上 下
4 / 50
一度目の人生

第4話 晩餐会へ

しおりを挟む
「お母様、どう? おかしくないかしら?」

 晩餐会へ行く準備の整ったリーチェは、私と義母の前でくるりと優雅に舞って見せた。

「おかしいだなんて! あまりの美しさに晩餐会では皆の視線があなたにくぎ付けになるに違いないわ!」
「やだ、お母様ったら。本日の主役はエレーヌ王女殿下よ」
「ほほ。そうね。だけど、親の欲目は別にしてもあなたが一番だと思うわ」
「ふふ、ありがとう。お母様!」

 妹と義母は嬉しそうに抱き合う。
 父は赤みがかった栗色の髪で、義母もまた明るい茶髪だが、義母は若かりし頃はおそらく金髪だったのだろう。その髪色を引き継いだ妹は、現在社交界で流行中の大人っぽい髪型に結い上げているが、目がくっきり大きく、ぽってりと甘そうな唇で庇護欲を感じさせ、愛らしさを消しきれていない。その彼女の胸元には自分と同じ碧色の貴石を身に付けている。
 初めて見る豪華な装飾品だ。すると私の視線に気付いたリーチェが微笑んだ。

「あ、お姉様。これ、素敵でしょう。お父様に買っていただいたの。お姉様が王室に入るトラヴィス侯爵家も王族と同等の品格を保たなければならないということで、王室から支度金をご用意してくださったそうですよ」
「そう」
「お姉様は買っていただかなかったの?」
「ええ」
「あら、お姉様もお父様にお願いすれば良かったのに。もしかしてお父様にお願いしても買っていただけなかったの? そんなのお姉様、お可哀想だわ」

 リーチェは胸の前で手を組んで可愛く眉尻を下げた。

「あなたは優しい子ね。でもリーチェ。あなたが気にすることはないのよ。これまでアリシアには十分お金をかけているもの。それにまだ婚約者がいないあなたは、この晩餐会で良い方に見初めていただくためにも綺麗に着飾らなくてはね」
「ええ! とても高貴な方に好感を抱かれるように頑張るわ」

 私は黙って二人のやり取りを見守っていると、父が焦った様子で部屋にやって来た。

「おい! 二人とも準備はいいのか? ならば早く来なさい。王太子殿下とバーナード卿がわざわざお迎えに足を運んでくださったのだぞ」
「何ですって! 王太子殿下が我が屋敷にわざわざ!? 早くご挨拶に参りましょう!」

 義母が慌ててリーチェを促し、私もまた客間へと急いだ。


「大変お待たせいたしました」

 王太子殿下らの前に立った私たちはまず謝罪の言葉から入り、続いて丁重に礼を取った。

「王太子殿下、誠に申し訳ございません」
「女性は準備に時間がかかるものだ。気にしなくていい」

 父が改めて謝罪したところ、王太子殿下は人の好さそうな笑顔を作る。

「お迎えいただき、誠に恐縮にございます」

 私も続いて殿下に挨拶をした。

「いや。いち早く着飾ったドレス姿が見たかったからだ」
「……光栄に存じます」

 言葉と行動が裏腹だ。王太子殿下はすぐに私から興味を失い、視線をリーチェに移す。

「リーチェ嬢だったな」
「はい。名を知っていただけて光栄にございます!」
「ふむ。妹君も美しいな。晩餐会で大勢の男からダンスの申し込みがあることだろう。美人姉妹に加え、隣国へ留学中の優秀な弟君もいるトラヴィス侯爵家は安泰だな」
「いやはや、滅相もございません」

 父を含めた三人と王太子殿下が談笑を始めたので、私はバーナード卿に視線を移した。

「ごきげんよう、バーナード卿」
「……こんばんは」

 騎士の服を脱いで濃紺でまとめた彼の正装は、王太子殿下と比べてはるかに控えめだったものの、その気品ある姿に目を奪われた。凛々しい騎士の姿ももちろん似合っているが、こうした正装姿になるとさすがに上流階級の貴族の風格がある。
 互いに最初の挨拶から黙り込んだままだったが、いち早く正気を取り戻した私は先に会話を続ける。

