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―!?
「…鈴宮?」
拓人は、突然の鈴宮の登場に驚いた。
同時に、今までの会話を聞かれていたことに、気付いた。
「拓人さん、翼さんはあなたと一緒に居ないほうが、幸せになれる。
…そう考えてみるのも、いいかもしれませんよ?」
そう言いながら、鈴宮は、翼の方にショールをかける。
じっと、鈴宮の言葉に翼は耳を向けている。
その会話で拓人が放つ言葉を待っているのだ。
翼が、自分以外の者といる方が幸せになれる?
そんなことは、拓人の頭にはなかった。
でも、鈴宮の言葉を翼は聞いているのに、否定をしない。
どういうことだ…
―?!
混乱している拓人をどこか冷たい目で見ている翼。
そして、彼から想像をはるかに超えた言葉を聞かされる。
「…私は、拓人さんに、願いを伝えました。
そして、叶いました。
どんな形でも、花街を出る時の、色子と客の関係は、もう終わりました…」
翼は、硬い表情で話をしている。
その様子は、もう、何かを決意をした後のような様子だった。
一呼吸おいて、彼が話を続けた。
「…私は、日本を出ていきます」
―!!!
拓人は、唖然とした。
何も相談もされていない。
渡したスマホで何度も、やり取りをして何もそのようなことを聞かされてなどいなかった。
「!!翼っ!?
何を言っているんだっ!?」
拓人は、驚きのあまり、翼に近寄ってその言葉の詳細を聞き出そうとした。
「…おやめくださいっ!」
鈴宮の言葉で、拓人は動きを止める。
「…翼さんは、ずっと悩まれていたんだ。
拓人の傍にいることの周りへの影響。
ここで暮らす中での、影響。
…結果、閉鎖的な生活でしか暮らせないのが分かったんだ。
もちろん、三葉のじいさんも、彰さんも同意している」
―!?
やっと手に入れたのに…
「拓人、翼さんを手に入れて自分の手元に閉じ込めて、お前はそれでいいのかもしれない。
…でも、翼さんのことを考えてみろ。
行動を制限され、息苦しい社会と関わることを考えたら、可哀想じゃないか。
それに、まだ、母親の兄の動きが怪しい。
いつ、翼さんが危険と遭遇するかわからない日本に、こだわる理由など、何もないではないか」
鈴宮の言葉に、拓人は、それを否定することもできなかった。
自分の知らないうちに、翼の心が決まっていた。
拓人は、翼を見る。
それに気づき、翼は拓人を改めて見つめ、泣きそうな顔で笑った。
「先輩、助けてくれて…ありがとうございました」
―!
その言葉には、他にも込められていると、拓人は気づく。
「…あなたを好きだと思い続けて今までを生きてこれました。
そして、病院であなたと思いを交わせました。
もう、それで終わりです」
―?
どこか客観的に彼の会話を聞いている自分がいることに拓人は気付く。
―俺は今、何を言われているのだ…
まるで、別れを切り出されているように聞こえてしまう。
病院の時には、確かに翼の心は拓人に向いていたはずだ。
でも、今は…さっきまでの、会話は…?
「…ちょっと、待ってくれっ!」
混乱している拓人は、翼の言葉を遮り、確かめる。
「この屋敷に来た時、翼は俺を好いてくれていたのではないのか?
今も、俺のことを想っているのではないのか?」
動揺している拓人は、視線を多方に動かし、いつもの落ち着いた様子からは離れていた。
「…拓人さんのことは、今でも好きですよ?」
翼の言葉に、拓人は、心のざわめきを落ち着かせようとした。
「―でも、それは、愛しているとかという、感情ではありません」
―!??
