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決戦

食べ物 そしてお膳立て

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次に気付くと、開けた平原の中だった。
辺りは微かに燃えている瓦礫の山である。
立ちあがって、周りを見回す。
仲間たちの姿は見えない。
まただ、また、飛行船が落とされた。
いや……きっと、全員無事だ。
大丈夫。前回みたいに少し待っていれば、皆来るはず。

座り込んで明けていく空を見上げる。
いつまで経っても誰も来ない。
おかしいな……みんな、どこへ行ったんだろう。
「チリン……」
という微かな鈴の音が、平原の向こうから鳴る。
俺は何故かそちらへと行かないと
いけないような気がして
ボロボロの服のまま立ちあがって
フラフラと歩いて行く。

歩いていると次第に朝焼けが横から照らしてきて
何となく涙が流れる。
よく分からないが、とても長い間
悲しい気分の中、生きたような気がする。
俺の気持ちだろうか。
いや、違うな。きっとこれは
俺の気持ちじゃないな。
向こうで待っている、誰かの気持ちだ。

何時間も休まずに亡霊のように
歩き続けて、平原から山へと入り
山林の中を時折、躓きながら上へと歩いて行く。
歩き続けていると、いきなり開けた場所へと出て
地中に半分埋まった飛行機の機体のような
苔むした巨大な残骸が姿を現した。
その近くには、数人の鎧を着こんだ衛兵たちが
倒れている。
近づいて、彼らの状態を見ると
眠らされているだけのようだ。

また
「チリン……」
と鈴の音が聞こえてきて
立ちあがって、機体の残骸を見ると
プシューという音と共に
機体上部のハッチが静かに開いた。
分かったよ。来て欲しいんだろ。
行くよ。待ってろよ。

残骸へとよじ登って
ハッチの中の梯子から内部へと入ると
上部のハッチは閉まり、同時に
通路の照明が点いた。
通路の金属壁は外からは想像ができないほど綺麗だ。
また鈴の音が告げてきたので
通路の中をそちらへと進んでいく。

広い機内を進んでいく。
左右に幾つも現れた扉を通り過ぎながら
まっすぐに突き当りの扉まで進み続けると
自動で横にそれは開いた。
中は、大量のパネルやモニターが並んでいて
まるで、宇宙船の操縦席のようだなと
何故か驚きもせずに、平然と突っ立ったまま
眺めていると、背後から

「待っていたぞ」
バムの声がする。
振り返ると、全身が真っ黒くて
何も着ていないバムがそこには立っていた。
凹凸の無い身体に肉感は一切なく、まるでマネキンのようだ。
「苦労した。君の精神が、私の予想を遥かに超えて
 頑強かつ複雑だったせいでね。
 一度はバムスェルを逃しかけた」
「……そうか」
俺は心を動かさずに答える。

真っ黒なバムは邪悪な笑みを浮かべて
「私本来の身体は失ったが
 それはまた転生させれば手に入る。
 それよりも、不滅の肉体と精神を手に入れた方が大きい。
 前から目は付けていたけれど、踏ん切りがつかなくてね。
 君たちのお陰だよ。私の報酬は受け取って貰えたかね?」
「……仲間を全員殺したことか」
「そうだ。来るのは分かっていたので
 帝国の兵器を予めここまで運んでね。
 それに天使が二名含まれているので
 全員ではないな。その二人はまた仮初の身体を造って
 地上へ現れるだけだ」
「……」
不思議と心は動かない。
怒りや悲しみではなく、何かもっとやらなければ
いけないことがあるような。

真っ黒なバム、いやバムを乗っ取った食王が
次の言葉を言う前に
「この機体に、食堂はあるか」
と俺は尋ねた。
「ふむ……そこで今後の世界について
 二人で話しあうのか?正直なところ
 私は君の精神にとても興味をもっている。
 バムスェルを吸収した今、次の相棒として
 君が適切ではないかと思ってね」
「あるのかと訊いている」
食王は顔を思いっきり歪んで笑って
「そう急くな。案内してやろう」
後ろを向いて、俺を通路の中 先導し始める。

通路の途中の扉の前に食王は立つと
扉を開いた。
そこには綺麗なテーブルがいくつも並んだ。
現代的な食堂があった。
「整備をしたんだよ。いつか飛び立つ日に向けて。
 とても時間をかけて」
食王はそう言いながら、中心の四角いテーブルの
周りの丸椅子に腰かける。
俺もテーブルを挟んで反対側の席へと座り

