11 / 27
一一. 国体
しおりを挟む
4月、真悟たち3年生の5人にとっては最後の春がやってきた。船木の弟を含めて2年生は3人であったが、乗馬クラブには、11人の新入生も入ってきていた。しかも、まだまだ増えそうな状況だった。
理由は、明白だった。わずかこの2年の間に、日本の馬の数は1千万頭を超えていた。馬産業のさかんな栗東市は1万頭の馬を受入れ、2020年限定馬社会に先立ち、いち早く独自の条例までも作り上げ、馬優先道路なるものを構築し始めていた。小学校や中学校でも馬を受け入れ、2週間に1回ではあるが特別講師を招いて乗馬の授業を行うという熱の入れようであった。
森永厩舎も、市からの要請で100頭を超える馬を受け入れていた。場所は、市が提供してくれているとはいえ、乗馬を教え、馬を育成できるスタッフが不足していた。
しかし、2017年末あたりから、外務省による施策が実を結び、国家という枠組みを越えて姉妹提携都市であるミシガン州のバーミンガムから乗馬愛好家たちがこの栗東市にも大勢やってきていた。特に、栗東市は2020年限定馬社会が終わっても、乗馬都市として、馬を愛玩動物としてだけでなく、交通手段や農耕にも使っていくという宣言をしており、長期に渡る馬関連事業に従事する外国人の受け入れを推進していった。
真悟は、アルバイトもやめて、とにかく乗馬と勉強に打ち込んだ。夏休み前には、乗馬クラブの部員数は33人に達していた。これだけ、馬の数が増えて乗馬人口が増えれば、関西といえども地方の乗馬大会で1位を取れない種目もあった。しかし、総合力からすると栗東中学乗馬クラブが関西ではダントツだった。
中学最後の夏、「全日本ジュニア総合馬術大会」はなく、国民体育大会すなわち国体に統合される形で行われた。2018年の国体は、ともちゃんのいる北海道で行われた。
そして、真悟はジュニアの部の障害で準優勝を飾った。チーム団体では、7位に入った。無論、本人にとっては、悔しくて悔しくて、仲間と共に涙した。
そして、団体で一番高い表彰台には、なんとともちゃんが立つていた。優勝したのは、ともちゃんが所属する帯広乗馬クラブだった。
満面の笑顔を浮かべ喜ぶともちゃんたちにメダルがかけられ、セレモニーが終わり、全員表彰台を降りようとした瞬間、どこかで聞いたことのある声のアナウンスが始まった。
「ここにいる、乗馬にかかわる皆さんに話というよりお願いがあります」
それは、紛れも無く、真悟の父親の声であった。
「みなさんは、マスコミの報道などで、聞いたことがあるかとは思うのですが、日本は、ある意味で第2次世界大戦以来の危機を迎えようとしています。2020年に、CO2の排出量を1990年比で25%も削減しなければ、日本は尖閣諸島をとられ、竹島、北方領土は完全放棄し、農業を初め全ての貿易において関税を撤廃しなければならなくなります。
これを、防ぐために、日本政府は、2020年期間限定で、車社会を捨て、馬社会に転換するという決断をくだしたのです。
日本政府は、もうすでに国立公園をはじめ、自然公園という自然公園で、自動車関連会社に命じて馬の育成を進めています。しかし、馬たちを市民生活へ根付かせるためには、たくさんの馬の飼い慣らしや知識に長けた人材が必要なのです。
賢明なみなさんは、もうお気づきだと思いますが、どうしてもここにいるあなたたちの力が必要なのです。
2020年は、オリンピックイヤーにあたりますが、この国難を乗り切るためにどうか皆さんの力をお貸しください。
私は、しがないリストラされた田舎の自動車営業マンではありますが、首相の沖田総理から、全力を尽くしてこの国難を救ってほしいと、涙を流して懇願されました。
もう、これ以上日本をバカにされたくない。
国際社会を見返してやろうじゃないかと。
