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エングラントの槍編

気になる年齢

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 朝になり再び皆が食堂に集まり、グノムバートとティルスのお祈りが終わり、のんびりと朝食を取った。
「我々は先に行きますので、お二人はゆっくりご準備ください」
「短い間でしたが楽しかったですよ。また縁があったらご一緒しましょう」
 グノムバート達は宿屋を後にした。ミカ達も食事を済ませ出発する事にした。
 ウェザーとリーに跨って歩き始める。半日も行けばヒューロンの街だ。歩きながらミカは思い出して言った。
「ねえリグル。私は師匠の屋敷に連れてこられた時、魔法陣を使って転送されてきたのよ。リートが屋敷に入る方法がそれなんだって言ってたから。今回私たちはこのまま歩いて屋敷に入れるの?」
「シュタイン様のお屋敷は結界に守られているので、普通はそのままでは近付けません。なので魔法陣で転送するのが一般的なのですが、私は魔法が使えません。その様な者の為にこの鍵の指輪があるんですよ」
 リグルは首から下げたネックレスを取り出して見せてくれた。リングが通されている。
「ミカ様もお持ちでしょう?」
「ああ、あの時貰ったこの指輪の事ね?」
 ミカは右手にはめた指輪を見た。
「そうです。この鍵の指輪があれば結界の影響を受けずに結界を透過出来るんですよ」
「そう言う便利なものがあったのね。ならばあの時もそれを使えば良かったのに」
「魔法陣ならば距離に関係なく一瞬でお屋敷内に入れますが、この鍵の指輪は距離を超える事は出来ませぬゆえ」
「なるほどね」
 そんな話をしながら歩いているとやがてヒューロンの街にたどり着いた。相変わらず簡易な門が口を開けて全ての通行人を受け入れている。
 来た時と同じ、街で唯一の酒場で休む事にする。リグルは迷いもせずワインを注文したが、ミカは紅茶を飲む事にした。
「日があるうちにお屋敷に帰れるわよね?」
「そうしますか」
 ここでのんびりリグルのお酒に付き合ってたら、また愚痴を聞かされる羽目になる。ミカは先手を打ってリグルに長く飲まないように注意した。
 ミカの注意もあってリグルはワインを程々にしてお屋敷に戻る事になった。
 ヒューロンから出ると雲行きが怪しくなってきた。くねくねと道を進むにつれてどんどん空が暗くなって行く。
「雨かしらねえ?」
 リグルはミカの方を見ないで屋敷のある方を見やりながら言った。
「お屋敷の辺りは降ってますね」
 道は森に入り辺りは相当暗くなった。その森を抜けると雨が降っていた。
 ミカは外套のボタンを止めた。
「お屋敷までもうすぐなのに」
「急ぎますか?」
「そうね。駆け足で行きましょう」
 二人はウェザーとリーの腹をポンポンと蹴った。すると二頭はすぐさま駆け足に入った。
 雨の中駆け足は雨が顔に当たって大変だったが、のんびり歩くよりはましだとミカは思った。
 道がくねくね曲がっている。やがてその道も真っ直ぐになった。前の方に雨に濡れるお屋敷が見えた。ミカは何となく安心した。
「もう着きますね」
「ええ、早く休みたいわ」
 結界の境界がどこにあったのかは分からないが、鍵の指輪のお陰でそこには結界がないかのようにお屋敷に入る事が出来た。結界があっても雨は降るのかとミカは思った。
 正面玄関に着くとリグルは素早く馬を降りてドアを叩いた。
「おーい! 誰かいないか! 帰ったぞー!」
 すぐに使用人のサヌラッグが現れた。
「あやー、雨の中大変でしたね。ささ、中に入ってくだされませ」
 二人はウェザーとリーをサヌラッグに預けて屋敷に入った。外套を脱いで軽く水を払う。キルシュが奥から現れた。
「ミカ様、リグル、おかえりなさいませ」
「あ、キルシュさん。ただ今戻りました」
「外は冷えましたでしょう。すぐにお風呂を入れますね」
 衣服についた水気を手で払いながらリグルが言った。
「私は自室に戻って身だしなみを整えたらシュタイン様に挨拶します」
「では私もお風呂の後に挨拶するわ」
 こうして二人はそれぞれの部屋に分かれていった。ミカは部屋に着くと部屋着に着替えた。キルシュはミカが脱いだ服をまとめている。
「キルシュさん、お屋敷に変わりは無かった?」
「相変わらずですよ。シュタイン様は毎日部屋に篭りきりでございますよ」
