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ローレシアン王国編

幽鬼の棲む森

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遠くに、数名の村民から付き添われて村から出てきた
ラングラールたち三人が見える。手にそれぞれに数個の銀色の大きな鈴を下げている。
ビキニアーマーを着たメグルスが
真っ赤な長髪を風になびかせながら
俺たちの方へと歩いてくる。
そして綺麗な顔を真っ赤なにして
「あぁ……せ、先日はすいませんでした」
と俺とまっすぐ向き合い頭を下げる。よくみるとけっこう背が高い、
日本人の平均身長くらいの俺と同じくらいだ。
ラングラールはどう見ても百八十以上あるので、
対比でこの前の夜には小さく見えたのかもしれない。
ビキニアーマーは下半身の食い込みがけっこうエグい。
上半身はわりと鎧の形になっているが
下半身は鉄製のきわどいビキニそのものである。
そして丸出しの太ももの下に鉄製の長靴のようなものを履いている。
機能性とか無視だなこれは……やっぱりラングラールの趣味だろうなと
冷静に観察している俺の背中に
再び鳥肌を立て、ミーシャは隠れた。
「いや、もういいっすよ。ところで何ですか?」
妹を怖がらせている文句を言うのも何かな……と俺はさっさと会話を進めることにした。
「こ、これを……あっ」
メグルスは顔を真っ赤にしたまま、三個ほど大きな銀色の鈴を俺に押し付け
ラングラールたちの方へと足早に走っていった。
近寄ってきたザルガスは
「確かに変な女だな……」
そう呟き、俺から渡されたその銀色の鈴を
大きな両手の中で回しながらよく観察する。
もう一つは手を差し出した早耳のパナスに渡し、
彼はすぐに元盗賊団たちの人の輪の中へと、それを持って行った。
ザルガスは納得した顔つきで
「ふむ、ラングラールは、やはりただの変態ではないですな」
「どうしたんだ?」
この銀色の鈴の意味が分からない俺は首を傾げる。

「これ、レイス避けの鈴ですわい」

「おおぉ……」
「おそらく、遠征中にこの村に鋳造させていたものができたのでしょう」
「森を抜けるのがだいぶ楽になるのか?」
「小物は近寄ってこなくなりますな……」
ザルガスの微妙な言い回しに、俺は
「大物は無理……?」
「ですな。ヘルハウンドやら餓鬼の群れ、それにグールが出てくると意味は殆どありませんね」
「うーん……」
「まあでも兄さん、助かるはずだよ。あるものは使わなきゃねっ」
鳥肌がやっと収まったミーシャが背中から出てきて微笑んだ。

村を迂回しながら、ラングラール率いる五千七百の兵士と
その最後尾をついていく我々十七人は、ゆっくり、森の入り口へと向かう。
三つの鈴は、我々の最前列でライオネルにまたがるミーシャ、
真ん中を歩く早耳のパナス、そして最後尾についたザルガスの三人に持たせることにした。
「リーン……リーン……」
ライオネルの歩いていく振動に合わせ、不思議な深い音を響かせる大きな銀鈴に
その背にまたがったミーシャは感想を述べる。
「神聖な感じがする……兄さんはどう思う?」
「そうだな。聞いたことない音だな」
隣で歩いている俺は、無駄なパーツを省いてさらに軽くしたプレートメイルと
ネーグライク女王から貰った腰の鞘に入った片手剣を触りながら
森の奥を見つめる。
まるで口を開ける魔物のような気味の悪い森の入り口に
前を三列で歩く軍隊が吸い込まれるように入っていく。
前方からも鈴の音が多数聞こえるので、全体にかなりの数が配られたのだろう。

