8 / 50
一度目の人生
第8話 この熱が消えぬように
しおりを挟む
「お茶会ですか?」
今日は王宮内の客間で、王太子殿下との面会となる。
私に会いたいわけでもないだろうに、いつもより日にちの間隔が短い。国王陛下にもっと私との時間を取るように言われたのだろうか。
そんなことを考えながら殿下と向かい合った。その後ろにはやはりバーナード卿が控えている。
「ああ。姉上が茶会を開くと言っていた」
殿下が目を伏せてお茶を飲んでいる隙に、私は気まずい思いをしながらバーナード卿に視線を送った。しかし彼は何事もなかったかのように、常時と変わらぬ誠実そうな目で私に目礼するばかりだ。私ばかりあの夜の彼の口づけを意識しているらしい。
私は視線を殿下に戻した。
「君はお茶を淹れるのが上手いらしいな。久々に君が淹れるお茶を飲みたいそうだ。お茶や茶菓子の用意はこちらでする。身一つで来てくれればいい。ああ。それと君の妹、リーチェ嬢も招待したいそうだ」
「ミラディア王女殿下がリーチェもお誘いくださったのですか?」
ミラディア王女殿下がリーチェをお茶会に招待するのは珍しい。
「いや。私の妹のエレーヌが君の妹も招待したいと言ったそうだ。何でもエレーヌが以前、リーチェ嬢と茶会の約束をしていたとか」
そういえば、リーチェはエレーヌ王女殿下からお茶のお誘いを受けたと言っていた。
「そうでしたか」
「ああ。だからリーチェ嬢にも伝えておいてくれ。日時はまた後日知らせよう」
「承知いたしました」
「では用件も伝えたし、私はこれで失礼する。君はゆっくりお茶を楽しんでいけばいい」
大半のお茶を残して立ち上がった殿下は、以前と同じ言葉を放つ。
「いいえ。わたくしももう失礼いたします」
「そうか? ではバーナード、後は頼む」
「承知いたしました」
私は立ち上がって礼を取る。
「殿下、本日はご招待いただき、ありがとうございました」
「ああ」
それだけ言うと殿下は私に振り返りもせず、出て行った。
若い独身男性がいる部屋に妙齢の女性を残して去って行く殿下は、私の評判など気にもかけていないのだろう。今さら彼に期待するところはないが、心の中でため息をついてしまう。
「アリシア様」
「は、はい!」
考え事をしていた私は、バーナード卿に声をかけられて、びくりと肩を揺らす。
過剰に反応してしまった。
「失礼いたしました。馬車までお送りいたします」
「……はい」
彼は二人きりになってもいつもと変わらない。あの日は、やはり私を気遣ってくれただけのことだったのだろう。彼の厚意を好意と受け取ってはいけない。
「お願いいたします」
長い廊下を沈黙で終えた後、私たちは外に出た。
庭にまばらに人がいるのが見えるが、私たちが話したところで周りに聞こえるほどではない。
「バーナード卿」
一歩後ろに控えるバーナード卿に声をかける。あの日のことを謝罪することにしたのだ。
「はい。何でしょう」
答える彼の口調もいつもと変わらぬ温度だ。
「先日は醜態をお見せして誠に申し訳ございませんでした」
「いいえ」
「お恥ずかしい限りでございます。あの夜のことはどうかお忘れください」
彼からの返答はない。了承したということだろう。またそのまま馬車まで無言の時間が続いた。そして馬車の前までやって来たところで私は振り返った。
「お見送りいただき、ありがとうございました」
「いいえ。お手をどうぞ」
「ありがとうございます」
彼の手をそっと取って階段を上ろうとした。しかし指先を握られて動きを止められる。
「バーナード卿?」
「アリシア様はお忘れになっても構いません。ですが私は忘れません」
「え……?」
「どうぞお気をつけてお帰りください」
バーナード卿は微笑すると私の手を離した。
私は馬車の中で、バーナード卿が握った指先の熱が消えないようにと、自分の手を包み込んだ。
今日は王宮内の客間で、王太子殿下との面会となる。
私に会いたいわけでもないだろうに、いつもより日にちの間隔が短い。国王陛下にもっと私との時間を取るように言われたのだろうか。
そんなことを考えながら殿下と向かい合った。その後ろにはやはりバーナード卿が控えている。
「ああ。姉上が茶会を開くと言っていた」
殿下が目を伏せてお茶を飲んでいる隙に、私は気まずい思いをしながらバーナード卿に視線を送った。しかし彼は何事もなかったかのように、常時と変わらぬ誠実そうな目で私に目礼するばかりだ。私ばかりあの夜の彼の口づけを意識しているらしい。
私は視線を殿下に戻した。
「君はお茶を淹れるのが上手いらしいな。久々に君が淹れるお茶を飲みたいそうだ。お茶や茶菓子の用意はこちらでする。身一つで来てくれればいい。ああ。それと君の妹、リーチェ嬢も招待したいそうだ」