 キルシュはミカの服を持って一旦退室していった。そして暫くしたのちお茶を持ってきてくれた。
 ミカがのんびりお茶で体を温めているとお風呂の支度が整ったようで、ミカは入浴して体全体を温めた。十分に体を温めてからミカはシュタインに報告するためにシュタインの研究室を訪れた。
 ノックをしても返事がないのは相変わらずだった。ミカは構わず部屋に入った。
 部屋の中は薄暗く、本棚に入りきらない本が乱雑に積み重なっている。その本の山の向こうに一際明るく灯りが灯り、シュタインが何やら書き物をしていた。
「師匠。お使いから帰りました」
「ああ、ミカか。さっきリグルが来たからそろそろかと思ってたよ」
「お忙しいですか?」
「あ、ああ。ちょっと手が離せないんだ。詳しくは夕食を取りながらでもいいかな」
「分かりました。では」
 ミカは持参したエメラルドを後ろ手に隠しながら部屋を出た。
 その日の夕食の時、ミカが席についてシュタインを待っていると、程なくしてシュタインが食堂に入ってきた。
「やあ、待たせたね」
「いいえ。これは頼まれていたエメラルドです。百八十三カラットのものしか無かったのですがよろしいですか?」
「そのくらいの誤差は大丈夫だよ。ありがとう」
 シュタインは食事を取りながらミカに道中の話を聞いていった。その時ミカはシュタインの年齢の話を思い出した。
「そう言えば師匠はおいくつなのですか?」
「ん? 年齢の話かい? いくつだったかな」
 シュタインは考え出した。
「リートを精霊界から呼び出してそろそろ二百三十年くらいになるから……えーと、その前が……だとしたら、そーだなぁ」
「え? 二百三十年って」
「そうだな。そろそろ五百になるよ」
「ご、五百⁉︎」
 そう言えばキルシュさんも年齢がゆっくり進む魔法をかけられていたわね、とミカは思い出した。
「魔法の研究をしてる者は大抵なんらかの方法で寿命を延ばしてるものだよ。僕は年齢がゆっくりと進むようにしてるけど、転生したり若返りをしたりする者もいるね」
「わ、私もそうした方がいいのですか?」
「若返ったり年齢の進み方をゆっくりしたり、とにかく長生きする事はデメリットも沢山ある。ミカはまだ二十歳だから、その事をゆっくり長く考えたらいい」
 ミカは傍らに立つキルシュをちらりと見た。
「そうですね。キルシュさんを始め、色んな人に意見を聞きながら考えてみます」
「それがいい。さて、エメラルドが手に入った事でバオホに連絡する事が出来るようになった。僕はバオホに直接会うつもりでいる。ミカ、君も勉強のために付いてきてくれ」
「え? 構いませんが、そのバオホと言う方はどこに住んでおられるのですか?」
「隣の国、エングラント大公国さ。ここポーレシアとの国境付近にエングラントの槍と呼ばれる塔が建っている。そこにいるよ」
「エングラント大公国と言えば、ポーレシアと敵対している国じゃないですか!」
 エングラント大公国は好戦的な国で、常にどこかしらで隣国とのいざこざが絶えない。ポーレシア王国にも何度か攻め入ってきたことがある。
「エングラント大公国とポーレシア王国との国境は厳密に封鎖されてるのではないですか?」
 ポーレシア国王はエングランドからの侵攻を煙たがって自国内の国境付近に高い石の壁を作ったのだった。また雪割り山脈が国の西端にはそびえ立ち、自然の壁になっている。
「空を飛んで超えるから心配はいらない」
「空を飛んで?」
「ああ、そうさ」
 シュタインは話をはぐらかして肉を口に運んだ。ミカは不安がぬぐいきれなかった。
 空をどうやって飛ぶのかも分からないが、よしんば国境を越えられたとしてエングラントの地にたどり着けても、エングラントの街にいる兵士に見つかったら大変な事になる。
「ミカ。もしかして敵国の人間に見つかるんじゃないかと心配してるのかい?」
「そりゃそうですよ」
「エングラントの街に行く事はないし、おそらくバオホの住むエングラントの槍にも行く事はない。むしろ人目につかないような場所でバオホとは会うことになるよ。だから大丈夫さ」
「そうなんですか……」
 そう言われても敵対する国に隠密裏に侵入するのだ。不安が無いはずはなかった。
「明日にでも鷹を飛ばしてバオホのプロトコルを踏む。戻ってくるまでに二十日~三十日は掛かるだろうから、ゆっくりと支度を整えていておくれ」
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