沖田総理が、国連で全ての国を敵に回して、テーブルをひっくり返したテレビ映像を君たちも見ていたと思うが、マスコミはこれを暴挙と蔑むだけだった。
マスコミは、ご老人総理が顔色伺い外交をやっていれば、それはそれで、非難するだけだったし。
マスコミも、結局自分たちの報道を貶されることを恐れている迎合主義だ。少なくとも、私は沖田の暴挙に私心はなく、本当に日本いやそれ以上に世界をあるべき方向へ導こうとしている心意気を感じた。
もし私の考えに本当に共感するなら、どこでもいいから、明日から今の車の営業所に乗り込んで、私達といっしょに、たった1年、2020年、馬社会を作ることに協力してほしいい。
すでに、文部科学省を通じて、全国の中学校・高校には通達は完了している。もし、私達に協力してくれるのなら、先生に事情を話し、明日からでも協力よろしくと頼む」
真悟には、事情が飲み込めず、狼狽していた。
しかし、障害で優勝した帯広乗馬クラブの津江選手は冷静だった。
「星野くん、あれは君のお父さんだね。ともちゃんからキミの話は聞いたよ。2020年のオリンピック代表争いはできないかもしれないけど、もっとおもしろい競争ができそうだね。どちらが、日本のために、馬社会に貢献するかだね。2020年が終わったら、ゆっくり話をしよう。そして、2024年のオリンピック代表争いだね」
ともちゃんと委員長も冷静だった。
「委員長、本当に久しぶりだね。栗東も随分強くなったわね。来年も再来年も乗馬の大会はないかもしれないけど、すっごい面白いことが起こりそうだね」
「そうね。栗東なんかも、もう街中、馬だらけよ。私も、もっと乗馬の腕を磨いて、今度乗馬の大会がある時は負けないわよ」
栗東市中学乗馬クラブと帯広乗馬クラブの面々は、乗馬の実力こそかなりの差があったが、お互いに健闘を誓い合い、握手を交わしあって帰路に着いた。
理由は、明白だった。わずかこの2年の間に、日本の馬の数は1千万頭を超えていた。馬産業のさかんな栗東市は1万頭の馬を受入れ、2020年限定馬社会に先立ち、いち早く独自の条例までも作り上げ、馬優先道路なるものを構築し始めていた。小学校や中学校でも馬を受け入れ、2週間に1回ではあるが特別講師を招いて乗馬の授業を行うという熱の入れようであった。
森永厩舎も、市からの要請で100頭を超える馬を受け入れていた。場所は、市が提供してくれているとはいえ、乗馬を教え、馬を育成できるスタッフが不足していた。
しかし、2017年末あたりから、外務省による施策が実を結び、国家という枠組みを越えて姉妹提携都市であるミシガン州のバーミンガムから乗馬愛好家たちがこの栗東市にも大勢やってきていた。特に、栗東市は2020年限定馬社会が終わっても、乗馬都市として、馬を愛玩動物としてだけでなく、交通手段や農耕にも使っていくという宣言をしており、長期に渡る馬関連事業に従事する外国人の受け入れを推進していった。
真悟は、アルバイトもやめて、とにかく乗馬と勉強に打ち込んだ。夏休み前には、乗馬クラブの部員数は33人に達していた。これだけ、馬の数が増えて乗馬人口が増えれば、関西といえども地方の乗馬大会で1位を取れない種目もあった。しかし、総合力からすると栗東中学乗馬クラブが関西ではダントツだった。
中学最後の夏、「全日本ジュニア総合馬術大会」はなく、国民体育大会すなわち国体に統合される形で行われた。2018年の国体は、ともちゃんのいる北海道で行われた。
そして、真悟はジュニアの部の障害で準優勝を飾った。チーム団体では、7位に入った。無論、本人にとっては、悔しくて悔しくて、仲間と共に涙した。
そして、団体で一番高い表彰台には、なんとともちゃんが立つていた。優勝したのは、ともちゃんが所属する帯広乗馬クラブだった。