「え?」
動きを止めた拓人は、翼の言葉を待つ。
「先輩を好きだと思えたこと、そして、あの頃に抱いていた淡い想い出…
その全てへの恋心が拓人さんなのです」
…・
つまり、思い出として翼は拓人のことを過去のものへ片付けていっているということだった。
「翼さんには、私が傍に着くことにしました。
もう、周りの者にも知らせています」
鈴宮の言葉にも、拓人は、ショックのあまり反応ができずにいた。
翼は、はっきりと拓人に告げた。
「拓人さん、…いいえ、一条寺先輩。
今まで、ありがとうございました」
深々と頭を下げる翼。
その後ろで彼の様子を見守る、鈴宮。
―!
俺は、振られたのか…
あまりにも、自分の都合のいい方向ばかりに思考を巡らせていたせいか、受け入れがたいことだった。
庭にどれぐらい拓人はたたずんでいたのだろう。
ジャリ、ジャリ
誰かの近づく足音で、やっと自分が今、三葉邸の庭にいることに気付く。
「…少しは、落ち着いたか?」
振り返ったその場所には、祖父がいた。
「…彼を幸せにするものと言うのは、私ではなかったのですか?」
彰から聞かされた、もう一つの願い。
拓人の言葉に、祖父は、静かに呟いた。
「儂が、用意したのは環境じゃ。
花街ではそなただけだったかもしれん。
でも、出てからは違う。
拓人、そなただけではなかろう。
現に、鮫島の所にいた鈴宮にも、翼は会っている。
誰も、そなただけをと限定していたわけではない」
―!!!!
あまりにも、衝撃的な事実に、拓人はまだ、受け入れることに時間がかかる。
「お前と、離れている間、何度も翼は相談をしてきた。
拓人といる未来、この屋敷に留まる未来、そして、日本を捨てる未来」
祖父は、指を折りながら数える。
「一番に、彼はお前を選んだ。
助け出した恩があるからな。
彼なら、当然考えることだと、儂は思った。
でも、それでは、あまりにも、窮屈すぎるではないか」
風が吹くたびに、祖父の着物がゆらゆらと揺らぐ。
その様子を、静かに拓人は見ていた。
「この屋敷にいてもいいのだとも知らせた。
とにかく、彼には選択肢を与えたかった。
人生で、たぶんそんなことはなかっただろうからな。
…彼は、日本を捨てる未来を選んだ」
祖父の言葉が、どこか静かに耳に入ってくる。
「日本を捨てる未来を選んだ勇気を儂は、尊重した。
そうだろう、何もない状態なのだ。
だから、儂は、鈴宮を彼に差し出した。
それは、鈴宮自らが申し出たことだ。
…あれは、生まれが複雑だったから、人の情には敏感だ。
珍しく、執着してこちらが見ていても、過保護すぎるわいっ!」
――――!!
拓人は、そこで気づく。
鈴宮は、翼の心の支えになりつつあるのだと。
そして、それをこの目の前の祖父たちは、止めることなく見守っているのだろう。
「…どうしてっ!?
私ではないのです?!」
拓人は、誰にこの納得ができない感情をぶつけていいのか、わからなかった。
「…拓人、儂は、翼の幸せを願っているのだ」
―!!
つまり、孫である拓人のことは、考えず、翼の幸せのために選択をしたのだと。
「今は、翼と拓人は離れることとなる。
それは、翼を応援する者なら、止める者はいないだろう。
その後、また出会うかもしれん。
出会わないかもしれん」
祖父の言葉には、微かな希望が含まれていた。
それは、拓人にとって、微かではあるが、翼とめぐり合う機会があるということだった。
拓人は、静かに言葉を受け入れた。
「…わかりました」
今、別れを選んだとしても、彼を諦めることができるとは思えなかった。
それまでに、彼とどう生きていきたいかをしっかりと考えなければならない。
こうして、予期せぬ別れを選ぶこととなった拓人は、翼への想いをどう向き合うか、時間をかけて考えることとなった。
そして、翼も、拓人と一度、離れることで自分の気持ち、生き方などを見つめなおすこととなる。
「…鈴宮?」
拓人は、突然の鈴宮の登場に驚いた。
同時に、今までの会話を聞かれていたことに、気付いた。
「拓人さん、翼さんはあなたと一緒に居ないほうが、幸せになれる。
…そう考えてみるのも、いいかもしれませんよ?」
そう言いながら、鈴宮は、翼の方にショールをかける。
じっと、鈴宮の言葉に翼は耳を向けている。
その会話で拓人が放つ言葉を待っているのだ。
翼が、自分以外の者といる方が幸せになれる?