「本日は妹をよろしくお願いいたします」
「はい。承知いたしました。ご自宅まで無事にお帰りいただけるよう、お守りすることをお約束いたします」

 装いは貴族のそれでも言葉だけは騎士然としていて、私は少し笑ってしまった。

 馬車は二台で来たそうで、私と妹は別々の馬車に乗ることになった。
 もちろん私と同乗するのは王太子殿下だ。先ほどまでの愛想の良さを落として、興味なさげに窓の外の景色を眺めている。
 黙り込んだままでも良かったが、私は話しかけることにした。

「本日はわざわざご足労いただき、改めて感謝申し上げます。誠にありがとうございます」

 私の言葉に殿下はようやく私の顔を見た。

「いや。バーナードがリーチェ嬢を迎えに行くと言ったから、私もそうしただけだ」
「そうですか」
「――ああ、そうだ。今日はエレーヌが主役とは言え、貴族らがひっきりなしに私たちに挨拶に来るだろうが、君とはまだ婚約段階に過ぎないから私に付き添わなくていい」

 まず陛下からのご挨拶の後、晩餐会が始まる。その後、ダンスパーティーが開かれ、それと共にエレーヌ王女殿下を初めとする王族方に挨拶する時間が設けられるそうだ。

「会場では私の婚約者としての品位を落とさない限り、好きにすればいい。ダンス一曲ぐらいの時間は取ろう」
「……かしこまりました」

 その後、会話が途切れ、馬車の中はまた静けさを取り戻す。次に殿下が話したのは、到着した時だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~

塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます! 2.23完結しました! ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。 相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。 ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。 幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。 好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。 そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。 それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……? 妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話 切なめ恋愛ファンタジー

君を愛す気はない?どうぞご自由に!あなたがいない場所へ行きます。

みみぢあん
恋愛
貧乏なタムワース男爵家令嬢のマリエルは、初恋の騎士セイン・ガルフェルト侯爵の部下、ギリス・モリダールと結婚し初夜を迎えようとするが… 夫ギリスの暴言に耐えられず、マリエルは神殿へ逃げこんだ。 マリエルは身分違いで告白をできなくても、セインを愛する自分が、他の男性と結婚するのは間違いだと、自立への道をあゆもうとする。 そんなマリエルをセインは心配し… マリエルは愛するセインの優しさに苦悩する。 ※ざまぁ系メインのお話ではありません、ご注意を😓

ほらやっぱり、結局貴方は彼女を好きになるんでしょう?

望月 或
恋愛
ベラトリクス侯爵家のセイフィーラと、ライオロック王国の第一王子であるユークリットは婚約者同士だ。二人は周りが羨むほどの相思相愛な仲で、通っている学園で日々仲睦まじく過ごしていた。 ある日、セイフィーラは落馬をし、その衝撃で《前世》の記憶を取り戻す。ここはゲームの中の世界で、自分は“悪役令嬢”だということを。 転入生のヒロインにユークリットが一目惚れをしてしまい、セイフィーラは二人の仲に嫉妬してヒロインを虐め、最後は『婚約破棄』をされ修道院に送られる運命であることを―― そのことをユークリットに告げると、「絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ」と真剣に言ってくれたのだが……。 その日の朝礼後、ゲームの展開通り、ヒロインのリルカが転入してくる。 ――そして、セイフィーラは見てしまった。 目を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめているユークリットの顔を―― ※作者独自の世界設定です。ゆるめなので、突っ込みは心の中でお手柔らかに願います……。 ※たまに第三者視点が入ります。(タイトルに記載)