森の中は、背の高い針葉樹が所狭しと生い茂り、真昼間なのにかなり暗い。
俺たちは前方を歩く軍隊に置いていかれないように
慎重に前を見ながら進む。
左右の遠方からは
「アー……」やら「ウゥ」という痛そうな呻き声やら
「……タスケテクレ……」というようなこの世のものとは思えない
低音と高音が二重に重なった声がひっきりなしに聞こえてくる。
「ミーシャも聞こえるか?」
俺は馬上で青くなっているミーシャに尋ねる。
「兄さん、聞いたらダメだよ……連れていかれる」
ミーシャは俺に顔を向けて、小さく囁くと
再び前方の兵士たちの後姿に集中しはじめた。
俺は後方の元盗賊団を振り返る。
屈強な肉体をした大の大人達が冷や汗をかきながら寄り添うように進んでいる。
よっぽど幽鬼族というのはこの世界の人間にとって
脅威なんだなと俺が思いつつ、進んでいると
「アァー!!」
という発狂した叫び声をあげて、こちらから見て
五列前くらいの赤鎧の長身の強そうな兵士が左側へと駆け出して、森の奥へ消えた。
周囲の兵士は、焦ったようなそぶりも見せずに
全員でそちらに向け、何かを祈り、彼の抜けた分の列を埋めて
再び歩き出す。
「もっていかれたんだ……」
ミーシャが真っ青になって呟く、俺はその様子を見て
「ライオネルの手綱を貸してくれ、俺がひっぱる」
と素早く手綱を受け取り、ミーシャには鈴を鳴らすことと
前方への警戒に集中させた。
後方では元盗賊団が皆で船歌のようなものを野太い声で歌いだした。
おそらく正気を保つためだろう。
そのまま一時間ほど、何ごともなく進んでいく。
ただ、その間も謎の声はそこら中から響き、
一切、安心できる状況はこなかった。
後ろからは時折、「バシーン!!」
という大きな音が響く、振り返ると
ザルガスが正気を失くした誰かの頬を叩き、
そして鈴を鳴らし、野太い声で力強く歌いながら、最後尾にまた戻っていった。
さすが元盗賊団の御頭、全体に目を配っているようだ。
「何とか、なりそうだな」
「うん……怖いけどね。皆で助け合えば……」
その時

ズガアアアアアアアアァァァァァァァアン!!!!!!!!

という大きな爆発音が前方から響き、
前を行く兵士たちが皆、槍を両手に構え、戦闘態勢に入って制止する。
ほどなく馬に乗ったルーナムが最後尾に駆けて来て
「人手が足りません!!タジマ様とミーシャ様、
 そしてそちらの方々から誰か強い方ついてきてください!!」
俺たちに大きく呼びかける。
ザルガスが背負っていた大斧を片腕に持ち、
鈴をモヒカンのライガスに押し付けると、
「お前らは列を乱すな!!心もだ!!いいな!!」
と皆に申し付けて、俺の背中をグッと押す。
俺は頷いて、いまやれることをやろうと思った。
「ミーシャは鈴をもったままライオネルで来てくれ」
「わかった!!兄さん!!」
ルーナムと俺たち四人は戦闘態勢を整えた兵士たちの長い列の脇を
滑るよう駆け抜けて行く。
よく統制がとれている軍隊だなと俺は思いながら二頭の馬に合わせ全速力で走り続ける。

不思議と息切れはしない。同じく馬のないザルガスは少し遅れだした。
「俺はすぐに追いつきます!!気にしないでいってくれ!!」
後方からザルガスの叫びを聞きながら、走り続けていると
林道を抜けたとこにある大きな開けた場所で
千人ほどの兵士が、高さが十五メートルほどもありそうな
三体ほどの巨大な緑色に幹が腐った木の化け物と戦っていた。
幹には目や口の様に穴が三つほど空き、それがまた醜悪な表情にみえる。
その顔もどきの上に伸びる多くの枝には、真っ黒な葉っぱが生い茂っている。
見ている間も兵士がその手足の生えた大木たちから、
自由自在に伸びてくる太い枝に殴られて空中へと投げ飛ばされていく。

「樹精だ……こんなに大きなの見たことない……しかも三体」

ミーシャが絶望的な顔をする。ルーナムは戦っている兵士たちの中へと走っていき
馬に乗ったラングラールを連れ、戻ってきた。
意外にも落ち着き払って楽しんでいる余裕すら見せるラングラールは
豪華な装飾のついた兜の隙間から覗く端正な顔で
「さあ、流れ人どのよ。我々に実力を示してもらおうか」
と俺に挑戦的な響きすらする、その言葉を投げかけた。
俺は兵士たちをなぎ払っているその巨木の化け物たちを
腰に下げている剣の大きさと見比べ、そして

「できるだけ大きな斧をくれ。できれば二本」

とラングラールに静かに要求した。
なぜこの言葉が出てきたのかは分からないが、正しいことを言った気がする。
ミーシャが不安げに俺たちの会話を見つめる。
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