そんなことは、拓人の頭にはなかった。
でも、鈴宮の言葉を翼は聞いているのに、否定をしない。
どういうことだ…
―?!
混乱している拓人をどこか冷たい目で見ている翼。
そして、彼から想像をはるかに超えた言葉を聞かされる。
「…私は、拓人さんに、願いを伝えました。
そして、叶いました。
どんな形でも、花街を出る時の、色子と客の関係は、もう終わりました…」
翼は、硬い表情で話をしている。
その様子は、もう、何かを決意をした後のような様子だった。
一呼吸おいて、彼が話を続けた。
「…私は、日本を出ていきます」
―!!!
拓人は、唖然とした。
何も相談もされていない。
渡したスマホで何度も、やり取りをして何もそのようなことを聞かされてなどいなかった。
「!!翼っ!?
何を言っているんだっ!?」
拓人は、驚きのあまり、翼に近寄ってその言葉の詳細を聞き出そうとした。
「…おやめくださいっ!」
鈴宮の言葉で、拓人は動きを止める。
「…翼さんは、ずっと悩まれていたんだ。
拓人の傍にいることの周りへの影響。
ここで暮らす中での、影響。
…結果、閉鎖的な生活でしか暮らせないのが分かったんだ。
もちろん、三葉のじいさんも、彰さんも同意している」
―!?
やっと手に入れたのに…
「拓人、翼さんを手に入れて自分の手元に閉じ込めて、お前はそれでいいのかもしれない。
…でも、翼さんのことを考えてみろ。
行動を制限され、息苦しい社会と関わることを考えたら、可哀想じゃないか。
それに、まだ、母親の兄の動きが怪しい。
いつ、翼さんが危険と遭遇するかわからない日本に、こだわる理由など、何もないではないか」
鈴宮の言葉に、拓人は、それを否定することもできなかった。
自分の知らないうちに、翼の心が決まっていた。
拓人は、翼を見る。
それに気づき、翼は拓人を改めて見つめ、泣きそうな顔で笑った。
「先輩、助けてくれて…ありがとうございました」
―!
その言葉には、他にも込められていると、拓人は気づく。
「…あなたを好きだと思い続けて今までを生きてこれました。
そして、病院であなたと思いを交わせました。
もう、それで終わりです」
―?
どこか客観的に彼の会話を聞いている自分がいることに拓人は気付く。
―俺は今、何を言われているのだ…
まるで、別れを切り出されているように聞こえてしまう。
病院の時には、確かに翼の心は拓人に向いていたはずだ。
でも、今は…さっきまでの、会話は…?
「…ちょっと、待ってくれっ!」
混乱している拓人は、翼の言葉を遮り、確かめる。
「この屋敷に来た時、翼は俺を好いてくれていたのではないのか?
今も、俺のことを想っているのではないのか?」
動揺している拓人は、視線を多方に動かし、いつもの落ち着いた様子からは離れていた。
「…拓人さんのことは、今でも好きですよ?」
翼の言葉に、拓人は、心のざわめきを落ち着かせようとした。
「―でも、それは、愛しているとかという、感情ではありません」
―!??
