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拓人たちの手配により、葬儀は親族のみで行われることになった。
元々、そうするように故人の意向を組んでのことである。

親族が集まるのだ。
彰の存在も翼の存在も、親族では受け入れられている。
初めて会う人もいる。
だけど、彰を支えるため、翼はずっとそばにいた。
「もしかして、あなたが翼さんかな?」
お茶の用意などをしてると、後ろから尋ねられた。

歳は、たぶん彰より上だ。
どことなく、拓人さんを思い出させるその人を見て、認める。
「はい、翼です。
 あの…もしかして、拓人さんのお父様ですか?」
じっと見つめる様子を、その人は、優しく笑う。
「そう。
 遅くなったが、ずっと助けられなくて済まなかった」
頭をいきなり下げられ、翼は慌てる。
「ちょ、ちょっと、待ってください。
 頭をあげてください」
身体を支え、距離が近くなったのもある。

お互い、まじまじと顔を見て、笑う。
「そっくりですね」
翼の言葉に、
「いや、そうではなく…」
話をはぐらかされていることに、戸惑いを見せる拓人の父は、顔を歪めている。
「…父さん‥」
拓人の声に、翼は、すぐに反応する。
声のする方に向き、拓人を見る。
「もう、そのことは終わりましたよ。ね?」
翼に同意を求めているので、慌てて頷く。

「翼。
 父はずっと君に会いたかったんだ。
 そして、私も、会いたかった」
―!!
胸が苦しくなる。
それは、どういう意味なのか…都合のいいように考えないようにしなければ…

悟られることがないように、翼は、ニコリと笑い
「お爺様を無事に送ることができ、彰さんの代わりに、お礼を言わせてください」
自分が会いたかったと言ってしまえば、願っているようになるのかもしれない。
でも、それを自分からは言えない。
だって、あの時、別れを切り出したのは自分なのだから。

それでも、自分の中の残骸が都合のいいように、彼を見て探す。
指に光る物はないだろうか。
傍には、誰かいないだろうか。

どこまでも、彼を求めてしまう自分が浅ましいと思ったけれど、もう、抵抗をやめてもいいかもしれない。


翼の想いに気付いていないかわからない。
でも、拓人の指には光る物はなかったし、傍には誰もいなかった。
「私も、会いたかった」
その言葉だけで、自分は生きていけると思った。

でも、自分からは関係を広げるつもりはない。
そう思っていた。


「…」
店に届けられた花の数を見て、呆気にとられる。
「これ、全て翼宛てよ」
彰の言葉に、戸惑いを隠せない。
三葉のお爺様の葬儀が片付き、ひと段落した頃から、店には、季節の花が送られてきていた。
受け取りを拒否しようとしたら、配達の人が困惑気味に、
「…全て処分になってしまうんです」
と言われれば、受け取らざるおえない。

サロンに来てくれる人からは、たくさんの花があるので、とても好評だ。
だから、余計に強く断ることができない。
あと一つ、翼が困っていることがある。
それは、サロンが閉まる時間になるといつも迎えにいるのだ。
誰が?
それは、
拓人さんだ。
「…どうして?
 今日は、いつもより早めに閉めたのに…」
車の前で待っている拓人を見つけ、翼は驚きを隠せない。
一緒に店を出ている鈴宮と彰はその様子を静かに見守っている。

思い当たるのは…
クルっ
と、後ろにいる彼らを見る。
「…心配なんだって」
彰の言葉に、翼も困惑する。
同じ場所に戻るなら、彰や鈴宮と一緒に帰ればいいと思うのだけど、拓人さんはそれを許さないらしい。

いつから待っているのかわからない。
だから、無視して帰ることもできないでいた。

拓人に促され、翼は車に乗り込む。
ゆっくり走り出したけれど、いつも送られるのは、三葉邸だ。

「いつまで、こんなことを続けるつもりですか?
 あなたも忙しいのでしょう」
翼の厳しい問いかけに、拓人は苦笑する。
「…だって、翼の頑張っている姿を見ていると、こっちも嬉しくなってくるんだ」
再会した時より崩れた言葉なっても、翼は崩すことはない。
やはりどこかで、距離をとっておかないと、自分はすぐに拓人の元に行ってしまう。

今の拓人は、祖父である三葉の後継として、国に携わる仕事についていた。
一族の一人である従兄にあたる人物が国会議員になっているため、その助けをするためだった。
そして、その従兄にあたる人物は、同性婚を認める世の中を目指して躍起になっていた。
葬儀などで気づけば、国会で成立し、今、日本はアジアで何番目かの同性婚を認める国となった。

確かに、前より確実に隠れることなく、同性同士の付き合いがみられるようなってきた。
でも、好奇の目には変わりなく、それによって傷つく人も多かった。

どんなに自分では一線を越えないように気を付けていても、毎日会えば、自然と慣れていく。

次第に、拓人から送られてくる花の華やかさが評判となり、それを一目見ようとする人がお店にも足を運ぶようになってきた。
当然、お店のことを知ってもらってきているので、抵抗はあまりない。
口コミというものは、スゴイと思う。
百聞は一見に如かずというように、聞いていただけでは、嫌悪感を持っていた人も、目の前で同性同士のカップルを見ると、自分たちと何が違うのだと感じるようになってきた。
確かに、愛し合ったりする方法は、異性愛とは違うかもしれない。
でも、異性愛を貫いている人でも、特殊な性癖を持っている人はどこにでもいる。
そう思ったら、今まで、自分たちは何に嫌悪を抱いていたのか。
気付いた人間は、自分の考え方を改めることになっていっていた。

翼や、彰、鈴宮も客からの店の印象が、始めの頃に比べて変わってきているのに、気付いた。

勇気をだして店を訪れた人たちは、2人で一緒に過ごせる空間を喜んでいた。
徐々に、悩みごとも口にし始めてきて、気付けば接客をしながら悩みを聞くということもするようになっていった。
でも、自分は未熟のままだ。
それが、多くの人を見てきたからと言っても、自分は何もそれを経験していない。


人は、恋をするために生きてきたと、ある人は言う。
どんなに悩んでも、どんなに苦しくても、自分の好きな人と心を通わせたら、経験してきた苦しみは、消えるのだという。
そうやって過去を振り返り、笑って話をできる。

では、自分はそれができているのだろうか…
翼は、それがとても複雑だった。
「はぁ…」
窓の外を見ても、いつのなら姿を見せる拓人が、今日はいない。
それは、とてもがっかりした自分がいることに、翼は気づく。

翼は、自分でも気づいていない。
あの頃の淡い恋ではなく、今、拓人に向けられている想いは、確実に別の恋だということを。
恋が、自分の知らない所で大きく育ってきているということを翼は気づいていなかった。

その様子を、彰と鈴宮が、見守っていることも気づいていない。
本人は自覚していないが、憂いたため息をし、拓人の姿を見つけると気分もあがる。
そばにいれば、誰でも気づく。
翼は、今の拓人に恋をしているのだと。
いい加減、お互いに話をする機会を作って、心を通わせればいいのに…

彰は小さくため息をつき、鈴宮を見る。

未熟な翼にとって、その恋は、時に自分を大胆にさせるということに気付いていなかった。
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