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エングラントの槍編

時が要

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 ドライブルクに着くとシュタインはすぐに領主の城に向かった。門番に領主のヴァイスに取り次ぐように言ったのだが、面会の予約のない者を入れるわけにはいかないの一点張りだった。
「師匠、どうしますか?」
 ミカは心配になって訪ねた。
「行こう。これは時が要だ」
 シュタインは城壁に沿って歩き出した。
「ここからは僕一人で行くよ。その方が簡単だからね」
 するとシュタインは何やら呪文を唱え始めた。
「ジラナワ ゴロミナ 光の妖精たちよ。光を与えたまえ。ドミナ」
 するとスーッとシュタインの体が消えていった。
「透過の魔法を使っただけだよ。僕はここにいる。これから城に侵入して領主のヴァイスと話をしてくるから、ミカはここで待っててくれ」
 ミカはどこに向かって返事をすればいいのか分からず、ぎこちなく頷いた。
「オブザード マ ザード! 解き放て!」
 シュタインの声だけが聞こえた。どうやら飛んで城壁を越えたようだった。
 ミカは言われるままそこでただ待っていた。
     *
 シュタインが戻ってくるまでにそれ程時は掛からなかった。
「ただいま」
 そう言いながらシュタインは上からゆっくり降りてきた。
「早馬を調達してフェネッケンの町長に会う事にしたよ」
「ど、どう言う事ですか?」
「事情は走りながら説明する。今は馬だ」
 シュタインは城下町に走り出した。ミカも慌ててそれに続いた。
     *
 馬を全力で走らせながらシュタインはミカに言った。
「付いて来れるかい?」
「は、はい」
 ミカは馬に振り落とされないように必死でシュタインについて行った。シュタインは馬を走らせつつ事情をミカに説明した。
 シュタインはあの時姿を消したまま城の中に潜入した。そして領主の部屋を見つけ出したのだった。誰にもバレないように部屋に潜入した。
「領主のヴァイスは書類に目を通していたよ。僕が話しかけると物凄く驚いていたな」
 ミカはもっともだと思った。
 最初領主は気が動転していたが、落ち着くまで待ってもいられない。シュタインはとある魔法探究者がフェネッケンの採掘場を狙っている事を伝えた。そして時間がない事も。
「しかし領主は一笑にふしたよ。魔法使い一人に何ができるんだとね」
 シュタインは何度か説明をしたが領主は魔法探究者を甘くみているようで話を聞いてくれなかった。
「どうやって説得したんですか?」
「面倒だったので向精順応をかけたよ」
 シュタインは、ヴァイスにフェネッケンの防衛に関する全権を与える特命の任命書を書かせた。
「任命書と手紙を書いてもらったよ。これを持ってフェネッケンの街の町長に掛け合うんだ」
 つまり、魔法でヴァイスを催眠状態にして強引に任命書を書かせたと言う事だ。ミカはそれで良いのかなあと思ったが緊急時だから仕方がないと納得した。
「町長が話の分かるお人ならいいんだがね」
 シュタインは馬に鞭を入れた。慌ててミカも馬に鞭を入れた。
     *
 早馬を二頭潰したが、フェネッケンの街には二日で着くことが出来た。外から見る限りバオホの侵攻はまだないようだ。
 門番に任命書と手紙を見せて町長のミルファージに緊急の用件があると取り次いでもらった。
 ヴァイスと違いミルファージは直ぐに時間を作ってくれた。
 応接室で待っていると程なくしてミルファージが入ってきた。
「見ない顔だが、君は何者だ?」
「僕の素性は今はどうでもいいのです。大事なのは魔法部隊が採掘場略奪のためにこの街を襲ってくると言うことです」
「魔法部隊? なんだね、それは?」
「魔法探究者の率いる魔法の軍団です」