「え?」
動きを止めた拓人は、翼の言葉を待つ。
「先輩を好きだと思えたこと、そして、あの頃に抱いていた淡い想い出…
その全てへの恋心が拓人さんなのです」
…・
つまり、思い出として翼は拓人のことを過去のものへ片付けていっているということだった。
「翼さんには、私が傍に着くことにしました。
もう、周りの者にも知らせています」
鈴宮の言葉にも、拓人は、ショックのあまり反応ができずにいた。
翼は、はっきりと拓人に告げた。
「拓人さん、…いいえ、一条寺先輩。
今まで、ありがとうございました」
深々と頭を下げる翼。
その後ろで彼の様子を見守る、鈴宮。
―!
俺は、振られたのか…
あまりにも、自分の都合のいい方向ばかりに思考を巡らせていたせいか、受け入れがたいことだった。
庭にどれぐらい拓人はたたずんでいたのだろう。
ジャリ、ジャリ
誰かの近づく足音で、やっと自分が今、三葉邸の庭にいることに気付く。
「…少しは、落ち着いたか?」
振り返ったその場所には、祖父がいた。
「…彼を幸せにするものと言うのは、私ではなかったのですか?」
彰から聞かされた、もう一つの願い。
拓人の言葉に、祖父は、静かに呟いた。
「儂が、用意したのは環境じゃ。
花街ではそなただけだったかもしれん。
でも、出てからは違う。
拓人、そなただけではなかろう。
現に、鮫島の所にいた鈴宮にも、翼は会っている。
誰も、そなただけをと限定していたわけではない」
―!!!!
あまりにも、衝撃的な事実に、拓人はまだ、受け入れることに時間がかかる。
「お前と、離れている間、何度も翼は相談をしてきた。
拓人といる未来、この屋敷に留まる未来、そして、日本を捨てる未来」
祖父は、指を折りながら数える。
「一番に、彼はお前を選んだ。
助け出した恩があるからな。
彼なら、当然考えることだと、儂は思った。
でも、それでは、あまりにも、窮屈すぎるではないか」
風が吹くたびに、祖父の着物がゆらゆらと揺らぐ。
その様子を、静かに拓人は見ていた。
「この屋敷にいてもいいのだとも知らせた。
とにかく、彼には選択肢を与えたかった。
人生で、たぶんそんなことはなかっただろうからな。
…彼は、日本を捨てる未来を選んだ」
祖父の言葉が、どこか静かに耳に入ってくる。
「日本を捨てる未来を選んだ勇気を儂は、尊重した。
そうだろう、何もない状態なのだ。
だから、儂は、鈴宮を彼に差し出した。
それは、鈴宮自らが申し出たことだ。
…あれは、生まれが複雑だったから、人の情には敏感だ。
珍しく、執着してこちらが見ていても、過保護すぎるわいっ!」
――――!!
拓人は、そこで気づく。
鈴宮は、翼の心の支えになりつつあるのだと。
そして、それをこの目の前の祖父たちは、止めることなく見守っているのだろう。
「…どうしてっ!?
私ではないのです?!」
拓人は、誰にこの納得ができない感情をぶつけていいのか、わからなかった。
「…拓人、儂は、翼の幸せを願っているのだ」
―!!
つまり、孫である拓人のことは、考えず、翼の幸せのために選択をしたのだと。
「今は、翼と拓人は離れることとなる。
それは、翼を応援する者なら、止める者はいないだろう。
その後、また出会うかもしれん。
出会わないかもしれん」
祖父の言葉には、微かな希望が含まれていた。
それは、拓人にとって、微かではあるが、翼とめぐり合う機会があるということだった。
拓人は、静かに言葉を受け入れた。
「…わかりました」
今、別れを選んだとしても、彼を諦めることができるとは思えなかった。
それまでに、彼とどう生きていきたいかをしっかりと考えなければならない。
こうして、予期せぬ別れを選ぶこととなった拓人は、翼への想いをどう向き合うか、時間をかけて考えることとなった。
そして、翼も、拓人と一度、離れることで自分の気持ち、生き方などを見つめなおすこととなる。
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