「食べ物についての話をしよう」

と食王に持ちかけた。

食王は意外な顔をして顔を歪める。
「食べ物?食事について私と話すのか?
 やはり、君は興味深い」
俺はしばらく黒いバムの顔を
落ち着いた心で眺めると
「お前は、食べ物についてどう思っている?」

「必要な栄養素の摂取だ。
 バムスェルを吸収したのもその範疇だと食事だな。
 それに転生して、皮たちの中身を
 抜き取るのもそうだ」
「そうか」
しばらく間を置いて

「お前以外の生き物の食事について
 お前はどう思っている?」
「私と同じだ。栄養素の摂取に過ぎない。
 彼らはその哀れな生を全うするために
 義務的に食べ、そして死んでいくだけだ」
俺はバムを乗っ取った食王の
訳知り顔をしばらく見つめる。

哀れな生き物だ。個体としては強いのかもしれないが
大事な事は何も知らないままだ。
「どれくらい生きた」
「私か?果てしない時間を生きたよ。
 何千回、いや、もしかすると何十万を数えるほど
 転生を繰り返したかもしれないな。
 もうよく覚えていないが」
それでこれか。
俺の両目から涙が流れてくる。
感情は高ぶっていないが、なぜか両目から
涙が止まらない。

「どうしたんだ?」
「お前の、それにお前に吸われたバムの代わりに
 泣いていると思う」
「共感。くだらぬな。世界は弱肉強食で
 シンプルにできている。
 すべては理由があり、数式のように
 解き明かすことができる。感情などというのは
 君らで言う脳の物質が、生存本能に従って
 放出されたり、止まったりすることによる結果に過ぎない」
「本気でそれだけか?」
俺は涙を拭わずに食王に尋ねると
「ああ。それだけだ。突き詰めると全ては
 因果に則った通り過ぎていく現象に過ぎない」
無言で俺は食王を見つめて
涙を流し続ける。

「どうしたのだ?」
「バムがお前の傍に居た理由が分かる。
 お前は孤独なんだよ。本当は何も知らないんだ」
「狂ったのか?いや、狂っていたのか?」
食王は顔中を歪めて、嬉しそうに尋ねてくる。
俺はふいに夢の中で食王にスイカを
食べさせたことを思い出す。
「スイカ。覚えていないか?」
いきなりけたたましく食王は笑い始め
「ああ、何十万回と食べさせられたよ!
 君の精神に内在していた牢獄の中でな。
 スポーツというのか?あれは酷いものだな」
「違う、俺と縁側で食べたスイカだ」
食王は、ピタッと笑いを止めて
「あれは……」
と言葉に詰まった。


「人間にとって、食べ物は喜びなんだよ」

食王は黙っている。
「労働や、学業、旅や研究、それに飢餓や病気
 不幸、幸福、どんな状況でもいい。
 それらに例え微かでも楽しさや、
 喜び、または思い出を添えてくれるのが
 食事の役割だ。どんなに旨いものでも
 どんなに不味いものでも
 ああ、お前が遊びで、味覚を壊して
 今この世界で、毒を食べているような人たちでも!
 毎日嬉しそうに食べてるんだよ、だから、だから……」
「何も分かってない、お前如きが!
 わかった様な口を聞いてるんじゃねええええええ!!!!!!!」
食王に叫びながら、今までの冒険で
仲間たちと作ってきた食事の数々の姿かたちや味が
幾つも、食べている場面と共に、頭の中を過ぎっていく。
元の世界で死ぬ直前に食べた
不味い作り方をした即席ラーメンも。

食王は明らかに一瞬、泣きそうな表情をした後に
先ほどまでよりさらに顔を歪めて笑い。
「ああ、そうか……やめた」
と席を立ちあがった。
そして俺を見下ろして
「ゴルダブル君、私は君とは相棒になれると思っていた。
 けれど、どうやら相容れぬようだ。
 しかし、君の複雑かつ頑強な精神世界は惜しい。
 なので、君ごと貰うことにする」
俺はその言葉を待っていたかのように立ちあがった。
そしてツカツカと食王へと近寄って

「いいぞ。食え。お前にとって
 俺を食うことは利益になるんだろ?
 それも喜びだ。俺たち人間も命を食って生きている。
 お前と同じだ。俺を食え。
 そして、少しでも人が食べ物で知る喜びを知れ」