満面の笑顔を浮かべ喜ぶともちゃんたちにメダルがかけられ、セレモニーが終わり、全員表彰台を降りようとした瞬間、どこかで聞いたことのある声のアナウンスが始まった。
「ここにいる、乗馬にかかわる皆さんに話というよりお願いがあります」
それは、紛れも無く、真悟の父親の声であった。
「みなさんは、マスコミの報道などで、聞いたことがあるかとは思うのですが、日本は、ある意味で第2次世界大戦以来の危機を迎えようとしています。2020年に、CO2の排出量を1990年比で25%も削減しなければ、日本は尖閣諸島をとられ、竹島、北方領土は完全放棄し、農業を初め全ての貿易において関税を撤廃しなければならなくなります。
これを、防ぐために、日本政府は、2020年期間限定で、車社会を捨て、馬社会に転換するという決断をくだしたのです。
日本政府は、もうすでに国立公園をはじめ、自然公園という自然公園で、自動車関連会社に命じて馬の育成を進めています。しかし、馬たちを市民生活へ根付かせるためには、たくさんの馬の飼い慣らしや知識に長けた人材が必要なのです。
賢明なみなさんは、もうお気づきだと思いますが、どうしてもここにいるあなたたちの力が必要なのです。
2020年は、オリンピックイヤーにあたりますが、この国難を乗り切るためにどうか皆さんの力をお貸しください。
私は、しがないリストラされた田舎の自動車営業マンではありますが、首相の沖田総理から、全力を尽くしてこの国難を救ってほしいと、涙を流して懇願されました。
もう、これ以上日本をバカにされたくない。
国際社会を見返してやろうじゃないかと。
沖田総理が、国連で全ての国を敵に回して、テーブルをひっくり返したテレビ映像を君たちも見ていたと思うが、マスコミはこれを暴挙と蔑むだけだった。
マスコミは、ご老人総理が顔色伺い外交をやっていれば、それはそれで、非難するだけだったし。
マスコミも、結局自分たちの報道を貶されることを恐れている迎合主義だ。少なくとも、私は沖田の暴挙に私心はなく、本当に日本いやそれ以上に世界をあるべき方向へ導こうとしている心意気を感じた。
もし私の考えに本当に共感するなら、どこでもいいから、明日から今の車の営業所に乗り込んで、私達といっしょに、たった1年、2020年、馬社会を作ることに協力してほしいい。
すでに、文部科学省を通じて、全国の中学校・高校には通達は完了している。もし、私達に協力してくれるのなら、先生に事情を話し、明日からでも協力よろしくと頼む」
真悟には、事情が飲み込めず、狼狽していた。
しかし、障害で優勝した帯広乗馬クラブの津江選手は冷静だった。
「星野くん、あれは君のお父さんだね。ともちゃんからキミの話は聞いたよ。2020年のオリンピック代表争いはできないかもしれないけど、もっとおもしろい競争ができそうだね。どちらが、日本のために、馬社会に貢献するかだね。2020年が終わったら、ゆっくり話をしよう。そして、2024年のオリンピック代表争いだね」
ともちゃんと委員長も冷静だった。
「委員長、本当に久しぶりだね。栗東も随分強くなったわね。来年も再来年も乗馬の大会はないかもしれないけど、すっごい面白いことが起こりそうだね」
「そうね。栗東なんかも、もう街中、馬だらけよ。私も、もっと乗馬の腕を磨いて、今度乗馬の大会がある時は負けないわよ」
栗東市中学乗馬クラブと帯広乗馬クラブの面々は、乗馬の実力こそかなりの差があったが、お互いに健闘を誓い合い、握手を交わしあって帰路に着いた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/essay.png?id=5ada788558fa89228aea)
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる