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ローレシアン王国編

王都

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「あー、えー申し訳ございませんでした。
 前方のワイバーンの群れは退けられたそうです。
 王都へと再び出発いたします」
船長の落ち着き払った声が船内に響く。
ほぼ同時に船体を叩く大きな音がガンガンガン!!と響き渡った。
再び雑音と共に船内放送が流れて
「異音の原因を調査いたします。しばらくお待ちください」
起きている俺たち三人は、モニターに釘付けになって外の様子を眺める。
他三人は相変わらず幸せそうに寝息をたてている。
「ん……?」
前方を映したモニター右上部分で白旗をあげて、
翼でホバリングしながら何かを叫んでいるのは
びしょ濡れのアルデハイトではないか。
「あー……王都防衛軍に追われてきたんだろうね……」
ミーシャが呆れた顔をして
「……しかたありません。少し行ってまいります」
ため息をついたルーナムが部屋から出て行った。
「意外と抜けてたんだね。頭良さそうに見えたけど、うふふ」
ミーシャが"ざまぁ"と言った感じでソファの上で口を押さえ笑う。
しかしゴブリンやオークを無双していたアルデハイトを
ここまで追い込むとは王都防衛軍というのは恐ろしいな。
「魔族に楽に勝てるくらい強いの?」
「うん。ほとんど小型空挺部隊で
 確か、ローレシアン八宝使用者が指揮しているはずだよ」
「んん……あんなの喰らわされたらアルデハイトもたまらんわな」
獄炎剣の恐ろしい破壊力はまだ記憶に新しい。
「小型空挺部隊って?」
「羽根の生えた飛ぶ二人乗りの機械に乗って、そこから弓とか
 小さな鉄の塊を高速で飛ばす棒……えっとなんだっけ?」
「銃?」
俺がなんとなく言うと、ミーシャは深く頷いて
「そうそう、銃だ。銃を撃つんだよ」
まただ、オーバーテクノロジーだ。
おそらく全て、マシーナリーからの提供品だろう。
モニターを見ながら色々と考えていると、
ルーナムがびしょ濡れのアルデハイトを連れて戻ってきた。
真っ黒な旅装以外何もつけていない。
靴やレインコートもどこかで失くしたようだ。
「お待たせしました。何とか誤魔化して
 アルデハイトさんをお連れしましたよ」
ルーナムから渡されたバスタオルで身体を拭いながら
アルデハイトは
「助かりました……。ローレシアン中央軍があれほど強いとは」
「殺されなくてよかったね」
ミーシャは"うくく"っと再び笑う。それを無視して
「ワイバーンを召喚して戦わせている間に姿を消すつもりでしたが
 瞬く間に突破されて、仕方なく、こちらに助けを……申し訳ありません」
アルデハイトは俺に頭を下げる。
「いや、俺はいいよ。ルーナムさんに謝っといて」
アルデハイトはルーナムに黙って再び深々と頭を下げた。
「私も若いころの若様には手を焼きましたから、このくらいは朝飯前ですよ」
額に血管の筋を浮かび上がらせたルーナムは
無理をした感じで微笑む。大人である。
しかしストレスは凄いだろうな……。俺らのために本当にすいません。
いつか何か返さないとな。

アルデハイトは服の上から身体を拭き終わると、冷蔵庫の中から飲み物を出して
眠っているセミーラをあからさまに避けつつ、ソファの端に座る。
「しかし、ただで帰ってきたわけではありません。
 南部方面へ飛行して情報収集すると、様々な事情がわかりました」
そこでタイミング悪く、船内放送が流れる。
「えーえー船長です。前方の障害は全て取り除かれたので
 本船はただちに運航を再開します。お待たせして申し訳ありません」
アルデハイトはうざったそうに天井のスピーカー部分を見上げ
「話を続けてよいですか?」
悪びれずに俺に尋ねてくる。全然反省してないな。
まぁ、それでこそこいつか。ミーシャは俺の隣で
さっきから口を押さえて笑いっぱなしだ。

ルーナムは"やれやれ"と言った顔で、俺を見る。
潜水艇は再び静かな駆動音をあげて、進み始めた。
「どうぞ」
「南部の第二王子領南端の城がふたつ、本日落ちました」
「……!!」
ルーナムが目を見開いて驚く。ミーシャも笑っていた顔を引き締めた。
「今度は、下等生物たちの襲撃ではなく、
 マルガ城はゴルスバウ正規軍の進行で……そして……」
「……そして?」
「ルクネツア城は、怒り狂っている火の帝王ライグァークの破壊によるものだそうです。
 城壁城郭全て、破壊され、ほぼ更地だという確度の高い情報です」
またかあああああ。
知り合いだった師匠を殺した仇を探し回っているという超大型ドラゴンだ。
関所でクラーゴンが教えてくれた。
もちろん仇とは……俺のことである。
「当たり前ですが、今回は相手が強靭なので
 我々だけではどうしようもできません。
 マルガ城方面へライグァークが向かってくれるのを祈りましょう……」
「怖いな……」
「そうだね……ドラゴンも嫌だなぁ、何考えてるかわからないからね」
「とにかく、今は王都へと向かうしかありません」
そう言ってルーナムが話しを終わらせた。

スピードを速めた潜水艇は、一段目のつきあたりにある大きな湖で潜行し始め
再び海中のトンネルを通ると、
さきほどと同じような水圧での浮上をして、大きな湖に出て
今度はそこからすぐに再潜行して、水中の長いトンネルを高速で進む。
「急ぎ始めましたね。
 南部領からの新たな報告者たちが水圧システムを使うので
 あまり時間をかけていられないのでしょう」
ルーナムがそう言うとアルデハイトが
「そうでしょうね。ま、私が時間をかけさせたのもありますけどね」
自虐を微笑みながら言い放つ。さらに
「しかしライグァークは仇を探しているらしいのですが、
 迷惑な話ですよね。さっさと見つけてもらいたいものです」
冷蔵庫から取り出したワインを飲みながら、放言した。
「そ、そうだな」
言えねーっ。もう俺が仇だって言えなくなったじゃねぇか。
アルデハイトのアホー!と心で抗議しながら平静を装う。
「ドラゴンは嫉妬深いし、恨みは絶対忘れないからねぇ……」
ミーシャがさらに言いにくい状況を作り出す。
「ライグァークはあの三大竜の一匹ですからね。
 ほぼ天災に近いです。我々にはできることはありません」
天災……。うん。もう考えないようにしよう。
「あとは暗闇の皇帝オギュミノスと……なんでしたったけ?」
「あれだよ、あれ、……えーと、始原の眠龍リングリング」
ミーシャが何とか思い出して、みんなに教える。
「あと二体はどんな感じなの?」
初めて聞く名前だ。やばいのだろうか。
ルーナムが口を開いて
「漆黒の竜であるオギュミノスは、東方大陸全体を統べています。
 そこではドラゴンを頂点とした生態系がつくられて、
 我々人間の入る隙間はほぼありません」
「何だか怖そうだな」
「行かなきゃ大丈夫ですよ。向こうからくることはありませんし」
知っているらしいアルデハイトが暢気に補足した。
「リングリングは?」
「たしか……遥か太古の昔から、西方の海中で眠り続けている超巨大龍です」
ルーナムも記憶を手繰りながら慎重に答える。
どうやらリングリングは有名だがそれほど
普段は皆、意識していない名前のようだ。
「思い出した!その上に大きな島ができてるよ。
 ナホンっていう外から閉じた国もそこにあるんだよー」
ミーシャがポンッと手を叩きながら思い出したことを告げる。
まあとにかく、あとの二体は俺らには危険はないようだな。ちょっと安心した。

そのまま雑談をしていると、
速度を上げた潜水艇は次々に王都中央山の水圧システムを潜っていく。
同じように潜行と浮上を繰り返して、一時間ほどで五段目までたどり着いた。
モニターで周囲の様子を見ると、小さな湖の周りが
コンクリートのようなもので固められたちょっとした港になっている。
停泊している船は他には無い。この潜水艇の専用港のようだ。
「えーえー、船長です。ご乗船ありがとうございました。
 降り口は左右どちらからでも降りられます。
 本船はこの港に一ダールほど停泊していますので
 慌てずゆっくり、忘れ物のご確認をしてから下船してください。
 では、お客様各位の良き旅を祈ります」
船長の低音ボイス船内放送ともこれでお別れか
と俺は思いながらルーナムとソファで眠りこけている三人を起こす。
ミーシャは部屋内で忘れ物がないか見ている。
この状況にもう興味が薄れたらしいアルデハイトは
裸足のままボーっとモニターを眺めたままだ。
その肩を叩いて「降りるぞ」と外へと連れ出した。
隣の部屋からゾロゾロと出てきた元盗賊団たちと合流して
潜水艇の出入り口へと通路を歩いていくと、
馬や馬車は兵士が後部から連れてきていた。
外はまた雨脚が強まり、土砂降りである。
マイカとアルナが大馬車に乗り込み、小さい馬車はパナスが御者になった。
レインコートを再び羽織った俺たちは幅の広い鉄製のタラップを進み
小さな港へと足を踏み入れる。
港の建物越しに見上げると、土砂降りの中、
遠くに見える中央の山頂に、綺麗に沿うように造られた
巨大で見事な真っ白な西洋風の城郭が浮かび上がる。
「ここからが王都で、あれがローレシアン中央城です」
馬上からルーナムが、レインコートのフードを被った頭で見上げながら
俺に教えてくれた。
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