一瞬、食王は怯えた表情をして
そしてその小さな真っ黒な口を、いきなり両手で広げると
俺を頭から丸呑みした。

「ゴルダブル様、ゴルダブル様」
次に気付いたときは、まるで落書きのような
光景が延々と広がっている世界で
バムに起こされる。
浅黒い肌で、皮パン皮プラの
いつものバムである。
ホッとして立ち上がって
「なんだここ……」
辺りを見回す。
「食王の精神世界の中です。
 私は、何とかこの中に取り込まれずに
 自我を保っていました……」
バムは俺に強く抱きついてきた。
俺も抱き返してすぐに
「すぐに助け出す」
と言う。

「で、でもどうやって……一度、あの……」
迷宮の出口まで走って
また食王に取り込まれた時のことだろう。
「……大丈夫。分かるんだ。
 俺はバムを助けられる」
根拠は無いが確信はある。
バムの手を取って
クレヨンで幼児が
太陽や青空、木々や草原を描いた世界を歩き出す。

手を引かれながらバムは
「これが食王の心の中の基調です。
 彼は、とても孤独で、心がまったく発達していません」
「だろうな。話したよ。
 泣いてしまった」
「あの、仲間たちは……」
心配そうに尋ねてくるバムに
「食王に全員やられた。だけど……」
「そうですね」
バムは俺がその先で言いたいことを察して
力強く頷いて、手を強く握り返してくる。

延々と二人で、クレヨンで描かれた草原を
歩き続けていると、遠くから
醜悪な顔をした、ゾンビのようなら人間たちの
集団が近づいてくる。
そして俺たちを見つけると
「死ね!化け物が!」
「死んでしまえ!」
と次々に手に持った棍棒や鍬を俺たちに
振り下ろしてくるが
全て透過して行く。

「これは恐らく、食王が生まれてすぐに
 人間たちから殺されかかった記憶だと思います。
 異形の姿ですから……」
「ああ、だろうな」
今は何が起こっても動じない。
俺たちは罵倒されながら、さらに進んでいく。

さらに進むといきなりレンガの街の中に辺りが変わる。
盛況な市場の中で、ニッコリと綺麗な売り子が
リンゴを俺に差し出してくる。
今度は打って変わって辺りの反応が好意的だ。
「これは、初めて転生をして皮の中に居た時の
 記憶だと思います」
「そうか……」
俺は両目から涙をこぼし始めた。
バムも頷いて
「優しくされたことが、寄生した他人の中だとしても
 嬉しかったんでしょうね……」
「進もう」

バムの手を取って市場を歩いて行くと
今度は、森の中で
足元には、眼をギョロギョロサさせている
皮が体液塗れで、脱ぎ捨てられたところだった。
「初めて転生をしたところか、それとも
 印象的な被寄生者を脱ぎ捨てたところでしょうね……」
「なあ、脱ぎ捨てられた皮は……」
「数日生きますが、その後、栄養素が足りずに
 枯れていって死にます。ゴルダブル様は
 中身の身体を何度も入れ替えたので
 問題ありませんでしたが……」
もう涙は止まらない。
拭いもせずに俺はバムの手を引いて
その場を後にした。

その後、飛行船が爆弾を落として焼け焦げる街や
王が高い処刑台でギロチンで首を落とされる場面
裸の子供たちが聖職者から虐待されている場面や
強そうな男の首が横に捻られて折れる場面など
永遠に続いたと思われるほど
凄惨な場面が何千回、何万回と続いて
さらに縁側で黒いバムの姿の食王が俺とスイカを食べる
場面の目の前へと、一瞬だけ切り替わった後は
俺とバムは、先ほど俺が食王から飲み込まれた
宇宙船内の食堂に立っていた。

そこには誰も居ない。
俺はバムの手を取って
落ち着き払って、先ほどと同じテーブルの周りに
椅子を二つ横に並べ座る。
「あの、ここは……」
不思議そうなバムに
さっきここで食王と対話したことと
それが印象的な場面として記憶されていたから
ここに連れてこられたのではないかと教えると
「そうか……分かりました」
バムは深く頷いて、意を決した顔で
腰を椅子に深く落ち着けた。

しばらく待っていると
食堂の扉が自動で開いて、微かに認知できる
透明な気配がゆっくり入ってくる。
そして俺たちとテーブルを挟んで反対側に座った。
気配は、何を言うでもなく
黙って座ったまま佇む。

しばらく全員で黙ったまま
食堂に座った後に、俺は気配に向け
「なあ、スイカ、夢の中でも旨かっただろ?
 きっと、俺が食べていた味と同じだろ?」
と語り掛けた。
気配はジッとしたまま動かない。
「もう、止めよう。なあ、もう
 大丈夫だ。俺たちはお前を害さないし
 お前も俺たちを害さない。
 それでいいだろ?もう、止めよう」
透明な気配はジッと俺を見ているようだ。

