい。そんな思いでなりふり構わず取り縋ってしまう。
「わたくしじゃない。わたくしは誓ってそんなことはしないわ!」
「アリシア様、私は――」
「わたくしじゃない! わたくしじゃないの! 信じて。お願い!」
バーナード卿は、彼の言葉も耳に入らないほど取り乱した私の手を包み込んでくれた。
「ええ。もちろんです、アリシア様」
彼の温もりを感じる。
「私はアリシア様を信じております。アリシア様が無実であることは、私には分かっております」
「……本当ですか?」
「ええ」
いつの間にか私は涙を流していたらしい。バーナード卿は私の頬に手を当てて涙を拭ってくれた。
「お怪我はありませんか? お体の調子が悪いところは」
「いいえ。いいえ。大丈夫です」
人としての尊厳を保つ生活はさせてもらえないが、白状させるための暴行は受けていない。
「そうですか。それだけは良かったです。まだ解放して差し上げることはできませんが、ミラディア王女殿下の護衛騎士がアリシア様に不審な行動はなかったと証言しており、そのためアリシア様を犯人と断定はしておらず、現在も調査は続いております」
だから侯爵家の娘である私に暴行を加えることができないでいるのだろうか。一方で、その不確かな立場でありながらこの最下層の牢屋に入れられたのは、有罪率が高いと見られているのか、あるいは誰かの意図によるものなのか。
「私もここへは事情聴取と言う形で入ることを許されました。これから中に入ります。ですので一度この手を離しますね」
バーナード卿は、私を安心させるように微笑を見せると宣言通り手を離す。そして胸元から鍵を取り出すと、牢屋の扉を開けて中に入って来た。
「……あ」
格子越しではないバーナード卿が目の前にいる。
私は心が逸るまま彼の胸に飛び込み、彼もまた私をしっかりと抱き留めてくれた。
どれくらいそうしていただろう。彼の温もりと規則的な心音に落ち着きを取り戻した私は彼からそっと離れた。
「ごめんなさい。わたくし、今とても汚れていたわ。に、臭いだって」
「気になりませんよ。あなたはあなたですから」
バーナード卿は離れた私を再び胸に抱き寄せる。
「わ、わたくしは気になります。お慕いしている方の前ではいつだって綺麗な姿でいたいのですもの」
「……え? お慕い?」
今度はバーナード卿のほうが離れ、私を見つめた。
「あ……」
本当なら一生涯、心の中に収めておくつもりだった。高潔なバーナード卿を私が穢したくなかったから。
「言ってください。あなたに恋い焦がれて止まない哀れな男にひと時の夢を」
「恋、焦がれて? わたくしに?」
「ええ。私はずっと以前よりアリシア様を……愛しております」
「っ……。わ、わたくしも、ずっとずっと以前からバーナード卿のことを心よりお慕いしておりま――」
彼は、私が最後まで言い切らない内に抱き寄せると、熱く深く激しく口づけをした。
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