放課後高速騎兵隊クラブ

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二〇. 沖田

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 2020年1月、声高らかに、沖田総理は、馬社会スタートを宣言した。既に、多くののハリウッドスターを巻き込んで、実質的に馬社会をスタートさせてしまった。日本は世界中から注目を浴びていた。日本のCO2削減宣言に対して、領土問題でイニシャチブを取ろうとした中国、韓国、ロシアは、逆に窮地に立たされることが明確に成りつつあった。貿易でイニシャチブを握ろうとしたアメリカを中心とするTPP加盟国も1年後の日本の攻勢に肝を冷やしはじめていた。また、日本で馬社会など絶対不可能と考えていたアラブ諸国も原油の値下げに踏み切るしかなかった。
 沖田にとって、国際的にはあの国連でのちゃぶ台返しの屈辱を晴らせるという自信はでてきたが、内政では様々な問題が発生し、苦難を強いられた。
 2020年で終わってしまう馬社会と2021年から再開する車社会を巡っての利権争い。沖田の高い志とは、反対にビジネスチャンスと捉えようとする多くの人々とのせめぎあいがあった。沖田は、それも人心と知りながら、見て見ぬ振りをしている部分もあった。それは、沖田だけが、本気でCO2削減を考えていたからであった。

 あの悪夢の2016年国連の中で、たった1国だけ沈黙を保ち続けた国があった。それは、国連開催国ドイツの隣国フランスであった。
フランスは、先進国の中で唯一原子力発電を推進している国であった。沖田は、東日本大震災後、原発稼働を巡って執拗に関西電力を責めに攻めた。それは、沖田が原子力発電に反対しているからというわけではなかった。国策の中で、にっちもさっちもいかなくなった原発の利権構造がゆえに坂道を転がり落ちるように安全を取り除きながら、利益優先に傾いていたからであった。それは、電力会社や政治家だけを責められるものではなかった。
エコノミックアニマルとして安い値段で電気を使いたい放題に使ってきた日本人に警鐘を鳴らす必要があったからである。 
沖田は、実は大阪市長になる前の大阪府知事の時代から、エネルギー問題に真剣に取り組んでいた。原発の世界で日本は危険な方向へ向かっていると痛切に感じていた。
そこで、原発先進国のフランスの放射線防護・原子力安全研究所が存在するオー=ド=セーヌ県クラマールと姉妹提携し、関西電力の株主として、フランスへ関電からの技術者派遣を推進していた。
 沖田は、原発から逃げるのではなく、安全な原発を構築するべきだと考えていた。それは、少なくとも大災害が発生した時に、原発だけが突出して後遺症を残すような無様な安全であってはならないと思っていた。そんな沖田をもってしても、放射性廃棄物の処理問題については、最後まで頭を悩ませた。
沖田の頭の中で、放射性廃棄物は、最終的に元々放射能で溢れている宇宙へ放出するべきだと考えていた。しかし、現実的には膨大な費用と放出する時のリスクを考えると、現時点では到底できないこともわかっていた。
例えば、スペースシャトルでも、100回に2回位は失敗するという確率なのである。しかも僅かな量ずつしか運べないのに、万が一でもそれで失敗すれば、その損害はスリーマイル、チェルノブイリや福島の比ではなかった。現段階では、少なくとも人里離れたところの地下奥深くに埋蔵するしかなかった。
 しかし、それも1000年というスパンで考えると、リスクは拭いきれなかった。
 1990年代に入って宇宙へ放射性廃棄物を放出する手段として、軌道エレベーターという技術が俄に現実味を帯び始めた。軌道エレベーターは、宇宙エレベーターとも呼ばれ、簡単に説明すると宇宙まで行けるエレベーターのことであった。

「えーっ、そんなことをしても、エレベーターの始点と終点を結んでいるワイヤーは、地球の重力や事故で簡単にぶっちぎれるだけじゃないのか。だいたい、3万キロ以上の紐をどうやって作るんだ」と、正直、沖田も最初にこの話を聞いた時、夢物語だと思った。
 軌道エレベーターというのは、地上から静止衛星軌道以上まで延びる構造物(塔、レール、ケーブルなど)なので、その構造物に沿って運搬機が上下することによって宇宙と地球の間で物資を輸送できる。
 「静止衛星軌道については、高校時代に物理で聞いたことがあるぞ。そもそも、既に地球を周回している人工衛星は滅茶苦茶たくさんある。それらは人工衛星が地表に並行してある一定の上空の高さに応じてある一定のスピードで飛び続けると、人工衛星が重力に引っ張られる力と人工衛星が地球の外に飛び出そうとする遠心力が釣り合って、その高さをキープし続けることができるという理屈で、地球の周回軌道を飛び続けているという。
それらの人工衛星の中でも、赤道付近の上空で、ある一定の高さを丁度24時間かけて地球を1周する人工衛星であれば、その人工衛星の真下は、常に一定の地球の地理的ポジションをキープし続けるので、そのポジションから見た人工衛星は、あたかも止まっているかのように見えるという理屈だったはずだ。
地球が自転している中心線の地軸と、赤道面は垂直でないので、厳密にいうと、静止衛星軌道が赤道上空という表現は間違いであるが、この際、それは無視して考えよう。
しかし、その静止衛星軌道というのは、いったいどれくらい地球から離れているんだろう。
静止衛星軌道の高度を調べてみると3万6千kmもあることがわかったぞ。地球の直径の3倍くらいじゃないか。なんか例えが悪いかもしれないが、地面に穴を掘って、ブラジルでも行くルートを作る方が、余っ程簡単じゃないのか」とさえ、沖田には思えた。