悪役令嬢シルベチカの献身

salt
恋愛
 この物語は、気が付かなかった王太子と、ただひたすらに献身を捧げた公爵令嬢の物語。  王太子、ユリウス・アラウンド・ランフォールドは1年前、下級貴族の子爵令嬢に非道な行いをしたとして、悪役令嬢シルベチカ・ミオソティス・マスティアートに婚約破棄を言い渡し、国外追放の刑を受けた彼女を見送った。  1年後、新たな婚約者となった子爵令嬢の不調をきっかけに、王太子は真実を知る。  何も気が付かなかった王太子が  誰が被害者で、  誰が加害者で、  誰が犠牲者だったのかを知る話。  悲恋でメリバで切なくてしんどいだけ。  “誰も悪くない”からこそ“誰も救われない”  たったひとつ、決められた希望を求めた結果、救いがない物語。  かなり人を選ぶ話なので、色々と許せる方向け。 *なろう、pixivに掲載していたものを再掲載しています。  既に完結済みの作品です。 *10の編成からなる群像劇です。  1日に1視点公開予定です。

【完結】双子の伯爵令嬢とその許婚たちの物語

ひかり芽衣
恋愛
伯爵令嬢のリリカとキャサリンは二卵性双生児。生まれつき病弱でどんどん母似の美女へ成長するキャサリンを母は溺愛し、そんな母に父は何も言えない……。そんな家庭で育った父似のリリカは、とにかく自分に自信がない。幼い頃からの許婚である伯爵家長男ウィリアムが心の支えだ。しかしある日、ウィリアムに許婚の話をなかったことにして欲しいと言われ…… リリカとキャサリン、ウィリアム、キャサリンの許婚である公爵家次男のスターリン……彼らの物語を一緒に見守って下さると嬉しいです。 ⭐︎2023.4.24完結⭐︎ ※2024.2.8~追加・修正作業のため、2話以降を一旦非公開にしていました。  →2024.3.4再投稿。大幅に追加&修正をしたので、もしよければ読んでみて下さい(^^)

もう尽くして耐えるのは辞めます!!

月居 結深
恋愛
 国のために決められた婚約者。私は彼のことが好きだったけど、彼が恋したのは第二皇女殿下。振り向いて欲しくて努力したけど、無駄だったみたい。  婚約者に蔑ろにされて、それを令嬢達に蔑まれて。もう耐えられない。私は我慢してきた。国のため、身を粉にしてきた。  こんなにも報われないのなら、自由になってもいいでしょう?  小説家になろうの方でも公開しています。 2024/08/27  なろうと合わせるために、ちょこちょこいじりました。大筋は変わっていません。

【完結】不誠実な旦那様、目が覚めたのでさよならです。

完菜
恋愛
 王都の端にある森の中に、ひっそりと誰かから隠れるようにしてログハウスが建っていた。 そこには素朴な雰囲気を持つ女性リリーと、金髪で天使のように愛らしい子供、そして中年の女性の三人が暮らしている。この三人どうやら訳ありだ。  ある日リリーは、ケガをした男性を森で見つける。本当は困るのだが、見捨てることもできずに手当をするために自分の家に連れて行くことに……。  その日を境に、何も変わらない日常に少しの変化が生まれる。その森で暮らしていたリリーには、大好きな人から言われる「愛している」という言葉が全てだった。  しかし、あることがきっかけで一瞬にしてその言葉が恐ろしいものに変わってしまう。人を愛するって何なのか? 愛されるって何なのか? リリーが紆余曲折を経て辿り着く愛の形。(全50話)

【完結】伯爵の愛は狂い咲く

白雨 音
恋愛
十八歳になったアリシアは、兄の友人男爵子息のエリックに告白され、婚約した。 実家の商家を手伝い、友人にも恵まれ、アリシアの人生は充実し、順風満帆だった。 だが、町のカーニバルの夜、それを脅かす出来事が起こった。 仮面の男が「見つけた、エリーズ!」と、アリシアに熱く口付けたのだ! そこから、アリシアの運命の歯車は狂い始めていく。 両親からエリックとの婚約を解消し、年の離れた伯爵に嫁ぐ様に勧められてしまう。 「結婚は愛した人とします!」と抗うアリシアだが、運命は彼女を嘲笑い、 その渦に巻き込んでいくのだった… アリシアを恋人の生まれ変わりと信じる伯爵の執愛。 異世界恋愛、短編:本編(アリシア視点)前日譚(ユーグ視点) 《完結しました》

処理中です...