「魔法使いの事か……そんなものがどれほどの脅威なのか」
 やはりミルファージも魔法探究者を甘く見ているようだった。これではバオホに完全に採掘場を奪い取られてしまう。
「とにかくいつ魔法部隊が襲ってくるのかは分かりません。今かも知れないし来月かも知れない。時間のある今、十分な備えをしておきたいのです」
 シュタインはヴァイスに任命書と手紙をミルファージに差し出した。
印璽いんじは本物だな。これはヴァイス様の指輪印章に間違いない」
 印璽いんじとは、手紙に封をする際、封蝋ふうろうを垂らし家の紋などを押すことで出来る封のことだ。ヴァイスは指輪にこの印を刻んでおり、それを指輪印章と言う。
 ミルファージは手紙を読んだ。
 全てを読み終えた時、ミルファージは一度目を閉じて言った。
「では防衛の全権を君に委ねよう。しかしこの街は軍事的に重要な拠点でね。一応治安部隊がある。部隊長に引き合わせなければならない。その為には君の素性を聞かないわけにはいかんのだよ」
 シュタインは納得して自分が魔法探究者である事、ポーレシアに生活して長い事や昔は様々な依頼を受けて数々の問題を解決してきた事などを話した。
「なるほど。君の事は大体分かった。君を治安部隊の部隊長に引き合わせよう」
 こうしてシュタインはフェネッケン採掘場およびフェネッケンの街をバオホから守る事になった。
     *
「そんなどこの馬の骨とも分からない者にこの街を、いやこの国を任せると言うのですか!」
 事情を説明されてシュタインに防衛の全権を任せると告げられた治安部隊の隊長ネーエンは憤った。
「突然現れてヴァイス様の手紙を見せて……そもそもその手紙が本物かどうかさえ分からないのでは?」
印璽いんじは本物だったよ」
 ミルファージは淡々と答えた。続けて言う。
「ネーエン、落ち着いて考えたまえ。確かにその者が何者なのかはよく分からない。これについては手紙を信じるしかあるまい。そして防衛の権限を任せたとしても、その、バオホとか言う者が攻めてくるとは限らない」
 ネーエンはチラリとシュタインの方を見た。
「仮に攻め込んできたとしてもたかが魔法使いだ。そんな者のために君が動くこともあるまい。その男に勝手にやらせておけば良い」
「た、確かに」
「手紙には書かれていなかったが、シュタイン君、君に防衛を任せると言ってもそのバオホとか言う魔法使いに対してのみと私は受け取った。バオホにのみその権限は有効だ」
 シュタインは笑顔を見せた。
「それで結構です。僕はこの街の治安部隊を乗っ取りたいわけではない。バオホの攻撃により二国間の均衡が崩れ戦争に流れ込む事を防ぎたいだけです」
 ミルファージとネーエンは訝しくシュタインを見た。
「その言葉、信じて良いのやら」
「ヴァイス様は一体何を考えておられるのやら」
「信じるか否かは任せますが手紙の存在を忘れてはいけない。さ、時間が惜しい。今後の僕の活動拠点兼住処を紹介してほしい」
「住処だって?」
「事が落ち着くまでこの街に滞在しなければならないのですよ?」
 手紙にはそんな事は何も書かれていない。
「本来なら部隊長の公邸に住むべきですが、いくらなんでもそこまで図々しくはないです。でも代わりの住処は用意してほしい」
「そんなもの自分でなんとかしろ!」
「ネーエン殿、君には言ってない。ミルファージ殿に言っているんですよ」
「ミルファージ様は忙しいのだ。そんな事に構ってる暇はない。お前は町外れの空き家にでも住んでいろ」
「部隊本部には来客用の家屋か何かないのですか? そこで良いですよ」
 ミルファージは暫く考え込んだ。早くこの厄介者を追い払いたかった。
 本当は手紙の内容について領主のヴァイスに確認したかったが、印璽いんじが本物である以上手紙が本物であると判断するしかない。
「仕方ない。その者の言う通り部隊の敷地内にある来賓用の部屋を用意しよう」
「しかしミルファージ様……」