「しかし、本当に地球の重力や遠心力に耐えられるだけのロープを作ることができるのであれば、動力を直接ケーブル等に伝えることで、噴射剤の反動を利用するロケットよりも、安全かつ遥かに低コストで宇宙に物資を送ることができる」ということも、なんとなく頭の中では理解できた。
沖田が最初に感じた通り、かつては軌道エレベーターを建設するために必要な強度を持つ素材が存在しなかったため、軌道エレベーターはSF作品などの中で描かれる概念的な存在でしかなかった。その後、理論的には必要な強度を持つものとしてグラファイト・ウィスカー(針状の炭素)などという物質が発見された。さらに、1990年代に日本の科学者によって、重力に逆らって数万キロの長さに耐えうるカーボンナノチューブが発見されて、日夜その研究が進められ、既に携帯電話の充電池の一部に使われるようになっていることがわかった。
ただし、まだ工業的にそのカーボンナノチューブとやらの長いチューブを作り出すことは、研究の域で、そこが最大の技術的難関であるらしいことがわかった。他の素材の研究も同時進行で進んでいるらしい。
沖田にとっては、人類の科学進歩のスピードからして、とてつもなく長くて強いケーブルを作ることに対して王手がかかっているように思えた。
「この技術を確立した人間は、確実にノーベル賞だな」
「なんせ、静止衛星軌道での無重力空間で、太陽光パネルをつくることは容易い。原材料を重力の壁を超えて地球から運ぶ必要はない」
「原料や資材は、ほぼ無重力空間を通して、月や小惑星から運べばよい。組立も、ほとんど重機に頼らず、人が少し押せば、簡単に動かす作業で太陽光発電パネル群ができてしまう。宇宙空間で、できた電気はマイクロ波で地上へ送ればよい」
「もう、人類からエネルギー問題や温暖化問題はなくなってしまう。太陽光をフルに利用できるなら、この世の中から飢餓はなくなるだろう。貧困の基準は変わるはずだ。それでも、人は利害で争うのだろうか。それとも、次の未来を目指すのだろうか?木星くらいまでは、太陽の恩恵で行き来できるようになるだろう。それ以上、遠くへ行くためには、量子エネルギーしかないだろうな」
「また、とりとめもないことを考えてしまったな。そんな世の中になるまで、オレは生きてるはずもないのに」

「とにかく、今かかえている原子力の問題は、一時的な問題にしかすぎないことは確かで、軌道エレベーターができれば、ちっぽけな問題になっちまうだろう。それよりも、そんなことで量子エネルギーの科学研究がストップしてしまうことほど、愚かなことはないんじゃないのか。何千年に1度の比較的大きな災害より、数十、数百万年に1度発生する人類滅亡の方がよっぽど恐ろしい。そんなイベントを阻止できるのが量子エネルギーなのだが。狭い視野で、原子力を否定する人間がどれだけ、たくさんいることか」

