上 下
40 / 50

40

しおりを挟む
珍しいサロンは、脚光を浴びるようになっていった。
もちろん、その噂は、米倉の耳にも入っていたようで、顔をだしてくれた。
「今度、介護を担当している人のカットもしてくれたらいいんだけど…」
それは、出来ることはするつもりだ。
「…なんだか、あんた、変わったな」
整えていると、ふとそんなことを言ってきた。
「そうでしょうか。
 接客しながらのカットは、慣れないですけどね…」
苦笑いをすると、
「自分のしたいことを見つけた奴は、輝いているんだ」
翼をじっと見つめる顔は、嬉しそうだ。
「…そうなんですか…ね‥」
仕事が順調になればなるほど、自分の事をさらけ出すことにもなり、翼自身、疲れていた。

「いっそ、大々的に知らせてみたら?
 そしたら、わざわざあんたに聞くこともないだろう」
―!
そうか…
仕事の内容を見てもらうにはそれでいいのかもしれない。



今までは二人で行くことのなかった場所に、足を踏み出すのは、なかなか決断が必要だ。
それは、多くの人と関わる中で知ったことだ。
だから、完全に個室を2部屋作るようにしてみた。

スタッフの出入りがあるけれど、必要なこと以外は、会話をするつもりもない。
それも、好評だった。

そうして、自分で学んだ知識で多くの理解者を得ることができた翼は、ある人物に出会うこととなる。
「彰さん…」
久しぶりにあう彰は、相変わらず素敵な人だった。
「お爺様がね、そろそろ…」
―!!
鈴宮も驚きを隠せずにいる。
「あなたのお店の事は、ネットで話題になってるのよ。
 話題になっていたのもあるけれど、新しいことを始めたことに、みんな驚いているわ。
 …よく、がんばったわね」
抱きしめる彰は、自分の知らない苦労をしてきた翼を愛おしく思う。
「私の友人に、あなたのお店を作りたいっていう人がいるの。
 日本に帰ってきて欲しいの」
―!!!!
その言葉は、願っても誰かに言われるとは思わなかった。
だが、自分が帰国するとなると、それなりに注目されるようになる。
翼は、それを心配していた。

彰は翼の手を握る。
「もう、大丈夫。
 心配事は、全て片付いたわ」
―!!
それは、あまりにも、衝撃的なことだった。
「えっ…
 母の兄と言う人の事は…」
翼の的確な反応に、彰も頷く。
「注意をしてみていたのだけれどね。
 お酒を飲んだまま、車を運転して亡くなったの…
 もう、何もしないわ」
息を思わず、止めてしまった。
だって、自分に害がないようにとは思っていたが、こんなことになるとは思っていなかった。
「そう、ですか…」
複雑な思いだ。

翼は、じっと彰を見る。
この国に来てからも、翼は一切、拓人の事を知ろうとしなかった。
日本を背負う一族の事だ。
遠く離れた場所でも、簡単に知ることができる時代だ。
でも、それをしようとしなかった。
傍にいる鈴宮も、翼の姿を見て、気付いていた。
口を開くと、尋ねてしまいそうだ。
でも、それは、出来ない。
翼は、この国で多くの人と出会うことができた。
それは、花街という限られた場所とは違い、着飾ることもなく、人の機嫌を伺わず暮らしていく人を知ることができたともいえる。
この場所にいる人の幸せは、今、ここだ。
でも、それは、彼らの本当の願いではない。

自分の淡い恋は、同性だった。
その恋を大切にしてきた翼には、彼らの気持ちを捨て去ることはできなかった。

一度、自分と見つめなおすために国を出た。

もういいのかもしれない。

ここで学んだように、隠す必要もない。
どんなに哀れに思われても、それも自分だ。

そう思ったら、翼は心を決めることができた。

「わかりました。
 日本に戻ります。
 お店を開きたいので、場所を選んでもらっていいですか?
 彰さんになら、任せてもいいと思っています。

 私は、ここの引継ぎをしていきます」
まさか、こんなにあっさりと説得できると思わなかった彰は驚く。
「翼?
 こんなに簡単に受けていいの?
 今までの努力を全てゼロに戻すのよ?!」
彰の言葉に、翼は首を横に振る。
「彰さん、ゼロではないんですよ。
 みんなが変わってきているんです。
 だから、ゼロには戻らないんです」
その表情は、愛しい物をみるかのようだ。

彰は、後ろで静かに控えている鈴宮を見る。
「あなたは、何かあるかしら?」
尋ねられた鈴宮は、ただ静かに首を振るだけだった。
「話は成立ね。
 では、期限は来月末」
そう決めて彰は、日本へと帰っていった。

「店を閉めるつもりはないですよ?」
たぶん、鈴宮はこれを心配していたのだ。
「ここには、私がいなくても素晴らしい人がたくさんいます。
 それは、国を選びません。

 ここを本店にしてもいいですね。
 そうすれば、私の名前を残すことができる。
 どうせ、知られるんだったら国を超えてみましょう」
今までにない、翼の前向きな言葉に、鈴宮は驚く。

それに気づいた翼も、少し困惑気味だ。
「日本に帰っても、たぶん、変わらないなって言われると思います。
 砕けた言葉を使おうとしても、染み込んだ物はなかなか取れません。
 …お爺様にたぶん、一番に言われるでしょうね」
クスクスと笑う姿も、どこか違って見える。
それは、たぶん、日本への想いが膨らみつつあるからだ。

あぁ、やはりこの人は、どこまでも一途だ。

自分がどんなに想いを寄せていたとしても、この人には、届くことはなかっただろう。
それは、日本を出る前にもうすでに決まっていたことだ。
目の前で拓人へ別れを告げたのも、何かあるのではと思っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。 彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。 ……あ。 音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。 しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。 やばい、どうしよう。

最強美人が可愛い過ぎて困る

くるむ
BL
星城高校(男子校)に通う松田蒼空は、友人が類まれなる絶世の(?)美少年であったため、綺麗な顔には耐性があった。 ……のだけれど。 剣道部の練習試合で見かけたもの凄く強い人(白崎御影)が、防具の面を取った瞬間恋に落ちてしまう。 性格は良いけど平凡で一途な松田蒼空。高校一年 クールで喧嘩が強い剣道部の主将、白崎御影(しろざきみかげ)。高校二年 一見冷たそうに見える御影だが、その実態は……。 クーデレ美人に可愛く振り回される、素直なワンコのお話です♪ ※俺の親友がモテ過ぎて困るのスピンオフとなっています。 ※R15は保険です。

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。

しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。 基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。 一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。 それでも宜しければどうぞ。

たとえ性別が変わっても

てと
BL
ある日。親友の性別が変わって──。 ※TS要素を含むBL作品です。

女装趣味がバレてイケメン優等生のオモチャになりました

都茉莉
BL
仁科幸成15歳、趣味−−女装。 うっかり女装バレし、クラスメイト・宮下秀次に脅されて、オモチャと称され振り回される日々が始まった。

そばにいられるだけで十分だから僕の気持ちに気付かないでいて

千環
BL
大学生の先輩×後輩。両片想い。 本編完結済みで、番外編をのんびり更新します。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

何故か正妻になった男の僕。

selen
BL
『側妻になった男の僕。』の続きです(⌒▽⌒) blさいこう✩.*˚主従らぶさいこう✩.*˚✩.*˚

処理中です...