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彼は、落ち着きを取り戻したようで俺を覗き込んできた。
「…心配した。
 頼まれた書類を渡しに行って、長い話をやっと解放されたと思って帰ってきたら、倒れたって。
 医務室に運ばれたって言われて、その様子を教えてくれた人が、見ておいでって。
 …そしたら、あの人が、隼人を泣かしているから…」
―!!!
―名前、呼んでくれるんだ。
それは、気持ちを整理できたってことでもある。
だから、平気な顔で言えるのだと思ってしまった。
早合点をしてしまった篤紀は、どこか不貞腐れてる。
それがあまりにも、あの頃を思い出させて、切なくなってしまった。

俺は、それを悟られないことだけを心掛けた。
同僚としての俺という、線引きをあえて引こうとした。
「一ノ瀬君。
 泣かされたんじゃないんだ。
 あの人がいたから、これまでずっと続けてこれたんだ。
 俺の身体のことだって理解してくれている。
 だから、あの人につい、弱音を吐いて…!?
 …お、おい…!?」
篤紀は横になっている俺を抱き起す。
抱きしめられた俺は、篤紀の耳の傍に顔があった。
微かに匂う汗の匂い。
いつの間にか、俺より大人になっている彼は、身に付けている物もの違う。
整髪料を使うになったんだ。とか、力が強くなったなとか、色々思う。
「…隼人?誤魔化さないで!」
強い力で身体を支えられ、俺は篤紀とすぐそばまで顔を近づいていた。
真面目な彼の瞳を、視界に入れたら、避けることはできない。
だから、俺は、首を反対の方に向けていた。
「…また、逃げるつもり?
 隼人は逃げれると思う?
 …ううん、俺が逃がすと思う?」
―!?
言葉の強さが変わり、身体を起こす篤紀。
胸ポケットからスマホを取り出し、手早く何かをしている。
「俺は、隼人の仕事もできる限りする。
 だから、俺が少しでも間違えないようにするために、隼人も協力できるよね?」
どう見ても、断れない。
育った環境の違いで、こういった上手い具合に人を動かすことを知っている篤紀。
だから、断れないこともわかってて言っている。
俺は、諦めるしかなかった。
どうせ抵抗しても、結局は、篤紀の意のままだ。
それに抗うつもりもないけど、なんだか悔しいと思ってしまうのは、仕方がない。
俺は、乱れた彼の髪を手で整えていく。
それを嬉しそうにしているところが、また、悔しくて。
篤紀が
「俺は、一度荷物をとってくる。
 エントランスまでだけど、一人で降りることは、できる?」
精神的な変化の違いは、身体に素直に表れていた。
重たい様に感じていた身体も、篤紀とほんのわずかでも、本音で話せたことは何よりも大きい。
「大丈夫。
 あそこの自販機の横に座れる場所があるから、そこで待ってる」
そう言って、カーテンを開けようとした。
「待って…!!」
―?!
俺の腕をとって少し躊躇っている彼。
下を見ながらモジモジと話をし始めて言った言葉に、俺は困ってしまった。
「キスができなくて、隼人を困らせてたのに、すごく反省して、一年。
 でも、それでも、我慢が出来そうになくて…」
―!
ズキリとナイフが刺さるような痛みが走る。
―そうだよな。
 それが普通だ。

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