「とにかく、たった1年の馬社会の後、一時的な原子力社会でつないで、軌道エレベーター社会を作らねばならない。軌道エレベーターには強靭なチューブが必要であることは確かだ」
「その長いチューブのケーブルができたとして、ケーブルの張り方は、静止衛星軌道上の人工衛星を、重心として静止軌道上に留めたまま地上に達するまで縦長にケーブルを引き伸ばし、それを伝って昇降することで、地上と宇宙空間を往復するのを想像すれば良いはずだ。しかし、細いケーブルでも3万6千キロは、あまりにも重すぎる」
「その際、全体の遠心力が重力と釣り合うように、地球の反対側にもケーブルを伸ばしたり、そのケーブルの末端に十分な質量を持つアンカー(いかり)を設けたりしなくちゃならない。計算上、ケーブルの全長は約10万kmは必要なはずだ。最低でも下端(地上)、静止軌道、上端の三ヵ所に発着拠点を作らなあかん。しかし、上端の移動速度はその高度における地球重力からの脱出速度を上回っているため、燃料なしでも地球周回軌道から脱して惑星間航行に飛び出すこともできるらしいし」
「エレベーターとは言われているけど、ケーブルを介して籠を動かすのではなく固定された軌道を伝って籠が上下に移動するらしい。ケーブルは下に行くほど重力が強まり遠心力が弱まる一方、上に行くほど重力が弱まり遠心力が強まる。だから、ケーブルのどの点においても張力がかかってしまう。その張力の大きさは、その点の構造物に働く重力と遠心力の絶対値の差になるはずだ」
「移動時間は、今の技術では、時速200kmで籠が移動するとして、往復2週間程度らしい」
「地上側の発着拠点(アース・ポート)は、一般に言われるように赤道上にしか建設できないわけではないが、赤道上であればケーブルにかかる張力を小さくできるので最適なんだがなあ。緯度が上がるほどケーブルにかかる張力が大きくなって、また赤道以外ではケーブルが地面に対して垂直にはならないから、赤道から極端に離れた場所に建設するのは相当難しくなるらしい。2004年に開かれた軌道エレベーター建設に関する国際会議では、アース・ポートは赤道から南北それぞれ35度以内に建設すべきであることが示されたんだとか。建設地点としての適性を赤道で100%とすれば、35度で50%となり、そこから先は急速に減少するから日本ではムリだろうな。ただし、これは緯度だけを問題にした場合であり、それ以外にも、自然保護、気象条件や周辺地域の政治的安定性など考慮すべきことがたくさんある。ケーブルの振動や熱による伸縮への対策、低軌道の人工衛星や大きなスペースデブリ(宇宙のゴミくずみたいなもんらしい)との衝突の回避などのために、アース・ポートは地上に固定するのではなく海上を移動可能なメガフロートにする等の工夫が必要だとか。地球の重力場は完全に均一ではないため、赤道上に作るなら西経90度(ガラパゴス諸島付近)および東経73度(モルディブ付近)が最も安定しているとか。ブラッドリー・C・エドワーズという人を中心にいくつかの建設候補地を挙げている。その中でも東太平洋の赤道付近とインド洋のオーストラリア西方沖が最適らしい」
「1基の軌道エレベーターを作るのに、2兆円~10兆円くらいかかるらしい。例えば、アメリカだったら1国だけの国家予算で構築可能な数字かもしれない。それでも、リスクも大きく、今のアメリカじゃ政治的問題を孕んでいるために、簡単にできないし、アメリカ国民もきっと納得しないだろうな。
ただ、世界中の軍事費、様々な研究開発費、何十年にもわたる新交通システムの開発等と比較すると、軌道エレベーターのコストパフォーマンスははるかに高く、無限のポテンシャルを秘めている。人類を新たなステージに導く一歩となる。
現在、アメリカ、日本、ヨーロッパが協力して運営している国際宇宙ステーション(ISS)は寿命を迎えようとしている。次に、必要な国際プロジェクトは、軌道エレベーターであることに気づいている国や人は徐々に増えつつあるんだがな。
今度は、中国やインドも巻き込んだプロジェクトにすれば、国際紛争もかなり緩和されるという2次的メリットもある。
国際プロジェクトのもと軌道エレベーターが1基できてしまえば、そのビジネスモデルは進化を遂げながら複数のエレベーターがローコストで作られていく。最終的には、赤道上に等間隔で、軌道エレベーターを構築して静止軌道衛星を繋ぐことにより、軌道エレベーターでの障害によるリスクも回避できるようになる。
オレが国連でちゃぶ台をひっくり返したのは、たかが日本のためにやったことではなく、世界を1つにして人類の次世代に向けたベースを作って見せてやるという途方もない理想論を持っていたからなんだ」

 「2020年馬社会法案とは、全くかけ離れた話だが、日本が馬社会でCO2削減目標を実現することにより、日本がイニシャチブをとって、世界中の協力をとりつけ、エネルギー問題とCO2削減問題の解決を一気に図ろうと、オレは目論んだ。
 馬社会を実現しながら、原発を推進するオレに、近づいてくる国々も増え始めてきた。彼らは、当初、1年後自国の国益を失わないようにという思惑でオレに近づいてきたが、次第にオレの理想論に感化されるようになっていくのが手に取るようにわかった。そして、オレの考えは徐々に世界中に広まっていった。しかし、それが面白くないのが石油や天然ガスなどの原産国だ。やつらは、日本で原発反対の世論操作による内部混乱を引き起こしたり、日本の領土野望説などをばらまいたりして、外交上の離間の策までしかけてきやがった」
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