「手紙が本物である以上、従わない訳にはいかない」
 結局ネーエンも納得するしかなかった。
     *
 シュタインとミカはネーエンに連れられて治安部隊本部にある来客用の屋敷に入った。
 取り敢えず荷物だけを置いてすぐさま部隊内を案内してもらった。その後時間を作り、現在の状況やバオホに関する事、今後の方針などを話し合った。
 ネーエンは当直以外の部隊に夕方広場に集まるよう召集した。シュタインとミカを紹介するためだ。
 シュタインとミカは一旦屋敷に戻った。シュタインは周辺の地図を用意してもらいそれを見て考え事をしていた。
 暫くは地図を凝視していたが、程なくして椅子に腰掛けた。
「一休みしよう」
 ミカはシュタインの正面に座った。
「こうして戦略を考えていると一年戦争の頃を思い出すよ」
「一年戦争って数百年前のあの有名な?」
「ああ、あの頃はバオホと共に敵国と戦ったものさ」
 一年戦争。その昔起こったこの地域の幾つもの国を巻き込んだ利権を争う大きな戦争だ。
「師匠は一年戦争を戦っていたのですか?」
「ああそうさ。今よりも魔法探究者が多く、魔道の軍団を率いて活躍したものさ」
 ミカはシュタインが戦争に参加していた事に驚いた。魔法探究者はそのような事には無関心だと思っていたからだ。
 一年戦争の頃は今よりも魔法探究者は重宝されていた。魔法により鍛えられた軍団は一般のそれに比べて戦力は数十倍の力を持っていたからだ。
 シュタインはそんな昔の事を思い出しつつフェネッケン近辺の地図を頭に叩き込んだ。
 夕方になり全部隊が集まった。フェネッケンの街と採掘場を守るための部隊だ。しかしフェネッケン採掘場はポーレシア王国において国力を維持するのに要となる重要な場所だ。兵士の数も自然と多くなる。
「ここに集まれるのはせいぜい五百人だが、治安部隊の総数は約五千だ。その命、貴様に委ねられたんだからな。肝に銘じておけ」
 ネーエンは登壇する前にシュタインにそう告げた。壇に登り集まった兵士達に説明した。
「この街と採掘場は今危機に面している。とある勢力からの攻撃があると考えられる。その危機に際してミルファージ様と領主のヴァイス様は特別な人事を行った」
 ネーエンは言葉を区切り一度目を閉じ唇を噛んだ。
「ある勢力とは恐らく隣国エングラント大公国の息のかかった魔法使いと思われる」
 兵士達はざわめいた。魔法使いが軍事的に介入するなど普通は考えられないからだ。この当時、魔法使いはただの変わり者程度に思われていたのだから仕方ない。
「その数は不明なれど魔法使いはたった一人だ。引き連れてくる軍団も少数と思われる。そこで、今回はこの魔法軍団に対抗してこちらも魔法使いに挑んでもらう事になった」
 そこでネーエンはチラリとシュタインとミカを見た。
「その魔法使いに対応する攻防の全権はこの男に委ねられる。紹介する。魔法使いのシュタインだ」
 ネーエンはシュタインに登壇するよう手招いた。シュタインは言われるまま檀の上に上がった。
「一言挨拶をしてくれ」
 シュタインは頷いた。
「僕がシュタインです。ネーエン殿が言った通り魔法探究者のバオホが採掘場を奪いにやってくる。そしてこの街もです。目には目を、魔法探究者には魔法探究者をと言う事で、僕が対バオホ戦に備える事になりました。以後、僕の言う事は命令だと思って聞いて欲しい。しかし、安心して下さい。基本的には君達を動かしたい時はネーエン殿に話すつもりでいる。ネーエン殿から命令を下してもらうつもりだ」
 兵士達は再びざわめいた。
「バオホはいつこの街に現れるか分からないが、必ず奴は来る。今日から常に臨戦態勢をとっていて欲しい。よろしくお願いする」
 そう言うとシュタインは壇を下りた。ネーエンはその後も士気を保つよう演説をして壇を下りた。
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