昇華混じりの雪柳 淡い恋の白い肌

香野ジャスミン

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日本に帰ってまず向かったのは、三葉邸だった。

お爺様は、彰の言っていた通り、病床の身となっていた。

「これこれ、翼。
 顔を見せてくれ…」
翼を送り出してくれたあの頃からは、骨ばったように思う。
手を握りしめる力も、弱弱しい。

翼は、声を掛けられて手を握る。
「お爺様、翼は戻りました」
その言葉に、爺も嬉しそうだ。
「話は全部、聴いておる。
 よう、頑張った。

 彰がなぁ、早く翼に髪を整えて欲しいと言っておった」
横で話を聞いている彰も、小さく頷く。
「…翼、儂はもう、こんな有様じゃ。
 だがのぉ、彰はまだ若い。
 お前の母親だと思えばいい。
 お前の父親だと思えばいい。

 それが、先に逝く儂の願いじゃっ」
―!!!
「そんなことを、聴きたくありませんっ!!」
彰の突然の怒りに、思わず、翼は驚いた。
だが、彰の気持ちもわかる。
そしてお爺様の気持ちもわかる。
「クスクス…
 お爺様、彰さんを怒らせるなんて、流石です。
 お爺様は、翼の父にはならないのですか?
 また、オセロで遊びたいです」
手を擦って、穏やかに話をする。
「…だがのぉ…
 父親にしては、歳がのぉ…」
―!!
何を今頃言っているのだ。
でも、
「わかりました。
 翼のお爺様はお爺様だけです」
ちょっと、幼稚すぎる甘え方かもしれない。
でも、このお爺様は、それを許してくれる。
だって、今でも、こんなに目を細めて喜んでいる。
「ほほほっ!
 嬉しいのぉ…
 たった一人の爺か」
彰も、気持ちを抑えてまた静かに彼を見つめる。

気持ちが高ぶったせいか、お爺様は、すぐに休むこととなった。
翼たちは、別室で彰と話をするために、部屋をうつった。
「…一番に顔を見せてくれたのね。
 ありがとう。
 お医者様からも、期限は言われているの。
 本人の意志で、本人も知っているわ。
 もちろん、後の事は全て引き継がれているわ‥
 …でも…私は、どうしても、それを認めたくなくて…」
いつのも彰ではない。
花街にいた頃、翼に教えていた黒須の面影はない。
ただ、一人、愛する人を失うことに怯えている一人の人間だ。
「…彰さん、お爺様が言っていたように、私の父となり、母となってください。
 ですから、私も、できるかぎり、傍にいます。
 いさせてください」
その言葉に、彰も引き締めていた心を緩めてしまった。
「…本当は怖いの…
 あの人にずっと私も、守られてきたの。
 あの人がいたから、私の人生は色を付いたの。

 でも、こんな姿をあの人に見せることもできないから…」
どちらかと言うと、彰は、守る方だと思っていた。
でも、違っていた。
「お爺様の傍にいるときは、いつもの彰さん。
 私といるときは、お父さんでありお母さんです。
 だから、我慢はしなくていいです。
 あ、甘えても…いいですよ?」
幼い頃に、父に抱き着いた思い出。
寂しくなった時に、抱きしめてもらった母のあたたさ。
それは、たぶん、人より少ないだろう。
でも、自分にはその思い出が残っている。

「…雪は、あなたにそんなことをしていたの?」
彰の知らない父の顔。
翼は、
「父は、良いことがあると、小さい私の身体を抱きしめてくれました。
 何か話をするでもなくただ、じっと抱きしめてくれるんです」
あの頃を思い出しても、もう父の顔は霞んでいる。

でも、父を知っている彰は、自分を父にも似ているという。
たぶん、それはある意味、身内贔屓ってやつだ。
でも、嬉しいと思う。
「では、時に、してもらうかしら…」
泣きそうな顔をして笑っている彰を、翼は、受け止める。

彰は、気付く。
翼が確実に、成長をしていることを。
鈴宮が傍にいても、翼は、あまり頼ることはなかっただろう。
でも、確かに、誰もいない国で、習慣も違う場所で頑張ってきたこの子が、こんなに強くなれたのは、鈴宮のおかげだと思った。
相変わらず、静かに翼の後ろで静かに控えている鈴宮に
「傍についてくれて、ありがとう」
と、頭を下げて礼を伝えた。
―!!
それを予想していなかった鈴宮は、顔を真っ赤にして聞いている。

いつもは、冷静の鈴宮が、やけに過剰に反応をしている。
翼は、じっと鈴宮を見る。
ジー…
―!?
鈴宮もさすがに気づき、
「…何ですか?」
居心地の悪い様に、落ち着きのない鈴宮の様子に、クスクスと笑う。
―もしかして…
「彰さんは、綺麗ですけど…お爺様LOVEですよ?」
―!!!!
的確な指摘に、鈴宮が困っている。

そんな様子を、久しぶりに穏やかに過ごせるこの時を、彰は静かに見守っているのだった。
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