見つめ合っていると
気配が一瞬、笑った気がして
そして周囲の景色が一気に崩れ落ちた。
次の瞬間には、高い塔の広い円形の頂上に俺たちは立っていた。
辺りは星空で、眼下には何と惑星が見えている。

「ワールドイートタワーの頂上ですね……」
俺の隣に居るバムが呟く。
目の前にはいつの間にか、
真っ黒な人形が立っていた。
その顔はまるで……まるで、バムと俺を
混ぜ合わせたようである。
背丈は俺と同じだ。

無表情なまま、その人形は俺たちを
指さして
「殺す……」
と呟くと瞬間移動して目前まで詰めてきて
本気で俺を殴り掛かりに来た。
横からバムが入って止めるが
二人で同時に遠くへと飛ばされる。

「くっ……ここは食王の精神世界で
 我らは付属物、いやノイズにすぎません……」
「勝てないってことか」
バムは悔しそうに頷いた。
食王はゆっくり距離を詰めてくるが
俺はまだ何の恐怖心も感じていない。
二人とも助かる。それは分かる。
だから……。

「……っちなのはいけない……」
つい、俺は口ばしってしまう。
その声を聞いたのか食王はいきなり、
歩みを止めて、ブツブツと呟いて小刻みに震え始める。
「いやだいやだいやだ……」
「ゴルダブル様……一体……」
バムは戸惑っているが俺は落ち着いて
言うべき言葉を、震えている食王へ向けて叫んだ。

「エッチなのはいけないにゃああああああああ!」

口を大きく開けて叫んだ瞬間に俺の口の中から
ペップがぬるりと出てくる。
俺とバムの目の前で、次第に大きくなり
いつもと変わらぬ体長に戻ったペップは
汗をぬぐいながら
「ふぃーやっと出られたにゃ」
バムが不思議そうに
「こ、これは一体……」
「ふふふ。ピグナちゃんが上手だったということだにゃ。
 それよりも、エッチなのはあいつかにゃ?」
ペップは食王を指さして、
食王は震えてとうとう背中を向けた。

「地上にエッチの螺旋を一度造りし、大罪人を裁くにゃ……」
ペップはすぐに虹色のオーラに包まれて
眼を真っ赤に光らせながら
悲鳴を上げて逃げていく食王を追い
そしてその身体を、粉微塵に引き裂いてしまった。
同時に辺りの景色が崩れだす。

次にバムと目を覚ますと
ペップは消えていて
辺りは夜の宮殿の大広間だった。
シャンデリアに照らされながら
形の崩れた顔の、真っ黒な食王が
「グギギギ……ユルサヌ……」
次第に膨張しながら、俺たちに迫ってくる。
すると今度は俺の右手がいきなり
食王に呼応するかの様に膨張しだして
そして銀色の金属製に変化していき
そしてどんどん伸びていき、ついには切り離されると
大広間を埋め尽くすような
ロボットの上半身になり、そしてロボットは
右手を思いっきり、壁を壊しながら振りかぶると
膨張している食王へと向けて
凄まじい勢いでスイングした。

食王はロボットのパンチに当たって
壁を何枚もぬけ、吹っ飛んでいく。
バムと唖然としていると
ロボットの後ろ頭の扉が開いて
中からマクネルファーが姿を現す。
「はっはっは!見たか!このマクネルファーロボの……」
勝ち名乗りをあげようとすると
景色は崩れだしていき
マクネルファーは慌てて
「ちょ、ちょっと待て!わしにもかっこつけさせ……」

また景色が切り替わって
今度は、紫色の大地が広がる
おどろおどろしい荒野である。
「冥界ですね……精神世界ですが、そっくりです」
バムが俺の手を握って呟いた。
いきなり、空を覆う黒雲が
憤怒の表情になり