「ミラディア王女殿下がリーチェもお誘いくださったのですか?」
ミラディア王女殿下がリーチェをお茶会に招待するのは珍しい。
「いや。私の妹のエレーヌが君の妹も招待したいと言ったそうだ。何でもエレーヌが以前、リーチェ嬢と茶会の約束をしていたとか」
そういえば、リーチェはエレーヌ王女殿下からお茶のお誘いを受けたと言っていた。
「そうでしたか」
「ああ。だからリーチェ嬢にも伝えておいてくれ。日時はまた後日知らせよう」
「承知いたしました」
「では用件も伝えたし、私はこれで失礼する。君はゆっくりお茶を楽しんでいけばいい」
大半のお茶を残して立ち上がった殿下は、以前と同じ言葉を放つ。
「いいえ。わたくしももう失礼いたします」
「そうか? ではバーナード、後は頼む」
「承知いたしました」
私は立ち上がって礼を取る。
「殿下、本日はご招待いただき、ありがとうございました」
「ああ」
それだけ言うと殿下は私に振り返りもせず、出て行った。
若い独身男性がいる部屋に妙齢の女性を残して去って行く殿下は、私の評判など気にもかけていないのだろう。今さら彼に期待するところはないが、心の中でため息をついてしまう。
「アリシア様」
「は、はい!」
考え事をしていた私は、バーナード卿に声をかけられて、びくりと肩を揺らす。
過剰に反応してしまった。
「失礼いたしました。馬車までお送りいたします」
「……はい」
彼は二人きりになってもいつもと変わらない。あの日は、やはり私を気遣ってくれただけのことだったのだろう。彼の厚意を好意と受け取ってはいけない。
「お願いいたします」
長い廊下を沈黙で終えた後、私たちは外に出た。
庭にまばらに人がいるのが見えるが、私たちが話したところで周りに聞こえるほどではない。
「バーナード卿」
一歩後ろに控えるバーナード卿に声をかける。あの日のことを謝罪することにしたのだ。
「はい。何でしょう」
答える彼の口調もいつもと変わらぬ温度だ。
「先日は醜態をお見せして誠に申し訳ございませんでした」
「いいえ」
「お恥ずかしい限りでございます。あの夜のことはどうかお忘れください」
彼からの返答はない。了承したということだろう。またそのまま馬車まで無言の時間が続いた。そして馬車の前までやって来たところで私は振り返った。
「お見送りいただき、ありがとうございました」
「いいえ。お手をどうぞ」
「ありがとうございます」
彼の手をそっと取って階段を上ろうとした。しかし指先を握られて動きを止められる。
「バーナード卿?」
「アリシア様はお忘れになっても構いません。ですが私は忘れません」
「え……?」
「どうぞお気をつけてお帰りください」
バーナード卿は微笑すると私の手を離した。
私は馬車の中で、バーナード卿が握った指先の熱が消えないようにと、自分の手を包み込んだ。
117
お気に入りに追加
790
あなたにおすすめの小説
【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。
るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」
色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。
……ほんとに屑だわ。
結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。
彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。
彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
氷麗の騎士は私にだけ甘く微笑む
矢口愛留
恋愛
ミアの婚約者ウィリアムは、これまで常に冷たい態度を取っていた。
しかし、ある日突然、ウィリアムはミアに対する態度をがらりと変え、熱烈に愛情を伝えてくるようになった。
彼は、ミアが呪いで目を覚まさなくなってしまう三年後の未来からタイムリープしてきたのである。
ウィリアムは、ミアへの想いが伝わらずすれ違ってしまったことを後悔して、今回の人生ではミアを全力で愛し、守ることを誓った。
最初は不気味がっていたミアも、徐々にウィリアムに好意を抱き始める。
また、ミアには大きな秘密があった。
逆行前には発現しなかったが、ミアには聖女としての能力が秘められていたのだ。
ウィリアムと仲を深めるにつれて、ミアの能力は開花していく。
そして二人は、次第に逆行前の未来で起きた事件の真相、そして隠されていた過去の秘密に近付いていき――。
*カクヨム、小説家になろう、Nolaノベルにも掲載しています。
悪役令嬢、猛省中!!