「ゆるさんぞおおおおおおおお!!
 絶対にお前ら許さんぞおおおおおおお!!」

威圧的な叫び声がそこら中に響き始めた。
俺の髪の毛が一本はらりと落ちて行くと
それはいきなり、煙を上げて
気付くとすぐ近くにファイナが立っていた。
「ふふ。ゴルダブル様、バムさん、見ていらしてくださいな」
ファイナはそう言うと、
聞き取れない程の速さで呟いて
バムが驚愕した顔で
「ま、まさか、滅亡禁呪を使えたとは……」
そして、
「この世の全てに問う。我と彼の者
 どちらに理があるのか、そしてどちらが
 より多く非があるのか、さあ!
 理知の天秤よ!悪しき方を滅ぼしたまえ!
 ヴァグナリマル・エグネ・ネガァル!!
 ジャッジメント!裁定の鐘を鳴らせ!!」
辺り全てが揺れだして、そして割れた大地の隙間から
空へと何千本もの太い光が照射されだして
黒雲へと全て突き刺さっていく。
憤怒の表情は、光の線にかき消され
そして辺りの景色は崩れていく。
ファイナは微笑みながら、俺たちに手を振った。

また食堂に戻ってきた。
先ほどのテーブルにはピグナと青い顔をして震えているパシーが
並んで座っている。
「あ、ども」
ピグナは軽い調子で手をあげてきて
自分たちの横に着席を促す。
「やつが来るまで、種明かししていい?」
俺とバムが頷くと、
「ああなるって、予想してたから
 ファイナちゃんに頼んで、予め、冥王にゴルダブルの精神に
 あたしたちを繋げてて貰ったんだ」
パシーが吐きそうな顔で
「全員身体は失いましたが、それは
 バムスェル様が、お戻りになればなんとかなります。
 魂を避難させたのですぅ……ああ、言えた……。
 百八十五回ここで練習した甲斐がありました……」
パシーの肩をピグナが叩きながら
「つまり、あたしたちの魂は、肉体が消滅する直前に
 ゴルダブルの精神の中に
 全員避難してたってこと」
俺は頷いた。知ってた。
簡単に仲間たちが死ぬわけがないと思っていた。
バムも納得した顔で頷く。

ピグナはニヤリと笑って
「さあ、本当に最後の最後だよ。
 あいつの鼻っ柱を完全にへし折って
 お膳立ては整えた。ゴルダブル、あとは頼んだ」
と言うと、パシーと共にスゥっと消えた。
入れ替わりに、部屋の扉が開いて
真っ黒な小さな異形の生物が入ってくる。
何本も角が生えた頭についた顔は
悍ましく、口が裂けて、眼が幾つもついている。
尻から生えた尻尾は、何股にも分かれてうねる。
その生き物は俺たちを見て怯え
「あ、あの……僕のパパとママを知りませんか……」
と言ってきた。
バムを俺が見ると頷いたので
立ちあがり、小さな異形の手を取り
隣に座らせる。
そして

「なあ、俺とバムと一緒にスイカ食べないか?」

と言った。
「スイカ?それって何ですか?」
悍ましい顔で俺を見上げてくる異形の子供に
「果物だよ。いや、野菜だな。
 甘くておいしいんだ」
「食べたいです……」
小さく呟いた彼の目の前に、
俺はあの夏、草取りを終えた後に
縁側で食べたスイカを思い出す。
食王と夢の中で食べたものより
もっと鮮明で、もっと美味しくてと目を閉じて
しばらく集中し、そして両目を開けると
目の前に切り分けられたスイカが
皿に並んでいた。
さっそく手に取ろうとした異形の子供を手で止めて
「俺の生まれた国では、食べる前に頂きますって言うんだ。
 命を食べてさせて頂きます。
 って意味だよ」
「はい。頂きます」
皆で手を合わせて、スイカを食べる。
「美味しい。もう一個良いですか?」
無邪気にそう言う異形に、微笑んで頷くと
必死に残りを食べ始めた。
バムと何も言わずに、それを見つめる。
皮まで食べてしまい、皿の中を空っぽにした異形の子供は
「ああ……美味しかった……」
と言うと、スゥっと消え失せた。
また辺りの景色が崩れだしていく。
俺とバムは抱き合いながら、両目を閉じた。









眼を開けると、宇宙船の食堂の中だった。
いきなり、色々な恐怖心や戸惑いなどが
一気に噴き出してきて
俺はその場で、涙と鼻水を流しながら
胃液を吐き出して、しゃがみこんでしまう。
頭の中がパニックでどうにかなりそうだ。
なんて、理不尽で意味不明な体験を
していたのか、食王が怖い。怖い怖すぎる。
なんなんだあの精神世界は、何を見てきたら
ああなるんだ。どれだけ荒んでいたのか。
今更の恐怖感に、しゃがみこんで頭を抱えていると
肩を叩かれて、驚いて振り返る。
そこには、バムが立って、微笑んでいた。
そして柔らかく、温かい体で
恐怖で冷え切った俺の身体を背中から抱きしめてくる。
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