***あかしえ
恋愛
「君との婚約は破棄させてもらう!」
――この国の王妃となるべく、幼少の頃から悪事に悪事を重ねてきた公爵令嬢ミーシャは、狂おしいまでに愛していた己の婚約者である第二王子に、全ての罪を暴かれ断頭台へと送られてしまう。
処刑される寸前――己の前世とこの世界が少女漫画の世界であることを思い出すが、全ては遅すぎた。
今度生まれ変わるなら、ミーシャ以外のなにかがいい……と思っていたのに、気付いたら幼少期へと時間が巻き戻っていた!?
己の罪を悔い、今度こそ善行を積み、彼らとは関わらず静かにひっそりと生きていこうと決意を新たにしていた彼女の下に現れたのは……?!
襲い来るかもしれないシナリオの強制力、叶わない恋、
誰からも愛されるあの子に対する狂い出しそうな程の憎しみへの恐怖、
誰にもきっと分からない……でも、これの全ては自業自得。
今度こそ、私は私が傷つけてきた全ての人々を…………救うために頑張ります!
貴方が側妃を望んだのです
cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。
「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。
誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。
※2022年6月12日。一部書き足しました。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
史実などに基づいたものではない事をご理解ください。
※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。
表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。
※更新していくうえでタグは幾つか増えます。
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
【完結】もう誰にも恋なんてしないと誓った
Mimi
恋愛
声を出すこともなく、ふたりを見つめていた。
わたしにとって、恋人と親友だったふたりだ。
今日まで身近だったふたりは。
今日から一番遠いふたりになった。
*****
伯爵家の後継者シンシアは、友人アイリスから交際相手としてお薦めだと、幼馴染みの侯爵令息キャメロンを紹介された。
徐々に親しくなっていくシンシアとキャメロンに婚約の話がまとまり掛ける。
シンシアの誕生日の婚約披露パーティーが近付いた夏休み前のある日、シンシアは急ぐキャメロンを見掛けて彼の後を追い、そして見てしまった。
お互いにただの幼馴染みだと口にしていた恋人と親友の口づけを……
* 無自覚の上から目線
* 幼馴染みという特別感
* 失くしてからの後悔
幼馴染みカップルの当て馬にされてしまった伯爵令嬢、してしまった親友視点のお話です。
中盤は略奪した親友側の視点が続きますが、当て馬令嬢がヒロインです。
本編完結後に、力量不足故の幕間を書き加えており、最終話と重複しています。
ご了承下さいませ。
他サイトにも公開中です
(完)貴女は私の全てを奪う妹のふりをする他人ですよね?
青空一夏
恋愛
公爵令嬢の私は婚約者の王太子殿下と優しい家族に、気の合う親友に囲まれ充実した生活を送っていた。それは完璧なバランスがとれた幸せな世界。
けれど、それは一人の女のせいで歪んだ世界になっていくのだった。なぜ私がこんな思いをしなければならないの?
中世ヨーロッパ風異世界。魔道具使用により現代文明のような便利さが普通仕様になっている異世界です。
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる